ティアとティアラ
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翌日、カイル様の部屋に入ったことは、当然お父様にも報告されたようだった。お父様はカイル様に娘の非礼を詫び、更に付け足してこう言われた。
「まぁ、その~…、レヴァン家の伝統みたいなものだから。気になるだろうが、だいたいあと9日か…。すまないがそれまで何も詮索せずに付き合ってあげてほしい」
「わかりました。レヴァン卿がそうおっしゃるのでしたら」
「ありがとう。ティア、あまりカイル殿に負担をかけないようにね。では私は先に失礼するよ。朝食が終わったら水精霊祭に行くのだろう?」
「はい。あの、お父様……ごめんなさい。カイル様も…」
「ああ、私も昔同じことをされたからね。気持ちはよくわかるよ」
「レヴァン卿もですか……?」
「そうだよ。でも、ああいうハプニングはもうないからあまり構えなくていいからね」
くつくつと笑うと、お父様は食堂を出て行ってしまった。
カイル様をチラッと見ると無表情で何を考えているのかわからなかった。それがまた少し怖い……。びくびくしていると、急にほっぺを掴まれた。
「うっ?」
「お仕置きは痛いのとびっくりするのとどっちがいい?」
またあの低くて妖艶さが混じったような声で囁かれる。
「はわわわ…」
「どちらがいいか考えておいてね?」
「そんなぁ……どっちも怖いです。それにもうそんなこと起きないから大丈夫ですし…」
泣きそうな声で答えるとカイル様はクスッと笑った。
「じゃあ今日はこの辺にしてあげるよ。朝ごはん食べようか」
コクコクと頷くと、ちょうどソフィアとクランも食堂へと入って来たところだった。
◆
「ぴったりだね。すごく似合っている」
カイル様から頂いた普段使い用のドレスを着て、これから水精霊祭へ行くところだった。くるっと回ると裾がふんわり広がり可憐な花が咲いたような形になるのがとても可愛らしい。ところどころに水色の生地が使われているので、カイル様とお揃いのリボンとも相性が良いのもポイントだ。
「リボンが引き立つようなものを選んだんだけど、とてもティアに似合ってて可愛いね」
少し屈んで、髪を撫でるとそのまま滑るようにリボンに触れる。
「スカートの部分がひらひらしていて、回るとお花が咲いたように広がるのでつい意味もなく動きたくなってしまいますね」
裾を少し持ち上げ軽く揺れて見せる。大好きな人からこんなに可愛らしい服を頂けるなんて…。嬉しすぎて自然と笑みが零れた。
「まるで甘い花の妖精のようだね」
「甘い?」
「食べてしまいたいくらい可愛いということだよ」
その言葉で顔が一気に赤く染まってしまった。
「お兄様、まだ寝ぼけているの?」
「昨日の今日だろ……。まだ頭が働かないんだよ…」
ハッとして少し申し訳ない気持ちになる。けれど、あの後カイル様のピアスと蝶の髪飾り、そして水晶を一つの箱に入れておまじないの通り、月夜に当て、一度目の祈りを無事捧げることができたのだ。
これを昨日を含め10日間欠かさず行なうこと。そして、泉にも浸さなければいけない。カイル様には守り石を作っていることは秘密にしなければいけない。もう絶対にミスは許されないのだ。
「あの、……あれよ。昨日のことはしょうがないことだからね。ティアのお父様も言っていたんでしょう?だから、アルに私の秘密を言うのはなしだからね?」
「ふふ、何もないって言ってたじゃないか」
「そ、それはそうだけどっ!」
カイル様がニヤリと笑うと頬を染めてプイッと顔を背ける。そこへ遅れてクランが到着した。
「なに?朝から兄妹喧嘩?」
「しーっ!クラン、ややこしくなるからそんなこと言っちゃ駄目」
