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共鳴★

・大変遅くなりました。やっとできました。今回も長いです。

※戦闘シーンあり。少しだけ血の描写あり



 高音に合わせるようにルルが天に向かって遠吠えを放つ。その異常音に周囲は騒然とし魔獣達は耳を執拗に動かし足を止め始めた。


「効いてる……?」

「けど、まだだ」


 チャンスは一度きり。同時撃ちで倒さなければ素早さと警戒心の強い魔獣相手に同じ策は通じない。アスター様はギリギリまで攻撃のタイミングを見計らっていた。


 もし、効果が見込めず魔獣達に狙われた場合はクレアとアスター様が魔法で防御を固め中央に逃げることも想定している。私達の音は周囲を惹きつけ一時は成功したかに見えたのだが……。



 グアアアアアアアアアーーーー!!!!!



 突如キメラの魔獣が雄叫びを上げ一瞬重なり合った音が、私の心に突き刺さるように響いた。


 苦痛と絶望、恐怖と狂気が入り混じった複合体の魂の叫び声。自我は崩壊し、ただ目の前にいる生物を殺したいという衝動だけに支配された魔獣の断末魔。


 だが理解できても自分達ができる術は変わらないとも悟り私は苦しくなり音を出すことができなくなってしまった。


「くそっ!ここまでか!!」


 アスター様は即座に全体魔法を放った。上空からは火の球が魔獣目がけて降り注ぐ。しかし最後の一匹は身を翻しかわされてしまった。


「こっちに来ますわっ!!」

「ちっ…!仕留め損ねたっ…!」

「任せてっ!私がやるわ!!!」


 杖を構え魔獣めがけてクレアが無数の氷の矢を放つ。更に続け様にコーディエライト先生が竜巻を起こし魔獣を絡めとるように中央へと引きずり落とした。


「先生ナイスッ!!」

「はぁ…、…なんとかなった…」

「まだですわ!!!あれっ!!!!」

「えっ……」


 中央のキメラの口から光が溢れている。こちらに向かって雷光を撃ち放つ寸前だった。


「キャアアアッ…!!!!」


 空気を切り裂く凄まじい音と爆風が巻き起こる。思わず腕で顔を隠すも想像していた痛みや衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けてみると煙幕の中、そこに立っていたのは黄金に輝く多頭龍の姿……。



 ーーリュ…ウ…?



 周囲には結界が張り巡らされ光りを纏った優艶な多頭龍は、その大きな身体を揺らめかせ私達を囲うように守ってくれていた。けれど驚きと同時に、私の瞳には別の光景が映り込む。


 ーー記憶の奥底に隠していた傷口が疼き出す。


 遠くで子どもの叫び声が微かに聞こえる。


 あの…声……は…


 …わたしは…あのとき……


 …………



 …………あの…とき…?


 ぼやけた景色は次第に黒い靄が覆い、渦巻くように形を成す。 呼吸が上がり、息苦しい。


 瞬きするように現実と過去が交差し『金色の龍』と『漆黒の龍』が重なり合う。





「……ラっ!……ティアラッ!?」

「……ク、レア……」


 グッと意識が引き戻され、隣には心配そうに見つめるクレアがいた。それに安堵したのか、苦しかったはずの呼吸も少しだけましになった気がした。


「ティアラ、大丈夫…?」

「…っ…う……ん…。ちょっと眩暈……。あ、あれ…?」


 ポゥッと胸元が輝いてる。慌ててネックレスを取り出す。


「……カイル様の…指輪…?」


 魔法が込められていたんだ…。


 少し躊躇いながら視線を多頭龍の方に向けてみる。けれど龍は光の粒子となって既に消えた後のようだった。


「大丈夫みたいだな。…にしても、すごかったな」

「…龍だなんて……。てっきりあの靄は蛇なんだと思ってた…」



「え……?」



 思わず疑問符が浮かぶ。


「あ…ほらっ!!!うねうねしてたでしょっ?!」

「う…?……うん?」


 少し不思議そうな返答になってしまった。


「もしかして二人とも指輪の魔法のこと知ってたの?…あ、鑑定の…!」


 そうだわ、鑑定の瞳の力…!


