私の家族。私のお母様★★
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長期の休みに入り、レヴァン家へ帰るとすぐに両親が揃って出迎えてくれた。
「ティア……。お帰り。学園は楽しかったかい?」
お父様は私の顔をじっと見つめると、頭に手を乗せ優しく撫でてくれた。もう15歳にもなるというのに未だに親からもこのような扱いを受ける。この容姿に加え、ぼんやりした性格ゆえ仕方ないのかなと思いつつも、カイル様にされるのとは少々違って、恥ずかしいような嬉しいような気持ちになる。
「はい。お友達も出来ましたし、演奏会でも上手に歌えました」
ソフィアとカイル様を初め、クラスでの出来事や、苦手だった歴史もどんどん記憶することができていることを話すとお父様とお母様は嬉しそうに微笑んでくれた。けれど、お母様はどこか目元を潤ませているようにも見えた。
「そうか…、いろんなことがあったようだね。カイル殿からも手紙で聞いていたが、だいぶ良い刺激を受けたようだね。少ししっかりしたように見えるよ」
「ええ…、本当ですわね。お帰りなさい、ティア……」
お母様は両手を広げ私を強く抱きしめてきた。少し戸惑ったけれど、その腕の中はとても温かくてどうしてだか胸がきゅっと締め付けられるような切ない気持ちにさせられる。両親の雰囲気にのまれ涙が込み上げそうになった。けれど、二人とも数ヵ月離れていただけなのだ。だから、こんな歓迎はちょっと大げさなような…、そんな違和感も少し感じてしまった。
まるで何年も離れ離れになっていた子がやっと帰って来たかのような表情で私を見つめてくるのだ。
「…もうっ、お父様もお母様も大げさですよ。数ヵ月離れていただけなのに。怪我をしたわけでもないし、ティアはそこまで変わっていませんよ?」
「ああ……、そうだな。変わらない。ティアはティアのままだ……」
「お父様?」
「……ふふふ、お父様はティアが心配でたまらなかったのです。わたくしもですけれどね。学園へ送り出す時のティアは少し不安そうでしたしね」
「そんなにでしたか…?」
お母様は深く頷き、それからお父様に視線を向けた。お父様は困ったように眉を下げ笑みを浮かべていた。私は知らず知らずのうちに両親に心配をかけていたのかな……。くすぐったいけれど、いつも見守ってくれる絶対的な存在がいるというのはとても幸せなことだ。自分がいかに恵まれた環境にいたのかということを改めて実感するようだった。
「ティア姉様!お帰りなさいっ!!」
勢いよく勢いよく応接室のドアが開かれ、そこから飛び出してきたのは私と一緒のホワイトブロンドの髪の少年だった。
「こら、クラン。もう少し落ち着きを持って行動しなさいといつも言っているだろう?」
「はーい。でも姉様が予定より早く着いたからさ。稽古場からここまで遠いし。どうしたって急いじゃうのは仕方ないでしょう?父上だって同じ状況だったらきっと走ってくるでしょう?」
「コホンッ。そこはそうだが…。お前は昔から困った行動ばかりして……」
そう父と話す少年は弟のクランディスなのだろうけど、ちょっとおかしい。何がというと、主に身長が…。少し高くなったような気がする。
「クラン…背、伸びた……?前は私よりちょこっと高いくらいだったじゃない」
「え?あー、姉様が学園へ行った後から急に背が伸びたんだよ。最近剣術の稽古の量も増えたし、食べる量も前より多くなったし、そのせいかも?」
「あ、そういえば、ティアも少し背が伸びたのよね?」
「姉様は何cm伸びたの?僕は22cm伸びたんだよ」
え……、そんなに?
