帝国の秘密
・いいね、ブックマークありがとうございます。
・今回はクリスの過去の話です。
※戦いの場面があります。ご注意ください。
※下に補足文を足しました。
※メイドは格下となる為クリスの母フィローネ妃をメイドから侍女に変更しました。
-真っ白な紙に色を落とす-
-初めに落とした青に赤を足せば紫に染まる-
-次は何色に染めようか……-
「クリス皇子殿下、また絵を描いていたのですか?」
家庭教師が呆れた様子で声を掛けてきた。
誇り高き皇家の血筋である貴方様は、そんな下民のような事をしてはなりません。他者から侮られぬ様に教養、品格、威厳、礼節全てにおいて秀でていなければならないと。
ー貴方様は『皇子』なのだからー
何度となく繰り返された言葉だった。
◆
「素晴らしい!どの教科も申し分ない。やはり早期に絵描きなどという無駄なものを捨てたお陰でございますな!いやはや、これではもう私が教えるものも無くなってしまいますなぁ」
嬉しそうに微笑む教師は、どこか誇らしげだった。
「ありがとうございます。私も、そう思います」
「ええ、ええ。誠に将来有望であられますな」
「はい。ですから…、先生とお会いすることも今日で最後かと」
その言葉に、教師の笑顔は引き攣ったようにピタッと止まる。
「あなたも。…もう、いりませんよね?」
困惑が徐々に動揺に変わる。その様子を見て私はただ笑みを浮かべていた。
もとより彼が私の教師として遣わされたのも過去の過ちから行き場を失い配属されたに過ぎない。それらを利用し追い詰めると彼から様々な色が溢れ出た。
恐怖、懇願、嘲り、憤怒
人間とはこんなにも感情豊かな生き物なのかと興味が湧いた。そして彼はそのまま帝国から捨てられることとなった。
『先生…、私の画材道具がないのですが』
「貴方様には必要のないものです」
唯一の楽しみさえ奪われ涙を流す幼い自分が瞼の裏に映り込む。
紙も筆も絵の具も、何もない…
何も……ない
ーならば自分自身で作りだせばいいー
人の心から…感情という名の色を引き出し
混ぜて…狂わせて
混沌の色にする。
『さぁ、次は誰にしようか…』
生きる価値を見い出せない『私』にとってその狂気的な遊びは唯一、心の揺らめきと満足感を感じさせる瞬間だった。
◆◆◆
私が14、15歳くらいになった頃。陛下個人の書斎に招かれた時のことだった。
『皇位はいずれお前に譲りたいと思っている…』
陛下の突然の言葉に耳を疑う。
「ご冗談を…。私にはできません」
苛立ちを抑え、澄ました顔でそう答える。だが、父の真剣な眼差しに戯言ではないと悟る。
「ずっと心に留めていたことだ。お前はフィローネの忘れ形見…せめて…」
「兄上達がおります。あの方々を差し置いて私が前に立つなどありえません」
話し終える前に正論を述べる。それ以上は聞きたくなかった。
「リアムは…穏やかで誠実に育った。宮廷貴族達の不正に目を向けてはいるが、真正面からぶつかってばかりで解決にはなっていない。むしろあれでは悪手になってしまう」
リアムはこの腐敗した帝国内部を注視し改善を求めていた。また、古き習慣や価値観を変える為、教育にも目を向ける。 帝都のノヴァーリス学園は共学ではあったが男女での勉強カリキュラムの差が大きかった。その点を指摘し、改善を求めたり、階級格差を無くすよう学園方針として取り入れる改革を行ってもいた。
新しい風を取り入れることは良い面もあるが、納得しない貴族も多い。そのような貴族の反発心を煽りかねないと父は危険視していた。
「ガラナスもだ…。あやつは家臣の言葉を間に受け他国よりも最も優れた国と盲信している節がある。この西の大陸全土も統一できると豪語しているが、それは今行うべきことではない」
この大陸の国々は長きに渡り領土争いを続けていた。その戦いの最中、帝国は着々と領土拡大を成し遂げるに至るも、度重なる戦争により国土は荒れ果て、多くの血が流れ疲弊し、国力を落としていった。それを危惧した先代皇帝が多国間との和平条約を取りまとめたことでようやく平和が訪れたのだ。
「民の心には今だに当時の恐怖が根強く残っておる。恐怖や差別からスラムに身を置く者も多い。あやつはそこに重きを置こうとしない」
陛下は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
