お嬢様は入学する★
初心者です。生温かい目で見守って頂けたら幸いです。
※マリア:メイド→侍女に変更。
「…ここがあの有名なノヴァーリス学園なのね」
ティアラ・レヴァンは伯爵家の令嬢であり今年15歳になる。これからこの学園に通う新一年生。
この学園は帝都にある皇族貴族が中心として通う名門学園だ。生徒の大半は貴族だが、学園長の方針により身分に拘らない自由な教育を心掛けているらしい。
ホワイトブロンドの髪を揺らし、一歩足を踏み出すとそこには顔見知りの少女が立っていた。
「ティアラ、おはよう」
「ソフィア!」
そう言って声をかけてきたのは一つ年上の侯爵令嬢のソフィアだった。彼女とはお互い両親が仲が良く、小さい頃から遊ぶ関係であった。
そんな彼女は金髪碧眼に白い肌という誰もが羨むような美貌の持ち主であり、凛とした佇まいで紺のワンピースの制服を完璧に着こなしていてとても気品があった。
「ティアラの制服姿、初々しくて可愛いわね」
「ありがとう。ソフィアも小説に出てた白薔薇のお姉様みたい!」
「ふふっ、そう?」
私が褒めると、ソフィアは少し恥ずかしそうにはにかんだ。久しぶりの再会でほのぼのとしていると後ろから誰かが近づいてくる気配を感じた。
振り返るとそこにはすらっと背の高い一人の男性が立っていた。
「おはよう、ティアラ」
「カイル様!おはようございます」
「その制服姿も新鮮でいいね。よく似合ってる」
「あ、ありがとう…ございます」
「入学式の会場場所はわかるかな。一緒に行こうか?」
「えぇっと……、あっちですか?」
するとカイル様は苦笑しながら、ぽんっと私の頭に手を置いて撫でてきた。
「残念ながらそっちではないな。案内するよ。おいで」
そのまま自然な動作で手を握られて私は思わず顔を赤く染めた。その様子を微笑ましく見つめながら、ソフィアも後に続いた。
カイル様はソフィアのお兄様で、実は私の婚約者でもある。物腰柔らかな優しい方で、昔から私のことも妹のように可愛がってくれていた。
四年ほど隣国へ留学して今はこの学園の研究生という形で学んでいる。隣国からやっと帰って来たと思ったらとんでもなく背が伸びてて再会したときはとてもびっくりした。
たぶん180cmは軽く超えている。元々王子様のような端正なお顔立ちをしていたけれど、さらに磨きがかかったように思う。
ちなみに、私の身長は140cmしかない。向かい合わせで立つとちょうどカイル様のお腹しか見えない。当然、婚約者には見えない。むしろ、保護者と幼女。または年の離れた兄と妹。実はちょっと悩んでます………………。
政略結婚とはいえ、こんなに見た目に差があってはカイル様に申し訳ない。もしもカイル様が周りから幼女趣味と言われてしまったらどうしよう。学園は必ずしも婚約者の方と一緒といった決まりはないのだけれど……。
「知り合いがいた方が何かあったとき心強いだろう?」
「僕ら兄妹が一緒の方が見守れるから安心だよ?」
と、お父様とカイル様に言われてオロオロしている内に決定となってしまったのだ。確かに未知の場所に飛び込むのに、知っている人がいるというのは心強いのだが……。でも…でもなぁ……。
チラリと隣を歩くカイル様を見上げる。
(……頑張って牛乳飲もう………)
私は現実を直視し、密かな決意を固めるのであった。
◆◆◆
「はぁ…。学園長先生のお話長かったぁ……」
入学式を終え、自分のクラスへと移動する。教室に入り早速行われたのは自己紹介だった。わかってはいたけれど、人前で話すことが苦手な私は緊張してしまいあまり上手く喋れなかった。
「では、次の人」
「はいっ。クレア・レイアードと申します…」
ふんわりとした鮮やかなストロベリーブロンドの髪の女の子が立ち上がり挨拶をする。ハキハキと話す彼女の声はとても澄んでいて聞きやすかった。
今日は入学式ということもあり、授業は午前中で終わり。
でもソフィアとカイル様はまだ授業中かしら…。このまま寮に戻るのもいいけれど、ちょっとその辺を散策してから帰ってみようかな。
中庭を通り抜けようと歩いていると、ちょっときつめな猫目の女の子とその取り巻きらしき女の子達とすれ違った。私はとりあえず、サッと簡単な会釈をする。
