新学期早々慌ただしい
・間違えて一度消してしまったのでもう一度投稿し直しました。大変失礼いたしました。
「あなたがティアラ・レヴァン?ふんっ、思っていたよりも全然たいしたことないじゃない」
品定めするようにじろじろ見てそう言ったのは、クリス皇子殿下の婚約者として編入してきたヴィオラ・クレバス侯爵令嬢だった。
明るい金髪を緩く巻いてカールさせた髪型に、少しつり上がったルビーの瞳。鼻筋の通った顔立ちでスタイルも非常に良い。だが、性格は少々難があるようだった。
◆
新学期が始まり、また学園は生徒達の声で活気づき、賑やかな時間が流れていた。教室ではクレアとフレジアが仲良く談笑している。そこへ声を掛けると、二人は笑顔で迎えてくれた。
「ティアラ!久しぶり。なんだか少し変わった?」
「ん~?あら、本当。もしかして身長伸びた?」
「えへへ、うん。実はね……」
長期のお休みの間になんとまた少し身長が伸びたのだ。今はちょうど『145cm』。そして、顔つきや胸も以前よりすこーしだけ女性的な体型になったような気がするのだ。私にとってこの成長はとてもとても大きい。
クレアもフレジアもすぐに気づいてくれた。それもまたとても嬉しい。ほわほわと和やかな雰囲気に癒されながら、それぞれの近況を話す。クラス内でも談笑が聞こえてきたがその内容は今日編入してくるクリス皇子殿下の婚約者であるヴィオラ嬢の話題が大半だった。
赤い瞳と巻いた金の髪、ヴィオラ嬢は典型的なお嬢様といった方のようだ。そして、皇族の婚約者として選ばれただけあって彼女の魔力は非常に高い。元々は帝都内の女学院に通っていたそうだがわざわざこちらの学園に編入してくるということで、皆色めき立っていた。
そんな時だった。突然ガラッと扉を開けて誰かが入ってきた。その人物はクラス内で噂されていた容姿そのままですぐに彼女がヴィオラ嬢なのだと予想できた。そしてその背後には数名の取り巻きを侍らせていてなんとも近づきがたい。と、いうかちょっと怖い……。
あろうことか、周囲を見渡し、私と目が合うと迷うことなく真っ直ぐとこちらに近づいてきた。そして先ほどのあの台詞を言い放ったのだ。
◆
彼女は取り巻きの令嬢引き連れ、圧を掛けるように私を見下ろしていた。……だがよく見ると、彼女たちはどこか怯えたように視線を合わせないように俯いていた。
(もしかして家同士の関係で仕方なくあちらについているだけなのかしら)
「はい。そうですが…」
「なぁに?全く張り合いがないじゃない。皇子殿下もこんなののどこがいいのかしら…。魔力もないし、これといってスタイルがいいわけでもないし…」
うぐっ……。初対面なのに彼女は言葉をぼかすことなく率直にそう述べる。確かに彼女は同じ年の割には気品や風格があり、とても大人びたように見えた。そしてなにより……胸が大きい。さっき自分の成長に喜んでいたばかりだったので、余計に心をぺったんこにされたような気分だった。すごく悲しい……。
「まぁいいわ。あなたね、気やすくクリス皇子殿下に近寄らないでくれるかしら?殿下はただ遊んでらっしゃるだけなの。でも本気になられたらわたくしも困るんですの」
「あの、私は別にクリス皇子殿下に近寄るつもりはないのですが……」
(私じゃなくて、皇子に言ってほしいような……)
「あなたの意見は聞いてないわ!」
(え…)
「ただわたくしの言う通りに従いなさいって言っているの。おわかりになって?」
(えええ……)
口答えは許さない。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。怖いし、これまた系統は違えどクリス皇子殿下と同様で話ができないタイプの方のようだ。
「わたくしだって結婚までは自由にしていたいというのに。お父様の命令でなければあっちの学院にいられたのに。いい迷惑ですわ。せいぜい大人しく過ごすことね。わたくしはあなたと違って決められた使命があるんですの。私の座を脅かすような真似をしたら承知しませんことよ」