思わず耳を疑いたくなる数字だった。
「……確か手紙には3cmとあったね。今はどうなんだい?」
「……うっ……」
クランの数字を聞いた後だと少々答えずらい。
「それだけです……。手紙の後は、まだ、特に変わってないです…」
あまりの差に少し拗ねるようにそう答える。
「そっかぁ…。でも、伸びたんだし。姉様は小さくても可愛いから大丈夫だよ」
「小さくてもって。そこ気にしているとこ!」
思わずクランのほっぺを両手で軽く摘まんで抗議する。しかし、身長差ができてしまい、弟なのに見上げながら頬を摘まむ姉という図でなんとも格好がつかない。
「まぁまぁ、こういうことは個人差があるし、ティアの場合はゆっくりなのよ。止まったわけではないのだし、これからきっと大きくなるわ」
「おかあさまぁ……」
おっとりとした口調で慰めの言葉をかけてくれるも、そんなお母様も160cmはある。そして胸も大きい……。私の理想目標体型だった。
瞳や髪の色は父から受け継いだものだし、顔はお母様とそっくりなのに…。どうして身長は遺伝していないんだろう……。なんだか段々悔しさが沸々と湧いてくる。
「……私も剣術やったら大きくなるかしら…」
「えぇ!それは絶対駄目だよ!!やらないで!!」
半ばやけくそなことを呟くと案の定、グランを初め家族全員から全力で止められてしまった。
◆
その日の夕食は家族全員が揃い、とても賑やかなものとなった。
「本当にたくさん食べるのね。私の三倍くらいの量食べているわよね?」
「はははっ、ティア姉様が小食なんだよ。それに今日はまだ少ない方だし。稽古を早めに切り上げたからあまりお腹空いてないんだ」
「それで少ない方なの?」
そんなばかな……。少ないってどういうことだろう。何かの間違えじゃないかしら。
「でも、姉様は真似していっぱい食べたりはしない方がいいよ」
「えっ、どうして?」
私も頑張って食べようと、メイドに追加のパンを頼もうとするもすぐクランに止められてしまった。
「だって、ねえ?」
「いっぱい食べるとティアはすぐ眠たくなってしまうでしょう?どこかにぶつかったら大変だものね」
「お母様!いつの話ですか。もうそんなに幼くないですっ」
確かに小さい頃は足が縺れてよく転んでいたけれど……。今は眠くなってもぶつかるようなことはないはず。
「幼い頃のティアラも可愛かったなぁ。フォルティス侯爵家へ遊びに行く時は必ず私と手を握って歩いていたね。だがあの時も手を繋いでいるのに何度か転んでいたなぁ……」
「お父様までっ…」
「ふふ、姉様ってどこか心配になっちゃうところがあるよね。なんかカイルお義兄様の気持ちがわかるかも」
「ええ?!そ、そんなに迷惑掛けてなんか……」
…………いや、沢山掛けている。その事実を見つめざる得なくて、私はしょんぼりと項垂れてしまった。
「まぁ、姉様は姉様で頑張ってるんだし、自分のペースで頑張ればいいんじゃない?」
「クランったら、今日はやけに優しいのね?余裕があるというか……」
「ふふん。まあね。もう姉様と手を繋いでるだけの僕じゃないからね」
そう言ってクランは胸を張りながら得意げに笑ってみせた。その様子はとても微笑ましくて、やっぱり可愛い弟のままだなと改めて思った。小さかった頃はお母様にべったりな子だったけど、イヤイヤ期が過ぎると、ピタッとわがままは減り、徐々に姉弟の距離は縮まっていったのだ。
それからみんなで談笑しながら食事を済ませ、食後のお茶を飲み終えたところで、私たちは食堂を出てそれぞれの部屋に戻った。久々の家族での食事はとても穏やかで温かくて……。何より懐かしくて涙が出そうになるくらい幸せなものだった。
そう思ってしまうのは、やっぱり私もどこかで寂しさを感じていたからなのだろうか。
初めて家から出て寮での生活をしていたのだし…。そういうものなのかな……。
◆
自分の部屋の棚には様々な小物が飾られている。そこには寮から持ち帰って来た薔薇のオルゴールもマリアによって戻されていた。
