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研究室の会話とヴィオラ様の犬★

・誤字脱字報告いつも本当にありがとうございます!

・いいね、ブクマ、評価、すごく励まされています。泣くほど嬉しいです。

・今回とても長いです。ゆっくり読んで頂けたらと思います。


※寮→夜特別な用事、行事以外は出れないという一文を消しました。


「フォルティス卿、ティアラはその、大丈夫なんですか?」

「…大丈夫とは?」


 研究室にて、水晶を手にしながらクレア嬢がそう尋ねる。


「また倒れたら…。魔法は効かないのでしょう?」

「緩和魔法で軽度の状態異常は回復できるが、精神的なものはね…」


 魔法は万能ではない。治癒魔法は外傷には効果が高いが、病には効き目が薄い。緩和魔法で軽度の吐き気や眩暈などは治すことができるが、精神的な症状は根本的には治せない。


 医務室に運んだ時も、レヴァン家の秘密やティアラ自身の事情がある為、簡単な診察後、先生には適当な理由をつけて席を外してもらうことにした。


「だが今後もサポートしていくつもりだよ」

「……私もそれは同じです。アスターだって。だけど、もし、『フォルティス卿が魔法が使える』って誰かから聞いてしまったらどうするんです?また倒れてしまうかも…」


 以前、クレア嬢はティアラに同じような質問をしたことがあった。だが、その時のティアラは『カイル様は魔法を使えない』と否定した。


 その時はまだ彼女の心が真実と向き合う勇気がなかったからだろう。


 しかし、レヴァン領での一件で彼女の心は変化した。家族からの愛情や、過去と向き合ったこと。そして自分((カイル))と意思疎通できたこと。それらが彼女の心をより安定へと導けたのかもしれない。


 『倒れたこと』……。それは目を逸らさずに真実を探ろうという気持ちが芽生えたからだ。ティアラの精神と心が少し強くなり、余裕が持てたからできたこと。


 苦しむ姿を見るのは自分にとっても耐え難い苦痛だった。だが、お互いに乗り越えなければ、ずっとこの先も不安定なまま。自分がしっかりしなければ、何も変えられない。


 

 あと少し……。あと少しなんだ……。



「学園内であれば俺が魔法を扱えると気づいている者は限られている。君やアスターに契約を結ばせたのはその件も含まれていただろう?」

「そうですけど……」

「知っているのって、うちの兄弟とソフィア義姉さんと……あと誰ですか?」


 アスターが質問する。


「学園長とクリス皇子かな。クリス皇子殿下は陛下から俺を監視する命令を受けているだろうしね。あとはシノンとコーディエライトあたりは気づいてそうかな……」

「えっ!なっ…!」

「まぁ、その他にもし知っている者がいたとしても、おいそれと君みたいに口に出す者はいないだろうね」

「あー、クレアは鑑定の瞳があるからか。見えたらそりゃ気になるよなぁ……」

「クレア嬢の領地は帝国からかなり離れているからな。流石にそこまで()()()()()()()()()は流れないか」

「えぇ??どういうことですか?クリス皇子も監視者だなんて……」


 コーディエライト先生の時もそうだったが、情報が乏しいクレア嬢には今一状況が飲み込めないようだった。


「そうだな…。悪いけど、相手が危険な行動に出る前に忠告しないと意味ないだろう?」

「うっ……。確かにそうですけどっ!」

「まぁ、クリス皇子殿下のことはフォルティス家とアルベルトくらいしか知らないだけどね」

 

 クレア嬢はブンッと勢いよくアスターの方を見る。


「あ、ああ……、うん。俺も流石に知らなかった」

「そうなのね。でもっ、……あっ!まさかクリス皇子殿下がティアラによく接触していたのって」

「…………そうだよ。ティアラには濁して知らないふりをしていたけど、実際のところは俺のせいだ」

「そ、そんな………」

「弱みを探ろうとでもしたんだろう。……ティアラには巻き込んでしまって申し訳ないと思っている」

「弱みって…。反逆を企てないようにですよね。より服従するようにってこと?」

「俺……見かけたら即行割り込むようにする……」

 