「それが…見える様になったのは最近なの。レベルが上がったのかしらね。今までは服に隠れてしまうと見えなかったのよ」


 いつも服の中にしまっていたでしょう?と指輪に目線を向ける。クレアはその指輪をじっと見つめ()()()()()()をしていた。


「指輪の魔法が見える様になったのはフォルティス卿に教えてもらった後かな。このダイヤのブローチも念の為にって頂いたものなの」


 クレアとアスター様の服にはダイヤのブローチピンが留められほのかに輝いていた。それらはカイル様の父であるフォルティス侯爵が魔法を注ぎ込んだもので、中級魔法の防御と補助(魔力減少半減効果、魔法威力増加補助)の効果が備わっている。龍は私の指輪からだったが、周囲の結界はブローチの効果もあったらしい。


「俺なんかはクレアに比べたら魔力が少ないからさ。魔法連発できたのはこのおかげってこと」

「そうだったんですね。全然わからなかったわ…。攻撃魔法を使っていた時も今のように光ってたの?」


「あの時は少しだけね。今使った防御魔法の方が魔力を使うからはっきり輝いて見えるの。精霊石の光りは魔法発動時の魔力量で変わるのよ。強力魔法を使った時は強く光るけれど補助魔法は防御魔法に比べて使用魔力量が少ないから発光も微弱なの。気づかなくても仕方ないわ」


 それに…とクレアは付け足して説明する。


 一般的にはその様な発光原理だが、卓越した魔術師ほど精霊石に魔法を繊細な糸の様に閉じ込め、魔法許容量を増やしたり、発動してもほんのり温かく感じるほどにとどめることもできるのだという。


「私、ずっと指輪を持っていたのに全然知らなかった……」


改めてその繊細な指輪を見つめながら小さく溢す。


「多分、私達にだって必要なければフォルティス卿は喋らなかったと思うわ。このブローチを頂いた時に言っていたの。『自分はきっと傍に居られないから』って」


 そんな…。カイル様はだいぶ前からこうなる可能性も予測していたの?指輪やブローチもすぐ作れる物じゃない。クレア達に託したことだって…。


「どうして…。肝心なことはいつも言ってくれないのかな…」


全部一人で背負い込んで。私が全てのことに気づく頃には終わっていて。


「もしかして自分のせいだと思ってる?」

「え…、…うん…」


……私が頼りないから


「きっとフォルティス卿はそう思ってはいないと思うけどな。……大切な人だから言えなかったんじゃないかしら?」


その言葉に瞳が揺らめく。


「…………ありがとう、クレア」


 胸元の指輪を両手でぎゅっと握り締める。瞼を閉じると、カイル様が浮かび瞳の奥が熱くなった。




 クレアやアスター様にも自分が思っていた以上に負担をかけてしまった。改めてお礼を言うと、そこへヴィオラ様がずいっと割り込んできた。


「ちょっとよろしくて?!あなた達がそんな隠し玉を用意していたなんて驚きでしたけど、ティアラさんのその指輪…。あんな上級魔法の防御魔法初めて見ましたわ!精霊石も壊れていないようですし、数回まだ使えるということかしら?相当卓越した魔術師が手掛けたものということですわよ?一体どこで誰が作ったものなんですの??!」


 指輪を食い入るように見つめグイグイ迫るヴィオラ様に思わずビクッとしてしまう。だがその間を取り持つようにアスター様が間に入ってくれた。


「…まぁまぁ。だから言っただろう?何が起こっても秘密にって」

「…そうですけれど」

「ガラナス皇子がこんな騒動を起こした後なんだ。精霊石の扱いにしろ、皇位継承権争いにも影響が出るだろう。帝国内はこれから騒がしくなるだろうしな。特にクリス皇子やそれに関連する者には言わないでほしい」


 政権争いの渦中に巻き込まれないようにアスター様は秘密にと念を押す。ずっと隠すのは難しいことだが、あえて自分からひけらかすのは得策ではないということなのだろう。ヴィオラ様はまだ質問したそうにしていたが、薄れつつある煙幕の奥から足音と同時に聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「皆無事か!?」