ガラナスとしては和平条約が敷かれたとしても、多国間との間での騒動や資源を有した地域を巡っての小競り合いが今も絶えない現状が煩わしいのだろう。両国間での長期交渉よりも武力行使での早期解決と資源獲得を狙いたいというところか。
「…ですが、私には兄上達に対抗できるような後ろ盾がありません」
上げるとしたら母フィローネのモース子爵家と婚約者ヴィオラのクレバス侯爵家だが、第二、第三皇子の祖父にあたる宰相やその一派は納得しないだろう。
もとより、事の始まりは現皇帝の父アウルムの縁談の時まで遡る。その時から既にズレが生じていたのだ。
その縁談は父アウルムと現正妃、そして宰相の娘のガーネット・グロシュラーとの間で執り行われる予定だった。しかしアウルムはそこに同行していたガーネットの侍女フィローネ・モースに一目惚れしてしまう。
当然周囲からの反発は大きかったが、アウルムは子爵出のフィローネをクレバス侯爵家の養女とし強引に婚約を結ぼうとする。されどフィローネは宰相家とモース子爵家との関係を重視しその話は一度取りやめとなってしまう。
それもそうだろう。母フィローネは父への想いはあれど、そのまま婚約を受ければ自分だけでなくモース家も潰されかねないと考えたのだろう。
誰もが望まない状況に、一つの打開案が投じられる。宰相が重臣達を沈静化させ、特例としてガーネットを正妃に、フィローネを側妃として迎え入れることを提案してきたのだ。
先代皇帝だけは最後まで難色を示していたが、若きアウルム皇子はフィローネの懸念していた宰相家とモース家の関係を保つことができ、貴族達もようやくまとまりを見せたこともあり、不安材料はありつつも、安易にそれを受け入れてしまった。その先に悲劇が待っているとはつゆ程にも思わなかったのだろう。
(愚かな…ここで私が皇位を継げばまた貴族達からの反発と混乱が起こるとなぜわからないのだ)
公より私を。それも今になって。身勝手な善意を押し付けられ私は怒りに打ち震えそうになるもその想いをグッと抑えやり過ごそうとした。
「問題ない。フォルティス侯爵家を味方につければ良い」
「フォルティス卿?確かにその者は中立派の中心となる有力貴族ではありますが」
「良い方法がある。フォルティス家の息子がもう時期こちらに帰国する…」
そこで私はカイル・フォルティスの存在を知ることになった。彼の隠された能力、その膨大すぎる魔力が引き起こした事故。ティアラ・レヴァンへの禁術魔法。彼の弱みを握り服従させるようにと命を受ける。
「では、全ては陛下の仰せのままに…」
安い言葉を舌に乗せ微笑むと、陛下は安堵と疲弊した表情を見せた。年齢に比べ父に覇気はなく、まるで年老いた老人のようにさえ見える。母フィローネを亡くし、父は徐々に精神を蝕まれ鬱々しくなってしまっていた。
(今はせいぜいその言葉を信じて安堵していればいい……)
部屋を出ると、心の中でどす黒い微笑みがこぼれ落ちた。父の希望がどのように打ち砕かれ絶望していくか…。考えただけで胸が躍る様だった。
『陛下も、皇族も…全て。混乱の色で染まってしまえ』
◆◆◆
「皆揃いのようで。陛下、急にお呼び立てとは如何様でしょう?」
皇城の内奥の部屋に呼ばれたのは三人の皇子。そして先ほど最後に入って来たのはガラナスだった。皇帝陛下の側には宮廷鑑定士が一人控えている。だがそれ以外の者は入室を許さず、護衛騎士も部屋の外に留め置かれていた。
「皆を集めたのはこの為だ」
陛下が目で指図すると宮廷鑑定士が装飾品を皆の前に見せる。
「これはリアムのものだが贈ったのはガラナス、お前だそうだな…」
「…………」
それは兄リアムがレイアード領方面へ視察に出る直前にガラナスから手渡された品物であった。
しかしその精霊石には禁術の詠唱魔法が細い糸の様に付与されていた。視察後すぐに宮廷鑑定士が気づいた為、影響を受けることはなかったのだが……。
「それは毒の禁術詠唱だったと聞く」
「……だとしたら、どうするのです?」
この場にいる皇族で禁術を使えるのは三人。陛下と私は精神系、ガラナスは毒系の禁術魔法を扱うことができる。リアムには禁術こそ授からなかったが、魔法威力はガラナスや私を越えるほどの能力を持っていた。
それゆえガラナスに疑いの目が行くのは当然の流れとも言えることだった。
「言い逃れができるとでも思ったのか?ならばこれを見よ」
宮廷鑑定士が鑑定魔法を掛けた後、陛下が王笏を掲げるとほのかな光が放たれた。
