七十四話
降り注ぐ怒涛の、連撃。
間違いなく、アムセスにソレは直撃した。
そう、分かっているのだが。
「くそっ、たれが」
地面に倒れ込み、仰向けになった状態のまま、俺は口角をつり上げて、浮かべる表情と全く噛み合っていない言葉を呟いた。
その呟きの向かいどころは、倒れた己の身体に対してではない。
恐らくくたばってないであろうアムセスに対してでもない。
割り込んできたであろう、乱入者への言葉だった。
巻き上がる砂煙。
響く轟音。
十数秒と場を支配したそれらが収まるのを見計らい、俺は告げた。
「……はぁ。あの夜ぶりだね。〝魔法使い狩り〟」
姿は見えていない。
でも、アムセスに向かった攻撃の幾つかを撃ち落としたであろう犯人は、彼であると感覚的に分かった。
直後、息を呑む音が聞こえてきた。
恐らく、俺の予想は的中していたのだろう。
だから、そう仮定して俺は言葉を紡ぐ。
「それで、答えは見つかった?」
剣呑とした戦場の中。
喉を震わせて紡いだ言葉は、自分の事ながらあまりに気楽なものだった。
敵同士の関係にもかかわらず、それは知人に対して向ける挨拶のような、そんなノリだった。
「……何がだ」
「決まってるじゃん。あんたの兄の復讐に対する答え、だよ」
〝魔法使い狩り〟と呼ぶオリヴァーにあの夜叩きつけてやった支離滅裂で手前勝手な暴論の事を持ち出す。
予想でしかないけれど、彼がここにやって来た理由に、それが関係しているんじゃないのかって思ったから。
ただ。
「……お前、アルステッドに何をした」
投げ掛けた質問とは掠りもしない言葉がやってくる。そこには隠しきれない憤怒の色が滲んでいた。
「見ての通り。俺はただ、邪魔をしようとしただけだよ」
徹頭徹尾、俺の考えは何も変わってない。
強くなりたいから剣を振るい、気に食わないから立ち塞がる。単純明快、ただそれだけ。
そう告げた俺から、どうにか見える位置に立つオリヴァーは、周囲を一度見回す。
そして最後に、大の字で寝そべり、肩でどうにか息をしながら喘鳴を漏らし続ける俺を見やる。
彼が手にする抜き身の刃から放たれる光は、酷く眩しいものに思えた。
「……いや、お前はあり得ないな。お前だけはあり得なかったな。お前は、ただの馬鹿だ」
罵倒される。
何をもって、そう言ってるのか。
そもそも、アムセスに何をしたのかと言葉を投げ掛けてきた理由は不明。
ただ、『馬鹿』という言葉が俺にお似合いである事は自覚していたので、気が抜けたように笑っておく。その通りだと、同意するように。
そして、オリヴァーは俺に背を向けた。
「……これはどういう事だ。アルステッド」
仲間同士だろうに、そこには明確な敵意があった。出来る事ならば、違っていて欲しい。そんな願いのような、祈りのような感情。
言葉にこそされていなかったが、どうかこの状況を否定してくれと願っているようにしか見えない。
次いで、オリヴァーに続き、さらにもう一人の足音が加わる音を聞きながら、俺は彼らの会話に耳を傾ける。
「彼を殺す気がないのなら、そこを退いて、くれないかな。オリヴァー」
全くの無傷、とはいかなかったのだろう。
平時であれば、ゾワリと背筋が粟立ってしまうような色のない言葉が諭すように紡がれた。
傷の具合は分からないが、心なしか、震えているようにも聞こえるその声音から、軽くない傷を負っているであろう事は察する事が出来た。
「おれの質問が先だ……!! 答えろ、アルステッド!! これはどういう事だ!!」
鬼気迫る表情でアムセスを真っ向から見据えるオリヴァーは、ただただ言い募る。
答えを口にしない限り、テコでも動かないであろう事は容易に想像が出来た。
しかし、それでも、望んだ言葉はやって来なかった。それどころか。
「……あーあ。何してるのさ、オリヴァー。ベルナデット、まだ生きてるじゃん。折角僕がこうして、面倒臭いやつらを引き受けてあげたって言うのに」
返ってきたのは落胆の声。
失望したと言わんばかりの言葉であった。
取り繕う事は無駄であると悟っているのだろう。言葉を重ねたところで、最早、意味はないと。現に、アムセスが用意したであろう魔物達は、未だ猛威を振るっていた。
「……ッ、おれ、は、貴族に与する人間のみを殺すと聞いたから。腐った貴族共を殺さなければならないと説いたお前の理念に共感したから、手を貸したんだ……ッ」
「嘘を吐いた覚えはないよ。貴族を殺さなければならないという理念に、微塵の揺らぎもない。それを成せるならば、僕は何を捨てても構わないと思ってる。成せるならば、何を犠牲に捧げようと釣りが来る」
————それは言ってしまえば、友人を利用し、信頼を全て失うことになったとしても。
混濁した瞳は、狂気を湛えているようにしか見えない。けれど、考え方にこそ共感は出来ないものの、そのスタンスは俺にも通じるものがあった。だから、親近感を抱かずにはいられない。
ただ。
「確かに、理念としてはその通りだと思う。何かを成そうと考えるなら、覚悟が必要だ。でも、その考え自体が正しいと、俺は間違っても思えないけどね」