他にもオルゴールが数個置いてある。お父様やお母様から頂いたものや、自分で買ったもの。けれど、きっかけはなんだったかな…。もうだいぶ朧げだった。おもむろにその一つを手に取りネジを回してみる。
「ティア?まだ起きている?」
「お母様、どうされたのですか?」
「沢山食べていたからちょっと心配になってしまって…。寝る前にもう一度あなたの顔が見たくなってしまったの」
「ふふっ、大丈夫です。なんともないですよ?」
お母様は数年前の『事故』以来とても心配するように人になっていた。
「そうなの…?でも何かあったらすぐ言うのですよ?」
「はい。ありがとうございます。お母様」
「あら……オルゴール?だいぶ古いものね。ふふふ…、懐かしい……。思い出したの?」
「………え?」
「ティアが4、5歳くらいの時だったかしらね。まだクランがわがままだった頃よ?皆でお出かけした時にたまたま見かけたオルゴールを買ってあげたことがあったの」
「…………」
「クランが母様にべったりくっついているから、せめてと思って買ってあげたらあなた凄く喜んでくれたのよ?とても大切そうにベッドにまで持っていって一緒に寝ていたこともあったわ……」
お母様は懐かしそうにそう話してくれた。
当時健在だったレヴァン家の祖母は厳格で厳しい人だった。跡継ぎとなるクランが生まれると、そちらを重視して育てるようレヴァン家の者達に言いつけていたらしい。祖母としても、愛しい孫たちを素直に可愛がりたい思いもあったのだが……。歴代のレヴァン家を背負い繋いでいく上で重要になるのは、何よりもまず長男なのだという意識があったようだ。
それに加え、クランのわがままな時期が重なり、祖母は母にも厳しい態度を取るようになっていった。次期当主としてクランの癇癪をまず止めなければならない状況に追い込まれ、母は周りからの圧力や態度に耐えきれず、心労から体を悪くすることもあったそうだ。
そして、私へと目を向けてあげることも難しい状況になってしまった…。父もその状況を良しとせず、抵抗をしてくれていたが、レヴァン家に長くから仕えてきた従者たちは祖母の方に付く者が多く、屋敷内を改革するのに時間がかかってしまったのだ。
「お婆様も悪い方ではなかったのよ…?あなたともよく遊んでくれていたでしょう。きっと元々はそちらが本当のお婆様のお姿だったのだと思うわ。けれど、レヴァン家を守る者としての務めも果たさなければならなかったから…。そうせざる得なかったのでしょうね…。けれどね?だからと言って、あなたをないがしろにしてしまったこと…母様はずっと後悔していたの」
「………え?」
「あなたが事故に遭った後何度後悔したことか……」
ぎゅっと抱きしめ、頭と背中を優しく撫でられる。
「こうしてあげるのが遅くなってしまって本当にごめんなさいね。ずっと、謝りたかったの」
「………おかあさま……」
「ティア…。お帰りなさい……」
気づけば、いつの間にか瞳から大粒の涙がポロポロと流れ落ちていった。知らなかったこと。母からちゃんと昔から思われていたこと。
――なぜ今言うの……?――
思わずそう言いたくなった。もっと早く知りたかった………。けれど、母が今告げたことには意味があるのだろう。母も機会を逃しずっと言えなかったのかもしれない。
私は腕を回し抱きしめ返した。ずっと恋しかった母への想いは涙となって溢れ出し止めることができなかった。
◆
ベッドに入り、ぼんやりと想いを巡らす。お母様が話してくれたこと。オルゴールを大事にしてたこと……。『確か昔はこの中に白い石を大事そうに入れていた気がするけれど……』とお母様は言っていたが、オルゴールを開けると中は空っぽだった。
「大切な宝物なんだって言っていたわね」
「いし…」
「ええ、お願い事をするのってよく持ち歩いては母様に見せてくれたのよ?ティアは何を願ったのかしらね。何度聞いてもあなた内緒って言って教えてくれなくてね」
お母様との会話を思い出し、ハッと気づいたのは薔薇のオルゴールの中に入っていた龍の涙の石だった。
「願い事……」
