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お嬢様の決断とクレアの魔法の本

◇◇◇の部分はクレアです。


「カ、カカカイル…さま」


 顔の熱は一気に上気し頭から湯気が出そうだった。周りには通路を行きかう生徒達も多くいるというのに。こんなところでなんてことをされるのっ!?口をパクパクして抗議しよとするも言葉が出てこない。彼は悪戯っぽい微笑みを浮かべ、私の顎に手を添え距離を縮めてきた。


「そんな可愛い顔をされると額だけでは終われなくなってしまいそうだ…」


 吐息交じりの声で耳元で囁かれ私は心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていた。唇をそっと指でなぞられ、その感触にビクッと身体が反応してしまう。


(ななな…カ、カイルさまぁ??!!!!)


 その時―――


 バサッと何かが落ちる音が聞こえた。


「あ、あああ、あ…ああ……」


 そこにいたのはリリアナ皇女だった。彼女の手から落ちた教科書が床に散らばっている。そしてそのまま膝から崩れ落ちていった。彼女の周りに寄り添っていた女生徒達も彼女を気遣ったり、驚き青ざめたりと動揺を隠せずにいる。


……なんだろう…。


 私は何が起こったのか分からず、ただ呆然と立ち尽くした。


「ななななんなんですの…。どうして…、どうして……。わたしくし、カイル様のこと、信じていましたのに…。こんなのあんまりですわっ!!」


 突然大声を上げた彼女に全員が注目する。周囲もざわめきあっという間に人が集まって来た。


「氷砕の剣王とまで謳われたあなた様がどうしてそんな小娘ごときに執着していますの?!」

「…これはリリアナ皇女殿下、そんなに慌てられてどうされたんです?私はただ、婚約者と仲睦まじくしていただけですが?」


 社交的な表面だけの笑顔を装いながら問うカイル様に対し、彼女はさらに食ってかかった。


「…………婚約ですって!?そんなもの親同士が決めた形式的なものでしょう?仲良くだなんてありえませんわっ!」


「リリアナ皇女殿下と私の考え方は違うという()()のことです。分かり合えなくても何も支障はありません。私は皇女殿下の婚約者でも愛人でもありませんので」


 「なっ、~~~っ!……もうっ!いいですわ!あなたの顔など見たくない!失礼しますわっ!!」


 リリアナ皇女はそのまま踵を返し去っていった。彼女の取り巻き達も慌ててそれについていく。周りはまだざわめいていたが、皇女が去ったことで徐々に落ち着きを取り戻していった。呆気にとられ違う意味で圧倒されよろけてしまいそうになる。


 (なんだか…怖い方だった)


 無意識にカイル様の袖を掴むと彼は優しく頭を撫でてくれた。


「ごめん。ちょっとつき合わせてしまった。演奏会も近いし、少し牽制できたらと思ってね。途中からちょっと悪乗りしてしまった」


 舌をぺろりと出して悪戯っぽくカイル様は笑って見せた。


「……!」

「皇女は少し気ぐらいが高いのか、男はみんな自分の物のように思っているところがあってね…。以前から絡まれていたんだ」

「それで…急に」

「うん、ちょうど皇女殿下が近くにいたから、僕たちの仲を見せつけようかと思ってさ」

「びっくりしました……」


 まだ心臓がバクバクしている。


「ティアラ!」


 クレアとフレジアがこちらに向かってくる。


 彼女たちは一連の出来事に驚いたり、浮足立った様子だったが理由を話すとそれなりに納得し同情さえされてしまった。


 どうやらリリアナ皇女は婚約者とは親同士が決めたもの。公的な部分は受け入れるが、感情は自由でありたいという考えの人のようで、結婚さえすれば後は恋愛しても許されると思っているようだ。カイル様についても、愛人として囲いたいのだろうと。


「あいじん…」


 鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走りくらくらする。


「まぁ、貴族の中にはそういう考えの人もいるよね。たぶんクリス皇子もそういう部類だと思うよ。彼らは縛られているものが多いからね…。リリアナ皇女は恋に溺れそうなタイプで、クリス皇子は一筋縄ではいかない感じかな…。だから厄介なんだよね」


