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お嬢様は背を伸ばしたい



「新入生歓迎会ってどういうことをするの?」



 私は、正面に座るソフィアに尋ねた。私の隣にはカイル様が座っている。あれから、ランチは一緒に取ろうとカイル様に言われたのだ。


 研究生の棟は少し離れた場所にあるのでこうして毎日会えるのは正直とても嬉しかった。



 ちなみに今日の私のメニューは…『牛乳、ホワイトシチュー、ミルクプリン』



「そうねぇ、生徒会が主催のパーティなのよ。あと学園の各部会のお披露目会でもあるかしら。演奏の会ではコーラスやヴァイオリンを弾く人がいたり、赤薔薇の会…お茶の会なんだけどね?そこからは可愛いお菓子を提供してくれたりするのよ」


「ソフィアもなにかやるの?」

「私は草花を愛でる会に入ってるわ。当日は『健康茶』を振舞う予定よ。とってもすごい味なのよ」

「そ…そうなんだ」


 嬉しそうに笑っているけれどソフィアの笑顔がなんだかコワイ。健康茶ってどういうものなのかな……。聞きたいけど聞いちゃいけない気がする。


「それからそうね、魔術科による魔法のショーがあるわ。中庭でやるんだけど、花火のような光の演出があってとても綺麗なのよ」


「魔法?」


「お兄様はどちらかというと裏方ね。魔術科の生徒に精霊石を渡して、生徒の持つ能力を更に倍増させる協力をしてるのよ」


「まぁ、とはいえその子に合った精霊石を貸してあげるだけだけどね」


 そう言うとカイル様はナイフとフォークを手慣れた手つきで器用に切り、白身魚のソテーを口に入れた。


 精霊石とは、いわゆる鉱石や鉱物などのことでダイヤやルビーもそれにあたる。大地や水や火など自然の力が集まり鉱石となり精霊の力が宿るとされているのだ。


 そしてまたその力は同じこの世界に生きる人間自身にも生まれながらに備わっている。ただし、精霊石には劣るが。


 精霊石は人間の魔力を倍増させたり、コントロールするために使われている。カイル様はそのような精霊石の能力について、現在確認されているもの以外にも未知の可能性について研究しているそうだ。


「わぁ…楽しみ」

「あ、そうそう、そのショーは見るだけじゃなくて、ダンスもあるのよ」


「え?」


「どうしたの、ティアラ?」

「……あー…たぶん、ティアラはお兄様とダンスするのが嫌だったのかも」

「え、どうしてだい?」

「どうしてって……」

「あ、あの、嫌いなわけじゃないんです!!…でも、一緒に踊ってもカイル様には釣り合わないと思って…」


 慌てて、訂正するも結局は踊れないことを言っている。


「そんな、何も気にしなくていいのに」

「気にしますっ!だって…だって……カイル様、今身長何cmですか?」

「……188cmかな?」

「…私は140cmです。あの…40cm以上差がありますよね。これでは綺麗に踊るには差がありすぎるんです……」


 本当は踊りたい。けれどこれだけ差があると、ホールドが難しいし、踊っている途中でステップがうまく続かず抱っこされてしまうかもしれないのだ。


「…わかった。じゃあ、またいつか一緒に踊ろうね」


 少し考えるようなしぐさをしながらカイル様はにこりと微笑んだ。心なしか少し寂しそうにも見えた。

 私の背がもっと標準並みに背が高かったら……。私も悲しくて目線が自然と下にいってしまった。


「カイル様、一緒に踊れなくてすみません……」

「大丈夫だよ。そんなに気にしなくていいよ」

「私……」

「…うん」


「私…!牛乳もう一杯もらってきます!!!!」


「…………ん???」


 ソフィアは複雑に「健気ね」と呟く。カイル様もポカンと呆気にとられた表情で遠くなる私の後姿を見つめていた。





 その日寮に戻ってから早速クレアとフレジアに相談することにした。


「…ということで、身長を伸ばす方法ってなにかないかしら?」

「うーん…なんでしょう」

「あ!沢山ご飯を食べてよく寝るといいってうちのお爺様が言ってたわ!」

「寝る子は育つ?」

「あとは…」


 三人でうーんうーんと思わず声に出して考えながら、対策を考える。その後ソフィアにも、もう一度相談することにした。そこで集めた情報によると…………


・よく寝る

・よく食べる(バランスの良い食事)