 クリス皇子の今までの不可解な行動が少しわかり、二人は沸々と怒りを露わにしていく。


「帝国とは間接的な関係を維持しているが、こちらは強力な魔力保持者だ。野放しにはしてくれないさ。学園にはちょうどクリス皇子が在籍しているし、適任だっただろうね」


 陛下には宮廷に赴いた際、『学園にはクリスがいる。何かあったら、息子に頼る様に』と言われたことがあったが、裏を返せばいつでも監視しているという意味でもある。


 クリス皇子については、学園に来た当初はさほど接触なく、お互い一定の距離を保った関係だった。しかし、ティアラが来てから状況は一変する。


 彼は妙にティアラに接触を謀ろうとした。弱いところから探りを入れるのは理解できるがそれにしては些か不可思議な行動だった。


 (俺に対しての個人的な敵意は陛下が自分よりも重要視するような目を向けているからか……。ティアラに対する執着は…………。なんにせよ、拗れた感情でこちらをかき乱さないでほしいものだな。)


 彼の行動は今後も探っていかねばならないがまだ答えがはっきりしない。彼らには断定できる情報だけを伝えることにした。


「帝国側も暗躍者として俺を帝国の懐刀にした方が何かと都合がいい。だから、今はまだ接触も限られたものになっている。まぁ、コランダムには知られているから、この状態も一時的ではあるけどね」


 父であるフォルティス侯爵はその点では一役買っていた。巧妙な交渉を重ね、現在のような曖昧な立ち位置を確保するに至ったのだ。


 更には宮廷外の地方貴族にも嘘の情報を拡散し、フォルティス侯爵家の脅威をほのめかすようにして不必要な噂を粉砕させていた。その為それはある程度の牽制にもなっていたのだ。


「フォルティス家の噂もあったからむやみに絡まれることもそこまでなくてね。まぁ、中には例外もあったけれど」


 その噂を搔い摘んで教えてあげると、クレア嬢は震えあがっていた。嘘とはいえ、半分は本当のことも混じっていたので、真面目に受け止めてしまったのかもしれない。

 

「実は、君のことは少しかっているんだよね。フォルティス侯爵家への噂を知っていても、知らなかったとしても、君はティアラを取っただろうからね」

 

「あ……。それは、その。私にとってティアラは大事な友達ですから…!」

 

「ふふ、良い解答だ。情に熱いのは不安材料にもなるが、……ティアラに対しての想いの強さは、俺にとってはありがたい。強い契約の絆を築ける」


 クレア嬢は急な褒め言葉に戸惑い少々照れ気味になっていた。隣でアスターがニヤついていた為、その背中を思いっきり叩いてもいたが……。


「さっき、ティアラがまた倒れたらと言ったが…。たぶん、次は持ちこたえられると思う」

「……どうしてそう言えるんですか?」


 アスターが不思議そうに尋ねて来た。


「一度体験したことだ。少し耐性がつく。似たような状況下に陥った時、経験から少し身構えるられたりするだろう?」

「それは…そうですけど……」

「アスターが心配している部分もわかるよ。万が一という場合もある……。だから、いざという時の備えも用意している」

「備え?それってなんなんですか!?」


 食い入るように二人から問われる。


「それはね……―――――」


 腰掛けていた椅子にもう一度深く座りなおし、手を組む。はめていた指輪が静かな光を放ちまるで微笑んでいるようだった。



◆◆◆



 クークー……、ポポポポポッ……



「すごい数ですね…。ふふっ、可愛い」

「若いお嬢さんなのに動じないとは珍しのう」


 白いひげを触りながらアルノー先生が感心する。先生はこの飼育管理エリアの獣医を担当している。若手の助手の方々が数名先生の指示で動いているようだ。


「父が動物好きだったので、出かけ先で触らせてもらえる機会があったんです」


 お父様とはそれなりに一緒に出掛けることは多かった。その先々で見つけた動物をお父様は嬉しそうに見せて、触らせてくれたのだ。ただ、レヴァン家では動物を飼ってはいない。それはお母様に動物アレルギーがあったからだ。


