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クレアとフレジア


 広々とした運動場に剣術科の一、二年の生徒たちが素振りの練習をしている。大会への日にちが近づくに連れ合同練習の日も設けられるようになったのだ。


 その生徒たちの中にはシオンの他にフレジアも列に並び同じように鉄剣を振るっていた。


「そこまで!次は一年とニ年のクラス合同で対人訓練を行う」


 先生の合図により打ち合いの練習へと移る。手合わせの相手は自由に決めてもいいようだった。シオンは周囲を見渡し、ちょうどいい相手を探しているとそこをすっと横切る女性が目に入った。


 黒髪をポニーテールにして揺らめかせ、凛とした佇まいの少女だった。あれは…フレジア嬢。彼女はジディス卿の前に立つと持っていた鉄剣をカチッと鳴らし持ち直した。


「ジディス卿。フレジア・アルメイナです。私と手合わせして頂けませんか?」

「君は確か……以前会った可愛い子猫ちゃんだね」


 そう言って彼は軽く微笑んだ。


「熱心に声を掛けてくれる子は未だにあとをたたないんだけど、俺もこれ以上フラフラできないんだよね。だいぶ周りから目をつけられてしまってさ。だから他をあたってくれないかな?」


「私は手合わせをお願いしているのです。お茶を誘っているわけではありませんわ?」


 二人は笑顔のまましばらく見つめ合った後、ジディス卿の方が折れたように小さくため息をつく。


「わかったよ。でも俺も手加減はしないよ?」

「ご心配なく。私もこの機会をみすみす逃すつもりはありませんので…」


 ジディス卿はティアラとの一件があった後、すぐに謹慎処分となってしまったので、フレジアはずっとこの機会を待っていたのだ。


 ティアラは自分の外見の幼さについてずっと悩んでいた。そんな彼女の日頃の努力をフレジアも間近で見てよく知っていた。食べ物を気にし、運動も体操もコツコツと続けていた。


 その直向きな姿に共感する部分があった。成長するにつれ、自分も兄達との力の差を見せつけられ悔しい思いを沢山経験してきたのだ。努力しても努力しても埋められないその差が悔しかった。


 ジディス卿に暴言を吐かれた後、目を真っ赤に腫らし寮へと戻って来た彼女を見た時、とてつもない怒りがこみ上げた。


(謹慎解けたら絶対一発殴ってやるっ!!!!!)


 沸々と闘志を燃やし、ずっとこの日を待っていた。謹慎後、幾度となくチャンスを窺っていた。だが、いつ見ても彼の周りをうろつく女生徒達が後を絶たない。変に近づけば、後々彼女達から面倒な事に巻き込まれる。その為悶々と考え一つの答えにたどり着いた。


剣術の授業であれば、どれだけ打ち込んでも問題にはならないと。


(こんなこと言ったらティアラに泣いて止められそうだけど…)

 




 シオンも手頃な相手を見つけ手合わせを始めるがどうしてもフレジア嬢の方に目がいってしまう。少し心配になり、フレジア達の近くまでさりげなく移動し様子を窺いながら手合わせを開始することにした。

 

「ジディス卿…。私はあなたがどこの令嬢をどれだけ泣かせたかなんて正直どっお~でもいいんですっ!ですが、私の友達を侮辱したことについてはたとえティアラが許したとしても私は許せません」


