クリスとヴィオラ
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(更新遅くてすみません(T_T))
「これで一つ貸しだよ。学院生活はさぞ楽しかったようだな」
「……申し訳ありません…」
教養を重んじる女学院に通っていながら何を学んできたのだと嫌味を含ませた言い方にイラっとしたが、ここはグッと我慢する。ヴィオラは結局、自身で解決できず、悩んだ末、クリス皇子を頼ることにしたのだ。
「フェルマーナ嬢は、明日から急病で学園へは通えなくなるようだ」
薄暗い微笑みを浮かべそう話すクリスを前に思わず眉を寄せる。要は退学の根回しをしたということだろう。
「不服かい?だが、皇族に対する虚偽の証言を拡散したのだから仕方がないさ。今日中に学園内に知らせが回るよう手配した。もう安心するといい」
手渡された文書を拝読すると、そこにはいいようにまとめられた偽造文章が書かれてあった。
クリス皇子の行動は生徒会会長として、身分差にとらわれない善行であったが一生徒が虚偽拡散行動をしたこと。
以前から私怨を抱いていた令嬢を陥れる為の犯行も企てており、関連証拠物も見つかり、皇族を巻き込んだその行為は罪深く、本人とその家門に対し相応の厳罰に処すなどとあり、少々罪悪感を感じずにはいられなかった。
「その文書を作ってくれたのはスネークだ。後日礼を言うんだな」
「…はい」
「私は言ったはずだ。ティアラには手を出すな、とね?」
「クリス様の言い方はいつも分かりにくいのです!すぐわたくしを試すようなことをなさいますし!!」
「ククッ…。何年一緒の付き合いだ。私の思考は大体君もわかるだろう?」
わからないわよ!!
思わず、そう悪態をつきたくなる。いつもそうだ。クリス皇子に付き合っていくには言葉の裏も読み取らねばならない。ヴィオラにはそれが難解で苦痛だった。
「それに、わたくしはお父様から言われているんです」
『婚約者の地位を奪われないようにせよ』と。
「公の場で、ティアラさんを責めれば手っ取り早いと思ったのです。…わたくしの行動を誰が見ているかわからないですし。父には逐一情報が渡りますもの」
きちんと、自分はクリス皇子を正し、他の者がその座に目がくらまないように威嚇した態度を周囲に見せつけアピールする必要があったのだ。
「それにしては浅はかだったがな…」
「うっ」
「ヴィーは詰めが甘いんだ。もっとスマートにこなすべきだ」
「うぐっ!」
痛いところを突いてくる。
「クリス様がティアラさんのことに執着したのがいけないんですわ!」
そう責めるも彼は全く動じない。むしろ見下すようにあざ笑う顔がなんとも憎たらしい。
ヴィオラとてクリスとの間に恋愛感情はなかった。二人にあるのは、パートナーとしての絆だけ。これはすべてクリスのせいだ。
『私は本心から誰かを愛す気はない。いや…愛せない…』
そう言ったのだ。聞いた当時は受け入れがたく葛藤することもあった。だが、ヴィオラはクリスの生い立ちを知っていた。だから、彼がそうなってしまったのは仕方のないこと。そう受け入れたのだ。
自分とて、敷かれたレールから外れる勇気はなかった。そんなに強い人間ではないのだ。
それでも抗い、自分にできることを探した。行きつく先は結局とても定番な答えだった。
せめて帝国の為に、人生のパートナーとして役目を果たす…そう考えたのだ。
「……実際のところはどうなのです?」
「なにがだ」
「ティアラさんのことです。あなたは一人に執着する方ではありませんでしたわ。だから、父も今まではどんなことをしてもただの遊びだと大目に見ていたのですわ。けれど、今回ばかりは違う。本当に婚約破棄がちらつきそうだったからわたくしをけしかけた…」
「フッ。侯爵もいらぬ心配をしたものだな」
婚約破棄は彼の中にはないということだろうか。だがもう一度念を押すように伝える。
「わたくしは役目を全うするだけです。クリス様の恋路を邪魔する気はありませんけれど、結婚した後に毒殺などと馬鹿げたことは考えないでくださいな。わたくしは帝国の為に身を捧げるのですから…」
お前とは志が違うのだと目で訴えてやる。
「ああ、お互いに穏やかな仲であるべきだ。だからヴィーの失敗も後始末してやっているだろう?君はいつもどこか抜けている」
「ううっ!!」
「それに、私があの子に一目置いているのはカイルが彼女の秘密を隠しているからだ」
彼は顔を歪めてそう呟いた。
「秘密?」
「それ以上は言えない。ヴィーは口が軽いから相談したくてもできないのだよ」
ああ、うちの婚約者は間抜けで困ったものだなと大袈裟な口調で言われ、イラっとする。
(この男…、本当むかつくわ……)
けれど、頼れば手を貸してくれる。なんとも不思議な関係だった。
