沢山の薔薇に囲まれて★
季節は移り変わり、色とりどりの紫陽花が花壇を満開にさせる頃、私とソフィアは学期末のテスト勉強の為図書室へと訪れていた。
カイル様は最近忙しく、お昼も一緒に食べれない日が多くなっていた。クリス皇子から秋の大会で歌を歌うことを言われたことについては一応伝えたが考えておくと言われそれっきりになっていた。
(自分でももう少し調べてみないとね……)
ただでさえ忙しいのに負担にさせたくないと思った。
「ティアラ、怖い顔しているけれどそんなに問題難しいの?」
「え、あ、…ううん。そんなことないよ」
「ふーん、本当に~?」
歴史の問題集を覗かれるも、ソフィアは目を丸くして驚く。
「…全部あってる。ティアラ、あなた暗記もの苦手だったのに………」
思わず額に手を当てられ熱を測られる。
「ふふふ、熱なんてないわよ?なんだか最近頭がはっきりするの。だからかしら?スイスイ覚えられるようになったの!」
「………そうなのね。……うん、…うん!それはよかったわ」
ソフィアは少し目を潤ませ喜んでいた。覚えが悪いせいか、ソフィアには国名を何度も教えてもらったことがあった。出来の悪い子が成長して感動しているといったところだろうか…。なんだか申し訳ないなぁ。
「あのね、実は別のことでちょっと悩んでいたの。私ね、まだカイル様にプレゼント渡せていなくて…」
「………え?!だってだいぶ前から一緒に考えていたじゃない?どうして?」
「ごめんね。プレゼント候補は沢山買ってあるの…。けれどね、…なんだかどうしても納得できない自分もいてね。もっと何か…特別なものを渡したい…のかな」
沢山プレゼントを渡してびっくりさせようと思っていたのだけれど、最近自分の中で考えが変化してしまったのだ。
「こ~んなに思われているだなんて…、お兄様に言ってやりたいくらいだわ」
「あっ!だ、駄目よ?まだ内緒っ!ね?ね??ソフィア~」
「ふふ、言わないわよ。私もお兄様がびっくりする姿の方が見たいし。絶対泣くわ」
腕を組みながら小悪魔のような含み笑いを忍ばせながらソフィアは楽しそうにそう言う。
「そんなことないわ。……それにね、プレゼントは渡したいんだけど…」
そこで言葉に詰まり口ごもってしまう。
「………そもそもカイル様って私のことどう思っているのかなって、たまに思う時があるの」
「どう見たって直球の愛があると思うけど…」
「あ…、うっ、…うーん……。その愛ってどんな愛情なのかな?恋人として?私には、異性としてというより、婚約者としての義務感や兄妹のような親愛としての愛情のようなものを感じる時があってね…」
彼はとても優しい。そして本当の兄のように甲斐甲斐しく世話してくれる。むしろ兄を通り越してたまに保護者っぽくもある。けれど、どこか線を引くようなときがあるのだ。個室で押し倒された時もリリアナ皇女の前で顔を近づけた時も私ばかり慌てて、カイル様はどこかいつも余裕な表情でいた。そのせいか本当はどう思っているのか、やっぱりよくわからなくなってしまったのだ。
それと……最近ではたまにクレアと一緒にいる姿を見かける。精霊石の研究に参加しているのだと言っていたのだが……私といる時とは見せない顔をされる。それが少し不安だった。
「そういうことね。クレアさんのことが気になっちゃってるのね」
「…うん。クレアは可愛いし、私よりもずっとスタイルもいいし、身長もちょうどいい背丈だし。なんでもないとしてもどうしてもそわそわしちゃうの………。お友達なのに…こんな気持ちを抱いてしまうなんて嫌だわ……」
何事にも一生懸命なクレア。私のことも何度も心配してくれた。友達思いな誠実な子。頭ではわかっている。だから、妬んでしまう自分がすごく嫌だった。カイル様のこともちゃんと信用できない自分自身も……。彼のことになると不安で心がすぐに揺れてしまう………。
「ティアラ…。わかっていても好きだと嫉妬しちゃうものよ。まぁ、お兄様はなにがあっても他に目移りなんてしないし、したら私が許さないけれどね?」
「まぁ。ソフィアったら。ふふふ………ありがとう。ソフィアは頼もしいなぁ」
「私だって、ティアラだから譲れるのよ?違う人がお兄様のお相手だったら、きっと意地悪な令嬢になってしまっていたと思うわ」
これじゃあ本の中の悪役令嬢ねと二人してクスクス笑い合う。
「それとね、不安になってしまったのにはもう一つ理由があるの。………以前マリアに教えてもらったことでね。…その………キスする場所には意味があるって教えてもらってね」
そっと一冊の手のひらサイズの本を開く。そこには恋愛の駆け引きと題された内容と共にキスの意味が載せられていた。私はこれまで髪、手の甲、頬、額とキスをされたがその意味は……
・髪は「愛しい」
(親から子、彼氏から彼女へなど相手の存在が愛おしい時にするキス)
・手の甲は「敬愛」
・頬は「親愛」
・額は「祝福」