 父としては母を気遣いつつも、自分の好きなものを子ども達にも見せてあげたいという気持ちがあったのかもしれない。


「なるほど、なるほど。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ここにいる子達は皆人懐っこいやつでのう。ほら、もう君のことを仲間だと思っているらしい」

「え、あ、ふふふ。……ありがとう」


 両肩に一羽ずつ。腕にも数羽乗って来る。その一匹に挨拶すると「クルッポー」と返事を返してくれた。


 結局、ルビーには会えなかったが、人懐っこい鳩達もとても可愛らしかった。


「なんだか、おとぎ話のお姫様にでもなった気分ですね」

「ククッ。天使様の方がもっと似合ってますよ?」


 助手のリシューさんがクスリと笑う。彼は私が『月夜の天使』と噂されていることを知っているようだ。こんなところでその名前を出されるとは思わなかった。ちょっと恥ずかしい。


「それは名前負けしてしまいます」

「謙遜しなくてもいいのに」

「いえいえ、そんなーー」



 その時だった。



 サーッと羽の音と共に視界が一気に真っ白の風となる。



 鳩達が一斉に空へと舞い上がったのだ。圧倒され、ぎゅっと目を瞑る。一瞬の風が収まった後、ゆっくり瞼を開けると目の前には銀色の大きな……。


「…わんちゃ…ん?」

「ワンッ!!」


 銀色の毛並みの良い大きな犬がその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。鳩達と遊びたかったのだろうか。


「もう、ルルッ!お座り!落ち着きなさ~~いっ!!あぁ、アルノー先生方も申し訳ありませんっ!!…て、…あっ!」

「ヴィオラ様……?!」

「どうして、…あなたがこちらにいらっしゃるの?!」

「え、えっと。ヴィオラ様も………」


 お互いぎこちない会話になってしまう。だが、ルルと呼ばれた大型犬だけはヴィオラ様に抱きしめられるように捕まえられ、ハフハフと無邪気な顔を向けていた。


「おやおや、知り合いかのう?」

「し、知り合いというかっ!!その…同じ学年で…」


 ヴィオラ様はそこまで喋ると、もごもごと口ごもってしまう。この間の騒動の後だ。お互いに少し気まずいところがあった。


「失礼。先生、僕は鳩達を捕まえて巣に戻してきます。ヴィオラ嬢、もう少々、躾の方、頑張ってくださいね」

「あ、……うぅ。申し訳…ありません」

「いえいえ。では」


 鳩達は群れをなし空で円を描くように旋回していた。リシューさんはそれを手際よく、鳥笛を鳴らし巣へと誘導していく。


「アルノー先生、ルルのことなのですけど。部屋にいても落ち着かなくてくるくる部屋を回ってばかりいるんですの」

「ほうほう……。不安なんじゃなぁ。じゃが安心せい。ルルはちと、臆病なんじゃ。毎日ここの中庭で遊ばせてあげればその内落ち着くじゃろうて」

「………ですが」

「使い魔とは主人の心の代弁者じゃ。ヴィオラ嬢もここへ来てまだ数日じゃろう?どんなにすましていようと動物は主人の動揺に反応してしまうらしい。ほれ、ボールをやろう。これで遊んでおいで」


 そういえば、ヴィオラ様は魔力が高いと噂されていた。使い魔がいても不思議ではない。だが、ルルの調子がいつもと違うのが気がかりのようでヴィオラ様は沈んだ顔をしていた。


