四十話 ※一章時点の人物紹介有り
「————本当に良かったんですか。褒賞が王都に送り届ける、なんて事だけで」
バキバキに折れてしまっていた両腕は既にアバルドの能力によって完治。
シヴァの魔力欠乏も時間を経た事で幾分か楽になったのか、既にむくりと起き上がっており、俺とシヴァ、そしてフィオレとビエラは腰を据えて言葉を交わしていた。
「別に、これといって欲しいなんてものはありませんので」
それに、恐れ多くてとてもとても。
みたいな雰囲気を醸し出しながら俺はそう言って、いつの間にやら合流していた貴族のひとり——ビエラ・アイルバークに向けて言葉を投げかけていた。
————お礼がしたい。
もし、私達がまともに〝ジャバウォック〟と相対していたならば、死者が出ていた可能性は十二分にある。だからこそ、動機や過程はどうあれ、礼がしたいと。
そう言ってビエラは俺とシヴァに欲しい物はあるかと再三に渡って尋ね掛けていたのだ。
「折角なんだ。オレみてえにユリウスも言ってみりゃ良いのによ」
物欲ってもんがねえのかよとシヴァが呆れる。
そんな彼の手には既に一枚の封書が存在していた。
それは、シヴァが駄目元で望んでいた褒賞。
「立入禁止区域——ノースエンド領への紹介状。流石は〝戦姫〟と言ったところか。まさか本当に書いてくれるとは思わなかったぜ」
噂だけだが、いち村人でしかなかった俺ですら知っている場所。
立入禁止区域——ノースエンド領。
別名、死者の街。
そこは、此処〝ミナウラ〟より更に悪評高い王国内ただ一つの立入禁止区域であった。
「……まぁ、強くなれる機会を得られるのなら俺も是非とも欲しいところなんだけども……」
————ただ。
「今はまだ、向かうだけの理由がないからさ。だから羨ましいけど俺はやめとく」
「あん?」
それは、俺だけが知るたった一つの決め事。
体の良い言い訳作りでしかないけれど、これでも俺は無茶をする時はそれに則って行動をしてきた。
どんな小さな事でも良い。
些細な理由でも構わない。
ただ、強くなりたいという理由ひとつだけで無謀を敢行する気は現時点ではまだ、無いというだけの話。
とどのつまり、俺という人間はやはりどこまでも『星斬りの剣士』に憧れてしまっている人間。
だから、なぞろうとする。
真似ようとする。辿ろうとする。
誰かとの約束の為に剣を振るっていたあの男の生を。故に、大小かかわらず、無茶を押し通すのなら、真っ当な理由を求めてしまう。
誰かしらの為に、という理由を。
「決め事だよ。俺なりの、ね。……俺の剣ってやつは、そういうもんだから」
あの男の剣は。
俺が憧れた剣ってやつは、そういうものだと思うから。
「……成る程。それがあんたの矜恃ってんなら、無理強いは出来ねえなあ」
「そういう事。……それに、幼馴染みをかれこれ十日近く王都に待たせてるからさ、これ以上遅れようものなら多分俺、殺されちゃう」
「く、はは、ははははは!!! そういやそんな事も言ってたっけか? まぁ、約束破ってんなら早いところ謝罪に向かわねえといけないわな」
腹を抱えてシヴァは大爆笑。
フィオレはフィオレで、思考回路あんなにぶっ飛んでる癖に幼馴染みには弱いんだ……! などと好き勝手言って笑いを必死に噛み殺して堪えていた。
……この場において俺の味方は、無表情を貫くビエラと事なかれ主義のアバルドだけである。
「だが、そういう事なら此処でお別れって事になるな」
偶々、目的地が重なっただけという間柄。
元より〝ミナウラ〟で共に行動する事すらも想定外の出来事であった。だから、これから先も共に行動をする、だなんて気は毛頭なかったとはいえ、いざ別れるとなると少しだけ名残惜しい————気はしなかった。
……散々好き勝手笑いやがって。
「一人で倒したわけでもねえし、〝ジャバウォック〟を吹聴する気はねえ。ただ————今回のは得難い経験だった」
〝魔法〟は効かないわ、近接攻撃も出来ないわ。そういう特性を持った魔物が存在するという情報を己の目で確かめられただけでも僥倖過ぎると。嘲りの消えた屈託のない笑みを向けながらシヴァが言う。
「今度会った時は……そうだな、また、こういうデカブツでも倒しに行けるといいな」
「それなら、次はもう一回り大きい魔物を見つけなきゃだね」
「はっ、そりゃいい!! なら次の次くれえは星でも斬らねえとだなあ!!」
「……だーめだこの二人。やっぱり頭が根本からおかしいよ」
冗談まじりに言葉を交わす俺とシヴァの様子を眺めていたフィオレは心底呆れ返っていた。
やがて静まる笑い声。
「————ま、ぁ。結局オレには最後までよく分からなかったが……成せると良いな。その『星斬り』ってやつを、よ」
「そうだね」
それがいつになるかは分からないけど、きっと、必ず。
「それと道案内の恩!! あれ、いつか返してやる予定だから、これから先無茶すんのも勝手だが、くたばんじゃねえぞ」
「勿論」
思わず笑いを噛み殺す。
彼なりに俺の身を案じてくれているのだろう。
心配だと言葉にこそしなかったけれど、戦闘中の援護といい、ぞんざいな口調ではあるが世話焼きな性格をしている事は明らかであった。