苛立った表情でヴィオラ様は私の方に手を伸ばしてきた。咄嗟に一歩引こうと身構えるも、瞬時にその白く細い腕をフレジアが掴んだ。
「くっ!離しなさいよ!!この無礼者!!」
「ティアラに何をするつもりだったのです?いきなり来て、侮辱するだけでなく肩を押すようにも見えましたけど…」
フレジアが私を庇うように前に出る。その表情は鋭く、ヴィオラ様やその取り巻き達も目で射殺すような勢いだった。
「そ、そんなことしないわよ」
「その言葉、確かですね?」
「………っ」
手をパッと離し自由にする。だが表情はまだそのままだ。ヴィオラ様たちが引き下がるまでその厳しい姿勢は崩すまいといった感じだった。しかし後方からの声で緊迫した空気はガラッと変わる。クリス皇子殿下だ。
「ヴィオラ。一体何事だ?」
「クリス様!いえ、これは……」
生徒達が道を開け、クリス皇子殿下がこちらにやってくる。
「ティアラ、大丈夫だったかい?ヴィオラに何か言われたのか?」
心配そうに聞かれるが、その隣のヴィオラ様はキッとこちらを睨みつけている。なんともいたたまれない。
「は、はい。平気です」
仲裁しに来てくれたのはありがたいのだけど、私ではなくて先にヴィオラ様に声を掛けてほしいな…と思ってしまった。なんだか余計に話が拗れそう…。
「そうか。何かあったら言うんだよ。ヴィオラも、来て早々問題を起こすつもりか?」
「そんなつもりは…。わたくしはただ注意しただけですわ」
「注意ね…。私はそんなもの望んでいないがな。女学院では好き勝手やっていたようだが、こちらでは違うと思ってくれ。君にはこちらの学園のルールに従ってもらう。ここでは平等性を重んじている。君も私の隣に立ちたければ権力を振りかざすような振る舞いは慎んでくれたまえ。私の邪魔さえしなければ何も言う気はない。それでいいな?ヴィオラ」
「……わかりましたわ」
不服そうな顔をしていたが、しぶしぶ了承してくれたようだ。クリス皇子はこちらにもう一度目を向けると、迷惑を掛けてすまなかったなと私達に告げ、授業が始まる前に教室を出て行かれた。担任の先生も入れ替わる様に入って来たのでざわついていた生徒達も次第に席へと戻っていく。
「フレジア、さっきはありがとう」
小声でそう伝えると、いつもの優しい表情に戻ったフレジアがにっこり微笑んだ。
「私、ああいうの大っ嫌いなの。ごめんね?黙ってられなくて……」
「ふふ、でも格好良かったわよ?私なんて傍にいることしかできなかったし」
クリス皇子はあのように平等性を強調してくれたが、それでも権力を振りかざす者はたまにいる。この学園ではそのような格差なくそれぞれの生徒の才能や可能性の方を伸ばし優秀な人材育成をすることの方を重視している。しかしクレアの立場上、ヴィオラ様のような考えの人の前では意見が通りずらい部分がどうしてもあるのだ。細かく言えば私やフレジアだって同じようなものなのだが。
「ううん。そんなことないわ。二人とも本当にありがとう」
私は二人にそう言うと、ホームルームが始まる前に自分の席に着くことにした。
◆
「ティアラ、こっちだよ」
薔薇園の奥へ進むと、そこには見知った背の高い人影が目に入った。彼は私を見つけると軽く手を振りこちらへ近づいてきてくれた。
「カイル様!」
今日は外でランチにしようとカイル様と約束をしていたのだ。私はカイル様の顔を見ると、ホッとして、目を潤ませそのまま抱き着いてしまった。
「……ティア?どうしたの?」
「うぅ……ヴィオラ様とクリス皇子殿下に疲れてしまって……」
へにゃんとした情けない顔でそう言うと、カイル様は苦笑いをして私の頭を撫でてくれた。
「あぁ……なるほどね。お疲れ様」
そのまま持ち上げられ、抱っこされベンチへと移動してくれた。
今朝、クリス皇子が注意しに来てくれたが、結局彼女は事あるごとにチクチク刺すように嫌味を言ってきたのだ。皇子も朝だけかと思ったら昼にもまた声を掛けて来るし、それを見たヴィオラ様がこちらを睨んでくるしで精神的に疲れてしまったのだ。
