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お嬢様と令息の思い出

◆◇と◇部分はカイルです。


◆◇


「やぁ、こんにちは小さなレディ。お名前は?」

「ティアですっ。…あっ、ううん、ティアラ・レヴァンです」


 上手に膝を曲げてドレスの裾を掴み挨拶をすると、「私、昨日で5歳になったの」っと、小さな手を広げて嬉しそうに微笑んできた。人懐っこそうな可愛らしい仕草をする子で小さな天使のように思えた。


 親同士で仲が良かったフォルティス家とレヴァン家はこうしてお互いに会う機会がよくあった。ティアラは妹のソフィアと一つ違いで、出会うとすぐに仲良くなりしょっちゅう庭園で遊んでいる姿を見かけた。


 僕はどちらかというとたまにソフィアに付き合わされて鬼ごっこの鬼やお人形遊びなどの人数要員といった感じで振り回され、二人の子守りをしているような間柄だった。


 特に二人を両側に挟んで本を読んであげる姿は傍から見れば小さな天使が静かに本を読んで笑い合っているように見えたが、実際にはお喋り好きの妖精のように沢山質問してきてよく僕を困らせていた。


「ねぇ、おにいさま、なんで最後お姫様はお城を出て行っちゃったの?」

「うーん、そうだね…。お姫様よりも好きな人と一緒の方がよかったからじゃない?」

「なんでカイルおにいさまはおひめさまの気持ちがわかるの?」

「ううーん、…なんとなく?」

「わからないの?」

「ティア、なんでそんなこと聞くの?僕もそう言われたらよくわからないよ」


 その頃の二人は、すぐ「なんで」「どうして」攻撃をしてきて僕を悩ませてきた。だがそんな時間も今思えば大切だったんだと思えてならなかった。




 その日もソフィアとティアラは領地で行われる春の祭典に備えた花を庭師から分けてもらい、髪飾りや指輪にして楽しそうに遊んでいた。僕は14歳になり、家庭教師からの課題も増え、剣術、魔術と様々な分野の勉強にも手を付けるようになっていた。


 ただ、思春期の時期ということもあり、魔力が精神的に不安定になりやすい時期でもあった。

 魔術を学ぶ上で、『魔力は多ければ多いほど精神に左右されやすい』という点を知識としては知ってはいたが、それがあんな形で事故を引き起こしてしまうとは思ってもみなかった。


「カイル様、気を静めてくださいっ!!魔力が溢れ出ています。このままだと暴走してしまいます!」

「わかってるっ!やってる!クッ…、うぁ…、あ、あ…ああああぁ」


 胸を押さえ、溢れ出る魔力を静めようとするが、黒い霧が蛇の様に畝って止めることができない。


 自身の魔力が年を重ねるごとに荒ぶっていたことは気づいていた。その都度、父にも相談していたが、両親も自分もここまでなるとは予想していなかった。


 大きく息を吐き心を鎮めようと努める。だが、遠くから手を振り、駆け寄ってくる少女たちを見てハッとした時にはすでに手遅れだった。黒い霧は勢いよく弓矢のように飛び出してしまった。


「ティアッ!ソフィア!こっちへ来たら駄目だっ」

「え?」


 それはティアラの胸を貫通したかと思うと、黒い龍の形に変わりティアラの魔力の光を食らい、瞬く間に消えてしまった。それと同時にさきほどまでの息苦しさが急に治り身体が軽くなった。


 自分の魔力が落ち着いたのだとすぐに気づいた。だが、ティアラは倒れたままピクリとも動かない。彼女の艶やかなホワイトブロンドの髪につけていた色とりどりの花が無残にも物悲しくちりじりに散らばっている。魔力暴走は収まったというのに、その現実を直視したくなくて脚がふらつく。



 なんで…、ティアに……?



