アルベルトの特別稽古
お昼のランチが終わり、ソフィアはアルベルト様のところへ行くと言い別れると、私はカイル様と一緒に午後の授業が始まるまで図書館へ行くことにした。
だが、廊下でジディス卿が立ちふさがるように立っていた。思わず咄嗟にカイル様の後ろに隠れてしまう。怖がる必要はないとわかってはいるのだけれど、それでもやっぱり胸がズキズキとして苦しくて嫌だったのだ。
「フォルティス卿、それから…ティアラ・レヴァン嬢。…少しお時間頂けないでしょうか」
大きな背中に隠れて様子を窺っていたが、いつもと違う態度が気になりそっと顔を出してみる。するとジディス卿と目が合ってしまい慌ててサッと隠れカイル様の服の裾を掴んだ。
「手短に用件を言え」
カイル様の鋭い口調に促されて、ジディス卿が早口に喋り出した。どうやら彼は謝りに来たようだった。フレジアから私が外見についてとても悩んでいたことを事細かに教えられたようで…。更には今まで流れるように生きてきた自分自身や身の回りのことについても正され、かなりのお説教を受けたらしい。
(…お説教って、フレジア…なにしたんだろう)
そういえば、最近とてもすっきりした顔をしていたような。
「俺…、伯爵家の次男だったからさ。親からは長男の予備の駒としか見られてなくて……。まぁ、よくある話だよ」
ジディス伯爵家は歴史の長い家柄ではあったが、家族関係は冷え切っていて両親は当然のようにお互い愛人を作るような人達で、父親に関しては子を自分の駒としか見ていないような人だった。
長男は幼い頃から次期当主としての教育を施されていたのに対し、次男である自分は何の期待もされていなかった。
自分へも目を向けてほしくて、勉学に励み優秀な成績を出してみたり、生徒会に入り皇子殿下に気に入られるように努力してみたのだが、結局父親には見向きもされなかった。そのようなことはできて当然と思われたのかもしれない。
何をしても自分はいつも二番目。兄に何かあったときの為の予備の駒でしかない。『人として見られていない』……ただのチェス盤の駒のようで無性に腹立たしく、そして虚しくなった。
これ以上無駄に傷つくのは嫌だった。だから……、のらりくらり流れに身を任せ適当に生きればいいと思った。そこから堕落していこうが、……もう、どうでもよかった。
「フレジアに言われたんだ…適当に生きるなって。生徒会の方は、きちんと仕事するし、もう会長の個人的な指示で動くのはやめるって約束したんだ。だから俺から会長のことでティアラ嬢になにか接触することはしない。あの時は本当に失礼なこと言ってすまなかった」
その表情は本当に反省しているようにも見えた。実はあの時、クリス皇子から『適当に不安か、煽りを与えるように』と言われたらしい。
どうしてそんなことを言ったのだろう……。不思議なことばかりする皇子が私には理解できなかった。
「ふぅん、そこまで言うのなら…、今後は皇子や生徒会の情報を流してもらおうか」
「…えっ。あ、はい」
カイル様に言われて驚いたようだったが、ジディス卿はしっかりと頷いた。
「それと……ティアラ嬢。実は俺も頼みたいことがあるんだけど。あの…フレジアの好きなタイプってどんな奴かな」
「………え…?」
予想していなかった言葉を振られ、咄嗟にカイル様の後ろから顔を出しジディス卿を見ると、彼は恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「ああいうことは初めてで…。真面目に俺なんかのことを考えて叱ってくれてさ…」
「…………」
なんだか急な展開で思わず口がぽかーんと開いてしまった。カイル様も目が座っている。
「ええっと…。たぶん誠実そうな人だと思います…」
「誠実……!わかった、ティアラ嬢ありがとうっ!!」