問題となった精霊石とリアムの喉元、そしてガラナスの胸部に同じ模様の魔法跡が浮かび上がる。円状のその模様は王笏の力により鑑定士以外にもはっきりと視認することができた。
「その魔力跡は強い魔法を使った時に現れるものだ。今回は未遂だったが長期間禁術詠唱を受けていた。表面状の変化がなくともリアムの首にも跡は残る。胸に浮かぶのは魔法を使った者の証。ガラナス、諦めるのだな」
「どうして…どうしてだ、ガラナスッ!」
リアムは未だ信じられないといった表情のまま固まっている。いや、信じたくなかったのだろう。
「ククッ、どうしてだと?元はと言えば、父上が悪いのですよ。いつまで経っても皇位継承者をお決めにならないからだ。日に日に衰えを見せる陛下に皆不安を募らせている。だから私が力を示したまでのこと…」
ガラナスにとって禁術魔法の露見はさほど大したことではないようだ。リアムが帰還した時点でこうなることは予想がつく。
(それでもこの場に来たのは、やはりこの男……)
「戯言を!!自分の行動を正当化するつもりか!もはやお前は北の地に幽閉するしか手が無さそうだな…」
「はっ!決断力のない父の為に行動したというのに罰するというのですか!!ははっ、何という仕打ち…!ならば、クリスも同罪ですよ。その精霊石や情報はクリスからもらったものですからね」
確かにガラナスの言う通り、あの石はコーディエライトが作ったものだ。彼が研究所から追放された時、学園へ導き支援者という形でこちらの配下に引き込んでいたのだ。
「もらった…というより、クリスが陛下へ報告するはずだった研究成果の試験品と資料を半ば奪ったと言った方が正しいんじゃないのか?!」
「さほど変わらないことだろう?なぁ、クリス?」
「………」
兄二人の会話に対し、私は口を開くことはしなかった。このようなことは今に始まった事ではない。ガラナスは昔から欲深く、人の物を奪おうとする傾向があった。
ーだから今回はそれを逆手に取り、わざとそう仕向けたまでに過ぎないー
通常の精霊石では禁術魔法を付与することができない。だが、詠唱であれば膨大な魔力を入れなくて済む。強力魔法の詠唱実験結果をチラつかせ、さも禁術もその理論が通用すると具体要素を盛り込めば彼は非常に良く食いついてきた。
ただ、ガラナスの目論みどおりの結果にならなかったのは、所詮は机上の空論。禁術での実験をしたわけではないのだ。思い通りにいくはずがない。
「クリスは帝国発展の為の活動を研究支援していたに過ぎない。筋違いにも程がある」
喋らずとも他者が擁護に回ってくれる。陛下も随分と『私』を信用しているようだ。だがまさかこの混乱を作ったのが私だとは思いも寄らないことだろうな。
ーだが、これだけではまだ足りない…ー
殺伐とした空気の中、ただ一人、冷えた心でそんなことを考えていた。
「帝国の発展……?本当にそれだけだと思っているのか。過信しすぎなんじゃないのか!?」
そういうなりガラナスが手を掲げ陛下に炎の魔法を放つ。宮廷鑑定士が悲鳴を上げるも瞬時に水の壁が彼らを覆って炎を防いだ。
「クリスッ!!」
「ククッ、やはりお前だけは躊躇いがないな」
防御と同時に利き手に風魔法のかまいたちを喰らわせ腕に傷を負わせたのだ。剣での攻撃を崩す為に…。
「ガラナスッ!お前という奴は!!父上にまで手を掛けるつもりなのか!!」
「話が合わないのならば、仕方のないことだろう?だが、そうだな…。このまま俺に皇位を譲るというならば命までは奪いはしないさ。兄弟…だものな?」
ガラナスが詠唱魔法を唱え始める。周りに光の輪が徐々に大きく形を成していく。その隙に宮廷鑑定士がもたつきながらも外へ助けを求めようと動いた。だがガラナスの剣が容赦無く彼を襲う。
「ぐぁああっ!!」
「扉には既に防音と重力魔法を仕掛けている。無駄な考えはしないことだな…」
腕の怪我が邪魔し、存分に剣を震えなかったのだろう。宮廷鑑定士は倒れつつも傷はさほど深くなさそうだった。
「ガラナス、やめるんだ!こんなことしたって無意味だろうっ!」
リアムが水と風魔法で吹雪を作る。少しでも詠唱を止めさせようとするも彼の詠唱は止まらない。
(発動されてはややこしい。少し煽るか…)
「陛下、禁術の許可をっ!」
律儀に禁術の許可を取ろうとする。いかにも従順な息子を装いながら。
「クリス、お前も止めるんだ!ガラナスお願いだ!他者を傷つけてまで争うなんて馬鹿げている!!私達がそんなことを繰り返せば一生武力での解決しかできない!」