 視界がぼやける。瞬きをすると雫が落ちるが気にしている余裕なんてなかった。


「ティ…ア…?」


 声が震え、喉はカラカラだった。声がかすれて上手く喋れなかった。ティアラを抱き起こし声をかけるが動かない。ただただ人形のようにだらんと腕をたらし瞳を閉ざしている。胸元を見たが外傷があるわけでもないのにどうして…。


 不安と恐怖で自分の手が震えて涙が止まらなかった。


「ティアッ!ティア!!!目を開けてっ!!誰かっ!……ティアッ……!!!」





 ティアラの歌声があまりにも澄んでいて、自分の淀んだ心を見透かされてしまいそうな気がした。懐かしかった日々と共にあの時の恐怖がよみがえり、思わず彼女の手を払ってしまった。気づいた時にはティアラはいつもと違う自分の反応にひどく不安そうな顔をしていた。


 ああ…、違うのに…


「…ごめん」


 絞り出すように声を出す。冷静にならなければ。あの時と同じことはもう繰り返してはいけない。落ち着くように息を吐く。弱くなる心を握りつぶすように自身を奮い立たせた。





「カイル様、髪飾りが…」


 手の平には四枚の羽のように割れてしまった蝶の髪飾りが。なんで壊れちゃったの?落ちた場所が悪かったの…?


「ごめんなさい…。大事なものだったのに…」


 言葉にすると余計に悲しさが増した。


「大丈夫だよ。きっと付属の魔法が切れてしまったんだよ。役目を終えただけだから。これでいいんだ」


 カイル様は曖昧な表情でそういった。


「役目…。でも…」

「それより、体の方はなんともない?」

「え?」

「あー…、歌って喉痛めたりしてないかな?変なところとかない?」


 なぜそんなことを聞くのだろう?


 特になにも変わったところはないですよ?一回歌っただけですしと返事をするとどこかほっとしたような顔をされた。


「みゃあぁあぁ~」


 下の方から声が聞こえ顔を向けると、ルビーが私の足元にスリスリと甘えてきた。いつの間に来たんだろう?全く気づかなかった。


「コーディエライト先生のところの猫…」

「ルビー!」


 壊れてしまった蝶の髪飾りをそっと握りしゃがみ込む。すると私の周りをまた一周スリスリして回り、目の前に来て鼻に挨拶をして来た。だいぶ気を許してくれているのかな?そのまま、また膝の上に乗りたかったのか、前足を私の膝に乗せてのしかかっていた。


「わ、わわっ。わぁー!」


 そのままポスンとクローバーが敷き詰められた草むらに倒されてしまった。お腹の上にはルビーが嬉しそうにちょこんと座っている。私は私で両手に持っていた髪飾りを落とさないように大事に握りしめていた為、両手が塞がった状態ですぐに起き上がるのがちょっと難しかった。


 私が慌てているとルビーはそんなことお構いなしとでも言いたげにお腹の上で手をぐーぱーぐーぱーしてきた。とても懐いてくれているようでそれは非常に嬉しいのだけども、くすぐったくて、笑ってしまう。動くたびに制服のスカートが捲れてしまい上の方にあがってしまう。ああ、なんとかしないと…と思っていたらパッとお腹の上が軽くなった。


「こら、やりすぎ…」


 カイル様はルビーをひょいっと引き剥がしてくれた。


「はぁ…はぁ、ありがとうございます。動けなかったので助かりました」


 そのまま二人並んで座り込むとルビーはカイル様の膝にしっかり抱き込まれていた。こっちに来たそうな素振りを見せていたけれど、がしっと掴まれている。


「ルビーとだいぶ仲良しなんだね?」

「はい。ここに来ると会える…のかな?…そういえば、歌ってたら会えたような」


 ねー?と膝に乗ったルビーを撫でてあげると心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「この子もティアラの歌が好きなのかな」

「動物にも反応するのでしょうか?」


「んー…そうだね。どの生き物にも少なからず何か影響は与えるんじゃないかな。この子は特に敏感だったのかもしれないね。…そうだ、ティアラの歌の練習だけど…」


 そう言うとカイル様は一つ一つ説明し始めた。私の歌は魔法ではないけれど、歌に精霊の力を乗せることができる。でも、それは草や木々や空気などからのエネルギーを集めやすい場所にいるからだと。なので、室内だとそのようなエネルギーを集めづらいのかもと。