「主人の愛情が大切なんじゃよ。どれだけ必要とされているか…。犬は特にな。よーく接してあげなさい」


 ヴィオラ様は素直にその言葉に従い、見事なカーテシーの後、ルルが走った方へと去っていった。


「先生、使い魔っていつも主人と一緒にいるものなんですか?」

「そうじゃのう。わしも使い魔が専門ではないから完全とは言えんが…一般的にはそう言われておる」

「一般的、ですか?」

「うむ。絆をな、深めて信頼を築く為と言われておる。じゃがのう、ルビーは全くもって自由奔放じゃな。ただの猫とそう変わらん。コーディエライト先生はそれでいいと仰っていたがなぁ」

「ルビーは気まぐれなんですか?」

「うむぅ。まぁ、そうなのかもしれんのう。よくわからんが、月が見える夜はよく散歩している気がするのう。この間も満月の晩にちょうどそこの大きな石の上に乗っかって居座っておったわ」

 

 夜か……。


「そうじゃったっ。すまんが、ヴィオラ嬢にこれを渡してくれんかのう」


 先生が持ってきたものは、犬用のおもちゃとボールだった。


「ルルはすぐおもちゃを壊してしまうんじゃ。予備を渡すのを忘れとった」

「予備?」


 ルルはヴィオラ様の護衛としての能力も優秀らしい。目元は優し気なわんちゃんだったけれど、あのガタイだ。噛まれたら…と想像して思わずブルッと震えてしまった。


「ワシは腰が悪くてのう。あそこまで歩くのは少々難儀での」

「あ、はい。それでしたら…承ります」

「すまんのう」


 先生はそういうと、次は馬を見に行くと言い、馬小屋の方へと行ってしまった。


 …つい、頼まれごとを受けてしまった……。


 野原の方へ顔を向けると、走り回るルルと両手を腰に当て様子を見ているヴィオラ様が視界に入った。





「この前はその……言いすぎましたわっ!」


 ふんっと顔を背け、わかりやすい反応をする。


 頼まれたものを渡して、そそくさと帰ろうとしたところ、意外にも呼び止められ、そう言われたのだ。


「あなたのことも誤解していたようですし」

「え……?」

「文書ではあの様なことになってしまいましたけれど、フェルマーナさんの家にはわたくしの通っていた学院への推薦状を書く話を通してますの。………せめてもの情けですわ」

「それは、本当…ですか?」

「ええ、嘘なんて申しませんわ!ただ、ご本人がどう受け止めるかはわかりませんけれど…。……クリス様にも止められてしまったし」

「……?」

「こっちの話ですわ!あなたは気にしなくてよろしくてよっ!」

「はっはい」


 そう答えると、遠くからルルが駆け寄って来た。そのまま、ヴィオラ様のところに行くとクゥーン、クゥーンと可愛い声を出して鳴いている。


「ルル、さっきも沢山遊んであげたでしょう?わたくし、もうクタクタですの。おしまい。お・し・ま・い・っ」


 けれど、ルルは首を傾げ、右へ左へとジャンプする。どうやら、まだまだ遊び足りないようだ。


「もぅっ。腕が痛いんで・す・の・よーーー!!!」


 ボールはぴゅーんっと勢いよく飛んでいく。口では文句を言いつつも、可愛いルルには敵わないといったところだろうか。ルルは勢いよく走り出し、風の様にすぐさま戻って来た。


 もう一回、もう一回やろう!とせがんでいて元気いっぱいのようだった。もしかしてずっとこの繰り返しをしていたのだろうか。


 ヴィオラ様はルルの頭を撫でてあげた後、苦笑しながらも、ルルの願いを叶えてあげるようだ。もう一回だけですわよ?と念を押しながら。


 そして、スウッと大きく深呼吸し…………。


「ぉぅじの馬鹿あああああああああああああ゛~~~」


 大事な部分は小さな声で言っていたが、すごい言葉が飛び出てきて呆然としてしまった。渾身の力を込めたボールは先ほどよりも遥か遠くへと飛んでいってしまった。


「ふうっ。意外とストレス解消になりますわね」

「…………」

「なんですの?その顔、失礼じゃなくて?」

「あっ、え、すみません。ちょっと思いがけない一面を見て呆気に取られてしまって…」

「わたくしだって、表と裏があるんですのよ?嫌なことだってありますわっ」

「嫌なこと……」

 