「リアム、もはやあやつに会話は届かぬ。経験せねばわからんのだ」
「父上!それはっ」
やっとのことで陛下が宝珠を掲げる決断をする。それは歴代皇帝に引き継がれる魔法封じの神宝だった。その威力は凄まじく、封じた相手は一定の間死に近い激痛が走る。だがもう止められないと感じたのだろう。
「ガラナスよ、父として、お前を正さねばならぬ」
宝珠は父の魔力を通し眩い光を纏う。だがガラナスの詠唱も完了してしまい、金の鎖が陛下めがけて襲い掛かる。
凄まじい強力魔法がぶつかり合い光の波動が部屋全体に広がった。
「ぐああああっ!!」
「うわぁっ!!」
陛下や兄達の悲鳴と共に室内に暴風が吹き荒れる。
「……っ!」
光が収まり瞳を開けるとそこには陛下を庇うように倒れ込んだリアムと魔封じの影響で心臓を抑え蹲るガラナスの姿があった。
「うっ…はっ、はぁ……」
呻くガラナスをよそに陛下とリアムの方へ駆け寄り状態を確認する。リアムの外傷はさほどない。昏睡状態といったところか。
「陛下、お怪我はございませんか?」
「……うっ、あ……へい…か?」
私の声に反応して瞼を開いた陛下が今にも消え入りそうな声で言葉を真似てきた。爆風の衝撃で受けた打身に回復魔法を施す。その間も陛下は自分の手をゆっくりと動かし何かを確かめるような素振りをしていた。
(なんだ…?何処か様子がおかしい…)
「どうされましたか」
「…クリ…ス…。なぜ、私が倒れているんだ?」
「………え…?」
◆
ここで誤算が生じてしまった。
強力な魔法がぶつかり合う場にリアムが間に入ったこと。そして何より神宝を使ったこと。それらが奇妙に重なり合い、リアムの体内の核である魔力と意識が弾き飛ばされ父の中に移ってしまった。そう考えるしか他なかった。
リアムはいわば魂だけ陛下に乗り移り、体は昏睡状態。父は自身の禁術と体が密接に絡んでいた為、意識が他者に飛ぶことはなかった様だ。
側にいた宮廷鑑定士によると、父の魔法跡が陛下の首に残っているという。それはリアムが父の方から受けた魔封じの後。リアムの意識が陛下にある為、陛下の首にそれが見える様になっているのだろうと語っていた。
「陛下の体内に二つ大きな光があります。その…不敬ではありますが、亡くなられていたら二つあるということはまずあり得ません。陛下はきっと自身の中で深い眠りについてしまっている。ですが、何か刺激なるものがあれば意識は浮上できるかと…」
意識が浮上すれば胸部に浮き上がり、リアムの意識もまた自分の体に戻るのではないかとのことだった。このことは我ら三人の皇子と一人の宮廷鑑定士のみが知る極秘内容となる。
父に乗り移ってしまった以上、リアムが代行政治を担うことになってしまった。ガラナスは納得いかない様子だったが、彼はすでに捕らえられリアムが裁く立場となっていた。ガラナスの意見は通らない。
「このような立場になってしまってすまない。ガラナスのことも…」
「いえ、私は構いません。それよりも、元に戻れるよう一緒に考えていきましょう」
王座に座る彼に、励ましの言葉を掛ける。反対側には宮廷鑑定士が控えている。彼もまた常にリアムの側に置くようにさせたのだ。
ガラナスについては皇城の西の塔で一年間の軟禁。その後も魔力は封じられ、リアムの監視下に置かれることとなった。それらはリアムからの希望であり、甘い采配に寝首をかかれそうだと思ったが、まぁいい。その方が、また面白い動きを見せるかもしれない。
私はまた静かに、次の機会を探すことにした。
・悪役令嬢に出るアホな王子がもし、アホじゃなかったらどんな王子になるのだろう?という部分から生まれたのが『クリス皇子』でした。
・アホじゃない→定番王子、賢い王子、高慢王子、サイコパス王子など。色々な王子を考えて、クリスには色んな表面的な皇子の顔を演じてもらいました。けれど最終的に大きな性格を作ったのはサイコパス要素。でも正常な価値観や判断も少しある。今後もその変化を見て頂けたらなと思います。
【補足】
(それでもこの場に来たのは、やはりこの男……)→の時点で、クリスはガラナスがこの場に現れたのは殺意と攻撃してくる可能性があると気づき、咄嗟の反撃魔法を用意していた感じです。ちょっとわかりずらいかなと思ったので一応補足です。
※魔法補足
・弱い→強いに掛けて、時間が掛かったり詠唱魔法が必要になるといった感じです。