 そこに現れたのはクリス皇子だった。その背後にはコーディエライト先生やシオン様もいる。


「クリス様!!」

「クリス皇子!!」

「怪我はないようだな。ヴィー、君もなぜ避難しなかったんだ!」


 クリス皇子が少し棘のあるような口調でそうヴィオラ様に質問する。


「してましたわ。けれど廊下にも魔獣が現れて仕方なくこちらに逃れて来たのです。ティアラさん達とは避難途中に出会ったのですわ」

「そうか…。君達もあの衝撃の中よく対処してくれたな。礼を言う」

「え、いえ、そんなこと…ないですっ」


 急に話を振られクレアは緊張からビクッと肩を揺らす。


「会長も援護魔法してくれましたよね。そのおかげです」

「いや、大したことない」


 アスター様の言葉に思わず「えっ?」と振り向く。あの攻撃の最中、助けてくれていたなんて気づかなかった。


「だが、私の魔法だけで対処できたとは思えないのだが?」

「ああ、それは多分このブローチのおかげでしょう。俺とクレアと、それにティアラ嬢の精霊石の三つで()()()()()()()防げたんだと思います」

「……なるほど」


 そう言ってアスター様は胸元のブローチを指差した。クリス皇子は少し考えるような仕草をしていたが口を開く前にシオンの声が飛び込んできた。


「皆無事でよかった!!僕、もうダメかと一瞬思った…」

「ハハッ、俺も正直焦った…というか、シオン、お前も大丈夫なのかよ。下でよくあんなのと戦ってたな」

「陣形を組んで戦ってるからね。クリス皇子やロイ副団長の指揮が良かったんだ」


 中央ではロイ副団長が指示を出しながら敵と対峙している。キメラ型の魔獣に数人の兵が巻き込まれているが、なんとか持ち堪えているようだった。


「だがあそこもずっとは保たんだろう。また暴れ始める前に逃げた方がいい」

「そうだな。私が奥の扉まで同行しよう。シオン、君も一緒に来い」

「あ、はい!」

「コーディエライト先生、私はあちらからそのまま魔獣の背後陣営に着きます。先生はロイ副団長の方に」

「承知しました。アスター達も気をつけるのだぞ。ルビー…、お前もすまないな…。こんな主人で悪かった」


 ルビーは小さく『ミィ…』と鳴き、去って行く主人の姿を目で追っていた。


「ルビー、大丈夫だ。コーディエライト先生もまた後で会えるさ」


 そう言いアスター様に抱き上げられ、私達はそのままクリス皇子達に導かれるように前を進むこととなった。


「それにしても、先ほどの遠吠えの策はすごかったな」

「あ、あれはヴィオラ様が考えてくださったんです」

「そうか。おかげでだいぶ戦いが楽になった」


 その言葉に自分も皆の役に立てたのだと思えて少し嬉しくなった。だが、ヴィオラ様がいるというのに、私が前を歩いていいのかな…。ちらっと後ろを見ると、ヴィオラ様はアスター様と一緒に何かヒソヒソと会話をしているようだった。


(俺の言った通りになったな。本当に皇子が同行するとはな……!)

(まっ、まぐれですわ!それにわたくしの為だけではないですしっ!!!)

(へぇ…、というかもっと傍に行かなくていいの?)

(タイミングってものがあるでしょう?今近くに行ったらグチグチ小言を言われるだけですわ!)


 近寄りすぎず、遠すぎずの距離感が良いのだとヴィオラ様は小さく呟く。


「ルルも一緒に音を出してくれたのできっと効き目があったのかも知れません。すごく賢い子で…」

「…そこなんだが。ルルは犬だろう?対する魔獣の大半は狼型。知っているかい?犬と狼は似て非なる動物なんだ。犬は高音に本能的に反応する性質があるが、狼はそうではない」

「……え?」

「なぜあのような反応をしたんだろうね?」


 その質問にヒヤッと嫌な汗が流れる。クリス皇子は私の歌について探っていたのだと遅れて気づく。自分でもどうしてあのような結果を出せたのかはわからなかった。けれど少なくとも私の血筋の光属性の要素がなにか作用した可能性は高いということだ。