私の言葉を聞くとジディス卿は早々に話を終わりにし嬉しそうに笑い去っていった。
「フレジア…大丈夫かな……」
その後、ジディス卿は今までの女性関係すべてをきちっと清算し、フレジアに猛アタックをするような人に変わっていったのだった。
◆◆◆
「そろそろ来るかとは思っていたけど…」
シオン様の稽古で、いつもの丘へとやってくるとそこにはシオン様の他にソフィアとアルベルト様とアスター様が一緒に集まっていた。
「そりゃ、来るだろう?楽しそうだし。というか、カイルもシオンもいつどこで稽古しているのか教えてくれないのひどくない?」
「だって、アル兄さんに言ったら絶対カイルさんに迷惑かかるのが目に見えているもん」
「ええ…………俺信用ないなぁ…………」
うんうんとカイル様と共にエルスター家の双子が深く頷いた。
「で、アスターは何しに来たの?ティアラに無駄に近づきたいとかだったら帰ってもらうよ?」
「ち、違います!…まぁそういう気持ちもなくはないけど…。シオンの剣術が格段に上がったって聞いたからちょっと気になったもんで…」
「へぇ?」
威圧的な微笑みのカイル様に対しアスター様はまずいことを口走ってしまったと慌てて口を押さえた。
「それじゃあ、せっかくだし今日はアスターにも稽古の手伝いをしてもらおうかな」
「え!?いやそれはちょっと……」
「なんだよ。お前もここまで来たんだし、一緒にやろうぜ?」
カイル様に加勢するようにアルベルト様までアスター様に詰め寄っていく。
「ちょ、俺は本当にただ見学に来ただけだって!」
「そんなこと言わずにさー。もう俺と一緒に鍛えてもらったらいいじゃん」
「そうそう、魔法の練習でもしたらいいさ。いい機会だろう?あ、ティアラとソフィアは丘の上の方に行っててね。今日はたぶん危ないと思うからティアラの運動は悪いけどお休みにした方がいい」
私達は顔を見合わせ、素直にカイル様の指示に従い、丘の方へと移動することにした。アルベルト様のことを皆警戒していたし、ここは大人しくしていた方がよさそうだと判断したのだ。
「……なんでこんなことに……」
アスター様の小さな呟きだけがその場に響いていた。
◆
ソフィアに聞くと、元々最初はシオン様の元にアスター様が見に行きたいと言ったことがきっかけだったそうだ。そこにソフィアとアルベルト様が鉢合わせして今に至ったようだ。
「アルベルト様ってそんなにすごいの?」
「そうねぇ、私も剣を振るっているところは見たことないの。だから、ちょっと気になって来ちゃったのよね。確かお兄様と一緒で『紅焔の不死鳥』って二つ名があるのよ」
そういえば、カイル様も『氷砕の剣王』とリリアナ皇女殿下に言われていた…。名前から推測するも、なかなか強そうな気がするけれども…。考えを巡らしている内にどうやら稽古が始まったようだ。
「な、カイル…。久しぶりにお前とも闘いたいんだけど」
「はぁ?やめろよ。絶対もの壊すだろう?やらない」
手でバツを作って拒否する。
「それに、メインはシオンだ。もう少し面倒見てやれよ。というか、教えるの上手くなれ」
「それは無理だ」
ニカッと笑って言い返される。
「…即答か。………はぁ、じゃあ三対一でやろう。僕と双子対アルだ」
「待てよ。いくらなんでもそれは無茶苦茶じゃないか?」
「大丈夫だよ、僕は基本二人の指示役するから。アスター、お前はどこまで魔法使えるの?」
アスター様の使える魔法を確認すると、三人で簡単な作戦を立てる。アスター様は基本的に補助魔法を中心に後方支援として魔法の練習を。シオン様は防御をアスター様に任せ攻撃を主に行うようにとのことだった。
そして危険そうな場合はカイル様も支援攻防をする。双子はそれぞれ相槌を打ち役割を確認し合うといざ勝負開始となった。
