お嬢様は思い出す
「も〜い〜よ〜〜!」
フォルティス侯爵家の庭園を使って、『かくれんぼ』をしようとソフィアが提案する。鬼はカイル様だった。私は奥へ奥へと隠れる。ちょうどいい大きさの低木に隠れて音を立てずにじっとしていたのだが、カイル様にあっさり見つかってしまった。
「みーつけたっ」
カイル様の声のする方向に顔を上げると、彼は私の顔を見てふわりと微笑んだ。
「もうっ、見つけるのはや〜い」
「だって頭が少し見えていたからさ」
クスクス笑うとそっと私の髪についていた葉っぱを取ってくれた。
「じゃあ次はソフィアだ」
「うん」
そう言うなり、スイスイと先へ進んでしまう。一生懸命走ると少し進んだところで待ってくれている。だが近づけばまた先へ進み、一向にその距離は縮まらない。
「まって〜、わっ、あっ!……!!!」
急ぎすぎて足が縺れてしまった。ゴツンッと鈍い音と共に地面に倒れ込んでしまった。
「大丈夫!?︎」
頭を押さえながら起き上がると心配そうな表情で覗き込むカイル様の姿があった。慌てて駆けつけてくれたようだ。
「ごめんね。ちょっと急ぎすぎた」
「う…うぅ…ひっく…」
額と膝を打ってしまった。だが幸いにも膝に少し擦り傷ができただけで、血が出るほどではなかった。けれども、打ちつけた場所はじんじんと痛み思わず瞳から涙がポロポロ流れ落ちてしまった。
「わわわっ!どうしよう…。痛かった? 」
オロオロしながら抱き上げて起こしてくれた。心配そうに額を撫でてくれる。その手つきはとても優しくて温かかった。けれども一度流れ始めた涙は全然止まってくれない。
「もう大丈夫だよ。血も出てないし。ほら泣かない泣かない…」
カイル様は涙を服の裾で拭って慰めようとしてくれるが、なかなかうまくいかなかった。
少し戸惑っていたが何か閃いたようでジャケットのポケットを探り始めた。すると中からピンク色の飴が出てきた。
「アメ…」
「うん、飴。美味しいよ?」
「でも…おかあさまから歩きながらアメは食べちゃダメっていわれてるの。ノド詰まるからって…」
「えっ!あー…、そうなのかぁ。ティアは偉いね」
とっておきの策だったのにこの手も駄目か……とがっくり肩を落とす。
「あっ!でも、これならどうかな? ティア、目を閉じて」
「おめめ?こう?」
言われるままにギュッと目を閉じる。
「そうそう。口も開けて?」
「さっきのアメ?ふふっ、アメはダメなんだよ?」
「まあ、いいからいいから」
口を開けると、コロンと舌の上に甘いものが転がってきた。けれど、もぐもぐしていると形が変わり次第に小さく溶けてしまった。
「…きゃらめる?」
「正解!これならいいだろう?」
コクンと頷く。口の中はまだほのかな甘みが残っていた。
「あまい…」
「美味しかった?」
「うん」
甘いものを食べて自然と顔が綻んだ。
「でもさっきはなかったよ?どうして?手品?魔法?」
さっきまで泣いていたというのに、そちらの方に気を取られ、気づけば涙は止まっていた。
「ふふふ…ティア驚きすぎ。もっとよく見てごらんよ?ポケットはどこにある?」
「そこ…」
カイル様の腰の部分を指さす。
「ここだけ?」
「???」
私は不思議そうにカイル様の後ろを見たり、ポケットを触ったりとよーくよーく探してみる。けれど、どこにもポケットは見当たらない。カイル様の手も無理矢理開いて覗いてみたが手のひらも空っぽだった。
「ふっ…、あはははっ、ティアそんなところにないよ」
「だってどこにもないんだもんっ」
「こっちだよこっち」
クスクス笑いながらジャケットのボタンを外して少し屈んでくれた。すると内側にポケットがついているのが見えた。
「あっ!あったー!」
見つかったのが嬉しくてぴょんぴょん飛び跳ねてしまう。元気になった私の姿を見てカイル様もほっと安堵の表情を見せた。
「はぁ、良かった…」
「ねぇ、ソフィアのおにいさまはどうしてお菓子を持っていたの?」
「え?ああ、ソフィアがよく泣くからだよ。飴をあげると泣き止むんだ」
「ふぅん。ソフィアのおにいさまはすごく優しいのね……」
「あははっ、どうかな。よく喧嘩もするよ?扱いが大変なだけだよ。それじゃあそろそろソフィアを探しに行こうか。きっとなかなか来ないから怒っているかも」