「そ、そうですね。私も不思議で…」

「知らないでそのような策を試したのかい?君は意外と思い切りの良い性格なのだな」


 誤魔化そうとした言葉を遮るようにして発せられたクリス皇子の言葉に、私は目を泳がせながら曖昧に微笑む。


「きっと皆自分達の出来ることを試行錯誤してまたたまそれが当たったんじゃないですか?ね、ティアラ嬢」

「ええ、多分、きっと!」


 シオン様がさりげなくフォローを入れ扉に着いたと話を早々に打ち切ってくれた。すごくすごくありがたい。


「シオン。お前怪我してただろう?なんで先生に治してもらわないんだよ。ついでに直してやろうか?」

「あ、あー…。もっと重症な人が多かったから後回しにしてただけだよ。これくらい平気だよ。アスターだって本当はもう魔力そろそろキツいんじゃないの?」

「うっ、バレたか」


 当たり前だとシオン様が笑う。その会話に思わず二人を交互に見てしまった。双子特有の特性なのだろうか。なんだかとてもすごい…。


「それじゃあ、またな…。会長もありがとうございました」

「ああ」

「お、お待ちになって!…クリス様、わたくしはやっぱりここに残りますわ」

「ヴィオラ嬢、本気で言っているのか?」

「本気ですわっ!!成り行きでここまで来ましたけれど、仮にもわたくしはクリス様の婚約者。何もしないわけにはいきませんもの」


 秘密だって、守りますわよ!?と、強い目力でアスター様にそう伝える。それを横でクリス皇子が静かな面持ちで黙って見ていたが、ゆっくりと口を開いた。


「その心意気は認めるが逆に足手まといだ。君の魔法はせいぜい補助魔法適度。しかもそのほとんどがルル専用といったところだろう?それで何ができるというのだ?」

「うっ!なぜ知って…」

「それくらい造作も無いことだ。君は大人しく避難するんだな。地位を気にするようであれば避難場所で救護活動にあたればいい。それくらいならヴィーにもできるだろう?」


 冷たい口調に不安になるも、ヴィオラ様は負けじと言い返そうとしたその時だった。



 ーードッと強い音と共に狼型の魔獣が扉を破って飛び出してきた。


「キャアア!!!」


 クリス皇子が咄嵯に剣を抜こうとしたが、よく見ると魔獣はすでに息絶え突き刺さった大剣を黒い制服姿の男がグッと引き抜く姿が見えた。


「アル兄さん!!?!」

「兄貴っ!!!!」


 シオン様とアスター様が同時に叫ぶと、先ほどまで鬼神のような勇ましい表情だったアルベルト様がケロッとした顔を向ける。


「あっ!お前らここにいたのか。ティアラも大丈夫だったか!」

「は、はいっ」


「……ハッ!!来るぞ!!散れっ!!!」


 キメラ型の魔獣の雷光が放たれそうになるもアルベルト様が咄嗟にシオンの剣を引き抜き投げ打った。剣はキメラの顔を掠め軌道が外れて私達の頭上を掠める。


「こっちだっ!」


 クリス皇子に手を引かれ逃げるも扉は塞がれ、私達は二手に分かれてしまった。





「あのさぁ…、来て早々扉壊すとかどういうこと?」


 二手に分かれたティアラのいない方…。アスターはルビーを撫でながら兄に悪態をついているところだった。


「しかもその服、救護班は?」

「兼用。生徒の隊員も一応割り当てられてたんだ。でもあの白い服着てたら目立つだろ?お前達もなんであんなところにいたんだ。攻撃してくれって言ってるようなもんだろ?」

「うるさいな。俺達は兄貴がボロボロにした扉から避難しようとしてたとこだったんだよ。それなのに…。来るなら来るでもっと早く来いよ!!」

「ま、待って二人とも、こんな時に兄弟喧嘩はやめなよ」

「あ、そうだ。シオン!お前も腹見せろ。怪我してんだろ?」

「はあああっ!?今それ言う?!ヴィオラ嬢もいるのにアル兄さん無茶言わないで」

「………ん?ああ、クリス皇子の…」


 三兄弟のごちゃごちゃを呆気に取られながらヴィオラは眺めていた。ハッとして名前を改めて伝えるもアルベルトはそっけなく挨拶するだけで手持ちの薬をシオンに差し出す。


「何…これ?」

「何って、痛み止めだ。アスター、お前回復魔法できるか?少しでいい、後は錠剤に魔法効果上げる薬草が混ざってるから徐々に効き目が出てくる」

「あ、まぁ…できるけど」

「やらなくていいっ……!!」


 シオンはキッとアルベルトを睨みつける。その傷は兄がずっと注意していた点を直さず軽視して起こったもの。その痛みは自分への戒めのようなものだった。だが、そんなことなど構わずアルベルトは容赦なく指で押す。