「ああ、なるほど。そのことね。でももう終わった話だろう?俺はフォルティス卿にきつい制裁を与えられたんだけど?」


「知っています。ですが、フォルティス卿がやったのは書類上の正当な裁きです。私がこれからやるのは物理的な制裁です……っ!!!!」


「……はっ?ぶ、物理…?」

「…行きますっ!」


 フレジアは一瞬で距離を詰めると上段から思い切り打ち込む。それをジディス卿は間一髪のところで受け止める。


「これは驚いた。まさか君みたいな子がそんな力技を使うとは思わなかったよ」

「女だからって見くびってると痛い目にあいますよ?」


 フレジアはさらに連撃を打ち込んでいく。そのどれもが速く鋭いものだった。


「……っ!」


「ティアラは自分のコンプレックスを克服しようと努力していたのです。外見のことや婚約者とのことを他人がどうこう言うべきではないでしょう?」


「そうだねぇ。確かにそうかも知れないね。でも俺も痛い目見たし。ちゃんと反省したんだからもういいんじゃない?」


「きちんと謝ったのですか?彼女に誠意を込めてっ!」


「…ああ、まぁそこまではしてないけど、彼女の保護者様(フォルティス卿)には正式な謝罪文書を送ったよ」


「そういう言い方がっ!失礼だとわからないのですかっ!!」

「ははっ、どうでもいいじゃないか。謝ったことには変わりないんだから」


 そう言いながら彼もフレジアの攻撃を捌いていく。そして次の瞬間反撃に転じる。彼女の持つ鉄剣を弾いたのだ。


「あっ……!」


 だが、フレジアも負けじと弾かれたその剣をすぐに引き戻し再び攻撃を再開する。力で抑されたとしても速さと正確さでは彼女の方が上だった。


「私は、あなたのような、そういう中途半端な人間が大っ嫌いですっ!!!!」


 さらに激しく攻め立て、最後に腹部に怒りの拳を一発叩き込んだ。


「ぐっ!?」


 そのままジディス卿は地面にガクッと膝をつく。


「ジディス卿……。フラフラしてられないと仰るならどのように変わるんです?剣術の方もだいぶさぼられていたようですし。もっと真剣に生きてみてはいかがです?」


 「……言うねぇ」


 腹部を押さえながら、立ち上がるとフレジアはもう一度構える。


「これで終わりだと思っています?授業中です。どうぞ最後までお付き合いくださいませ」


 「…………え?」


 ニコリと優雅に微笑むと、目を光らせ、もう一度容赦なく剣を振るった。


 

(わぁ…。容赦ない……)


 シオンは注意がフレジアの方に逸れつつも、器用に相手の二年生の打撃を全て受け流していた。


「おい、一年よそ見するな。お前の相手はこっちだぞ。真面目にやれ」

「あっ、すみません」


 注意され視線を前に戻し構え直す。だが、正直カイルに稽古をつけてもらっているせいか、彼の腕前は格段に上がり、ここでの練習は物足りないくらいでもあった。


(流石フレジア嬢。…というか少し暴走気味だけど。今度カイルさんにも教えてあげようっと)


 口元に弧を描いて、相手の二年生の方に向き直る。そして、そのまま彼の胴目掛けて剣を振り抜いた。その一撃は的確に急所を捉えて相手を沈めてしまった。


「あっ、やばっ…。すみません、やりすぎました」


 シオンは倒れた相手に慌てて駆け寄ったが、相手はガクッと気絶してしまっていた。


(あー…もうちょっと加減しないと駄目だったか…)





 コーディエライト先生の研究室には、様々な精霊石や、試験管やフラスコが所狭しと置かれていた。そして奥にはグリンベリル卿が研究資材を机の上に広げ先生の到着を待っている状態のようだった。


「先生、資料は揃えておきましたよ。それから試作の水晶――」


 先生が部屋に入るなりグリンベリル卿は、淡々と説明していく。横に目をやると棚には沢山の古い書物や鉱物が乱雑に並べられていた。それを一つ一つ見ていると研究材料と一緒にルビーが同化するように並んでいるのが目に入り思わず声を上げてしまった。


「えっ!ルビー?!どうしてそんなところに挟まってるのよ」


 びっくりして思わず口が開いてしまった。ルビーは大きなあくびを一つすると可愛い声でミャーと小さく鳴いてみせた。


「ああ、ルビー。いないと思ったらまたここにいたのか」

「まさかいつもなのですか?」


「そこはルビーのお気に入りなんだよ。さっき戻って来て悠々と眠ってましたよ。と、先生こちらの令嬢は?」


「ああ、クレア・レイアード君だ。彼女は珍しい光属性の鑑定の瞳の特殊能力を持っているんだ。ほら、この間話しただろう、あの件だ。シノンも協力してやってほしい」


「ああ、なるほど……わかりました。クレア・レイアード嬢よろしく。確か以前フレジア嬢と一緒にいた子だよね?僕のことはシノンでいいよ」


「は、はい。その節はありがとうございました。ではシノン先輩よろしくお願いします。私もクレアで構いませんので」


 私はペコリとお辞儀をした。


「おお、君たちは知り合いだったのか?これは都合がいい。では早速だが――」


 そこからはもう怒涛の展開であった。私はただひたすら先生やグリンベリル卿が実験する結果を記録したり、ぐちゃぐちゃだった書物を綺麗に整理したりとなぜか補助業務の手伝いをさせられていた。


「君、本当にすごいな。あんなにごちゃごちゃだったのに短時間でこんなに片づいちゃうなんて…」


「いえ。というか、私こんなことしに来たんじゃないんですけど?先生……!そろそろお話よろしいですか!」


「……ん?なんだったかな」


「え…」


「えええええっ!先生!!!ご自分でおっしゃっていたじゃないですか。ここで黒い靄についてのことを教えてくださるって言ってたじゃないですかっ!」


「…………」


 先生は顎に手を当て数秒考えるしぐさをしてハッと口を開けた。 


「………ああ!そうだ。そうだったな。研究途中のものがあったもんでな。つい夢中になってしまったよ。すまないな」


 先生は悪びれた様子もなくそう言い笑ってきた。


(え?もしかして忘れられてた?なんか無駄にいいように使われていた…?)