コクコクと頷くと、手を掴まれ引っ張られた。
「繋げば転ばないだろ?」
繋いだその手を握り返して、私たちはまた歩き出した。
◆
「あ、ソフィアみーっけ!」
指差すその先には、生い茂った木の枝に器用に座る小さな女の子が見えた。
「うわ…。またずいぶん高いところまで登ったな」
「おにーさまー。ティア~」
「ソフィアすごいね!じょうずー」
ぴょこんと跳ねながら、はしゃぐ私の横でカイル様が苦笑している。
「ちょっと待ってて」
手を振り降りようとするが、足がちょうどいいところに引っかからないようでもたついている。ふらつく足が不安定で少々危なっかしかった。
「おにーさまー。やっぱり降りれない~~」
「えぇ?もうしょうがないなぁ……」
カイル様が困ったような顔をしながらも、ゆっくりと木に近づく。そしてそのまま軽々とソフィアを抱きかかえて地面に下ろした。
「ほら。もう次からは木登り禁止だよ?」
「えへへ、ごめんなさーい」
「謝ってるけど、またやるつもりだろう?顔が反省してない。次やったら一緒に遊ばないぞ」
「わぁん、やだやだ。もうやらないから~」
抱きついたまま離れようとしない妹を見てカイル様は呆れたようにため息をつく。
「まったく……。いつもそう言うんだから」
調子いいんだからと言いながらも抱きつくソフィアを抱っこしてあげた。ソフィアはとても嬉しそうだ。それを見ていると少し寂しさと羨ましさがこみ上げてきてしまった。
「いいなぁ。ティアもおにいさまがほしかった…」
ぽつぽつと言葉が零れ落ちた。
「え?」
「あ…、そっか。ティアのお母様はクランディスにかかりっきりって言っていたね」
「うん。まだ小さいから、たくさん泣いちゃうんだって。でも…わがままも沢山言うの。でもでも、ティアが我慢しなくちゃいけないんだって」
三歳年下の弟のクランディスはちょうど自我が芽生え始め、扱いの難しい時期でもあった。しかし、幼い自分にはそれが理解できず、ただただ、今まで受けていた母の愛情が、突然半分になり、今は全部取られてしまったような喪失感の方ばかりに思いが傾いてしまっていた。
「ティアがおかあさまをぎゅーすると、クランが怒っちゃうの。だから、いつも我慢するの…。でも上手に我慢できなくて、ティアも沢山泣いちゃうんだ」
「ティア…」
「じゃあ、はんぶんこする?」
「はんぶん…?」
「おいソフィア、僕は物じゃないんだぞ?」
そう言いぷにっとほっぺたをつねる。
「ティアはお兄様がほしいんでしょう?だから、私と一緒で妹になったらいいのかなって思ったの。お兄様もティアがもっと遊びに来たらいいのにって言ってたじゃない」
「まぁ確かに言ったけれど……」
「駄目?」
じっと見つめ訴えてくる妹を前に、少し考えた後、仕方ないなというふうに頭を撫でてくれた。
「…ごっこ遊びをしようか。三人でいる時ティアは僕らの妹だよ?寂しくなったらソフィアみたいにティアも甘えていいよ」
「ほんとう!?︎」
ぱあっと笑顔になる。
「ただし、僕の言うことはちゃんと聞くこと。いいね?」
「うん、ちゃんと聞く」
「ソフィアは…そうだなぁ。ティアと二人で遊ぶ時は対等な方がいいだろうね。変に優越つけない方が遊びやすいだろうし…」
「ゆうえつってなに?」
「どっちが偉いかってことかな。わからなくてもいいよ。ティア、僕のことは『カイルおにいさま』だ。ソフィアはそのままでいいから。二人共それでいい?」
「うんうん、よくわからないけどいいわ」
私もコクンと大きく頷く。そして―
「カイルおにいさま!」
「そうそう、そんな感じ」
カイル様が満足げに笑う。その笑顔を見て私もつられて微笑んだ。
「さぁ、そろそろ屋敷に戻ろうか」
カイル様はソフィアの手を掴んだ後、私へも手を差し伸べてくれた。私は嬉しくて思わずその手を強く握り返した。
最初のきっかけはそこだった。「兄」という存在への憧れと寂しさを埋めたくてその手を取った。
決してレヴァン伯爵家の家族が悪かったわけではない。全ては偶然だったのだ。他愛もないごっこ遊びも、一時の愛情の飢えも。
カイルがちょっと荒かったり、慰めが上手くいかないのは幼いからです…。
※誤字報告ありがとうございます!!!