「…だから、そうだな…。大元の歌唱力を更に練習するのも大切なことに変わりないんだけど。他にティアラがやってた儀式もよかったのかも」

「……」

「儀式では、ないです。深呼吸です」

「そうそう、それ。魔法を使う時や、自分の魔力の乱れを正す時に魔術師は皆、呼吸を整えたり、よく空気を体内に入れたりするんだ。だから、歌う時はよくその深呼吸をやってみるといいかも」

「そうなのですか!」

「うんうん。だから、ね?立ってごらん」

「ん?」

「見ててあげるから」


 え?え?っと戸惑っている間に、立たされ背筋を伸ばすように促される。


 カイル様は片手でルビーを抱きかかえ、もう片方の手を私の腰にそっと当て、お腹を少しだけ力を入れるようにと言われた。

 髪飾りは落とさないようにハンカチで包んで、ポケットの中へとしまうことにした。


「目を瞑って、息を大きく吸って、吐くときはゆっくり少しずつ吐いてごらん」


 言われた通りにそうする。


「手をゆっくり広げて、もう一度ゆっくり深呼吸して」


 さっき歌ったときのように、鳥をイメージするように両手を広げた。


「ピヨピヨって言って」

「ぴ…?」


 目をパチッと開けて、カイル様を見る。


「ピヨピヨって言ってごらん?」

「もう!そこ絶対違いますよねっ!!」


 頬をぷくっとさせて怒ると、あーもうちょっとだったのに…引っかからなかったかと残念そうに言われた。

 プンプンと久しぶりに幼そうな素振りを見せると、よしよしと頭を撫でられてしまう。


「ティアラが幼いティアに戻ってしまったな」

「もうもう!そうさせたのはカイルおにいさまでしょ!」


 プンっと怒りつつもどこか懐かしくてきゅっと切なくなるような気がした。





 深呼吸を何度か繰り返し、声を調節し、何度か歌を繰り返し歌っていると、遠くの空から何か光り輝くものが飛んでくるのが目に入った。


「あら?あれは、なにかしら。…鳥?」


 翼を大きく羽ばたかせながらこちらの方へ近づいてくる。金色の鳥はキラキラとまばゆい光を放ち、私たちの上空をゆっくり旋回し、ふわりと目の前まで降りてきて足で掴んでいた手紙を手元に落とす。


 すると、その鳥は役目を果たしたとでもいうかのように砂金のように光の粒となって消えてしまった。


「王家の伝書鳩だな。魔法だよ。たぶん、送り主はクリス皇子かな」

「え…!」


 驚き手紙を見てみるとそこには王家の印が押されていた。恐る恐る中を開いてみると、カイル様のいう通り皇子からの手紙だった。


「歌が聞こえてきたそうで…とても上手でまたそばまで行きたくなってしまった…けれど我慢した、…それと、あ、ハンカチを預かっているからまた今度返すとありますね…」


「ふ~ん…」

「あ、あの…」

「なにか言ってくるかなとは思ってはいたけど…。やっぱり一緒にいてよかった。いつの間にハンカチなんて渡してたの?」

「あ、あの、ほらっ、歌を歌ったときに泣いていたので、その時に渡したんです」


 さっきの魔法で手紙と一緒に届けたらいいのに面倒くさいやつだな…とカイル様は形のいい眉を寄せながら鬱陶しそうな顔をされた。


「ティアラ、また外で練習するときは言うんだよ?」

「あ、はい」

「じゃあ、今日はこれくらいにして帰ろうか。お前ももう(あるじ)のところに帰るんだよ」


 カイル様の腕の中からポンっと抜け出すと、一度私の脚に擦り寄り、みゃあーと挨拶をしてきた。さあ、行こうかとカイル様は手を差し出してきた。だが、その手を取るのを一瞬ためらってしまう。拒絶された時のことがどうしても引っかかってしまったのだ。カイル様もそれを感じ取ったようだったが…


 

「…ティア、もう大丈夫だから…」



 その呼び方に反応し躊躇していたはずの手が自然と動きだした。



 ああ、その呼び方…、すごく好きだったっけ…。



 なんで…。




 ―なんでわすれてしまってたんだろう…―







カイル「もやもやするな」(あの猫やりたい放題だったな…)

ティ「皇子のことですか?」

カイル「…そっちもだった」


猫は嫌いじゃないけどルビーの態度にちょっとムッとしているカイルはいると思います。







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