「シオン、いつでもこいっ!全部叩きのめしてやるから!!!」
「アル兄さんすごく嬉しそう。でもそういう言い方やめて。本当怖いから…」
「シオン頑張れ。俺も援護するから……たぶん!!!」
「援護はしっかりやって!僕絶対負けるっっ!!!!」
わちゃわちゃ三兄弟で喋りつつも、まず最初に動いたのはシオン様だった。一気に間合いをつめると空を舞い剣を力強く振り下ろす。それを軽々と受け止め弾かれる。それだけで軽く飛ばされるが、その瞬間背後からの気配を感じ取った。アスター様が後方から風の保護魔法をかけたのだ。
「……っ!」
「アスター、もっと風を集めろっ」
「了解っ!!」
カイル様の指示に従って風圧でアルベルト様の動きを鈍らせようとするが、剣で切り裂くごとに風が霧散されてしまう。
「次は水の玉を数個作って。それから氷の壁で攻撃を半減させろ」
「え!?」
「ほら、迷ってるとすぐこっちに来るぞ。急げ!」
「わ、わっ。はいっ」
シオン様に向かってきたところを氷の壁で防御しつつ、水球をぶつけるが、一瞬で粉砕しアルベルト様はそのままシオン様に切りかかった。
「うわっ!?」
咄嵯に反応できずシオン様はもろに攻撃を受けてしまった。そのまま吹き飛ばされるがカイル様に受け止められる。
「ほら、シオン頑張れ。僕がやってた技とだいたい一緒の動きだから。怖がらずに打っていけ」
「はい!……はあああっ!!」
剣を振り上げ力強く飛び出した。一瞬アルベルト様の方が遅れ二段構えの攻撃の一つが腕をかすった。
「シオンすげぇっ!攻撃入ったな!!」
「やった………」
だが、打たれたアルベルトの方は目の色を変え、不敵に唇を上に持ち上げた。強さに差がありすぎるせいか若干悪役の様にさえ見えてしまう。
「ようやく一撃入れられるようになったな。俺も嬉しいよ…。これで少しは楽しめそうだな」
アルベルト様は剣を持ち替え力強く握り攻撃の構えをみせる。とてつもなく楽しそうな顔をされている。
「うわっ……。なんか変なスイッチ入ってない?兄貴やばいっ。シオン逃げた方がいいかも」
「………だね。僕も手が震えそう」
「アルッ!物は壊すなよ。ソフィアもいるんだぞ。そこ考えろ。アスター!風を周りに張り巡らせておけ」
「了解~」
「そこは流石に考えてるさ」
「たまに暴走するだろ」
カイル様の心配を他所にアルベルト様は更に力を溜め大きな一撃を放つ準備に入る。次の瞬間、凄まじい風圧と恐怖がこちらにも伝わってくるかのように肌に感じられた。私は怖くなって思わずその場で目を閉じペタンと座り込んでしまった。
――キィイインッ――
次に目を開けた時には、シオン様を支えながらカイル様が加勢するように二つの剣でアルベルト様の剣を受け止めている姿が目に入ってきた。
「……す、すごい」
ソフィアも辛うじて立ってはいたがピリピリと感じる威圧感に手が震えていた。
「なんなのあの人…。いつもと違いすぎるわ」
◆
「アル兄さんちょっとストップ!」
「なんだ?」
「今ので手が痺れてもう無理!!!」
「……は?これからだろっっっ!!!!せっかく成長して楽しくなってきたと思ったのに!!!!」
「兄貴は規格外なんだよ~!そこ自覚して……」
また三兄弟が揉め始めた。さっきの緊張した空気とは違いどこか和やかさが垣間見えた。
「ちっ……仕方ないな」
アルベルト様は渋々といった様子で剣を収める。
「はぁぁぁぁ……、本当死ぬかと思った……」
「でも一撃食らわせられるようになったじゃないか。偉い偉い」
「シオン大丈夫か?お前本当すごいな!!めちゃくちゃ上達したじゃないかっ!すっげーー!!」
「へへっ!カイルさんのおかげだよ」
シオン様は汗だくになり、くたくたになりつつも照れながらそう答えた。
「よしっ!わかった。じゃあ今度からは四人でやろうぜっ!」