静かに~っと人差し指を立てながら注意する。クランは首を傾げながらも大人しく口を閉じることにした。代わりに…、なぜかこちらをじっと見てきた。
「どうしたの?」
「ううん。ティア姉様可愛いなぁって。カイルお義兄様ってセンスいいよね。僕も見習おうかな」
「まぁ、ありがとう」
手を伸ばし、頭を撫でてあげる。クランは気を利かせて少し屈んでくれた。やっぱりちょっと格好がつかないがそれでも付き合ってくれる弟は可愛らしかった。
◆
街に到着すると、周囲はどこも賑わっていて、大勢の人で溢れていた。
「わぁ。昔も来た事あったけれど、やっぱりすごいわね」
「あの時クランはまだ小さかったからお留守番だったよね」
「あー、うん。不貞腐れて泣いてたなぁ…」
「ふふ…。人が多いし、迷子になったら困るからね。でも結局私が迷子になっちゃったんですよね。懐かしいなぁ…」
少しだけ間を置いてからカイル様が口を開いた。
「……他には…何か覚えている?」
そう問いかけられ、ゆっくりとだがあの時のことが鮮明になっていく。賑わう人々の声、出店から匂う甘い香り。…そうだ、私はこの匂いに惹かれて……。
「ふわふわの綿菓子」
「…………綿菓子?」
「はい。その甘い匂いに惹かれてお父様の手を離してしまったんです……」
小さな子供たちが手を繋いで中央の噴水の場所へと駆けていく。その光景が、昔の自分達と重なって見えた。
「でも、カイルおにいさまが待ち合わせの場所を決めてくれていたから…あそこでずっと待っていた……」
噴水の場所を指差す。そこが私たちの待ち合わせ場所だった。『迷子になったら必ずそこに集合するんだよ』って言われて……。でもなかなか誰も来てくれなくて、すごく…怖かった。
「我慢の限界で泣きそうになった時、カイルおにいさまが遠くから呼んで……走って来てくれた。ティアは……、カイルおにいさまが来てくれて沢山泣いてた…。それから………おとうさまも…ソフィアも…みんな、……きて…くれた」
思い出したらなぜか苦しくなって涙が出そうになった。
そっと頭を優しく撫でられる。カイルおにいさまの手だ。その手は大きくて、少し筋張った男らしい手だった。
……あの時も確か同じようなことがあったような……。
……でも、もっと小さな手…だった。
「カイルおにいさまの手……大きくて…なんだかお父様の手みたいですね。あの時も、こうやって撫でてもらったような…」
「うん。大泣きして抱き着いてきた。離れないから宥めようと思って何回も撫でた気がする」
あ…、笑うとやっぱり昔のカイルおにいさまの顔だ…。幼い時の面影が見え隠れする。そう感じ、ホッとする。
月日は流れ、いつしか少年の姿から、だいぶ変わってしまった。すらっと伸びた背、大きな手、あの時の幼い顔ではない、凛々しい表情。自分はあまり変わらないのに…。その差を縮めたくてずっともがいていた。
けれど……姿形は変わってしまっても、カイルおにいさまの性格は相変わらずだった。変わっていない……。なかなか追いつけなくても、必ず立ち止まって振り向いてくれる。困った時には手を差し伸べて助けてくれる。
カイルおにいさまは…カイルおにいさまのままだった。
それがなんだかとても嬉しかった……。
なぜ今更そんなことを考えてしまうのかわからなかった。けれど、やっとちゃんとカイルおにいさまのことが見れるようになった気がしたのだ。
「さぁ、どこへ行こうか?ティアはどこか行きたいところはあるの?」
「うん!パレードがもうすぐここを通るの!皆でそれを見てから、奥のお店で氷菓子を食べて、レヴァーナ通りの限定のお店を見て回って、中央の噴水のところに行ってそれから……」
「ふふふ、沢山行きたいところがあるんだね」