・牛乳や乳製品を飲む、食べる

・適度な運動


「マリア、私色々と背を伸ばす情報を集めてきたの。それにね、ソフィアが背を伸ばしたり、胸も大きくする方法も教えてくれたの。お部屋でだけやる体操だからちょっとはしたないかもしれないけれど大目に見てほしいの。こうやってね、こういう体操でね」


 と、教えてもらった体操をマリアに説明する。


「ティアラ様、あまり無理はなさらないでくださいね?カイル様もそれは望んでいないと思いますよ」

「…うん。私だって新入生歓迎会までに伸ばすのは無理だってわかってるわ。でもね、今は無理でもいつかカイル様の隣に堂々と立てるような素敵な女性になりたいの」


 私はベッドの上に立って拳を握り、自分の理想と目標を切々と語り始めようとしたのだが…。


「ティアラ様…。身長も大事ですが、知識や教養も大切ですよね」

「…………はい」

「今日学園で出された宿題はもうお済ですか?」

「まだです…」

「では両方頑張りましょうね…」

「…はい」


 こうして私の一日は瞬く間に過ぎてゆき、次の日は案の定、体のあちこちが筋肉痛になってしまった。



◆◆◆



 コトンッ、コトンッとお皿を並べていく。


 今日のメニューは『牛乳、チキンソテー、ローストビーフ、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ、コーンサラダ、それから小さめの苺のタルト』だ。


 苺のタルトは頑張る自分へのご褒美として。やる気を出す為厨房の方に小さめのものを用意してもらったのだ。


 勝手なことを言ってしまったけれど、厨房の方は快く用意してくださった。本当にありがたい。


「ティアラ、そんなに食べれるの?」

「ええ、大丈夫。頑張るわ」

「…ほどほどにね」


 心配そうな顔をするソフィアとカイル様をよそに私は気合を入れてお肉にフォークを突き刺した。





「…………うぅ」

「ティアラ、大丈夫?」

「うん」


 そうは言ったものの、少しずつ食べるペースは落ちていく。昨日の体操の疲れと急に沢山食べて目がどんどん虚ろになっていくようだった。


「…ティアラ。まだ一日目だし、今日は僕も食べるの手伝ってもいいかな?」


 カイル様の提案はとてもありがたいものだった。やはりというか、当然というべきか。流石にこの量を食べるのは無理だったのだ。


 つい勢いで頼んでしまった自分が浅はかで情けない。お皿を見るとまだ半分も食べきれていない。かといって、このままお皿を下げるのも心が痛む。私はコクリと頷き、カイル様に手伝ってもらうことにした。


 私がのろのろと食べている間に、一枚、一枚とお皿に乗った料理が綺麗に片づけられていく。気がつけば、苺のタルト以外全て完食されていた。


 なのに隣に座ったカイル様は涼し気な顔で紅茶を飲んでいる。確かカイル様も普通に自分のランチも食べていたはずなのに。


「ティアラ、苺のタルトは食べれるかい?」

「…半分だったら」


 ふらふらになりながらそう答えると、カイル様は苺を私の口元に持ってきてくれた。私は食べることに必死で、カイル様に応えるように口を開けた。


 口の中いっぱいに広がる苺の甘みはとても優しくて美味しかった。本当に『頑張った自分へのご褒美』といった感じだ。


 残りの半分はカイル様が一口でペロリと食べ、これですべて完食だ。やっと無事食べ終えたことが嬉しくて自然と口元が綻ぶ。


「カイル様、手伝ってくださってありがとうございました」


 満面の笑みで感謝を述べると、カイル様はなぜか急に顔を横にそむけて口を押えてしまった。



「…………???」



「なんだか口の中が砂糖でいっぱいな気がするわ」


 ソフィアは苦笑しながら私たち二人のことを生ぬるい目で見守っていた。



◆◆◆



 あれから、食事は少しづつ増やしていこうと案の定二人に諭され、メニューは二人に協力してもらって程よい量と栄養バランスのものを選ぶよう気をつけるようになった。


 とはいえ、目標とは別にやっぱりデザートは必ずつけるのだけど。


 運動は学校が終わった後、学園内をマリアと散歩をするようにし、夜はソフィアの体操をして、睡眠はよく取るように(これはカイル様にとても勧められた)するといった毎日となった。