その意味はどれも恋として、というよりは、様々な面からも解釈できるようなものだった。
「……もしかしてカイル様にとって私って恋愛対象じゃなくて親愛として見られてるのかなと………ソフィア?どうしたの?」
ソフィアは両手で顔を覆うとフルフルと悶えるかのように震えていた。よく見ると耳まで真っ赤になっている。
「もしかして、アルベルト様にされたの…?ど、どれ?どこに??」
思わず勢いよく迫ってしまった。ソフィアは震える指で指差していく。
唇、頬、耳、首………
えーっと、と場所と意味を見ていく………。ボンッと小型爆弾がなるかというくらい顔が熱くなった。
「あ、…う………ひゃあ」
衝撃が強すぎて口をパクパクさせてしまった。うう…、次アルベルト様とお会いした時どんな顔をすればいいんだろう。反応に困ってしまいそうだった。
「あ、ソフィア」
「きゃあっ!!!!」
突然背後から声を掛けられ、ソフィアが飛び上がるように声を上げた。なんとそこにはアルベルト様が立っていた。
「なんだ、いきなり大声出して。図書室は静かに…だろ?ティアラも久しぶりだな」
声を掛けられるも事態についていけなくて硬直してしまう。
「ん?どうしたんだ。二人とも今日変だぞ?………なにか読んでたのか?」
「あーっ、アルには関係ないの!これ以上見ちゃ駄目!!」
咄嗟に本を隠し机にへばりついてソフィアが抵抗する。だが、あからさまに怪しい行動にアルベルト様は面白がって後ろからソフィアの片手を掴み、もう片方の手で隙間から本を取ろうとしてきた。
「ちょっと!静かにって自分で言っておきながらなにするの?!も~!も~!!やめて~」
「ア、アアアルベルト様…、ソフィアをいじめないで…ください。また知恵熱で倒れますっ」
アルベルト様にとってはただのスキンシップなのかもしれないけれど、先ほど本を読んで悶えた後だったこともあり私たちにとってはちょっと刺激が強すぎた。あわあわと私もやめるよう注意をしてみせる。
「ん?え、………ソフィやりすぎた?ちょっとじゃれただけなんだけど」
「………すぎ」
「え?」
声が小さくて、聞き取れなかった。だが、彼女の瞳は薄っすら潤んでいる。
「やり過ぎっ!!!いつも急なのよ!!!」
アルベルト様の耳を掴み声を少し大きくして反撃する。
「わっ、声でかっ。……悪かった。ごめんてっ。あ、見えた」
「えっ、あぁっ!!」
「ふーん、恋愛の手引書ねぇ」
隙を見てさっと本を奪うとパラパラパラと捲り眺めている。
「読んでどうするんだ?」
「…別に。というか、アルは読んでも当てにならなさそうね」
さっきまで混乱していたソフィアは何か悟ったような顔をしてため息を零した。
◆◆◆
このところ数日の間、雨続きだったが、今日は久しぶりにカラッとした良い天気だった。私は外へ出て、学園の薔薇園へと足を運ぶことにした。様々な種類の薔薇が咲き誇り、ほんのりと香る花の香りが心地よかった。奥へと進むと少し入り組んでいて迷路のようになっていたので、探索は中央のベンチのところで止めることにした。
手元にはセイレーンの歌声という本と、演奏会のスケジュール表、それから歌の歌詞。その歌を歌いながら歌詞の確認をする。勇ましさや勝利を祝うような歌、戦場から生還した恋人達の再会の歌……どれも剣術大会に合う歌だった。
「皇子は歌を選ぶのも御上手なのかしら………」
どの歌も素敵だったが、やはり皇子が無理に入れた歌の歌詞は剣術大会らしさとは少しずれているようにも感じた。これは元々、母が幼子を思う気持ちや成長を願う歌だ。でも、私も好きな曲だったのでこれはこれでいいのかなとも思う。全部同じ系統の歌では飽きてしまうだろうし。
鼻歌交じりに歌っていると、奥からカサッと物音が聞こえビクッと反応する。だが、そこにいたのは私がよく知る人物だった。
「ティア!」
カイル様だ。ずっと忙しそうだったのに、どうしてこんなところにいるのだろう。それに少し急いでいたのか、息が上がっている。
「カイル様?!どうしてここに?」
「今日は早めに研究を切り上げられたからさ……。探しに来た。なかなか最近会えなくてごめんね」
どうやらソフィアからそれとなく私のことを伝えてくれたらしい。それで予定を調節して私への時間を割いてくれたようだ。
「あ…、いえ、忙しいのにすみません」
「いや、気にしなくていいよ。僕が来たくて来たんだ。それにたまには外に出ないとね」
隣に腰掛けると、カイル様の衣服からキラッと装飾品が煌めき思わず目を細めた。
「セイレーンの歌声?……演奏会のこと調べていたの?」
「あ、はい」
「一緒に調べるからティアラはテスト勉強の方に集中しててよかったのに」
「それはダメです!」
「…え?」
「皇子に挑んだのは私ですから。いつもカイル様に頼ってばかりではいざという時何もできない人間になってしまいます。それにカイル様の負担を掛けたくないですし……。勉強の方は大丈夫ですよ?だいぶ範囲勉強はできていますので。ソフィアにも驚かれたんです。覚えが良くなったって。だから平気です」