「もちろん!!カイルおにいさまが隣国から帰ってきたら、また一緒に回るんだって思っていたんだもの」
「そっか……。まだまだ時間はあるから、ゆっくり見て回ろう。疲れたらまた明日でも明後日でも付き合うよ」
ぱぁあっと顔が明るくなる。なんて嬉しいんだろう。ずっとずっとこんな日を夢見ていた。沢山好きなものを見て回って、楽しんで……、同じ時間を一緒に過ごせたら……。そう思っていた。
嬉しさを隠しきれず、ニコニコと笑顔のままカイルおにいさまを見上げるとカイルおにいさまも目を細めて優しく微笑み返してくれた。
◆
パレードが始まると沿道には沢山の人が詰めかけていた。演奏に合わせきらびやかな踊り子達が舞い踊る。華やかな衣装に身を包み、艶やかに舞う姿はとても美しい。そして、最後には沢山の紙吹雪を舞い散らせて街中を一周してくれるのだ。
実はこのパレード、二重の楽しみ方があるのだ。この紙吹雪を、空中で掴むと幸運が訪れると言われているのだ。
「くっ…、あれ?…えいっ!……やった!」
「ソフィア上手!私も……それっ!」
負けじと挑戦するが、何度やっても上手く掴むことができない。それどころか紙吹雪を追い掛けすぎて危うく人とぶつかりそうになってしまった。だが、寸でのところでカイルおにいさまに腕を掴まれる。
「ごめんなさい」
「いいよ。それよりほら…こうして?」
後ろから被さる様に屈み、両手をカイルおにいさまの両手に重ね合わせる。
「何色がいいの?」
「えーっと、水色っ」
「了解」
ヒラヒラと舞い散る紙吹雪の中なら、水色のものに狙いを定めると、一瞬で手の中に水色の紙吹雪を掴むことができた。
「やったぁ!カイルおにいさま、ありがとうございます」
「カイルお義兄様上手。色まで狙うって難しくない?どうやったの?」
「ああ、形と紙質を選んだんだよ」
手のひらの紙を見てみる。それは薄くて柔らかい紙質のものだった。
「これ紙吹雪の形と紙質が様々だろう?普通の紙より薄い紙はゆっくり落ちるんだよ。形によって舞い方も異なるしね。まぁ、あとは感覚かな。頭でわかっていてもそう簡単に掴めるわけではないし」
「ふぅん。結局は感かぁ」
「蝉とか虫を捕まえるような感じだよ」
蝉……。そもそも私は蝉を取ったことがない。
「昔、エルスター家に遊びに行った時にアルと捕りに行ったんだ。結局怒られたけど……」
「あー、なんだかそういう話お母様から聞いたことあったかも」
「なんで怒られたの?」
「捕った量が多すぎてね……。それを母上達に見せたら絶叫された」
「……うっ。想像したくないわね」
「ははは、流石に僕でもそんなことしないな~」
「いや、クランには言われたくないな……」
皆の視線が一気にクランに集中する。
「うんうん。虫ではないけれど、あなたの癇癪のせいで周りに大迷惑かけたじゃない」
「うっ!それは…小さかったんだからしょうがないじゃん。それはカウントしないで」
歩きながらの会話は楽しくて、絶えることがなかった。そのままお祭りを楽しみレヴァーナ通りの限定のアクセサリーを見ていると、蝶の可愛いチャームが目に留まった。
「これ、カイルおにいさまから頂いた蝶に似てる……」
サファイアは付いていなかったが、銀色の羽の端にアメシストが付いていた。
「へぇ、本当だ。それ、買おうか」
そのまま、店員に声を掛け購入すると、屈んでリボンを解くと紐に引っかかる様にチャームを付ける。そしてもうきつく結い直してくれた。鏡で見るとリボンに蝶のチャームが上手くくっついていてとても可愛かった。
「こうしたかったんだろう?」
「どうしてわかった…の?」
「ふふふ、ティアのことなら全てお見通しだよ?」