「ティアラ様、あまり先へ先へと行かれるとついていけません~」

「あ、ごめんなさい。今日クラスの子に、ちょっと早歩きの方が運動になるのよって教えてもらってつい…」


 後ろを振り向いてマリアが来るのを待つ。距離が縮まったら、ここから先は階段だ。トントントンッと軽い足取りで降りていく。その後ろをマリアが手すりを使いゆっくりと後に続く。


「はぁ、はぁ、クラスの皆様とも打ち解けられたようでなによりですわ」


「うん。みんな優しい方ばかりよ。『悪役令嬢シリーズ』の小説に出てくるような特殊な御令嬢はいなかったわ」


「当然です」

「あ、あともう一つ教わったことがあるの。こうやって、せーのっ」


 階段の一番下から三段目上あたりからジャンプする。お友達に、ジャンプを沢山するといいのよと教えてもらったのだ。ストンっと降りて見せる。


 すると運悪く左側に二人、こちらへ歩いてくる人たちと目が合ってしまった。


「あ、この前の迷子ちゃん。こんなところで何してるの?」

「アルベルト様!…ま!まいごではありません!」

「遊んでた?」

「違います!背を伸ばす運動をしていたのです。今のジャンプもその一つなんです」

「あぁ、だから廊下で飛び跳ねてたのか」


 そこにいたのは以前研究室へ案内してくだったアル様こと、アルベルト様ともう一人褐色の髪の少年が立っていた。


「僕はシオン・エルスターだ。アル兄さんと知り合いだったんだね。クラスは違うけど、同じ一年生だよ。廊下で不思議なことしているからちょっと目に留まってね」

「そうだったのですね。お見苦しいところを見せてしまい失礼しました。私はティアラ・レヴァンと申します。シオン様とアルベルト様はご兄弟なのですね」


 戸惑いつつも挨拶を頂いたのでカーテシーをして返す。だが後ろに控えたマリアが『廊下でもジャンプしたのですか?』と目で訴えかけているような気がして背中が痛かった。


「ん?今日はアルって呼ばないんだな」

「あ、それは…。カイル様から教えて頂いたので。カイル様がアルベルトって呼んだ方がいいって言っていたので。その節はありがとうございました」

「…なるほど」

「で?なんでそんなに背を伸ばしたいんだ?そんなに無理しなくてもそのうち伸びるだろう?」

「そ、そんなに簡単だったらこんなに悩んでなんていません。12歳くらいから毎年1、2mmくらいしか伸びなくなってるんです…。それにこんな見た目ではカイル様にも申し訳ないですし」

「そうかな?君は十分可憐で素敵な女性だと思うよ」


 ズバズバ言うアルベルト様と違って、シオン様はやんわりと気遣いの言葉を掛けてくれる。でも…。


「それが…。カイル様はお二人より更に背が高いのです。これでは婚約者というより子供と保護者、または年の離れた兄妹としか見えなくて。それで悩んでまして…」


 思わず、シオン様はアルベルト様と私を交互に見て何か悟ったように


「……あー…なるほど」


 と深く頷いて見せた。


「そういえば、シオン様たちはどちらへ行かれるのですか?」

「ああ、うん。今日は早めに授業が終わったから、近くの街まで行こうかって話してたんだ」

「ずっとこん詰めてやってると後が辛くなるぞ?なんなら、気分転換に迷子ちゃんも一緒に行くか?」

「いえ。カイル様に、男性の方について行っては駄目だと言われてるのでご遠慮します」


「…………あいつ本当過保護…いや、保護者だな…」


 アルベルト様は小さい声でボソッと呟くとじゃあなと私の頭をポンポンと軽く撫でて二人で門の外へと行ってしまった。




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