だがあちらは、チラっと目線をこっちに向けただけで、何も言わずに通りすきて行った。
(わぁ。なんだか『悪役令嬢とその取り巻きABC』って感じ…)
思わず口が緩んでしまう。実は最近ソフィアに勧められた学園ロマンスの小説に夢中になっていたのだ。なので、その中に出てくる人物たちとつい重ねて見てしまってニヤけてしまったのだ。
…………はっと慌てて口元を手で隠す。
周りをキョロキョロと見渡し誰もいないことを確認して一呼吸。
(いけないいけない。淑女らしく…淑女らしく…)
さぁ、次はどこへ行こうかな。…あ!あっちに噴水がある。お花も咲いていて綺麗。
そこは学園を利用する生徒たち用の休憩場所だった。ベンチに腰掛けると色とりどりの花が風に揺られて優しい香りが漂ってくる。
穏やかな日差しと、風が吹き抜ける度にサラサラとゆっくりホワイトブロンドの髪が揺れてとても心地いい場所だった。
ただ、たまに通りかかる生徒がチラッと見てくることがあった。きっと小さいから珍しいとでも思われているのかな。……はぁ、っと思わずため息が出てしまう。
昨日は入学式や新しいお友達がちゃんとできるか不安と期待でよく眠れなかったし…。さっきは慣れないクラスでの生活で緊張して疲れてしまった。
そして、この暖かい陽気。
ぽかぽかして眠たくなっちゃうなぁ……。
しばらくぼーっとしていると目の前に影ができた。
「あの、そのままで。……ちょっと失礼します!」
……え?っと顔を上げると、青い蝶が二匹ひらひらと飛んでいった。どうやら髪にとまっていたようだ。
「可愛らしかったので、そのままでもいいかなとも思ったんですけど…。虫が苦手な方もいるので…」
「まぁ、わざわざありがとうございます。…あら?あなたは確か同じクラスの……」
「フレジア・アルメイナです」
黒髪の彼女はソフィアとはまた違った綺麗な顔立ちをしていた。
「私はティアラ・レヴァンですわ。フレジア様は虫が怖くないのですね。お気遣いありがとうございます。助かりましたわ」
「いえ、たいしたことではありませんわ。それに、私に『様』はいりませんわ」
「ではっ!私のこともそのままお呼びくださいませ」
フレジアはとても感じの良い子で喋っている内に私たちはすぐに打ち解けてしまった。クラスでの初めてのお友達…。とても胸がほかほかとして嬉しくなってしまった。
宿舎の自分の部屋へ戻ると侍女のマリアが待っていた。
「お嬢様っ!!!!帰りが遅かったので心配しました。入学初日ですのに…。マリアはティアラ様がどこかで迷子になっているのではとハラハラしましたよ」
「…もぅ。大丈夫よ?学園の中だし、もし迷ってもきっとちゃんと教えてもらえるわ。それにね、新しいお友達もできたの。ちょっとその子と話していたら遅くなっちゃっただけだから」
「まぁ!そうだったのですねぇ。それはよろしいことで。ですが、今後は遅くなる場合は必ずマリアへ一声かけてくださいね?」
「はぁい」
私がそういうとマリアは安心したように微笑んだ。
「さて、もうお昼の時間もだいぶ過ぎていますよ。普段着に着替えて食堂へ行きましょう」
「わかったわ。あ、…ねぇマリア、荷物の中にあの髪飾りって入ってたかしら?明日つけていきたいの」
こういう形の……と説明するとマリアはすぐに理解し、にこにこしながら何度もうなずいて見せた。
◆◆◆
次の日、クラスへ着くとすでにフレジアが席に座っていた。
「フレジア、おはよう」
「おはよう。まぁ!その髪飾りどうされたの?」
「ふふ…。昨日の蝶々みたいでしょう?以前ある方に頂いたものなのだけど、ちょうどいいなと思ってつけてきたのよ」
そう言って耳の横に留めた蝶の髪飾りを指差してみせた。その髪飾りは淡い青色の宝石で繊細に作られており、色鮮やかに煌めいていた。私のとてもお気に入りの髪飾りでもある。
「すごく似合ってるわ。素敵ね。頂いたっていうのはもしかして婚約者の方かしら?」
「……え!…うん。どうしてわかったの?」
「うーん…。だってティアラの顔を見たらなんとなくわかってしまったというか、ティアラにとてもぴったりな髪飾りだったし」
「ええぇ…」
「ティアラ、お顔が真っ赤よ?大丈夫?」
思わず両手で顔を覆ってしまう。そんな私をクスクスとフレジアが笑っていた。