ヴィオラは、彼から愛せないと告げられた日から次第にきつい性格へと変貌してしまった。それは彼女なりの抵抗であり、防衛策でもあった。一定の距離以上お互いに踏み込まない。情に流され恋してしまうのは嫌だった。
恋したところで、クリスは決してその愛に応えてくれない。傷つくのは自分だけ。それならば、恋などしない。
愛なんて……いらない。
クリスもそれを察し、彼女が高慢な態度をとったとしても咎めることはしなかった。
◆◆◆
学園の屋上へと足を運ぶと、そこは帝都の街まで見渡せる広々とした場所だった。ただ秋の空は不安定で今日は少々風が強く吹いていた。
「ティアラ、待ってたよ」
「遅くなりました。わっ」
急に強い突風に襲われ足元が揺らついてしまったが、カイル様がさっと肩を抱いてくれた。
「大丈夫?」
「は、はい。でもすごい風ですね」
「ああ、アスターだ」
カイル様は風上に立ちアスター様の方に目線を向けた。彼はちょうど魔法の練習をしているところの様だった。
「ちょっとアスターしっかりしなさいよ」
「わかってるけど、力調節するの難しいんだよ」
「風…。うーん、じゃあ、こうかしら?」
クレアも加わり、光魔法で薄い膜のような壁を作り上げる。
「わっ、すごいな。助かった。これで操作しやすくなる」
「ふふん。ざっとこんなもんよ」
それはちょうど適温の温室にいるかのような不思議な空間だった。
「アスター、クレア嬢、ティアラが揃ったからそろそろ始めるよ」
今日はいよいよ水晶に細工をする日だったのだ。私は演奏の会での練習を終え、その足でそのまま屋上へと来ていた。私の役目はここで歌を歌い、大気の精霊の力を集めることらしい。ただ歌えばいいと言っていたけれど、実際にはどうすればいいんだろう…。
「ティアラ、こっちに来て」
中央へと進むと、台の上に沢山の人工水晶が置いてあった。
「これを一緒に持って。後は普通に歌ってくれればいいから」
手渡されたのは、演奏会前にも見かけた水晶だった。
「これは…」
「レヴァン領の天然の水晶だよ。歌の力で精霊の力をティアラの元に一度集めるんだ。クレア嬢はそれを人工水晶に移すから。クレア嬢、君も準備はいいかい?」
「はい!ばっちりですよ。今まで沢山特訓しましたしね。任せてください」
長期休みにコーディエライト先生やカイル様から出された課題の中には、水晶に魔法を閉じ込める練習もあった。彼女はそれを毎日のようにやっていたのだ。
「頼もしい限りだな。あ、でも人工水晶割らないようにね」
「しませんよっ!!」
「割れたりするんですか?」
「ああ、ほら、新入生歓迎会の魔法の花火と同じだよ。精霊石にはそれぞれ許容量があってね。一定以上の魔法、または魔力を注げば器は維持できなくなるんだ」
「なるほど……」
「今回は攻撃魔法ではないから爆発は起こらないだろうけれど。それでも膨大な力を注ぐ点は変わらないからね」
爆発はないと言われるも、未知の体験なのでちょっと不安になる。
「大丈夫よ!そんな顔しないで?本当に上達したんだから」
「う、うん」
「僕も傍にいるから。危なくなったらすぐ退避しよう」
「……フォルティス卿。なんか私のこと信用してないような……」
「気のせいだよ」
じとーっとした目で見るもカイル様はあっさり受け流す。
「ははっ、クレアしっかりやれよ。できなかったら早めに言って。加勢するから」
「もうっ、アスターまで!あなたよりは魔法の腕は上よ」
「さっ、そろそろやろうか」
その言葉を合図に、私達はそれぞれの配置につく。
「ティアラ、歌ってくれるかい?」
カイル様に促され、頷く。私は一度深呼吸をした後にゆっくりと空に向かって音を発した。
最初は一つの音をソプラノで。
音が響き空気が揺れる。声が出しやすい。
そのまま声を整えると、流れるように歌詞を紡いでいく。
歌は『よろこびの歌』だった。
優しさの歌詞の中に芯の強さを示す音を発し、思いを込めて歌っていく。
沢山の精霊の力が集まりますように。そう願いながら歌うようにした。
すると、握っていた水晶がぽぅっと輝き始める。驚いて歌が止まりそうになるもカイル様にそのまま止めないようにと指示される。慌てて、歌の方へと再度集中し直す。
カイル様がその手を人工水晶の方に向ける。すると今度は人工水晶が七色の光を灯していく。それは、とても美しい光景だった。歌い終わった時には、辺り一面に花吹雪のような光の粒が舞っていた。
「……綺麗」
思わず呟いてしまうほど幻想的な光景だ。
だがしかし、それはすぐに消えてしまった。ハッとクレアの方を見ると、片膝をついている姿が目に入った。
「クレアッ」
叫んだ時には、すでにアスター様が駆け寄り手を貸しているところだった。
「大丈夫か?」
「はぁ、平気。ちょっと思っていたよりも大量のエネルギー移動だったから」
「あんまり一人で抱えるなよ。ヤバくなってからじゃ遅いんだから」
「…ごめん」