「そっか……。大変だったね。大丈夫かい?」
コクンと頷く。カイル様は私の愚痴も嫌がらずに耳を傾けてくれた。
「そう。辛くなる前に言うんだよ?ほら、手が止まってる」
カイル様は、サンドイッチを私の口元に持っていき食べさせてくれる。私は口を開けモグモグしながらされるがままになっていた。やっと安心できる場所に来れたこともあり、気持ちがとてもゆるゆるに緩んでいたのだ。
「ヴィオラ嬢か…。そういえば皇宮のパーティーで何度かあったことあったな」
「え、そうなのですか?」
「数える程度だけどね。お嬢様気質な部分はあったけど…そうか、更に酷くなっているのか」
「はい。けれど、少し不思議で…。ヴィオラ様は来たくてここに来たわけではなさそうだったんです。クリス皇子も冷めた関係だと言っていたし。…皇妃の座がほしいようだったけれど、どうしてそこに執着するのかなと思って……」
「そうだね……。何か事情があるのかもしれないね」
デザート用のカップケーキを取り出しあーんしてと差し出してくる。私がそれをパクリとほおばると、カイル様は微笑んだ。
食べ終わると程よい満腹感と過ごしやすい気候でウトウトしてしまう。カイル様の腕に寄りかかると、とても居心地が良くてこのまま眠ってしまいたいくらいだった。
「ふふ……。カイル様の隣が一番安心……」
袖を軽く握りしめてぼんやりとそう本音を呟く。
「だいぶ気を張っていたのかな?そんなに無防備でいたらキスするよ?」
その言葉にビクッと反応してしまう。カイル様を見上げると意地悪な笑みを浮かべていた。
「おや、残念。もう起きるのかい?」
「だ、だって、カイル様が変なこと言うから……」
「ふふふ…冗談だよ。でも、可愛いティアを見てたらしたくなったのは本当」
チュっと頬にキスを落とされる。カイル様は最近こういうことを平然とするようになった。お互いに距離が縮まったからということもあるのだが。ただ、唇には強引に迫ることはされなかった。
それは私が、意識しすぎて目を回してしまったせいなのだが……。
「もう少しだけ…。もう少しだけ、待っててくださいね」
下を向いてボソッと言うと、カイル様は優しく抱きしめてくれた。
「……ああ。首を長くして待っているよ」
その言葉にホッとし、私はカイル様の大きな手に自分の手を絡めた。
「ふふふ、それやるとまた手を痛めるよ?」
「でも、痛くなってもすぐ治るので大丈夫」
そう言って無理矢理手を広げて指を絡ませようとした。けれどカイル様はその手をスッと解いてしまう。あっ…と残念そうに声をあげるが、避けたのではなく自分の指三本と私の手が絡むよう無理のない手の組み方に変えてくれただけだった。
「こうやって繋ぐ方が好きかな」
優しく微笑み、長く繋いでられるからねと付け足された。
薔薇園の薔薇が風に揺れ、微かな香りを運ぶその時間はとても穏やかで、午前中の疲れを癒してくれるかのように幸せなひと時だった。
◆
放課後の時間、研究室には数名、人が集まっていた。
「んもーっ!本当わがままで嫌になるわっ!!アスターもそう思うでしょう?」
「確かに。ちょっと面倒くさそうな子だよね……」
二人が話しているのは魔術科の授業中、ヴィオラ嬢がやらかしたことだった。ティアラに引き続き、そっちの方でも目立った行動をしていたようだ。
「そんなに…?大変だね」
「大変って言うか、癖が強いというか。クリス皇子殿下じゃなくても嫌がりそう」
「なるほどね。ところでクレア嬢、君の方はどうなんだ?魔法の方は順調かい?」
「それはもちろん。フォルティス卿からの課題はばっちりこなしましたよ。鬼畜過ぎて泣きそうでしたけどね……」
「え…、クレアあれ全部出来たの?俺はちょっとわからなくてカイルさんから教えてもらったんだけど」
二人には魔法上達の為に、課題を出していた。もちろん、ティアラには、俺が魔法が使えることはまだ言えない為、その辺りはぼかすように伝えていた。
