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星斬りの剣士  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
一章 星斬りの憧憬

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五話

 無造作に立て掛けられていた鍬の残骸。

 先端部分がほんの僅かにひしゃげた棒切れを俺は手に取り、軽く手首だけを使って試し振りを一度、二度と行う。


「ん」


 手慣れた感覚。

 毎日来る日も来る日も振るっていた棒切れは手によく馴染んだ。この誰にも使われていない納屋にソフィアがいるのでは。などという淡い期待もあったが、やはりというべきか。ソフィアどころか人の気配ひとつなかった。


「……いくか」


 もたついている暇はない。

 行動指針は、もう決まっているのだから。

 でも、ほんの少し。

 他者が見ても分からないだろう微々たる誤差ではあるが、俺は怯えていた。


 実際に魔物と相対した事は、ただ一度として俺には経験がない。未知の敵。それが不安を取り巻く一番の要素であるとすぐに理解は及んだ。


 が。


「は、はは。はははっ」


 俺は己自身が怯えている事を理解するや否や、口角を歪めてイヤに弾んだ笑い声を響かせる。

 決してこれは、見栄ではない。取り繕いではない。偽りでもなく、心の底から抱いていた感情の吐露。


 俺の記憶の中で生きる剣士。

 彼が魂へ刻み込むようにひたすら、ひたすらに口ずさんでいた言葉通りであった事が、俺には面白くて仕方がなかった。だから、笑わずにはいられなかった。


『怯えてこそ、剣士なのだ。怯えぬ者に、伸び代などある筈もない。成長を促す感情とは、他でもない「怯え」なのだから。故に私は肯定しよう。「怯え」るモノは弱者? ああ、ああ、好きに宣え。だが、私の考えは変わらん。何故か? 決まっているだろうが。この「怯え」は、私の糧となるのだから。嗚呼、ありがとう。私に「怯え」を抱かせてくれたツワモノよ。お陰で私は、


  —————更に高みへ登る事が出来る』


 湧き上がる感情は「怯え」。

 大多数の人間は、その感情に対して肯定的ではないだろう。しかしその感情が、強くなりたいという想いを促進させる。それを頭で分かっていたからこそ。肌で感じたからこそ、俺は笑うのだ。

 楽しくて、面白くて、嬉しくて仕方がないとばかりに破顔するのだ。


「俺は、肯定するよ。嗚呼、確かにこの感情は捨てるべきじゃない。一等大事に持っておくべきだ」


 怖い。恐ろしい。

 だから、そんな感情を薄められるように、今よりもっと強くなりたいという当たり前の感情論。


「ああ、うん。悪くない。見えない高みに向かって剣を振り続けるのも悪くなかったけど、これはこれで悪くない」


 むしろ、心地が良かった。

 「怯え」の感情を喜悦で包み込み、高揚感が全身に帯びる。惜しむらくは、この昂ぶる感情を抱く今この瞬間に、剣を手にしていたかったという事くらいか。


 己の感情に従うようにぎゅっ、と力強く棒切れを握った。


「本当に……悪くない」


 そう言って、俺は納屋へ背を向けた。

 俺の足音が、村から遠ざかる。

 川のほとり。きっと、ソフィアが隠れているとすれば、雨宿りなどで使っていると言っていた洞窟染みたあの場所だろう。


 大方の目星をつけ、俺は足を動かす。

 家にいろと強く言ってきていた親父に対して、申し訳ないという感情を抱きながらも、俺が家のある方角へ振り返る事はなかった。歩調に躊躇いは、入り混じっていなかった。



 * * * *


「ギィ……」


 煤けた緑色の肌を持った小鬼の魔物。

 不快感を掻き立てる鳴き声が、鼓膜を揺らす。

 それが疎らに何処からともなく響き、少しだけ心臓がぎゅっと握りつぶされるような感覚に見舞われた。


 村から川のほとりまでは徒歩で約10分程度。

 昼間であれば一度として見かけた事は無かったというのに、どうしてかそこかしこから独特な鳴き声が聞こえてくる。

 視覚に映らない敵。

 その存在がどうしようもなく精神を削ってくるという事実を俺は今、ようやく認識に至っていた。


「予想、以上にしんどいな……ッ」


 いつ襲われるか分からない究極の緊張感。

 それが、ひたすら続く。終わりは見えない。

 だから、余計に精神の疲労が促進される。


 そして、見つかるか見つからないか。

 襲われるのか、襲われないのか。

 その緊張感は、唐突に終わりを迎えるのだ。


「ギイィ」


 それは、対峙するというカタチで。


「だよ、な。素通りなんて出来る筈ないよな」


 オーガに挑む。

 それを決めていたからこそ、ゴブリン如きで余計な体力を消費している場合ではない。

 そんな思いが自分の中の何処かにあったから俺は必要以上の戦闘を行おうとはしていなかった。


 でも、そんな願望が通る道理なんてものは存在しない。故に俺の目の前に猛禽類もかくやという炯眼で、鮮紅色に輝く赤色の目が俺を射抜いている。

 棍棒のような得物が、俺に焦点を定めるように小さく揺れる。


「……ふぅ」


 溜め込んでいた緊張感含め、丸ごと全部吐き出さんと俺は深いため息を吐いた。

 長引けば長引く程、辺りに点在しているであろうゴブリンがここへ寄ってくるだろう。だから、時間はかけてられない。可能な限り、早く目の前のゴブリンを仕留めなければならなかった。


 激しく脈動する心臓を落ち着かせ、俺は口を開く。


「来いよ」


 筋力が少ない事は自覚している。

 俺に、技量なんてものがない事も分かっている。

 出来る事は、ただただ模倣する事だけ。

 今の俺でも体現出来るワザを、食らわせるだけ。

 剣を振りながら、何度も、何度も頭の中で描き続けてきた行為。既にやる事は決まっていた。


 だから。


「一瞬で、終わらせてやる」


 俺は、傲慢にそう告げた。

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