 カイル様は鬱陶しそうにやれやれとため息をつき、君たちも皇子には気をつけてねと二人にも忠告された。



◇◇◇



 図書館へと足を運び、本を読み漁る。重ねられていく分厚い書籍を前に、これもまた知りたい情報が載っていなくて肩を落とす。


「はぁ……」


 私は溜め息を吐いて本を閉じた。先日ティアラの蝶の髪飾りを覗いた時、黒い靄は消えていた。少しの付属魔法はそのまま継続されていたけれど、見たかったのはそっちではなかった。やっぱりコーディエライト先生にもう少し詳しく聞くべきなのか…。それともグリンベリル卿を訪ねてみるか…。でも、どのように声を掛ければいいのだろう…。


「う~、ここにも載ってない~~」


 机の上に突っ伏して独り言ちた。


「君は確かクレア嬢…?」


 突然頭の中に響いた声に驚いて顔を上げた。いつの間に隣にいたのか。いや、それだけ自分が本に没頭していたということか。そこにはティアラの婚約者のフォルティス卿が立っていた。


「へぇ、だいぶ熱心に調べているようだね…。ふぅん、魔導書ねぇ」


 彼は机の上に積み上げられた本を見つめながら言った。私は内心焦っていた。『たぶんあなたが掛けたであろう魔法を調べようとしているんです』とは口が裂けても言えない。


「えっと……はい」


 しどろもどろになりながらも返事をするしかなかった。


「何を知りたいんだい?」


 そう言って私の目を覗き込んでくる彼の瞳の色は深い深海のようだった。


「あ、いえ、そんな大したものでは…」


 本当は、聞けることなら聞きたかった。


 ―あの黒い靄はなんなのか。ティアラに何をしようとしていたのか?―


 しかしそれは私が勝手に調べていることだ。この前のリリアナ皇女のことも気にかかった。貴族の結婚なんて家同士の繋がりだ。そこに愛はない。リリアナ皇女の抗いたい気持ちもわからなくはなかった。


(ただそれでも周りに迷惑を掛けていいのかと言ったらまた違うし、そもそも良いことではないのは百も承知なことだけど…)


 一見フォルティス卿の方が婚約者想いな素敵な令息に見える。だが、あの禍々しい黒い靄を知っている身としては、本当にそうなのだろうかと疑いの目を向けたくなる自分もぬぐえずにいたのだ。


 ティアラのことを大切にしているのはとてもわかる。でもその『大切』とはどのような意味での大切なのだろう。婚約者として、好きだから…。それだけなのか…?


「ふぅん……?」


 私の答えを聞いて、彼は意味深な笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て背筋が凍った。この前ティアラと一緒にいた時の彼とは違いその微笑みはどこか含みのあるような、影を帯びているようだったからだ。


「ここにあるのは魔法を使う際の上級知識ばかりのようだけど…。君が知りたいのはこの中にはないだろうね。バナティス帝国は魔法に特化した国ではないからね。この学園にはそこまで良い資料はないんだよ。」

 

「そんな…」

「他国からの輸入品…。装飾品の書籍……かな」

「……え?」

「君が探しているもの」


 どうしてそれを?と問い掛けようと彼を見上げると、目が合った瞬間、彼の青い瞳に映る自分の姿が見えた気がした。まるで鏡合わせのように彼と自分の姿があったのだ。


「どうしてなのかと言いたげだね。…君の瞳のことは聞いているよ。自分のことだ。普通は調べるだろう?だが、ここでは聞ける人間が限られている。気をつけた方がいい」

 

―『()()()()()()()()()()()』―


 彼はそう言うと、邪魔をしたねと、その場を後にした。


 残された私は、彼が言った言葉を反覆する。誰を信じ頼るか…。この帝国で魔法を扱える人はそこまで多いとはいえない。だからこそ重宝され、宮廷魔術師などの地位を頂くこともできるのだが……。利用される可能性もあるということか。私は本を閉じて席を立った。


 フォルティス卿のことを完全に信用はできないが、彼のヒントは正直ありがたかった。彼が言った書籍の棚の方に向かい資料を探すことにする。だが…


「これ全部……?」


 目の前に広がる膨大な数の本を前に途方に暮れてしまった。


「もうちょっと聞いておけばよかったぁ~」




 演奏会前日、私とカイル様は、いつもの練習の際に訪れていた丘に来ていた。演奏会の舞台は、閉じきった場所で、取り入れられる精霊の力(マナ)は限られてしまう。どうしようかな…と思っていたら、カイル様が外へ行こうと誘ってこられたのだ。