 先ほどの台詞からして、クリス皇子に何か不満があったのだろうか。


「クリス様とは極力話したくありませんの!それに、今はこの子が心配ですし」


 ワンッ!といい返事をして、ちょこんとお座りする。一緒に座ったら、私よりも背が高そうだった。

 

「ルルちゃんですか?」

「そんなに可愛い大きさではありませんわ。でも、ええ。最近頻繁にそわそわして落ち着かないんですの……。遠吠えもしてしまうから、酷い時は夜間こちらでお世話にもなってしまって」


 クゥーンっと子犬のような可愛らしい声を出す。顔を合わせると、優しい瞳で見つめ返してくれた。外見と違い、実は優しい子なのかな?


 しゃがみ込み、足元に手を出すとお行儀よくお手をしてくれた。大きくて重たいおててだ。 


「この子、何も言わなくてもお手してくれるんですね。偉い」

「ええ。いざという時はしっかり働いてくれる賢い子なんですのよ?ねぇ、ルル」


 優しい手つきで頭と背中を撫でる。ヴィオラ様は自分の使い魔を褒められ上機嫌といった感じだった。きっとこの子のことがとても好きなのだろう。


「ねぇ、あなた、犬について詳しいのかしら?」


 彼女の手元には使い魔と犬についての本があった。


「犬は飼っていなかったので、そんなにではありませんが……」

「そう………」


 シュンと肩を落とした姿を見ると、ちょっと後ろ髪を引かれてしまう。


「あ、あの…、お役に立てるかわかりませんが、一緒に考えてみますか?」

「まぁ、よろしくて?」


 今度は花開くように、ぱぁっとヴィオラ様の表情が明るくなった。


 

(ヴィオラ様って、意外と可愛い方なのかな……?)





 本を片手にあれこれと試してみたが、あまりいい結果には繋がらなかった。


「あなたのこと、少し見直しましたわ。先ほどの歌、とてもお上手でしたわ」

「あ、いえ。でもルルにはお気に召さなかったようですし……」


 犬をリラックスさせる方法にオルゴールを鳴らすという一文があったのだ。手元にオルゴールがなかったので、歌ではどうだろうかと歌ってみたのだが。どういうことか、遠吠えしてしまうのだ。