「でも本当素敵ね。私もそんな婚約者がいたらなぁ」
「フレジアはそういう方、決められていないの?」
「私はお父様にわがまま言って学園を卒業するまで保留にしてもらっているの。だって一生のことだし。できたらその…恋もしてみたいし」
もじもじとそう語るフレジアの横顔はまさに恋に憧れる乙女の表情をしていた。
「だからね?……私はこの学園で素敵な出会いをして!素敵な方を見つけるの!!!!」
…と気合を入れる姿は先ほどとは打って変わって一気に炎を背中に背負ったように熱く情熱的だった。
「きゃっ…………!」
突然の悲鳴に思わずそちらの方へ振り向くと、昨日ハキハキと自己紹介をしていたストロベリーブロンドの少女が立っていた。その子の視線はなぜかこちらを向いている。
「どうかされましたか?」
「はわっ………!い、いえ!!な、なんでもない……です」
そうは言うものの、彼女の顔色は何か良くないものでも見たかのように目線が漂っていた。
「………?」
「ごっ、ごめんなさい。髪飾りが光に反射してちょっと眩しかっただけなので!びっくりしちゃっただけなの…!なんでもないので気にしないでください…」
「あ…、うん。そうだったんですね。でも私こそごめんなさい…。眩しくさせてしまうのなら取るわね…」
「えええええぇ!だだ大丈夫です!!そんな!!!気にしないでください!!!!!」
慌てふためく彼女を見ていたらなんだか可笑しくなってしまった。思わずふふっと声が出てしまう。表情豊かで可愛い子だなと思うと話しかけたくなってしまった。
結局、それがきっかけで私たちはその後も会話を楽しみ入学二日目は少し緊張せずに過ごすことができた。………ただ、お気に入りの髪飾りはクレアの反応が気になったのでそのままカバンの中にしまうことにした。
◆
授業が終わり三人でお昼ご飯を楽しんだ後、私はまたふらりと学校探索することにした。今回はちゃんとマリアにも夕方までには帰ることを伝えてから出てきた!一緒に行くと言われたけれど…そこは断った。
実は、この自由時間を使って、カイル様の授業風景を覗いてみたかったのだ。ソフィアのクラスももちろん行きたかった。でも廊下がシーン…っと静かだったのでとても行ける雰囲気ではなかったのだ。
カイル様のいる研究生の棟は個々での研究が主なので時間に縛りがない。なので廊下を歩く研究生らしき人たちもそれなりに見かける。
こちらへ行く際に、蝶の髪飾りをもう一度留め直してみた。今はクレアも一緒ではないし、せっかくの髪飾りだし。つけられないのはやっぱり悲しいもの。
『さっきはつけれなくてごめんね』
そう心の中で言いながら、そっと髪飾りを撫でた。
◆
「うーん…」
研究生の棟へ来たのはいいけれど、カイル様がいる場所はどこなのかしら…。棟の案内図とにらめっこしながらつい唸ってしまう。もう三分くらいは見つめている。地図はちょっと苦手だ……。
駄目だわ…。仕方ない、誰かに尋ねてみよう。ちょうど右側の方からこちらへ歩いてくる褐色の髪の青年が見える。あの方に聞いてみようかな。
「あの…!少しよろしいでしょうか!」
「…ん、何か用かい?」
優し気なちょっとたれ目の男性は気さくそうな人だった。
「ええっと、少し道をお尋ねしたいのですが、精霊石を扱う研究をしている場所ってどこだかご存知でしょうか?」
「ああ…。たぶんここら辺だよ」
そう言いながら案内図の斜め上辺りを大雑把に指差した。
(………え?……どこ??)
指差した場所を見るが、それらしき案内説明文もないし、そもそも大雑把で、指した場所には数個の部屋があってどれだかよくわからない。
「あの…、そこのどのお部屋でしょうか?」
「えーっとここら辺」
「…こっちの右ですか?それともあちら?」
届かなくて、ぴょんっと案内図の上の方を指差して確認する。
「あー…、じゃあ連れてってあげるよ。俺もそっちの方に行く予定だったし」
「え、あ、いえ、大丈夫ですっ!だいたいわかったと思うので…」
「いやいや、そう言ってまた迷うかもしれないし」
「まっ!まだ迷ってません……!!」
「はいはい、こっちだよ~」
そう言うと私の手を取りすたすたと歩きだしてしまった。
(足早い~…!それに見た目と違ってちょっと強引な方だったあぁ……!!)