最初は、あのお母様から買ってもらったオルゴールに入れていたのだろう。けれど、きっと成長と共に移し替えたのだろう……。願い事もそうだと思う。幼い自分のことだ。きっと何度も色々な願いをその石に込めたと思う………。
『お母様がティアのことも見てくれますように………ううん。ティアを好きになってくれますように。えーと…えーっと、それから…クランのイヤイヤがなくなりますように………』
オルゴールと一緒に寝ていたのは、中に石が入っていたからかもしれない。眠りにつく前に毎日色んなことを願ったに違いない。
瞳を閉じて朧気だった記憶を少しずつ整理していく。
『大切な思い出』
『寂しかった出来事』
『…事故のこと』
事故………。じ…こ…って…?なんの……じこだったかな……
いつしかそのまま、私は深い眠りへと誘われていってしまった。
◆◆◆◇◆◆◆
「わっ!!お兄様っ……。どうされたんです?その顔……」
そこには誰かに頬を殴られたような赤い跡を残した兄の姿があった。
「父上に殴られた。まぁ、想定内だけどね」
「…ティアのこと?」
「うん、父上には内緒だったからね。結果的にティアの状態が良好だったからよかったけど、禁術を勝手に緩和させるとはどういうことだ!ってね」
書類での報告は既に父に伝えられていた。だが、実際会って詳しく話したら、父に雷を落とされたということだ。ついでにフォルティス領の仕事も山のように積み上げられてしまった。
「…うっ…。なんだか想像できるわ」
「実行前に話したところで、父上は絶対許可しないと思っていたしね。でもレヴァン伯爵とはずいぶん前から入念に調べて合意を得ていたんだ」
「そうだったのね。でもお父様としては不安要素が少しでもあれば立場上許可できなかったんでしょうね…。ティアの浄化の魔法がどれほどの性能のものかも予測しずらかっただろうし…」
光属性の浄化魔法はその術者の能力に応じて効き目も様々なのだ。記憶に対して使うとなればなおさらだった。
それは記憶喪失者の記憶が戻る時と似ている。浄化魔法をかけることにより9歳の事故当時まで退化したり、禁術をかけた期間の記憶がごそっとなくなってしまったりする可能性もあるのだ。
しかし、蝶の髪飾りで禁術を緩ませたおかげで禁術をかけていた時の記憶も維持したまま、そしてティアラ自身が浄化魔法を発動した為、記憶が欠けることは起こらなかった。
多少の錯覚は生じているようだが、精神を傷つけるほどではない。
数日前に食べた物が瞬時に思い出せなかったり、昔の記憶が朧げになり黄色いボールでよく遊んでいたことを青いボールだったと誤ったことを言ったりするような、正常な人間でも記憶にブレが生じるような些細な誤差だ。周りが本当の記憶を伝えれば、脳が誤りを正してくれる。
「俺だって何の確証もなしに実行したわけじゃないさ。調べつくした上での行動だよ。まぁ、帝国への報告では父上に迷惑かけたとは思うけど」
禁術は通常ならば簡単には解けない。それゆえ、今回の解除方法については帝国も喉から手が出るほどの情報とも言えたのだ。ティアラには禁術が解けた被験者という扱いになってしまうが……。
報告書には浄化魔法のことは伏せ、『蝶の髪飾りの緩和魔法で大半を解いた』という形で報告している。
コランダム国から帰国する際、すぐに帝国へ所属するようにとも言われていたが、コランダム国での技術でティアラの禁術の経過観察を理由に学園の研究生という形で席を設け、魔術技術を報告しながら間接的な関係を維持していたのだ。
「……上手くいって本当よかったわ…。でもその傷はちょっと痛そう。お兄様回復魔法はかけないの?」
「はは……。父上に禁止されたよ。勝手に直すなって。俺も治すつもりはない。これくらい勝手に治るさ。ティアラを危険な目に合わせた自覚はあるしね………」
「……ほどほどにしてよね?他には何も企んでないんでしょうね?危ないことはもうしないでよ?」
少々呆れ気味にソフィアはそう言うが、彼は口元に弧を描いて微笑むだけだった。