「実戦だったらそういうの不利になるんだ。なんでもチームワークが必要なんだぜ?」
「………」
「第二皇子、助けたいんだろう?」
クレアは複雑そうに俯く。
「なんか…、悔しいわね」
「えぇっ?俺今いいこと言ったと思うんだけど」
魔術師は魔力が尽きればそこまでだ。ある程度の基礎体力も必要となる。そして、クレアのやりたいことは一人ではできない。それが少し歯がゆかった。
「違うの。自分のこと。まだまだだなって思って」
「ああ…。でも、しょうがないじゃん。俺もお前も見習いなんだからさ」
「……そうよね、そうだった。ごめん、…ありがとう。私、今度からはちゃんと言うね」
そう伝えると、にこっと微笑んで見せた。
「ああ、よろしく。俺もわからないことあったら聞くしな?」
「ふふ、アスターらしいわね」
◆
研究室へと移動し、水晶の状態を確認する。
「この後は、どうするんですか?」
「うん、一つに融合させる。主に光魔法が沢山集まっているような状態だから、クレア嬢がメインになって行っていくと思う」
「はい。任せてください」
「返事は、いいよな」
「今度も頑張るわ!」
「アスターもやるんだよ?」
「ええ!」
「膨大なエネルギーの塊なんだ。それをまとめるにはそれなりの魔力が必要なんだよ」
紅茶を飲みながら彼らの会話を聞いていた。私が参加できるのはきっとここまでなんだろう。テーブルに出された焼き菓子に手を伸ばす。可愛い猫のクッキーはサクサクとしていて美味しかった。
「コーディエライト先生にはこちらから簡単に適当な経過を伝えておくよ。あまり細かく尋ねられてもクレア嬢達では話せないだろう?」
「あ、はい…。すごく助かります」
クレアはどこか渋い顔をしている。こういうことは苦手なのかな。
「今回はアスターも頑張ってたね」
「一応、風魔法は好きだし」
「?」
「ああ、アスターは空間維持をずっとしていたんだよ。ティアラの歌が歌いやすいようにね」
「私がかけた光魔法を、途中から肩代わりしてくれてたのよ。ほら、私は精霊のエネルギーを移動させていたから。掛け持ちで魔法を使うのは流石に難しいから」
「じゃあ、歌っている間、風と光の魔法を操っていたんですか?すごいですね!」
「あ、うん…まぁ…」
照れくさそうに笑う彼は褒められるのに慣れていないのか、すぐに目を逸らしてしまった。
「私、風魔法苦手なのよね…」
「そうなの?教えてあげようか?」
「えー、いいわよ。他のは上手に操れるもの」
アスター様がそういうもクレアはきっぱりと断ってしまう。
「でも風魔法は魔力コントロールの練習にいいんだよ?」
「え、そうなんですか?」
「ああ、魔法を練り上げる方法がちょうど空気を操るのと似ているんだ」
「へぇ。知らなかった。というかもっと前に知りたかったです…」
カイル様が魔法の関係性を二人に説明する。そういえば、クレアは出会い当初から魔力が安定しなかったことを思い出す。魔法か…。自分は魔力がないけれど、やっぱり憧れるなぁ。
「じゃあ、俺もっと練習しようっ」
「アスターは、均等に覚えてね。魔力には皆それぞれ偏りがあるから」
そこからは、魔法の応用について三人が議論していたのだが……。話を聞いていく内にふと疑問が浮ぶ。
「………」
「ティアラ……?」
ハッとしてカイル様の方を見上げる。
「大丈夫?疲れた?」
「い……いえ……。どうしたのかな……。なんだか、頭がぐるぐるして…」
額に手を当て、眩暈に堪えようとする。
(カイル様……、すごく、魔法に詳しかった…)
精霊石の研究をしているのだから、魔法の知識があるのは当たり前だと思っていた。けれど、それにしてはとても詳しい気がしたのだ。
(魔法の操作……。風魔法と同じ……)
それはあたかも体験してきたから言えること…。そのような言い方のようだった。
「ティア…?」
心配そうに見つめられるも、もやもやとした思いが喉に絡みつき、息苦しくなっていく。
「ゆっくりでいい、息を吸って……」
呼吸の仕方がわからず、胸を押さえて蹲る私に対し、カイル様の声が降ってくる。
「どうしよう。回復魔法は?」
「いや、外傷ではない。緩和はできるが…精神的なものかも」
「急にどうしたんです?ティアラ嬢、大丈夫?」
静かに上体を横にされ、いくらか楽になるも、瞼が重たくなり、段々と意識が遠のいていく。眠るさなか、微かに耳に届いたのはカイル様の声だった。その声は何重にも重なり…、幼い頃の声が混ざり合うかのように…闇の中へと溶けていった。
・クレアがなにかと男性と喋るパターンが多いのは、乙女ゲームの主人公ポジションとして考えていたせいです…。
・もしもクレア主人公の乙女ゲーム世界な話だとしたら、今のところシノン、カイル、アスター、第二皇子と交流度を上げた感じですかね。ただカイルに関しては何度接触しても好感度上がらないキャラって感じですが笑