「あぐ、ぃいっ……たああっ!!!!何するっ…んっ!!マズッ!!」

「お前は深く考えすぎだっ。痛みより状況を見定めろ!!アスター、回復っ!ほら早くしろ!」


 アルベルトは簡単に傷の具合を見ると無理矢理シオンの口へ薬を放り込む。


「え、えぇ…。相変わらず容赦ない…」


 兄の行動にドン引きするアスターだったが、仕方なく杖を握る。しかしそこにヴィオラが待ったをかけた。


「あの、小さな回復でもよろしいのでしたらわたくしがやりますわ。あなたはもう魔力があまりないのでしょう?」

「えっ、いやでも…。少しくらいなら…」

「いいんですの。わたくしも力になりたいのです」


 ヴィオラは気丈に振る舞っていたが、やはり先ほどクリス皇子に言われたことを気にしていたのだ。彼の言い方は冷たかったが安全面も確保できた的確な指示だった。……頭ではわかっている。だが、彼女もまたそれを素直には受けめられるほど大人にはなりきれていなかった。


(殿下はいつもわたくしを外に追いやろうとする…。わたくしだって…役に立てますわ!!)


 ポゥッと優しい輝きが指輪に灯り、シオンの腹部に手を翳すとスッと痛みが薄まったのかシオンの表情が柔らかくなっていった。更に水魔法で喉を潤せる程度の水も用意してやる。


「ヴィオラ嬢、ありがとう…。おかげで口の中もだいぶマシになったよ」

「あ、い、いえ。当然のことですわ!」


 素直に感謝を述べられ、そういった場に慣れていないヴィオラは戸惑い、つい顔を背けてしまった。


「で、状況は?」

「ここのは中央の奴らだけ。狼型はキメラ型に変形する可能性があるんだけど狼型は粗方片づけた。キメラ型はさっきの雷と再生が厄介だね」

「え?あいつそんなことできるの?!」

「うん、一体目はクリス皇子が倒したんだ。あれは、二体目。狼型に食らいついたと思ったら再生したんだ」


 だから、当初は分散した戦い方をしていたのだと説明する。


「ふうん。なるほど。シオン、ほら、これ使え」

「え?…わっ!」


 無造作に転がっていた帝国兵の剣を放り投げられる。


「アスターもどこかで剣拾って参戦だ。魔法が無理でも剣はまだ振るえるだろう?」

「それはまぁ。あ、でもティアラ嬢達が…!」

「あっちには皇子がいる。それに()()()が黙ったままでいるわけないだろ」

「……え?」

「大丈夫だからお前は一緒に戦え。それからヴィオラ嬢、せっかくだ。これを任せたい」


 手元に渡されたのは薬が入った小瓶だった。


「さっきみたいにやればいい。救護の一角があるはずだ。そこに潜り込めばある程度の攻撃は防げるだろう」

「………!」


 自分でもできる役目を割り当てられ嬉しくなる。コクコクと頷き彼らと一緒に下に降りることになった。





 分断されたもう片方。私達はすでに中央のエリアまで降りて、選手側の観戦席の奥まった場所にいた。今は臨時の救護エリアとされその場所ではシノン・グリンベリル卿や数人の魔術師達が手当にあたっていた。クリス皇子にここならまだ安全だからと連れて来てもらったが、負傷者を前に私達もそれに混じり手伝いをすることにしたのだ。


「クリス皇子、遅いわね…」

「うん…」


 クリス皇子は、帝国兵に呼ばれ、気を失っていたガラナス皇子の元へ行ったきりなかなか戻って来ないのだ。苦戦するキメラに対し、ガラナス皇子に何か弱点がないか少し聞くだけだと言っていたのだが…。


