【番外編】二人の兄の会話
・ブクマやいいね、ありがとうございます。とても意欲と励みになってます。
・続きも書きたいのですが、執筆遅くなりそうだったのでストックしていた分を加筆して出させて頂きました。本編じゃなくてすみません。
・時間軸的に長期休みの少し前のお話です。(※キスの話が少し入ります。苦手な方はお気を付けください。描写はなしです)
夜更けに二人で小さなテーブルを囲いワインを注ぐ。たまにこうして二人で飲むことがある。何本かのワインを用意し、目を瞑って味と銘柄を当て合うのだ。
「ん~…こっちがシュベール産のロマネーラで、その隣がガリア産のプル」
「……当たりだ」
「よっしゃあ!」
「アルは酔ってても舌が馬鹿にならないんだな」
「まあな。伊達に薬草学やってないからな」
「ははっ、薬草学って食べるのがメインじゃないだろう」
ワインを少し口に含みカシスに似た香りと酸味を舌で楽しむ。アルは試飲が終わると、クルクルとワインを軽く回しもう一度香りを確かめていた。
「ソフィアもだいぶアルに影響されてる。どんどん薬草の知識が深まってきてるよ」
「あー、きっかけは俺かもしれないけど、今は本当に好きでやってる気がするぞ。健康ドリンクの味がすごいことになってきてるし」
「……。あれは本当に困ってる。兄で試し飲みさせようとするのはやめてほしいね」
やれやれと肩をすくめてみせる。
「まぁ、いいじゃないか。可愛い妹だろう?」
「ふふ……。確かにそうだけど、そろそろ手を放す頃だと思ってるよ。好きな人の為に一生懸命になっているのに邪魔するわけにはいかないだろう?こちらも気を遣ってもらっているしな」
「え…?本当に言ってるのか?俺といる時はいつもツンっとしてるぞ?」
「…それ素直になれてないだけだから。俺の前ではよくそわそわしてる」
アルベルトは目を丸くして身を乗り出してきた。
「ええ?!例えば?」
「んー…、好きなものとか、いつも何しているのとか」
「やばいな…。俺のことで頭いっぱいになってるなんて可愛すぎるな…」
「はいはい。良好な関係なのは良いことだが、ほどほどにな。手放すとは言ったけど、ある程度の節度は守るんだな」
以前アルのせいでソフィアが知恵熱を出したことがあったのだ。二人の関係に水を差す気はないが、一応兄なので釘を刺しておくことにする。
「うっ!あれは……その…やり過ぎたとは思うけど……。はぁ……、まいったな。…歯止めが効かない時があるんだよな…」
「そこは耐えろ」
「これでも抑えてるんだぞ。はぁああ……、辛い。早く結婚したい……」
「アル、もう酔ったのか?のろけてる」
彼は決して酒に弱いわけではないのだが、酔ってくるとこうしてソフィアのことをあれこれ話す時があるのだ。それだけ、お互い気を許した関係だからこそなのだが。少々めんどくさい。
「うう……。お前が話振るからだよ。俺がいかに耐えているかわからないからそんな簡単に言えるんだ」
「ああ、わからないな」
スパーンッと切り落とすように本音を伝える。
「お前っ、そこはお互いわかるだろう?もうちょっと寄り添い合う気持ちはないのかよ。冷たいな」
「本当に耐えているのならね?」
「ん?」
「以前お前達が仲良くしているところを見かけたことがあってね……」
脚を組んで少々挑発的に見下ろすと、アルはギクッと肩を揺らし焦った表情でこちらを見てきた。
「おい待て。……いつの話だ? どこで見た?」
「さあね。忘れたよ」
「嘘つけ、絶対に覚えてるだろう!」
「ククッ。アル、慌てすぎ。顔に出てるぞ?……見られたくないならもっと隠れてやれば?剣術大会の少し前かな、ティアと中庭の方を歩いている時に見かけてね。でも、ティアにはまだ刺激が強すぎたから、気づかせないように方向を変えてその場を離れたんだよね。キスだけとはいえ、あれはお前から迫っているように見えたけどなぁ?」
「う、あ、…あぁあーー。…すまん」
「とやかく言うつもりはないけど、せめて場所を選んでほしかったね」
全く、こっちの身にもなってくれよ…と思わずにはいられなかった。
「そう言うお前だって、この前公衆の面前で堂々とキスしてたじゃん」
「いつ?」
「演奏会の少し前。寮の中央の廊下辺りで。リリアナ皇女の前でティアラと見せつけるようなキスをしてたってソフィアが言ってたぞ?」
「あれはただのパフォーマンスだよ。数に入らない」
それに実際にはやってもいないし。
「うわぁ…そういうこと言う?」
「本当にしつこかったんだ。もう関わり合いたくないほどにね」
「ははっ……。モテる男はつらいな」
「全く嬉しくないけどね」
「…だな。だけど、そうだな。また忘れた頃に何か仕掛けてきそうじゃないか?」
「もう勘弁してほしいな」
濃い赤紫色のワインを傾けながら、うんざりした表情でため息をついた。
◆
「それはそうと、ありがとな……」
