秋の剣術大会2
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会場は静まり返り、ステージ中央では少女の透き通った声だけが響き渡った。
透明なその声は次第に歌を紡ぎ、女神がふわりと降臨する。そう錯覚させるほど神秘的な歌声だった。
ピアノの音が颯爽と駆ける天馬の蹄のようにテンポよく奏でられ、ハープやフルートが緩やかに揺れる草原のように。女神が天馬に乗り駆け抜けていく。
バイオリンや打楽器が加わると徐々に迫力ある演奏へと変化する。歌を聴いているというのに、そこには神話を連想させる神々しい映像を間近で見ているかのようだった。
―さあ、立ち上がれ 光の子らよ
騎士の誇りをかけて いざ立ち向かえ!
恐れに打ち勝ち 剣を高らかに掲げよ
この若き英雄を 勝利に導きたまえ―
その歌声に、演奏に、誰もが聞き惚れた。それは、この場にいる全ての人々の心に深く響き闘志を掻き立てるものとなった。まさにこの剣術大会にふさわしい始まりの歌だった。
◆◆◆
開会式が始まる少し前。カイル様の元から自分の座席へと戻る最中の出来事だった。
観戦席には既に多くの生徒が入場していた。白と黒の衣装の生徒が座る演奏の会の指定席。その場所へ近づくにつれ、手を振る褐色の髪の人影が見えた。アスター様だ。その隣にはクレアもいる。
「おーいっ」
「アスター様!クレア!」
一階と二階を跨ぐ通路を通り彼らの傍へ足を速める。
「すみません、遅くなりました。クレアもごめんね」
「いや、俺も今さっき戻ったところだし」
「うんうん、こっちは大丈夫よ。ティアラの方こそ無事フォルティス卿に会えた?」
「ええ、お陰様でなんとか」
入場入りする時、クレアも一緒だったのだ。
プログラム関係者は一階に専用の指定席が設けられている。クレアの席もそこだ。そしてその隣の団体指定席が演奏の会の席。それ以外の一階、二階席は一般生徒席として自由に利用することができる。
なので、団体席の一番端の席を使わせてもらい、私の隣の一般生徒席二つをクレアとアスター様の席として確保することにした。
クレアは水晶の献上が終わったらこちらの一般席に移る予定だ。フレジア達の活躍を一緒に応援したいし…。皆で一緒にいた方が心細くないから。私とアスター様は少し席を離れていたのだが、その間クレアは席を確保して待っててくれていたのだ。
「結構席も埋まって来たわね。はぁ、ちょっと緊張してきたかも」
一階、二階席は生徒の制服の紺色で辺り一面染まる様に席が埋まっている。それを見てクレアはそわそわしながら両手を握りしめた。
「…ちょっとよろしいかしら?」
「ヴィオラ様っ!」
「ふふ、そんなに驚かなくてもよろしいんじゃなくて?わたくし、あなたのことずっと探していたんですのよ?」
「え?」
急に現れた意外な人物に思わず驚いてしまった。それに、探していたとは?一体どういうことだろう。
「ティアラさん、あなたもう席は決まっているんですの?」
「えっ、あ、はいっ。あちらです。演奏の会指定席の一番端で……」
腕を伸ばし、座席の方を指差す。
「ふぅ~ん……そう……」
「ティアラ嬢の隣なら俺達が座るから空いてる席はないぞ」
「まっ!…まだ何も言ってませんわ」
「でも、なんか隣に座りたそうな顔してたし」
もじもじしてたのに違うのか?とアスター様が尋ねる。
「それは…、その…(できたらそうしたかったけれど)……わたくしはただ応援しようと思って来ただけですわっ…!!」
「え?」
(応援……?ヴィオラ様が?)
