8.その少年は3
「紅茶、入れました。みなさん、どうぞ」
ウィリスさんが紅茶を机に並べながらそう言った。
「君も、どうぞ」
ウィリスさんは少年にゆっくりと近づき、優しく声をかけた。
すると、少年は床に座ったままゆっくりと顔を上げ、カップを受け取った。
「…それで、おれをどうする気だ?」
少年はカップに入った紅茶を見つめながら、そう言った。
どうするか、か。僕は悪意がないのであれば、保護したいと考えている。でも、ルシュさんはどうだろうか。
そう思いルシュさんの方を見ると、なにやら考えているよだった。
「そうねぇ…。まずはあなたから情報が引き出そうかしら。話せるわよね」
「あ、あぁ。…何を話せばいい」
「まずは、あなたの名前を教えてくれる?」
「おれは、ギル」
「ギルね。じゃあ、次に…」
ルシュは様々なことを聞いた。オリヴィアをどうするつもりだったのかや研究所のこと、ギル自身のことなど。
ギルの話によると、研究所の奴らはオリヴィアを殺してでも連れて帰れと言ったらしい。殺してでもって、どういうことだ。死んだら調べられないことも増えるはずだ。殺してでも連れ帰る必要があるってことか?
そして、研究所の場所はよくわからないが、研究所内にはギルと同じ年くらいの子どもたちが多くいたそうだ。また、研究所というよりは病院のようだったらしい。そして、そこにいた子どもたちは全員何かしらの病気に罹患していたみたいで、ギルは重度の頭痛持ちだった。
「病院?そこで、なにか治療が行われていたの?」
「そう。なんか、新しい薬の試験をするってことでそこに行ったんだ」
臨床試験か?不審に思われないようにそうしただけだろうか。
そう思ったが、どうやら多くの子どもたちは臨床試験を終えると退院していったそうだ。ギルを含む数名だけがずっと残っていたらしい。
「なるほど。一応治験用の病院ってことなのね、表向きは。それで、残ったあなた達はその後何をされたの」
「おれらは手術されたんだ。みんな病気はよくなっていたし、する必要もないって思っていたんだけどな。それに、どんな手術か教えてくれなくてすっげー怖かった」
「何の説明もないのは変ね…。それで、体に変化はあったの?」
「いや、1回目はそんなに大きな変化はなかったぜ…。まぁ、『体を鍛えるぞ』って言われて外走った時に、今まで体を動かしていなかったのに普通に速く走れて、ちょっとびっくりしたけどな」
ギルはその後も何度も手術をされた。2回目以降は体に大きな変化が現れ、様々な能力を手に入れたそうだ。それと並行して訓練も受けさせられて、技術も身につけていった。
そして、ある日、ある人物を殺すように命じられたそうだ。
「人を殺すなんて嫌だった。でも、やらないとお前を殺すと言われたんだ。あと、その時にあの機械を埋め込まれて『ここのことを他人に言ったり、助けを求めたらお前の首が飛ぶからな』って言われて…。薄々わかっていたけど、おれはもうここから抜け出すことはできないんだって確信したぜ」
ギルはその任務を境に何度も人殺しを命じられるようになった。心は疲弊し、ただ自分を守るために命令に従った。
ギルは淡々と何があったかだけを話し、自分の感情はほとんど表に出さなかった。
そして、先日オリヴィアを殺してでも連れ帰れはと命じられた。
写真と匂い、特徴などを頼りに探し、ある程度まで絞れていたが、見た目も違うしサングラスをしていたため、確信が持てなかった。しかし、酒場での出来事をみて、確信したそうだ。
見失わないうちに殺したかったが、人も多く、失敗する可能性もあったため、1回目は「印」をつけることを第一の目的にして撃った。特殊な香りを持つ銃弾で撃つことで、見失っても大丈夫なようにしつつ、ある程度のけがを負わせて遠くへ逃げれないようにするつもりだった。しかし、オリヴィアがその特殊な匂い気づいたため、遠くからの狙撃になった上、想像よりも回復能力が高く、足止めには失敗してしまった。ただ、匂いだけはつけることができたため、後を追って2回目の狙撃を計画したらしい。
「なるほどねぇ。…研究所のやつらがどんなことを言っていたかとか覚えているかしら」
「いや、研究所の人とはそんなに話してねぇし、何か聞いても何も答えてくれなかったぜ」
「…そう。色々教えてくれてありがとう。さて、君の今後についてだけど…」
ルシュさんは少し考えながらゆっくりと話し出した。
「私は、君を長期的に保護することは、できない。…なぜなら、研究所の奴らの考えが全くわからない中、君と深く関わると身動きが取れなくなる可能性があるからよ」
…?どういうことだろう。僕はてっきり危険だからなのかと思ったが、身動きが取れなくなる…?ルシュさんが奴らのことを探っていることが伝わると、何らかの邪魔が入ったり、情報を入手することが難しくなるということだろうか。
でも、そうだとしてもギルはまだ子どもだ。大人が守るべき存在だ。人よりも身体能力が優れているとしても、大人には敵わないことだってあるし、研究所の奴らがギルを処分しにくる可能性も高い。危険すぎる…。でも…。
「協力できることはするけど、君は自力で生きてほしいの。…いいかしら」
「まぁ…、そんな気はしていた。殺さないでくれるなら、なんでもいいぜ」
ルシュさんもギルも感情は出さず、淡々と会話を続けていた。
ルシュさんは普段から感情は出さないように話しているのだろうが、ギルは精一杯堪えているように見えた。先ほどまで涙を流していたのだ。感情が失われているわけでも、助からなくてもいいと思っているわけでもないはずだ。でも、ここで「助けて」と言えば色んな人を巻き込むことになる。命が助かっただけでも、幸運だったと思うべきだと考えているのだろう。
僕はギルを見つめながら彼の気持ちを考えていた。そんな中、ある疑問が浮かんだ。
「ねぇ、両親に会いたい?」
「?!」
ギルはバッとこっちを向いた。
「あ、会いたい…」
「それなら、僕らと一緒に行動しない?」
僕は思わずそう言ってしまった。
涙を浮かべながら「会いたい」と言われてしまったら、そう言うしかない。
「いいのか…?おれはその女を殺そうとしたんだぞ?」
「君の事情もわかったし、どうせ僕らも危険な身だからね」
「いや…でも…」
ギルはルシュさんの方をチラッと見る。
「ん?あぁ、フォルスとは仲間というわけではないから、君が彼と行動しようが私は別に構わないわよ」
「そうなのか…。えと、じゃあ、よろしくお願いします。フォルスさん」
「あぁ、よろしく」
オリヴィアを殺そうとしていた奴と行動を共にすることになるとは、なんだか変な感じだ。
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