「………………え?あれ?兄貴今なんて言った?」
ニコニコ顔のアルベルト様をよそに三人はドン引きするような顔で彼を見た。
「ちょっ!待って、アル兄さんはたまにでいい。本当無理っ!」
「こら、お前ら、そういうところだぞ!すぐ怖がるなっ」
「怖いものは怖いんだよ」
「俺も疲れてきたし休憩するー…」
「聞けって!!!」
規格外の兄から逃れるように双子は私たちのいる丘の方まで逃げていく。その場にはカイル様だけ取り残されてしまった。アルベルト様は弟たちの情けない後姿を見ながら頭を抱えため息をつく。
「はぁ……、本当に困った奴等だな。…けど、カイルはまだやれるだろ?」
「え、僕も疲れたからそろそろ休憩したいんだけど」
「嘘つくなよ。まだいけるだろ!お前は強制的に付き合ってもらう。たまにはいいだろう?」
そう言ってカイル様の腕を掴むと強引に広場の中央へと連れていく。
「お前もその方が少し軽くなるんじゃないの?」
「…………。以前はそれで成り立たせていたけど、そう簡単な問題じゃないんだよ」
「そうか…。剣術で安定するならいつでも手を貸すのにな」
「はは…、アルの場合はただ遊びたいだけだろ?」
「まあな」
二人は何事もなかったかのように再び剣を打ち合い始める。私は呆然とその光景を見つめていた。
「さっきと桁違い……」
二人の姿に圧倒されつつ、見入っていると休憩していたシオン様がタオルで顔を拭きながらこちらにやってきた。
「うわっ……、やっぱり二人とも別格の強さだな。カイルさんのことはたまにアル兄さんから聞いてただけだったけど、本当にやり合える仲だったんだな」
「え…?」
「アル兄さんは学園での大会でいつも優勝してたんだ。王宮からも何度も声が掛かるほど注目されるくらい強い人でね。騎士団長も簡単になれるんじゃないかって噂されていたんだ」
「そんなに強かったんですか!?」
「ああ。でも薬草学の研究をしたいからって辞退しちゃってさ。兄さんには兄さんの考えがあるんだろうけど………。でも去年カイルさんが編入されてから生き生きとしててね。本当はすごく剣術が好きなんだと思う」
「確かにそんな感じね。研究生は剣術の授業はメインであるわけじゃないから、一ヵ月に数回しかやらないみたいなんだけどね。お兄様はその時にちょっとやらかしたら二つ名ができちゃったって言ってたわ」
隣にいたソフィアも話に交じってカイル様のことを教えてくれた。
「やらかしたってなにをしたの?」
「んー…。研究生って同じ年齢の人だけじゃないから、なんだか年上の人達に目をつけられそうになったみたいでね。面倒だから全員倒して剣を折ったって言ってたかな…」
「お、折る……?」
「そう」
「折れるの……?」
「私も意味が分からなかったわ。でもそのせいで『氷砕の剣王』って名前をつけられたって言ってたわ」
話に気を取られていると、急に訓練場の方から凄まじい音が鳴り響いた。びっくりしてそちらに視線を向ける。するとそこにはドカッと大きな凹みが地面にできているのが見えた。
「えっ、まさかアルがやったの?」
ヒヤッと嫌な汗が流れる。あれがカイル様に当たっていたらと思ったらとてつもなくハラハラして怖くなった。だが、よく見るとカイル様はどこも怪我をしている様子はなかった。むしろ呆れている……?
「だから、力が強い。壊すなって言っただろう?」
「わりぃ……。つい楽しくて」
「はぁ…。後で直せよ……。キリもいいし、ここまでにしよう?」
「ええっ!まだやろうぜ?」
「やーらーなーい」
アルベルト様が渋った態度を見せていたがその前に強制的に終了というかのように剣を指差した。
「というかさ、……僕たちの剣、もうもたないと思うよ?ほら…」
そう言って指差した方を見ると、アルベルト様の刃がボロボロに砕け散っていた。