「ルルのことがあったでしょう?あれから少しだけ効果がありましたの。だから…そのっ、………………わっ、わかるでしょうっ!!!!!!?!?」
その勢いに圧倒されるも、頬を染め恥ずかしそうに言うヴィオラ様には嘘や裏があるようには見えなかった。そう読み取ると自然と…、だんだん口元が綻んでしまった。
「あっ、ありがとうございます。嬉しいです」
「……っ!!」
こういうことは慣れていないのか、どこか気恥ずかしそうな顔をされている。
「ルル…ちゃん、良くなったんですか?」
「ちょっとだけですわ。オルゴールは興奮して逆効果でしたし。………けれど、あれこれやっているうちに少しずつ落ち着いてきたみたいで…」
「それは良かったです!あれ?でもルルちゃんは?」
付近を見渡すが、ルルの姿は見当たらない。
「ここですわ」
すっと手を差し出す。指には指輪が嵌められていた。
「これは?」
「まぁ、あなた何も知らないのねっ!」
ピシャリと言われビクッとする。
「はっ、あ、ち、違うのよ。そうでなくて………。すぅ…はぁ…。…コホンッ、これは使い魔を収める指輪なの」
「へぇ~……、初めて見た」
「そんな便利なものがあるのね」
アスター様とクレアがボソッと呟く。
「ふっ、ティアラさんはいいとして……。あなた達は仮にも魔術科の生徒でしょう?!学園ではまだそういう授業まで進んでないってことかしら。学院と違ってこれだから………!」
「……なにっ?」
カチンときたアスター様が身を乗り出そうとするもクレアが「まぁまぁ」と宥める。
「こうして収納して移動することもできるんですのよ?けれど、ルルが不安定になると魔法が効かなくて外に出さないといけないんですの。だから、ティアラさんの歌の間は休憩場所から聞かせて頂きますわ」
「あ、そう…なんですね」
ルルちゃん、私の声でやっぱり反応しちゃうのかしら。ちょっと残念。
「んんっ。コ、コホンッ…。わたくしはあなたの歌声、楽しみにしているの。……この意味、ちゃんとお分かりになっているかしら?」
「……。…………あっ!」
(もしかして、休憩所まで届くくらい大きな声で歌いなさいということ?)
頭を縦に振って見せると、ヴィオラ様は満足げに微笑んだ。そして「よ、要件はそれだけですわっ!」というなり優雅に髪を靡かせて去って行ってしまった。
相変わらず嵐の様な方だが、少しだけその風の流れが掴めたような気がした。
「……少し角が取れた感じ……?ティアラと仲良くしたかったのかしら?」
「……あっ…」
「角ねぇ……?俺のこと睨んでたけど」
「それはアスターがズバッと言ったからよ」
「そこは…。まぁ、ヴィオラ嬢には悪いけど、一応クリス皇子側の人間だから警戒しないといけないし」
「アスター様…」
私もクレアも急な対応は苦手なタイプだ。だから、そういう点も含めてアスター様を頼るようにとカイル様は言っていたのかも………。
「あの、なんだか嫌な役を押し付けてしまってすみません」
「いや、全然っ!俺もその為にいるんだしっ。クレア…笑うなよ」
「………くふふっ。だって、すごく顔真っ赤……」
「うるさいな。ほ、ほらっ!そろそろ席に戻ろうぜ」
そう言い足早に席に戻ろうと歩き出したその時だった―――
周囲からワッと歓声が湧き上がった。皇帝陛下が三階特別席の方に姿を現したのだ。
手を振る皇帝陛下と共に皇族や近衛騎士隊長、第一帝国騎士団隊長、上位宮廷魔術師、帝国の重役の方々が続々と後を続く。そこにはカイル様のお父様であるフォルティス侯爵の姿もあった。
皇族の席には皇帝陛下の他に皇妃陛下、第三皇子ガラナス殿下、第五皇女リリアナ殿下がそれぞれ並んでいる。だがその隣に見慣れた人の姿も見えた。
「…あら?カイル様だわ」
リリアナ皇女殿下の隣にカイル様が立っている。
「フォルティス卿は三階フロアだから廊下側じゃないのかしら?」
「そうだな。なんであそこにいるんだ?」
「あ、副隊長も任されたって言ってましたよ。…でも」
それでも学生の警備隊が表に出る必要はない。少し不思議だったけれど、お顔が見れたのは純粋に嬉しい。周りの熱気と一緒に思わず自分も手を振ってしまっていた。
(はっ!でもここからじゃ見えないか……)
挙げた手を遠慮がちに下ろす。しかしそんな私の行動とは逆に周辺から一斉に黄色い声が上りだしたのだ。
きゃ~~~~~~~
『ねぇ、今こっちを見たんじゃなくて?』
『目が合ったかも~~』
『違うわ!わたくしとですわ~!』
至る所から興奮したような女生徒達の声が上がる。もう一度カイル様を見れば、心なしかこっちを向いているような気がした。
「すごい人気ね……」
「もしかして俺のこと睨んでる…?俺、ちゃんと紳士な対応してるよな?」
「やぁね。フォルティス卿でも流石にそんな顔……」
…………するかもしれない…………?