意識は、はっきりしている。
腕が少し、力を込めても震えるだけで満足に動かないくらい。
それを除けば、満足に動く。
だから、俺はゆっくりと身体を起こし、胡座をかき、段階を踏んでふらつく身体でどうにか立ち上がる。
「……そもそも、他人の意志なんかに己が歩む道の指針を委ねる事自体が間違ってるんだよ」
アムセスもそうだが、俺もそう。
自分の行動に一切の躊躇いなく生きている。
他人にとって間違いに映ろうが、そんな事は一切関係はない。
ただ、自分が信じる道を貫くだけ。
故に、説得の余地はどこにもない。
認められないなら、武でもってどうにか抑えつける他に道はない。
「後悔をしたくない事なら、尚更にね」
だから俺は、誰からの共感も得られてないけれど、自分が信じた道を愚直に貫いている。
後悔だけはしたくないから。
それが正しいと他でもない自分自身がそう信じているから。断じているから。
だから。
「だから、俺を邪魔と認識するなら、かかって来なよ。その壁を、ぶっ壊してやるからさ」
遠慮はいらないと告げる。
この期に及んで、誰がどう見ても疲労困憊、起き上がる事にすら苦労していたこの窮状で、そう口にする俺の考えが心底理解できないのか。
オリヴァーは困惑していた。
でも、それでもとどうにか言葉を絞り出す。
顔を俯かせ、背を向けている俺に対して、オリヴァーは言葉を紡いだ。
「……なぜ、」
それは、葛藤が滲み出したような声だった。
「お前は何故、そう在れる? このまま続ければ、お前は間違いなく死ぬぞ」
「そうかもね」
「生きたく、ないのか……ッ!!」
オリヴァーは〝魔法使い狩り〟という所業を重ねてはいたが、曰く、平和主義者。
それが正しいのならば、俺の思想は相容れないだろう。あまりにそれは、平和とは程遠いから。
根本から異なっているから。
「…………」
悲鳴のような叫び声を耳にして、俺は口を真一文字に引き結ぶ。
あの夜の時も。初めて会った時もそうだった。
徹頭徹尾、オリヴァーは俺を殺したくないと言っていた。だから、邪魔をするなと。
「……あの時の夜の言葉を訂正するよ、〝魔法使い狩り〟。俺は愚かと言ったけど、あんたはただの不器用な人間だ」
こうして俺が散々邪魔をしているというのに、本来の目的であった人間以外は徹底的に殺したくないと拒み続ける。
それは、世間を騒がしていた〝魔法使い狩り〟とはあまりに乖離していた。
俺は出会った事がない。
けれど、予想は出来る。
かつて騎士団に所属していた彼の兄は、さぞ、高潔な人間だったのだろう。
「でも、だから分かると思う。俺も不器用なんだ。これが正しいと思ったらそれしか道が見えなくなるような、そんな人間」
だから、と俺は思い、心の中で〝刀剣創造〟と唱えて震える右の腕をどうにか上げながら、手の内に収まった剣の切っ先をオリヴァーとアムセスのいる方角へと向ける。
俺と、オリヴァーと、アムセス。
三者共に、剣士。
そして、三者共に思想は相容れない。
ならば話は単純だ。
何時の世も、我を通すのは勝者のみなのだから。
「あんた達の願いに比べれば、俺のは手前勝手極まりないけれど、それでも至りたいんだ。証明したいんだ。だから、まぁ、勘弁してくれよ」
今も尚、アムセスの連れてきた魔物が暴れている。リレアや、リューザスは、その対処を行いながら、ひたすら俺達に注意を向けている。
崩壊の音。破壊の音。悲鳴も混ざってる。
そして、熱気を帯びたよそ風が肌を撫でると同時、俺は大見得を切るようにばん、と大地を踏み鳴らし、一歩前へと出た。
次いで、笑う。
こんな状況、笑ってなければやってられない。
身体は限界に近い。否、限界を迎えているものの、己の身体に言い聞かせる。
————まだやれると。
そうする事で、生命の危機を知らせる身体からの危険信号をどうにか掻き消してみせる。
目の前にはこれ以上ない強敵が二人。
ならば、悲観すべきでなく、寧ろ笑うべき。
お誂え向きの状況、故にたとえ己が身体であっても、邪魔をするな……!!
「さぁさ、意地の張り合いだ!!」
負ければ死ぬだろう。
そんな事は指摘されずとも、理解している。
だから、己の全部を賭けて立ち向かう。
「俺の事情がアムセスに関係がないように、あんたの事情も俺には関係がない!!」
自己中極まりない言葉を言い放つ。
「だから、好き勝手言わせて貰うよ————!!」
言うのは自由。
思うのは自由。
極論、そうした結果、どうなったとしても、それを受け入れられるならば、何もかも好き勝手にすればいいのだ。
本心を告げて、怒りを買う事になろうとも、戦いたいという欲求を抱く俺からすれば、寧ろ望むところだったのだ。
「あんたらは、俺が〝星斬り〟に至る為の、糧となれ————ッ!!!」
いつか、夜天の空に無数に煌めくあの星々。
その悉くを斬り裂くその瞬間を掴み取る為の、糧となれ。
「斬り裂けろよ、」
強引に振り上げた腕を、今度は振り下ろしながら俺は紡ぐ。
全てを斬り裂け————。
「————〝流れ星〟————!!!」