「え?!聞いてもよかったの?」
「だって俺クレアみたいになんでもできるわけじゃないし。聞いた方が早いじゃん?それに保存魔法のことも聞きたかったから……」
「ああ、あれか。なんで聞いたんだ?」
「えっ。あー…、その、クッキーを保存したくて……」
「はっ?あなたなにやってるの?」
「………それってもしかしてティアラのクッキーのことか?」
長期の休みの間、アスターから急ぎで教えてほしいと手紙が届いたのだ。ちょうど、それはソフィアがアルの屋敷へ行ってから数日経ってからのことだった。まさかなと一瞬頭に過ったが、本当にやるとわ……。
彼はどうやら、可愛いものがすごく好きなのだそうだ。ティアラに対しても、恋愛感情というよりは、憧れや、動物を愛でる感覚に近いらしいのだが。
「一年に一度きりの限定物だってソフィア義姉さんが言うからさ。ゆっくり大事に食べたくって…って、カイルさん顔が怖いっ!」
「別に普通だけど……」
「真顔が怖いのは頷けるわ」
何かいつも企んでそうで怖いのよねとアスターにひそひそ言っているが全部聞こえている。
「クレア嬢、君も言うようになったね」
「うっ、なんでもありません。そ、それより、フォルティス卿もなんだか以前より調子が良さそうですよね?魔力を移すやり方、なにか上手くいく方法でもあったんですか?」
「……ああ、そのことなんだが。この石のおかげかな」
手の平からティアラからもらったあの守り石を見せた。その石の経緯も簡単に説明する。
「どうやら、体内の魔力量が底上げされたような状態でね。たぶんこの石の効力かと思う」
「私が持っている魔力安定の為の精霊石みたいな感じですか?」
「ああ。俺に合う石っていうのは今までなかったんだ。だから間に合わせのものを今まではつけていたんだが。今はこれ一つで事足りるといった感じなんだ」
「へぇ……。ティアラってそんなにすごい能力があったのかしら…」
「……本人に自覚はないんだ。色々な事情が重なってできた、…偶然に近い、そんなところだ」
二人には既にティアラの事情を説明していた。ただし、二人の保護と支援を保証する代わりに情報を漏らさないよう然るべき方法で契約を結ばせてもらっていた。
「クレア嬢、この石の鑑定を頼みたい」
「はい。任せてください」
彼女に石を預けて鑑定してもらう。その結果が出るまで少し時間がかかった。
「……フォルティス卿、これ、ただの精霊石じゃないですね。元となったピアスや蝶の髪飾りの素材も合体しちゃったんじゃないですか?付属効果として付いていた回復魔法の効果が残ってますよこれ」
「そうか……。他には?」
「魅惑防止の効果と、……状態緩和……かな。でも浄化に近い効果があります。それと魔力を溜めたり対象者に移しやすい石にも適応できそうですね」
「なるほど…。クレア嬢、だいぶ鑑定の瞳の能力が向上しているようだな」
以前鑑定できなかった精霊石の素材や魔力強度などまでわかるようになっていることからも彼女の努力と成長が窺える。
「えへへ。それはもちろん、頑張ってましたからね。剣術大会までにできることはやりたかったですし……」
「ああ、そうだな。配布していた人工精霊石も回収したことだし、またもう一段階仕掛けをしないといけないしな。クレア嬢、それにアスターも。二人とも期待しているよ」
二人にそう伝え、次はコーディエライトの研究室へも話を合わせるように指示を出すことにした。
「カイル様…。先ほどの話ですが……」
静まり返った部屋の中で、ジラルドが口を開く。研究室にはジラルドとマリが残っていた。
「ああ、守り石のこと?」
「はい。いかがなさるおつもりですか」
「そうだな…。本来ならば今すぐにでもこれを使ってティアラに魔力を移してやりたいが……」
「時期が少々悪いですよね」
「剣術大会の後になるかな…。ティアラはあの場で歌わなければならないし。もしも魔力が歌に乗って魔法を使うようなことになったら帝国の者達の目に留まるような状況は避けないといけないしな」