「うーん…、どうかしら」
「ちょっ、否定してくれよ。心臓に悪いっ」
「まぁ、大丈夫よ。この距離じゃあなたがデレデレしていた顔なんて見えないでしょ」
「そ、そうだよなって……クレア!本当、いじるのやめろよ…」
結局なぜ表側にカイル様が現れたのかはわからずじまいだったが、開会式が始まる前に私達は席に戻ることにした。
◆
会場から沢山の声援が向けられる。皇帝陛下率いる重役達が座る特別席は厳粛な雰囲気が漂っていた。しかし、その空気をガラッと変えるような高音の声が響いた。
「はぁ…!折角皆揃ったと言うのに、クリスお兄様がいないなんて!!」
「クク…。リリアナはクリスに懐いているのだな…」
声の主は帝国の第五皇女であるリリアナと皇帝陛下だった。
「懐いているというか、あいつがリリアナのことを甘やかすからだろう」
ギロッと一瞬こちらを睨む。鋭い目つきのこの男は第三皇子ガラナスだ。だが俺は目線を合わせず黙って警護に徹することにする。
「ちょっと、わたくしのカイル様のこと睨まないでくださる?」
「フッ…、お前の美男子好きも思いやられるな。そいつもこんなところにまで駆り出されていい迷惑だろう」
(全くだ)
その点については同感だった。口には出さないが、気分は最悪だ。『開会と閉会の時だけ』という条件付きだが、クリス皇子はリリアナ皇女のわがままを了承したお陰で俺は今彼女の警護を任されていたのだ。
本来ならば皇女専属の騎士が就くはずだった。だが、俺をわざわざここに置くことで優越感や羨望を集めたかったのだろう。なんとも迷惑で悪趣味だ。
「そもそも、クリスはここに並ぶ気もないだろ。その証拠に、自分の席さえ用意していない…。フンッ、主催側がそのような落ち度許されるものか。あいつがわざわざそうさせたとしか考えられん。
まぁ、この場にいたところで居心地のいいものでもないだろうがなっ」
「そういう事仰るのはやめてくださる?そういうことを仰るからますますクリスお兄様は交わろうとされないのよっ」
「………二人共そこまでです。口を慎みなさい。みっともない」
見兼ねた皇妃が重々しく口を開く。
「ふん…、クリスは自身の仕事を全うしているのです。……ここに参加する必要はありません」
ピシャリと扇を叩くように言い放った言葉は、どこか冷たくリリアナ皇女もガラナス皇子も押し黙る。しかしリリアナ皇女は納得いかない様子で小さな声で抗議の声を零した。
「この場は高貴な者、ましては皇族が並ぶ場所。学園に落ち度はありません。皆一様に揃っているではありませんか?ねぇ」
同意を求めるような眼差しを向ける彼女に、周囲の人間は曖昧な表情を浮かべる。しかしフォルティス侯爵はその状況を静観するだけに止めていた。
「皇妃、………口が過ぎる」
「あら、事実でしょう?」
皇帝陛下が苦い顔をしながら諌めるが、彼女は気にせず侮るような態度を取る。状況を見るに、このようなことは日常茶飯事なのだろう。だが、陛下はそれをよしとされなかった。
「隔たりがあってはならん。そなたももう口を閉じよ。目障りだ」
「なっ……」