「なっ!!そんな甘い言葉を言うなんて、カイルおにいさまどうしたんです?!い、いつからそんなこと言うようになっちゃったんですか?」
「……え?」
「あっ!わぁ、わ、……私もっ!私もお返ししたいものがあるのでこっちへ来てくださいっ!!」
ぎゅっと手を掴んで、そのまま隣の紳士アクセサリーのフロアに移るとお店の人に注文していたものを持ってきてもらうように頼んだ。
実は今日の『行きたいところリスト』には必ずここを寄るという計画も立てていたのだ。今までずっと集めていたプレゼントをいよいよカイルおにいさまに渡すのだ。まずは今日の水精霊祭で一つ目を渡すこと。それが目標だった。
計画はこうだ。まずは一つ目のプレゼントで気を緩ませる。そして9日後には守り石を渡すのだが、一つだと見せかけ実は他にも沢山あるんですよ~っといった感じで、全部渡して驚かす!といったプランだ。
「そこの椅子に掛けて頂けますか?」
店内に置かれた椅子に座ってもらうと、カイルおにいさまのタイにピンを留めることにした。それはプラチナで作られた猫のタイピンだった。猫の手にはダイヤがついている。ちょうど毛糸の玉にじゃれているようなポーズになっているのだ。ダイヤは揺れるような細工になっていてとても可愛らしいものだった。
「ティアらしいデザインだね。ルビーみたいだ」
「あ…、好みがわからなくて……。私の好きなものになってしまったんですけど…」
嫌でしたか?好みと違いましたか?と自信なく尋ねる。
「いや、僕も猫好きだから。ティアが好きなものは皆好きだから大丈夫だよ」
「えっ、ええええ……」
どうしたのだろう。カイルおにいさまったら、さっきから大人の女性を口説くような言葉ばかり言ってくる。気持ちが追い付かず、顔から湯気が出そうだった。
「なんかさ、今日やけに口説き文句多くない?」
「んー……そうねぇ。領地の仕事から解放されたからじゃない?ずっと唸ってたから。お兄様にとってティアラの傍にいるのが一番の癒しだからね。留学中会えなかったし…こういうデートっぽいこと全然して来なかったしね」
「なるほど~。ティア姉様大丈夫かな。パンクしないといいけど」
「ふふ、意外とクランも心配性なのかしら?」
「そりゃね…。このまま順調に解けてほしいって、僕だって思ってるからさ」
「兄様から詳しい内容を聞いたの?」
「うん。実は少し前に。それと昨日こっちに到着した時すぐにね」
ティアラの部屋でソフィアと話をしていた時間帯、レヴァン夫妻だけでなく実はクランディスもティアラの今の状態を再度詳しく聞いていたのだ。大半の記憶は戻っているが完全ではないこと。刺激は少なくすること。普段通りに接してほしいとのことだった。
「レヴァン夫妻には話しているんだろうとは思っていたけれど、あの時クランもいたのね。気づかなかったわ」
「ふふん。意外と僕、演技派だったでしょう?」
「まぁ。ほ~んと、上手だこと。ふふふ、このまま…本当に良くなってほしいな…」
私は、そうやって皆に見守られて過ごし、無意識のうちに自分自身の記憶を辿ってようやく向き合おうとしていたとは……、この時はまだ、はっきりとはわからなかった。
・前回の話も含め、今回の話は幼い頃のお話と少し雰囲気が似ている箇所が点在しています。
・ティアラの言葉がレヴァン領に来てから少しずつなにか不思議な感じになっていますが…そこはわざとですので。次こそその答えが出せたらと思います。
・紙吹雪:正方形、長方形、三角形と形によって落ち方がそれぞれ違うんだそうです。特に三角形は落ち方が不規則で一番遠くに飛びます。なので、紙吹雪を作る際利用されやすい形なんだそうです。面白いですね。長くなるので省略しましたが…(^^)/