彼の大きな手にしっかりと握られて、振りほどくことは……できなさそうだ。あきらめてちょこちょこと足を速めてついていくことにした。
急に繋いでいた手が離れたかと思ったら、彼が立ち止まった。つんのめりそうになったけどなんとか踏ん張る。
「ここだよ。というか、兄弟か誰か研究生なのかい?」
「はぃっ!いえっ!!………えーっと、知り合いの方がいるんです」
「へぇ…、中入る?」
思わずブンブンと横に顔を振る。
「いえ!!ちょっと覗いてみたかっただけなので大丈夫です……!」
「ここまで来たのにいいの?」
今度はうんうんと縦に強く顔を振って見せた。
「君、健気だね。もっとグイグイいけばいいのに」
ははっと声を出して笑われてしまった。
(そんな目的で来たんじゃないもの!…ちょっと見てみたかっただけだもん!!)
なんだかこのままこの人と一緒にいると強引に教室の中へまで案内されそうだと感じ、思わず一歩後ろに後ずさると、…トンっと後ろの窓に当たってしまった。
部屋の窓は廊下側もあり、そこから中の様子が見えるような構造になっていた。後ろを振り向くと、部屋の中にカイル様がいて、思わず目が合ってしまった。あ……っと思っているうちに、彼は扉を開けて廊下に出てきてくれた。
「ティアラ!どうしたの?よく来れたね。アル、お前が案内してくれたのか?」
「ん?カイルじゃん。ああ、なんだ。君、カイルの知り合いだったのか。言ってくれればよかったのに」
そ、そう言われても…。
カイル様には見つかっちゃったし、二人とも背が高くて囲まれるとなんだかコワイ…。不思議な圧迫感があるようだ。
「アル、おまえ強引すぎ…。連れてきてくれたことには礼を言うけど、ティアラが怖がっているから」
「ええっ!そうなのか?ごめんな」
そう言って屈んで顔を覗き込んできた。私はびっくりして咄嗟にカイル様の背中に隠れてしまった。
「アル……」
呆れ顔で、おまえはもうこれ以上近づくな…というようにカイル様は腕でガードして庇ってくれた。
「じゃあ、行くわ」
「ああ…。ありがとう」
(あ……!)
「あ、あの……!アルさま、ありがとうございました!!」
と、カイル様の背中を借りてそこからお礼を述べた。アル様は手を振って歩いて行ってしまった。
「ティアラ、大丈夫?」
後ろを振り向いてカイル様は心配そうに声をかけてくれた。
「は……ぃ」
返事はしたものの、なんだか一気に疲れてしまった。
研究室の棟の休憩室に案内されると、カイルの従者のジラルドが手際よく紅茶を入れてくれた。
「すみません…。突然来てお茶まで頂くなんて。本当はカイル様の研究してるお姿を少し見てみたかっただけなので……。もう、帰りますので…」
(うう…。研究の邪魔までして、私なにやってるんだろう…)
座ったソファはふわふわで、自分の体もズーンと沈んでいくようだった。
「いや、別に大丈夫だよ。来てくれたことの方が嬉しかったしね。僕ももう終わりにしようと思っていたから。せっかくだし一緒にゆっくりしよう」
カイル様の優しさに充てられ、思わず目元が潤んでしまう。彼は黒を基調にした服装をしており、ソフィアと同じ白金の髪を一つに束ね、優雅に紅茶を飲んで微笑んだ。
「その髪飾りつけてくれたんだね。嬉しいな。とても似合ってて可愛いよ」
ぽんっと一気に顔が赤くなる。
「あ、ありがとうございます……」
「制服とも合うし、プレゼントしたかいがあったね」
「私もこの蝶々お気に入りで……。でも、今日つけてたらお友達の子が眩しがっていたのでクラスの中ではちょっとつけづらくなっちゃって…………」
私はお気に入りの髪飾りを撫でながら、今日あったことをぽつりぽつりと喋ることにした。
「…そうか、それは残念だったね。でもあまり気にすることないよ。…それか、……そうだな」
「………?」
「次はお揃いのもでも作ってみようか。あまり目立たない方がいいなら、指輪かネックレスかな」
「………ええ!!!!」
あわあわと困惑の顔を見せる私を他所にカイル様は楽しそうに話を進める。
「ああ、もうすぐ新入生歓迎会のパーティーもあるからそれまでには渡せるように頑張るね」
「…………は、はぃ」
私は消え去りそうな声で返事をした。
◆◆◆
月が夜空に高く昇る頃、カイルは自室の机の書類を広げて眺めていた。
「………どこまで気づいたんだろうな」
「カイル様…?」
呟くように声を漏らす主人にジラルドは思わず聞き返す。
「いや、なんでもない」
「……カイル様、お戯れもほどほどにしてくださいね」
「大丈夫だよ。まだばれてはいないだろうから。それにやってることは別に悪いことじゃないだろう?」
ニヤリと笑う主人を見てジラルドは頭を抱えたくなった。