 シノン先輩を見るとよくあることなんだよと少し呆れ顔で苦笑いされた。


「……うむ。君が言っていた黒い霧についてなんだが」


 やっと本題に入り、先生は研究していたものを中断しズシッと深く椅子に腰掛けた。


「あれは帝国魔法管轄の闇属性の禁術魔法だろう。その中でも操作系か毒系の魔法だ」


「禁術魔法…」


  この帝国では、魔法が使える者はほとんどの場合、貴族の出の者が多い。血筋の濃い者同士の結婚でより強力な魔力を持った子供が産まれる確率が高いためだ。


 そしてその中でも特に魔力量の多い優秀な者達は帝都に集められ学園で教育を受けるようになっている。そこでの実力が認められれば学園からの推薦で宮廷魔術師や帝都内の魔術師などエリート職に就くことができる。


 宮廷魔術師とはその名の通り、帝国の中枢を担う役職であり、皇帝からの信頼も厚い。そんな彼らには様々な特権が与えられている。また魔力の多い者からは特殊魔法を使えるようになる者も多い。しかしその中には禁術魔法という部類の大魔法があった。


 それを管理しているのは皇家直轄の帝国魔法機関であり、禁術魔法に関しては、皇帝陛下を筆頭に魔法が使える皇族と上位宮廷魔術師、それから限られた一部の上級貴族しかその詳細を知らないと言われている。


「禁術魔法については、扱える者が極端に少ない。魔法を使う場合は陛下の許可も必要になる」

「………」


「クレア君が見たものはとてつもなく異例なものだ。なぜならば、その禁術魔法を扱える者はこの帝国では皇族と限られた数名の上位宮廷魔術師しかいないからだ。かける対象はだいたいの場合相当な重罪人といえる。本来ならばそのような者は一生牢獄の中にいるだろう。…クレア君は本当にそんな人を見たというのか…?」


 問いかけられ思わずドキッとする。それと同時に以前自分が喋ってしまったことを後悔した。濁して言ったつもりだったが、そもそも質問できる内容ですらなかったということか...。


「いやぁ……その……」


 どうしよう…。言ってもいいのだろうか。迷ってしまい、思わずシノン先輩と目が合った。


「話せる範囲でいいと思うよ…。先生は君を帝国に突き出すようなことはされない…。ですよね、先生?」


「ああ……。そうだな」


「も~、先生…、雰囲気が独特だから尋問してるみたいで怖いんですよ。あまり睨まないでくださいっていつも言ってるじゃないですか」

「むぅ……そうだったか?」


 シノン先輩のおかげで少し緊張がほぐれた気がする。私は小さく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。


「じ、実は……数年前にレイアード領に第二皇子が訪れたことがあったのです。領地のルーン川付近には鉄鋼の採れるリマ鉱山があったので視察を兼ねて来られたそうです。殿下は領民にも気さくに話しかけてくださるようなとても心優しい方でした。でも首にその靄が掛かってて…」


「第二皇子といえば、今病で臥せっているはずでは?」


「はい。でも私が領地でお見かけした時の殿下は健康で全くそのような方には見えませんでした。だから、変に本人に黒い靄のことを言えなくて…」


 ただでさえ、自分のこの能力のことで領民から変な顔をされていたのだ。それに相手は帝国の皇子だ。軽々しくそんなこと言うなんてとてもじゃないができなかった。


「ふむ……なるほど。となると遅効性のものだな。徐々に効果が出るんだ」

「でも、第二皇子が重罪を犯したなんて思えません」


「確かに…。第二皇子が重罪を犯すようなことをしていればもっと公にされるはず。しかしそれがないということは陛下の許可なく魔法を使った可能性もある…?」


「あまり探りたくはないのだが…。禁術魔法が使えるのは皇帝陛下と、第三皇子、第四皇子、宮廷魔術師の三人…合計六人だ。更に毒や操作系の禁術が使えるのは第三、第四皇子、そして上位宮廷魔術師のフォルティス侯爵に絞られる。」


「第四皇子って、クリス皇子殿下ですか!それに…」


 思わずそこで口ごもる。フォルティス侯爵って、ティアラの婚約者様のお父様ってこと…?


「君も知っていると思うが、この国の第一皇子は亡くなり、第二皇子は病に臥せっている。継承的に有利なのは第三皇子と第四皇子だろう。クレア君が見た禁術魔法のことを考えると継承権争いも否定はできないだろう」


「もしそうだとしたら…かなり大事じゃないですか」

「ああ、そうだな」

 

 どうしよう、まさかあの方がそんなことになっているだなんて……。


「あの…。どうにかできないんですか?助けられないんですか!」


 第二皇子は私のこの能力について助言をしてくれた人だった。自分の力を否定せず、是非帝都で学んでほしいと。必要ならばいつでも手を貸そうとも言っていた…。


 私は皇子の言葉に後押しされ帝都まで来る勇気を頂いた。そしていつかこんな自分でもお役に立てるのならば、……願わくば宮廷魔術師となって皇子の為に支えたいとも思っていた。


「……残念ながら、…いや…すべては君次第か?」

「どういうことですか?!!!」


「方法は二つだ。禁術魔法をかけた者を探し、魔法を解除させる。それか光属性の浄化魔法を覚えるかだ…」


「先生、でももしできるようになったとしても、どうやって接触するんですか」

  

 シノン先輩が、難しそうな顔をして尋ねてきた。


「うむ。……そこについても考えねばならん」

「……つまりはまだノープラン」


「「「………………………」」」


「先生そこ大事なところっ!!!」


 私は思わず先生に突っ込んでしまった。





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