「私、ちょっと様子を見てくるわ」


 私はクレアにそう言うと、通路の奥に行ってみることにした。クレアは回復魔法が使える分ここでは引っ張りだこだし、外の状況もあまりおもわしくない様な気がしたのだ。





 薄暗い部屋の一角。そこにガラナス皇子は捕らえられてた。見張りを設けていたが、今は席を外す様にと兵に告げていたのでここにいるのはクリス皇子とガラナス皇子の二人だけだった。


「目覚めた途端、そういう行動に出るのはわかってましたよ。兄上…」

「グッ、ガハッ!!!!」


 クリス皇子がガラナス皇子に近づいた瞬間、攻撃魔法が襲い掛かってきたのだ。だが既に予期していた彼は逆にガラナス皇子に直撃するように操作し返したのである。不敵な笑みを浮かべる彼を前に縄で縛られたガラナス皇子は痛みに悶え苦しんでいた。


「な、なぜだ…?」

「なぜ、ですか?ククッ、あなたがこれを機に城内の宝珠破壊を企てるなんて分かりきってましたよ。だから二重に封印を敷いていたのです。一つ目は一般魔法の封印、二つ目は禁術とね?」

「くっ!!!」


 彼の肩には金の鳥がとまっていた。その鳥か皇城の状況も見張らせていたのだ。


「兄上一派の者たちを少々泳がせていましたが、こんなにも簡単に引っ掛かってくれるとは。一つ目の封印を破ったところでエルスター侯爵達に捕まえてもらったんです。証拠作りはこれで充分でしょう…」

「ク、クククッ、やはりお前は食えんな…」

「それは兄上も同じことでは。ここで一騒動起こして、失敗しても魔獣の暴走と爆発に乗じて皇族共々亡き者にしようとも考えていたのでは?」


 金の鳥の報告では兄リアムの寝室も襲撃を受けていたのだ。だが流石エルスター侯爵というべきか、既にそちらへの侵入者も排除していたのである。


「ーーああ、そうそう。ようやく起きたそうですよ…?陛下達がね」

「…なっ、なんだと!……リアムもか!?」

「………ええ。ですからこれ以上あなたが何をされても無駄というわけです。ああ、違うな…。ここでもし()()()殺されても誰もなんとも思わない、かな?」



 ◆



「クリス皇子ーー?どこですか…?クリス皇子ーーー」


 救護エリアの奥へ進むも、辺りは薄暗く、なんだか怖い。私は少しずつ進みながら声を出してみることにした。


「どこですか?何かあったんですかー?クリスおお…」

「………ここにいるよ」

「わっ!!び、びっくりしました。急に現れないでください!…というか、血っ…?!」


 クリス皇子の顔色は辺りが暗いせいか具合が悪そうに見えた。私は咄嗟に何か拭えるものを探してみたが何も見当たらない。真っ白だったワンピースもいつの間にか汚れてボロボロになってしまっていた。けれど、あっと閃き、腰の黒いリボンをシュルシュルッと取り外しすぐさま手の傷へと覆うことにした。


「こんなものですみません」

「………なぜ、そんなことをする?」

「……え?だって止血しないと…」

「これは返り血だ。ガラナス皇子がなかなか吐かないから少々痛めつけていたんだ。だが君の声が聞こえてね?」


 それでやめたのだと平然と答えるが、その氷の様な瞳に思わずブルッと震えてしまった。


「ガ、ガラナス皇子は…、その…」

「ああ、生きてるよ。問題ない」

「あの…クリス…皇子は、『大丈夫』ですか?」


 無言でだがその瞳は「何がだ?」と語る。


「あ、いえ……」


 傷はなかったですもんね…と消えそうな声で返事を返し、手の甲についた血を拭ってあげた。どうしてだか、すごく彼が危ういような気がしてならなかったのだ。


「……キメラの情報を聞いた。ここは暗い。戻ろう…」


 頷くと彼は私の手を強く握りしめてきた。私はそれ以上語らず救護エリアの明るい場所へと歩みを早めた。



 ◆



 陣形は変形し、扇型の後方からの攻撃体制へと変化し武器庫から槍や弓に切り換える者や、数人の魔術師が魔法で動きを制限を掛ける作戦へと切り替わっていた。


「皆の働きにより魔獣もあと一体目、大型キメラのみとなった。ガラナス皇子に問い詰めたところ、キメラの再生の核となっているのは体内の精霊石。そこを探し出し打ち砕く。そして、あの凄まじい雷光だが、三発目を打った後そのまま自爆するらしい…」