予想だにしなかった言葉に皇妃は怒りに身を震わせていたが、陛下が鋭い表情で睨むと、ぐっと堪えるように俯いた。だがその様子をなぜかガラナス皇子だけは愉快だと言わんばかりに口角を上げていた。
「フッ…。馬鹿馬鹿しい。とんだ茶番だな」
他人に聞こえるか否かのギリギリの小声だったが、確かにそう言ったのだ。
◆
開会式が始まり、クレアの出番もそろそろといった頃だった。
会場内では魔術科の生徒は裏地が赤のマントを羽織っている。ただし、魔法は当然ながら禁止だ。ステージに上がる際には杖も精霊石のブレスレットも取るようにと指示があった。
「クレア嬢、そろそろ君の出番だ。準備はいいかい?」
「は、はいっ」
一階のステージ裏の待機場所でクリス皇子にそう声を掛けられる。彼もまた今は隊長服に着替えていた。肩に掛けた赤いマントが金の髪によく映える。緊張する私をよそに、彼はいつも通りの落ち着いた様子で口を開く。
「君なら大丈夫だ。堂々としていればいい」
そう言って優しく微笑む彼の表情には、どこか余裕のようなものを感じた。
(皇族って皆こうなのかしら…。気位が高いというか、緊張とかしないのかしら)
そういえば、第二皇子のリアム殿下もいつも余裕ありげな笑みを浮かべていた気がする。…いや、あの人の場合は穏やかな太陽のような温かさがあったかな…。少しだけ殿下のことを思い出す。
どうかこの水晶で、無事彼が良くなりますようにと希望を込めて。私は待機席で静かに息を吐いた。
◆
ステージ上では近衛隊長や第一騎士団長、高位宮廷魔術師控えていた。演台では皇帝陛下の挨拶が執り行われ、会場に姿を現した時よりも周囲の反応は大きかった。
水晶の献上式ではクリス皇子の話の後に私が水晶を指定の台に置く。陛下は感謝の言葉を全体に述べられた。事前に聞いていた一連の流れはそこまでだった。
だがその直後、何を思ったのか皇帝陛下が私に対し直々にお声掛けをしてきたのだ。
「……そなたの働き、誠に見事であった。感謝する。」
「え、あ……、もももったいないお言葉ですっ」
まさか直接労いを受けるとは思わずしどろもどろになってしまう。そんな私を見てか陛下は少し口元を緩められた。
「君のその純粋さを忘れないように。それはいつの時代も誰かを救う力になるだろう」
「…………」
私に語りかけるように話す皇帝陛下の表情はとても優しくて、まるで太陽のように暖かい笑顔だった。
・やっと第三皇子の名前が明らかになりました。(と、思うのですが、どこかで違う名前書いてたら訂正します…。一応チェックしたのですが涙涙)
★【ティアラのお茶会部屋】
「私の見た目が幼いせいで~」の番外編、小話短編置き場(を作りました)
ほのぼの、日常など。本編で煮詰まった時など、こっちにぽこぽこ短編入れたりしてるので合わせて見て頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします……!
★【悪役令嬢に出てくる王子はアホと賢いの、どっちがいいのか】
ソフィアがアルベルトに人気の悪役令嬢の本を読ませたのをきっかけにアルベルトとカイルが論議のような会話をするお話です。(短編)