「人の身体はね、精霊石と同じで元々、さまざまな自然のものから精霊の力(マナ)を吸収できるようにできているんだ。ほら、環境や食べ物から魔力を増幅することができると習っただろう?吸収率は人によるけれどね。ティアラはこういう場所にいると眠くなる方だろう?」


「うっ…!」

「ふふ…。悪いことじゃないよ。身体がそれだけ自然と相性がいいということだ。でも、()()()に吸収された魔力が体内の魔力にうまくくっつかなくて体調が悪くなる時もある…。今のティアラは小さな魔力だけど、安定してる。だからもうきちんと吸収できるよ」


 そう言って、カイル様は私の隣にしゃがみ込んだ。


「手を貸して」


 私は素直に手を差し出す。すると、カイル様の手が私の手を包み込み、そっと目を閉じた。


(あ……)


 触れた場所から、じんわりとした温かさを感じる。まるで、この手が温かい光を発しているようだ。やがてゆっくりとその光が収まっていくと同時に、胸の奥も少しずつ満たされていくような気がした。


「カイル様…何か持ってます?」


 重ねられた手の中に感じる違和感の正体を探るように手を開くと、小石くらいの水晶が虹色に輝いていた。


「あの時の水晶?虹色で綺麗ですね」

「…ティアラに共鳴しているんだよ」

「え?でも私、魔法が出せるほど魔力ありませんよ?」

「……」


なぜかそこでカイル様は黙り込んでしまった。


「カイル様?」


「…あ、ああ。それはね、僕の手とティアラの手の間に水晶を挟んでいるからだ。僕とティアラの小さな魔力が干渉して水晶が共鳴してるんだ」


「共鳴?」


「自分と相性のいい鉱物を使うと魔力が安定すると以前言っただろう?例えば火が秀でた人…火属性といえばいいかな。そういう人はマグマと関連のある鉱物が相性がいいんだ。そしてその中でも人それぞれ自分に一番相性がいい鉱物というものが存在すると言われているんだ。そういう鉱物はさほど集中しなくても魔力を鉱物に移すこともできるんだ」


「では、これの光は魔法が使える状態ということですか?」


「いや、この光だけでは…。小さすぎて無理だ。でも普通に精霊の力(マナ)を吸収するより効率的に、安全に、コントロールしながら体内に集めることはできる」


「このほかほか胸が温かいのはそのせいなのですか?」


「うん、そうだよ。明日もこれをもって歌えば、外で歌うのと同じくらい上手に歌えると思うよ。あげるから持っていたらいい」


 その水晶は透明でその中に太陽のような光が、角度を変えるたびに様々なプリズムのように輝き変化していた。


「……カイル様。とても綺麗ですが、明日使うのはやめておきます」

「それは、どうして?」


「なにもなくてもいいんです。今日までの力を明日思いっきりだせたら…それでいいんです。それに、魔力を帯びた音のせいで、カイル様のように悲しい思い出まで刺激させてしまったら悲しいなと思って…」


「……」


 カイル様は少し考えたあと、顔を上げて私を見つめた。


「わかった。ティアラがそういうなら、それでいいよ」


 そう言って微笑んでくれたカイル様の顔を見て、私もほっとする。そよそよと吹く風は心地よく、草花を揺らしていく。日差しは今日もとても穏やかだった。


 もう一度水晶をカイル様の手と一緒に重ねると熱を帯び温かくなった。ゆっくり空気を吸うと、澄み切った青い空から降り注ぐ陽光に包まれるような感覚になる。


「温かくて…眠くなりますね」


カイル様は私の頭を肩へと引き寄せる。


「カイル様の手、あったかい…」


 その手は厚みのある大きな手で包まれ触れ合った場所から共鳴するかのように温もりが広がるようだった。





・読み直したら、鷹の君やカイルの髪色の描写が間違っていたので修正しました。

・段落等も少し整理しました。


★ティアラが握った水晶はサンキャッチャーみたいに光ってるような感じです。(表現難しい…)






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