ティアラの青い蝶
最初のクレアとカイルの話はクレアが主なお話です。
◆◆◆からはティアラです。
研究室の一室に案内される。どうやらここは彼が主として使っている場所のようだった。彼の従者が紅茶を入れてくれたが、とても飲めるような状況ではなかった。
「それで…、さっきの質問だが、君は知ってどうするつもりだい?」
「えっ、そ、それは…。もし良いことでなければティアラに知らせようと思います」
「ふぅん…。真実を伝えてティアラの精神が壊れてもそうするの?」
「……え、そんなっ…、そんなこと望んでません!!私はただあなたが贈った蝶の髪飾りが気がかりだっただけです。そこには強くて黒い靄が渦巻いていたし…!あれはどう見ても呪いの類いにしか見えなかったからっ……!!」
慎重にいこうと思っていたが予想していなかったことを言われ思わず声を荒げてしまった……。
本当ならば第二皇子の為に協力を求めなければいけない重要人物だ。大事な交渉前に不利になるようなことを言うべきではない。
けれど、信用のおける人なのかも見極めたかったのだ。そうでなければ第二皇子への協力も頼めない。
「あなたが教えてくださった本に載っていたのです。装飾の精霊石に魔法を付与すると、一定時間または一定期間魔法の痕跡が残る場合があると。そして、それは魔力の強い者が掛けた場合そうなると。その痕跡は特有の形や魔法文字で現れるとも…」
「………」
「ティアラは髪飾りの魔法付与に関してはコランダムの人が行なったと言っていました。けれど、本当は違いますよね?…あなたの胸にも、そして蝶の髪飾りにも同じ蛇の様な靄が浮かんでいました…。それに………フォルティス侯爵様は精神操作の禁術を扱える上位宮廷魔術師。血縁者の魔力の形は似て受け継ぐともいいます」
その言葉に、ピクリと少しだけフォルティス卿が反応する。
「魔法付与したのはあなたか……それとも血縁者であるフォルティス侯爵様が禁術魔法を精霊石に付与する方法を会得していたか………」
「フッ……。よく調べたもんだ」
「……それじゃあ……!」
「ああ、魔法付与したのは俺だ」
急に口調が変わり、そこにいる人物はティアラの前で見せるような優しさが取り払われ無機質さだけが残ったような雰囲気が感じられた。
「な、何のためにです?」
お互いに目線を逸らさず向き合う。握りしめた手には嫌な汗が滲んだ。
「……精神魔法を緩和させる為だ」
「………!」
「君のティアラに対する気持ちはわかった。だが、ここに来た本当の理由はティアラのことだけではないんだろう?」
「……どうして、それを…?」
「君のことは大体調べている。ティアラと関わっている者の詳細は調べないとね。こちらとしても心配だからね。君の持ち合わせた要件に応じる代わりに俺も君に協力してもらいたいことがある。どうだろう、取引をしないか?」
「えっ?」
「わざわざ親切心だけで、自分に不利になるようなことを教えると思うかい?君に接触したのはこの為だ」
彼は不敵な笑みを零した。まるで私の考えなどお見通しだと言わんばかりに。
「私に…協力してほしいこととは、何でしょう……」
「君の光魔法を貸してほしい。…ティアラを救うためだ」
◆◆◆
各学年で行なわれる剣術大会。その1年生部門に、フレジアとシオン様が出場する。私達は観客席からの応援をしていた。
「ドキドキするわね」
「あ、あそこにいるのフレジアじゃない?」
私とクレアは黒髪をキュッと一つに結んだ少女を発見すると手を振って合図をした。
「アルもシオンに手を振ってあげたら?」
「いや、たぶん俺がやったら委縮するからいいよ」
「もぅ、いいじゃない。きっと大丈夫よ?」
「そうそう、兄貴は気にしすぎなんだよ。おーーーい」
ソフィアとアルベルト様の横で、アスター様が大きく手を振ってシオン様にエールを送る。するとそれに気づいたシオン様が軽く手を振り返していた。
「あ、そろそろ始まるみたいだ」
私の隣に座っていたカイル様がそう皆に伝えると騒めいていた会場全体も徐々に静まり返っていった。そして審判の声によりいよいよ試合が開始される。
次々と試合が行われ、フレジアとシオン様も一戦目、二戦目と順調に勝ち進んで行く。しかし三戦目の対戦者との相性が悪かった。フレジアとの体格差が大きく、力で押されてしまったのだ。
「速さではフレジア嬢が勝っているけど、連戦で体力が落ちてきているな」
「フレジア………」
強い力技で剣を振るう対戦者にこちらが尻込みしてしまいそうだった。ドキドキしながら、試合を追っていくと対戦者の生徒がフレジアの剣を弾き飛ばし勝負はそこで終了となってしまった。
「惜しかったけど、よくやったんじゃないか?」
「ああ、そうだね。…ん?ティア?」
「……あ、だ、大丈夫です。ちょっと怖くなっちゃって」
カイル様とアルベルト様の会話の横で、ハラハラとしていた姿を心配され顔を覗かれる。
カイル様とシオン様の稽古では二人とも上手に受け身を取っていたからあまり不安な気持ちにはならなかったのだが、フレジアがよろけた姿を見るとどうしても心配になってしまったのだ。
「悔しいけれど、怪我がなくて良かったわ。ちょっとホッとしちゃった」