「な、なんですって……」


先ほどとは打って変わって、クリス皇子の表情はいつもの皇子らしい顔つきに戻っていた。クリス皇子の隊にいたフレジアとジディス卿も今はこの場に参加している。


「そこでだ。ロイ副団長達やコーディエライト先生がキメラを引きつけている間に核の場所を探りたいのだが、クレア嬢…。君の力でキメラに埋まった精霊石を見ることはできないだろうか?」

「え……、は、はい!!」

「私達もサポートするわ」

「後ろから見てくれたらいいよ」


 フレジアとジディス卿に言われクレアは固くなりながらも隊の後方について行く。私とヴィオラ様は救護エリアでその様子をハラハラしながら見守るしかなかった。ルルやルビーもそこでは静かに毛繕いをしている。ヴィオラ様は自分にできることを尽くすといい治療に専念していた。私もそれを手伝う様に寄り添っていたのだが、どうしても気持ちは外の方に向いてしまってならなかった。


(皆大丈夫かな……)


 外では既にロイ副団長の指示を受けアルベルト様が先導しキメラを引きつけるように戦っていた。シオン様やアスター様もそれに加わる形だ。流石兄弟だからなのか、息の合った連携攻撃はキメラをうまく中央へと誘い込んでいる。しかし、アルベルト様が腕を切り落としてもキメラは再び再生を繰り返していた。


「あれじゃ、きりがないわ…」

「そうだ。一体目の時と違ってあいつは他の魔獣を共食いしている。多分そのせいもあるんだろう…」


クレアはクリス皇子に連れられ端の方からキメラの動きを見張っていた。その近くではフレジアやジディス卿達が弓を引き、グリンベリル卿も先生と一緒に魔法での応戦に参加していた。


「………み、見えた!見えましたっ!!!首です!!首を狙ってくださいっ!!」


 その声が合図となり、周囲は率先して首に狙いを定める。しかし、キメラは叫び声を上げ、弓や魔法を薙ぎ払い有ろう事かクレアの方へと迫っていく。口からは雷光が放出される間際だった。



 危ない!!



 そう思った時には飛び出していた。知られてしまったとしてもいい。この指輪で大切な人達を守れるのなら…


 一瞬カッと眩しい光が広がり何が起こったのかわからなかった。


 気づいた時には身体がフワッと何かに包まれていた。ゆっくりと瞼を開けるとそこには黄金の髪色と端正な顔つきの男性の顔が瞳に映った。



「なんとか、間に合ったみたいだね」



 そう微笑みを向けられるも、口は開いているのに声が上手く出せない。周囲からの声でカイル様が投げた剣でキメラを討ち取ったのだと理解するも、視界がぼやけて涙が溢れて止まらなくなっていた。


 カイル様だ……


「ぁ……ぅ…っ」

「ごめんね、だいぶ遅くなってしまった…」


 優しく涙を拭われるも、触れられた目の縁から指先の温度を感じ涙のしずくが雨のように流れ落ちた。


「カイル…さま……」


 もう限界だった。ずっと逢いたかった。私は埋もれる様に胸に顔を寄せ嗚咽を漏らす。カイル様は何も言わず、ただ黙って抱きしめてくれていた。そして泣き止むまでボロボロになった私の姿をそっとマントで覆い隠してくれた。






・ようやくこれで長かった大会イベントは終了です。次回は甘々にしたいです。

・カイルの技は早すぎて見えなかったみたいな感じです。(消える魔球…)

・エルスター三兄弟とヴィオラは一応お互い知り合いではありますがこれといって仲がいいわけでもなくカイルと同じで「知ってる」程度です。

・犬の遠吠えをオオカミに聞かせた場合、ソワソワはするようです。でも釣られて遠吠えはしないです。例外は多分あるかなとは思うのですが…。


・『ティアラのお茶会部屋』にて時系列的に大会後の小話「ハロウィンパーティー」を載せています。



最後のシーンのティラとカイル。フワッと何かに包まれていたのとこあたり。抱き締められて実際足が浮いた、みたいな…。小説と絵でもってだいぶ表現が変わるなって思いました。(10/20更新)


 挿絵(By みてみん)

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