「……どうした?急に」
「弟たちのことさ。それぞれやっと自分たちの進むべき道をみつけられたかと思ってな。シオンはだいぶやる気が出てきたようだし。あいつ、以前は逃げてばかりの腰抜けだったし」
「ああ、そういうことか。シオンは素質あると思うよ。兄が強すぎたから、やる前から諦めてしまっていただけさ。自信もついたことだし、その内劣等感も薄れて兄とも向き合えるようになるさ」
「だといいんだけどな」
エルスター家の三兄弟は仲良しではあるのだが、兄が強すぎたせいか、弟たちは周りから比較されることが多かった。それゆえ、いつもどこか諦めているような…、そんな消極的な部分があったのだ。
「以前は恐怖心が先に出て委縮してしまう癖があったけど、速さに慣れたらだいぶ動けるようになってきたしね。これから長期の休みも入ることだし、秋の大会への体力作りはアルがやってあげたらいいんじゃない?こっちも第二皇子の件で色々動かないといけないし…。存分に見てあげられないと思う」
「そうだな。わかった。みっちりしごいとく」
「ふふ、それ逆効果だから。ちゃんとシオンの剣を見てあげなよ。目線をシオンと同じレベルまで下げて考えてあげないとまた反発されるよ」
「あー…、そこなぁ。つい、体が動いちゃうんだよな……」
「アルはもう自分の型が完成しているからね。でも、弟を育てたいんだろう?俺が教えるより、お前がきちんと教えた方がもっと強くなるよ?俺の剣技は途中までだから」
帝国の剣技は習っていたとはいえ、それは隣国へ留学するまでのものだった。コランダムへ移ってからはそちらの剣技の方が自分に合っていたせいか、コランダムの剣術ばかり練習していた。そのせいもあって自分の剣術は少し自己流な部分もあったのだ。
「うーん……、そうだな。善処する…。ああ、あとアスターの方はよろしくな。俺は魔法のことはさっぱりだからさ」
「いいよ。でも、その代わり俺は厳しいけど?」
「それでいい。アスターは色々体験させた方が伸びるだろうし。カイルの元にいたら学ぶものも多いだろう」
「まあね。こき使うようになりそうだけど……」
「はは、違いない。けどそれも修行だって言い聞かせるさ。実際にそうだろう?」
「まぁ、そこはね。剣術とはまた違った技術が必要だからね…。でも、アルもだいぶ弟たちのこと大事にしているよね。あいつらにアルの考えが伝わっていないのがもどかしいよ」
表面的に見ると、『剣術が強いがさつな兄』といった感じなのだが、実際にはこうやって弟たちのことを気にかけている兄でもあるのだ。
「いいさ、そんなの。俺が勝手にやりたくてやっていることだし。それに今まで俺があいつらの障害になっていたようなもんだったからな……」
エルスター侯爵家の長男であるアルベルトは、以前から何度も帝国騎士団からの誘いが来るほど剣術に秀でた人物だった。だが、彼は帝国よりも領地の発展を優先させ、それを断り続けていたのだ。薬草学についてもそうだ。少ない魔術師や魔法だけに頼らず、医学進歩や向上を目指し、研究を重ねていた。領地では平民でも栽培しやすい植物の研究も進めているという。
「俺は親父の後を継ぐからな……。辺境を守るには武力だけ高めればいいってもんでもないだろう?守りも強固にしないと。帝国へは弟たちが行きたいというなら俺は譲ってやりたい」
「シオンは育てれば騎士団長にもなれそうだよね。アスターも叩けば伸びそう」
「はははっ、そうだな。将来が楽しみだ。そういうお前はどうするんだ?」
アルとの付き合いはそれなりに長い。それに信頼のおける友でもあった。それゆえ俺とティアラの事情も彼には話していたのだ。
「そうだな。帝国へはところどころ避けてきてはいるけど」
「フォルティス侯爵のように上位宮廷魔術師だってなれるんじゃないの?」
「……そっちはあまりやりたくないんだよね」
自分の秀でた魔力に目をつけられているのはわかっていた。それゆえ、帝国の魔法兵器として使われることも優に想像できる。だが、そこに魅力は感じられなかった。侵略の為の殺戮兵器になるつもりはない。それに皇族に対しても良い印象は特にこれといってなかった。
「仕えるべき皇帝や皇族に忠誠を誓いたいと思うやつがいないからな」
「あー…うーん。それ言っちゃう?」
「だってそうだろう?俺の場合は特にさ。まぁ、忠誠を誓うだけが政治じゃないけど」
「馬鹿な王族も使いようではある…か」
「まぁ、お互い様なんだろうけどね。……けど、そうだな、俺は誰かに仕えるよりかは外交の方が興味あるかな」
「それ、単に自分が旅行したいだけなんじゃないの?」
「うん。気楽に色々見て回りたいね」
「ティアラも一緒に?」
「それはもちろん」
「早く全部解決すると良いな」
とても清々しいほどの笑顔だったんだろう。アルは呆れた顔をして苦笑していた。