「じゃ、腕も治して貰った事だし、そろそろ王都に連れて行って貰うとするかなあ」
ぐるんぐるんと両腕を回し、元気ですアピールをしながら俺は、褒賞をくれるのなら使役する魔物に乗せて王都に連れて言ってくれと言うや否やフィオレが用意してくれていた魔物の下へと歩み寄る。
「背に跨がれば、王都に連れて行くよう既に命令してあるからユリウス君はしがみ付いて置くだけで大丈夫だよ」
今までずっとフィオレの後ろに乗っていた為、一向に魔物の背に乗る気配のなかった彼女を不思議そうに見詰める俺をみて、フィオレはそう言えばそうだったねと、そう説明してくれていた。
「それと、最後にもう一度聞いておくけど〝ジャバウォック〟の屍骸は本当に要らないの? 冗談抜きで、何処かに売り飛ばせば村一つくらい買えちゃうよ?」
「……要らないで納得出来ないのであれば、それはあの時助けてくれたお礼、って事で駄目ですかね」
「……随分と重いお礼だねえ」
フィオレはあからさまに俺のその発言に対してドン引きしていたけれど、本当に心の底からその事についてはどうでも良かった。
俺の熱の向かいどころは星を斬る事。
ただ————それだけ。
『星斬り』の熱を知ってしまったが最後、如何に眩い黄金だろうが、馳走だろうが、異性だろうが、何もかもの優先順位が二の次になってしまう。……実際、俺がそうであった。
故に、一片とて疑う余地なく俺の中で既に完結してしまっているのだ。
「なら、その言葉に甘えさせて貰うとするかな。で、そういう事なら一つ、魔法の言葉を教えてあげる」
「魔法?」
「そ。魔法の言葉。王都に勤めるえらーいとある騎士さんが二つ返事で言う事を聞いてくれちゃう魔法の言葉。これから王都に向かうなら、そこでどうせ厄介ごとに首突っ込むんでしょ?」
だったら、ユリウス君には必要不可欠だと思うけどなあ? と、流し目で面白おかしそうにフィオレが言葉を並び立てる。
「……どうだろ」
「いやいや、キミは突っ込むよ。わたしが断言してあげよう。キミは間違いなくそれが強くなる機会であると判断したならば関わろうとするからね、絶対に」
その強くなって星を斬りたいという渇望は、最早増殖し、拡大するだけの癌細胞のようなもの。
だから、今更自制出来るようなものでもないでしょとフィオレは自身の言葉を認めようとしない俺へ、キミはそういう人間だと言い放っていた。
「だから、覚えておいて。王家直属の騎士団。それに属する副団長。名を————ゼノア・アルメリダ。あの子はわたしの名前を出せば絶対に言うこと聞いてくれるから。だから困ったことがあればあの子に便宜を図って貰うといいよ。『フィオレ・アイルバークに便宜を図って貰えって言われた』それが魔法の言葉」
「……分かった。覚えておく」
「うん。素直でよろしい。お姉さん、素直な子は嫌いじゃないよ」
そう言って、彼女は満足げに笑った。
* * * *
それから数時間後。
フィオレの使役する魔物の背に乗り、王都へと向かった俺は王都の入り口のすぐ側で降ろして貰い、徒歩で王都へ向かう最中。
「おー。やっと来たわね遅刻魔」
がしり、と唐突に俺の肩が何者かに掴まれる。
俺の背後に誰かいるような気はしてたけど、まさかそれが知り合いであるとは夢にも思わなかった。
怖くてとてもじゃないが振り向けないけれど、この声は恐らくリレアだろう。
やがて、肩を掴む手の握力は次第に増加。
心なし、ミシリと音が鳴っているような気もする。……中々に痛い。
「ソフィアちゃんは頭からツノ生やして、首をながーくして待ってるわよ」
何その化け物。
と、思ったけど、鼓膜を揺らす声音から察するにそんな冗談は一ミリも通じない気がした。
だから俺は下手に会話するのではなく、口は災いの元としてダンマリを決め込む事にする。
村に戻ると親父からぶん殴られそうな気しかしなくて選択肢から無条件で外していたけれど、これならいっそ、親父にぶん殴られるとしても体調不良だなんだかんだと口裏を合わせて貰うべきだったかなと心の底から後悔した。
一章時点の登場人物一覧
・ユリウス
今作の主人公。星斬りを夢見る剣士。
・ソフィア
ユリウスの幼馴染み。〝治癒〟の魔法の使い手。
・親父
ユリウスの父親。名前はまだ登場なし。
・アレク
ソフィアの父。ユリウスが生まれ育った村の村長でもある。
・リレア
冒険者の一人。
何かとユリウスに世話を焼いていた剣士。
・ロウ
冒険者の一人。
リレアと共に行動していた粗雑な口調の大男。
・ヨシュア
冒険者の一人。
リレアと共に行動していた寡黙な男。
・シヴァ
魔法使いの赤髪の剣士。
ユリウスとはミラウラにて行動を共にしていた。
・フィオレ・アイルバーク
アイルバーク家現当主であり、ミラウラの街の領主。
屍を操る能力の魔法使いであり、ビエラ・アイルバークは彼女の妹。
・ビエラ・アイルバーク
〝戦姫〟と呼ばれる女貴族。
王国有数の実力者であり、氷系統の魔法を扱う。フィオレ・アイルバークの妹。
・アバルド
フィオレ・アイルバークの部下の一人。
治癒系統の魔法を扱う男。
・****
星斬りの男。別名『戦鬼』。
名前の登場はなし。