「え?クレアも?」
「うん。だって、黙っていれば気品溢れる綺麗なお嬢様よ?それに大事なお友達だし。勝ち負けよりも心配しちゃうでしょ?」
クレアも同じ気持ちだったのだ。そのことがなんだか嬉しかった。
「次はシオンだな」
「まぁ、しっかりやるだろ」
「どうしてそう言い切れるの?」
ソフィアが疑問に感じアルベルト様にそう尋ねた。
「この前俺に言ってきたんだ。必ず一位取ってくるって。あいつは確実性のないことは言わないからな」
「そう、…すごい自信ね」
「この前兄貴に一撃入れれたのが効いたのかもね」
「アルが強すぎて弟たちが委縮しちゃうんだよ。そのせいで変にギクシャクしてた頃もあったし…。でもようやくシオンもやる気が出てきたのかもね」
「ああ、本当ようやく…だ」
アルベルト様の横顔は少し嬉しそうに口の端を上にあげていた。じっと皆が喋っている様子を見ているとカイル様がこちらに気づいたのか、にっこり微笑みリボンにそっと触れてきた。
今日はお互い同じ色のお揃いのリボンだったのだ。気づいてくれたことが嬉しくて私も同じように微笑んだ。
◆
シオン様は圧倒的な強さで相手を負かし、有言実行とでもいうかのように1年生部門で優勝を果たした。そして、3年生部門では誰もが予想していたかのようにクリス皇子殿下の圧勝だった。
私達は終了と共に観客席から出てることになったのだが、なぜかカイル様に呼び止められる。
「ティアラ、先に行っててくれるかい。少しクレア嬢と相談したいことがあるんだ」
「ごめんね。すぐ終わるから」
頭の上にハテナが浮かぶ。あまり接点のなかった二人なのになんの話だろう……。
「じゃあ俺たちと一緒に先お昼に行こう。カイル、先食べてるからな」
「ああ、わかった」
アルベルト様が私の背中を軽く叩き歩くよう促された。だが、未練がましくもう一度振り向いて二人を目で追ってしまった。
そして早く話が終わらないかな…と足早に食堂へと向うことにした。
◆
食事が終わってもカイル様達とはすれ違ってしまったようで、会うことはなかった。
「フレジア!お疲れ様!!」
だが、フレジアには会うことができた。嬉しくて満面の笑みを浮かべながら彼女に駆け寄る。
「試合、すごかったわ。怪我はない?大丈夫?」
「ふふふ、大丈夫よ。ありがとう。でもやっぱり体格差には負けちゃうわね。まだまだ稽古が必要だわ。なにか、力よりも急所を狙えるようなスピードがもっと必要だったわ」
「でも!それでも充分すごいわ!クレアも悔しがっていたけれど、なによりフレジアが大きな怪我しないでよかったって言ってたのよ」
「…え?クレアが?」
フレジアは少し驚くて、複雑そうに、けれど微笑んだ。
「あ、フレジアとティアラ嬢。お疲れ~」
「ジディス卿!ジディス卿もお疲れ様でした。三戦目惜しかったですね」
「そうそう、ホント頑張ったんだけどね。もー、へとへと~」
ジディス卿も頑張っていたのだがフレジアと同じで三戦目のところで惜しくも負けてしまったのだ。
「けれど、私と一緒に二回は勝ったのだからよくやったんじゃないかしら?」
「本当、フレジアと稽古したおかげだな。俺たちよく頑張ったよねぇ~」
上位にはいけなかったけれど、ふふんと満足したような顔をするジディス卿にフレジアも口元を綻ばせた。
「そうね、私達頑張った!よーし、ご飯食べよっ」
「はは、そうだね、俺もまだだ。ねぇ、一緒に食べよっ。今日くらいいいだろう?」
「えっ、なっ、そんなの許してないわ!」
「え~、いいじゃん。行こ行こっ!友達同士ご飯食べるのは普通だろう?それじゃあ、ティアラ嬢またね」
手を振って無理やりついて行こうとするジディス卿とフレジアを見送るとカイル様が言っていた言葉を思い出した。
「あいつ手を抜いてるな…」
「え?」
「本気で挑もうとしてない」
三戦目、ジディス卿はカイル様が言った通り、負けてしまった。だが、私には手を抜いているようには見えなかった。
「本当にわざと負けたのですか?あんなに稽古頑張っていたのにどうして…」
「彼にとっては勝ち負けが目的ではなかったんだろうね」
そう言うと顔を近づけ耳元で教えてくれた。
「一年の時の彼は剣術大会でいつも上位にいたんだ。身体がなまっているとしても本気でやれば20位内には入れただろう。だが、それをやってしまったらフレジア嬢のプライドを傷つけてしまうだろう?彼は勝負よりも彼女との関係継続の方を優先したってことだよ」
「え……ええ?そういうことってあるんですか?」
剣術大会は上位を目指せば城での騎士の職も狙うことができる。彼はその機会を一つ棒に振ったともいえるのだ。
「まぁ、それだけ本気の恋だってことなんだろうね」
驚きつつも、そんな話を聞いてしまった身としては、フレジアに真実を伝えるべきか迷ってしまった…。
彼の今までの堕落していた過去は切り離せない。彼女に近づいても今までの過去の行いが障害となり信用してもらえないと彼自身もわかっているのだろう。
それでも諦めず、自身が出来る方法で寄り添いたいということなのか…。
へらへらとしていて、真意に気づいてもらえるかわからないのに…。ある意味献身的で私はただただ二人の行方を傍観するしかなかった。