「ルル、あなたティアラさんに対抗しているんですの?その声が問題だというのに」


 ルルのほっぺをぷにーっと摘まんで睨めっこする。ほっぺたを伸ばしても縮ませてもルルは全く動じない。主人になら何をされてもいいといった様子だった。


「人の声では駄目なんですかね。お役に立てずすみません」

「そんなことありませんわ。……ティアラさん、一緒に考えてくださってありがとう」


 風がふわりと静かな波を立てる様にサーッと野原の草を揺らす音が鳴った。


「今までの非礼、許して頂けるかしら」

「えっ、えっ……」

「ふふふ、そんなに動揺なさらないで?わたくし、こんな性格でしょう?この前の一件で皆さん腫れ物に触るかのように散ってしまったの。少し思い知りましたわ」


 学院とは少し生徒の毛色が違かったようだ。あちらの学院ではどのような振る舞いをしても咎められなかったらしい。それだけ、身分の方が重視される場所だったのだろう。


「ヴィオラ様……」

「あの…、それでですね?…もしよろしければ……あっ!!!!」

「ど、どうしました?」

「あそこの者達……。クリス様の馬車用の従者ですわ」


 指差す方向を見ると、馬小屋の方へと歩いて行く男性が見えた。


「クリス様……またルヴ―ル地区へ行くんだわ」


 目を細め、複雑そうな…、嫌なものを見るかのような表情でヴィオラ様はその人達をじっと見つめていた。



◆◆◆



「…………と、そういうことがあったのですが。ルヴ―ルって何かありましたっけ?」



 ランチの時間。私はカイル様と二人で食堂のテラス席に座りながら、ヴィオラ様のお話をカイル様にしていた。


「……へぇ。ルヴ―ルか」

「カイル様?」


 私達が普段良く出かける場所は帝都の中心部、一番安全なエリアだった。ルヴ―ルは北側に位置し、スラム街もその付近にある。


 治安が悪く、最近では夜間野犬か何者かに襲われるような事件も多発している為、学園から注意喚起のお知らせもされていた。


「賭博や娼館があるんだ」

「え」


 カチンと固まる。


「…………」

「ティアラ…?」


 様々な想像が瞬時に浮かび上がる。


(……そ、それって…………)


 もしかしてクリス皇子も利用しているかもということで…。ヴィオラ様が嫌な顔をされていたことも理解できる。


 クリス皇子は手紙ではお互いに冷めた関係だとは言っていたけれど。それでも、そういった場面を目撃するのは立場的に嫌だろう。


「ティア~……?」


 色々な想像が瞬時に巡って、ぐるぐるする。見る見る内に顔が火照っていく。


「はっ、ご、ごめんなさい」

「………まだ話、続けても大丈夫かい?」

「あぅぅ……はぃ」


 本当に?と少々心配そうな顔をされるも、気にしないで続けてくださいと促す。


「まぁ、別にクリス皇子を擁護するわけじゃないけれど、そういう場所は、情報収集や裏の仕事を頼むのにも効率がいいんだ。人が頻繁に出入りするからね」

「そう、ですか…。詳しいですね…」

「ああ、情報収集するのに定番の場所だからね」


 カイル様はそう言うなり、優雅にスープを口に運んだ。その向かい側で私は眉を寄せ、渋い顔を崩せずにいる。握ったスプーンについ力が籠ってしまった。


「ティアラはこういう話は苦手かな……?」


 クリス皇子のマイナスな一面に引いてしまったかと聞かれるも私は顔を横に振る。


「いえ……。そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「カイル様も行ったことあるのかなって思って」

「あー、そうだね。ここのは行ったことないけど、コランダムに居た時は友人に連れられていったねって……………ティアラ?」


 その話を聞いて、思わずガタっと机を鳴らす。


(行ったんだ……)


「感想は……?」

「え?……」

「行ってどうでしたかっ!」

「ああ、そうだね。数回試してみたけど、遊びだね」

「数回……。あ、あそび……?」


 動揺して声が震えそうになるのをぐっと堪える。


「本気でやるべきじゃないね。僕はどうせやるなら投資の方がいいかな」

「…………とうし?」

「ん?賭博のことじゃないの?」

「え、あっ…。そう!…トバク……賭博のことですっっ!」


(てっきり娼館に行ったことあるのかと思った)


 自分の勘違いに気づき、カーッと真っ赤になる。カイル様も小さくクスクス笑っている。


 うう……、は、恥ずかしい……。


「わ、笑わないでください」

「だって…、勘違いしていたから」

「もぅっ!カイル様」

「ふふふ、いつもだったらもっと勘が鋭いのにどうしたんだい?」

「それはっ。……好きな人がそういう場所に行ってたらと考えてしまったら、冷静になんてなれません」


 ちょっとだけ。ちょっとだけそんなことを本当に想像してしまって、目元には涙が溜まってしまった。


「ティアラ、そんなところ行かないから安心してね」


 コクコクと何度も頷く。


「カイル様、私が作った守り石、いつも持っていてくださいね?」

「ふふふっ。そうだね。そうさせてもらうよ」


 カイル様は穏やかに微笑むと、午後の授業が始まるまで、ずっと抱っこされ頭を撫でられてしまった。流石にムズムズしたが、ググッと堪えることにしたのだった。






・ヴィオラのわんちゃんはシベリアンハスキーがイメージです。


・ティアラと白い鳩の群れ(服装は夏秋用の制服ということで。白すぎてよくわからないですが苦笑)

挿絵(By みてみん)






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