ニコッと笑ってみせると、参ったなといった表情をされた。
「いつの間にか少ししっかりしてきたようだね。目を離した隙に飛んで行ってしまいそうだ」
「雛だっていつまでも子どものままではいられませんからね」
自分もいつかは立派な大人に成長するんですよ?と意味を含ませながらそう答える。
「……籠が必要だね」
「え?」
「遠くへ行ってほしくないからね…」
「……行ったら、寂しいですか?」
「それは……「あっ!!カ、カイル様しゃがんで!!!」
急に話を遮って薔薇の低木へと引き込む。奥の方でリリアナ皇女とお付きの令嬢たちが歩いている姿が見えたのだ。
「カイル様、もっと小さくしゃがんでください。見つかっちゃいます」
「どうして?別にみつかってもいいんじゃないの?」
私は少ししゃがんだだけでしっかり隠れることができたが、カイル様は背が高いので少し屈んだだけでは見えてしまう。
「もう生徒会や王族の方と変に揉めたくないのですっ。前にも数回睨まれましたし…。怖いのです」
「なるほど」
「あっ!……ほら、来ます!」
無理やり頭を抱き自分の方へと引き込みしゃがませる。リリアナ皇女たちの声はこちらに気づくことなくそのまま徐々に小さく消えていった。どうやら、無事問題を起こさずにやり過ごせたようだ。
「行きました…かね?」
「…………そうだね。ティア、そろそろ手を放してもらってもいいかな?」
気づけば、ぎゅっと胸を押し付けカイル様の頭と身体に密着していた。慌ててパッと放して楽にさせる。
「あ、ご、ごめんなさい」
顔をほんのりピンク色に染めながら伝えるも、彼はやはり動揺することなく、ふぅと小さく息を吐くと、そっと手を差し出し立ち上がらせてくれた。
(やっぱり、意識しているのは私だけなのかしら…)
カイル様はそのまま手を放そうとしたが、その手をぎゅっと引き止めた。
「どうしたの?」
返事の代わりに頭を横に振って答える。そして、………次の瞬間、私は無意識のうちにカイル様に抱き着いていた。
「ティ、ティア…?」
ぎゅっと腕を回し抱きしめると少しだけ不安が紛れるような気がした。ああ…、そうか、私、寂しかったんだ………。
「籠なんかなくても、ちゃんと戻ってきますよ」
先程の話の続きをもう一度する。
「…………本当に?」
抱きしめ返すその腕はとても大きくて、すっぽりと顔全体が覆われ隠されてしまう。
「遠くへ行ってしまったら寂しいよ。いっそ羽を切って閉じ込めたいほどにね」
背に回ったその手が少し強く体を締め付けてきた。
◆
「もう少ししたら、魔法科にも話が行くようになっているんだが、クレア嬢とはそのような精霊石を作っているんだよ。彼女には助けたい大切な人がいるんだって。お互いに利点の為に協力しているだけだから」
「そう、だったんですね…」
「うん。それと同時に帝国の方に提出しなければいけない結果資料があってね。同時進行していたからなかなかゆっくりできなくてね。でもあと少しで片付くから」
忙しかった理由を聞けて、ほっとする。
「寂しかった?」
こくんと頷くと、ごめんねと頭を撫でられた。ベンチに腰掛けるも、手はまだ繋いだままだった。その手をもぞもぞと少し動かし、恋人繋ぎに変える。
「ん…んん?どうしたの?」
小さな手をぐっと伸ばして手の隙間に絡めるので、少し無理やりではあったが、それでもこうしていたかった。その主張を、カイル様も少し察してくれたようだった。
「すぐ嫉妬したり、寂しくなっちゃったり………。不安になる自分が嫌です」
「嫉妬してもらえるほど思ってもらえるなんて、こちらとしてはとても嬉しいけどね。けど、泣かせたり不安にさせるようなことは僕も望んでいないかな」
顔を近づけ、俯いた顔を覗かれる。
「ティアラはすぐに不安になっちゃうようだから、僕からの気持ちをもう少し伝えてもいい?」
「え?……は、はい」
「ティアの……、ティアラの心の準備が整うまでは、少し大胆なことは控えようかと思っていたんだけどね…。でも、もう少し信用してもらいたいなぁと思ってね」
カイル様は私の手を取るとその甲にそっと口づけを落とした。そして手の平にももう一つ。更に手首の内側へと唇を移すと後を残すように吸い上げた。
「ひぁっ!あ、あのっ!カ、カイルさま!?」
「……ん?」
「な、なななにしてるの…ですか?」
「僕からの気持ちを伝えただけだよ。後でマリアに意味を聞いてごらん。手首の跡が消えてしまったら、またつけてあげるから」
「かいるさまぁ…っ!!!」
私は真っ赤になって固まってしまった。そんな私を見てカイル様は優しく微笑むと、もう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。
「ちゃんと好きだよ?わからなくなったら何度だって伝えるし、教えてあげるからね」




