三十三話
* * * *
「俺の予想が正しければ、その赤髪の男の名前はシヴァ。魔法は、俺と同様、剣を生み出す能力。あいつはそれを〝刺し貫く黒剣〟って呼んでました」
「シヴァ、ねえ……」
残念ながら、心当たりは無いかなとフィオレはかぶりを振っていた。
あれから走って地下通路を抜けた先。
少し離れた場所で、生い茂る木々に隠れるように伏していた飛行系の魔物の下へとフィオレに案内された俺は〝ピィちゃん〟よりもずっと小柄な魔物に彼女と同乗していた。
そして、伝令役に指名されていたアバルドは俺とフィオレとはまた別の魔物の背に。
……どうやら、彼女はかなりの数の魔物を使役しているらしい。
「アバルドはシヴァって名前に心当たりあるー!?」
フィオレが使役する別の魔物に乗って追従するアバルドに聞こえるよう、大声で彼女が叫ぶ。しかし、彼も首を横に振るだけで期待した答えは得られず終いであった。
「……だよねえ。でも、それならまだ不幸中の幸いかな。剣士なら、最悪の未来を避けられる可能性は十分にあるから」
「それはどういう」
「簡単な話。〝ジャバウォック〟の外殻は物理的な攻撃じゃあまず貫けない。だから、ビエラちゃんなんだよ。〝ジャバウォック〟相手に剣士じゃ滅多なことがない限り、傷を与える事は出来ないから」
そう、彼女は言い切る。
魔物に乗っている都合上、フィオレの表情を確認する事は叶わないけれど、それでも決して冗談を言っているようには思えなかった。
「……ただ、」
希望があると言った。
なのに、どうしてか彼女は今度は諦めるように言葉を並べ立てようとする。
「わたしの部下三人がかりでも止められなかったって事はその赤髪さん、それなりに強いと思うんだよね。……だから最悪の場合をやっぱり想定しとかなくちゃいけない」
困ったもんだよ。本当に。
そう言ってフィオレは深いため息を吐いた。
そして程なく何処からともなく聞こえてくる破壊音。何かが暴れでもしているのか。
心なし、空気がびりびりと震えていた。
「いけない、んだけども……多分、これはもう手遅れっぽいねえ……」
遠目からでも確認出来る漆黒のナニカ。
それは、得物だった。
剣に限らず、槍や戦斧、鎌と、形状に一貫性は皆無。けれど、それら全てが何処からか浮かび上がっては一定の場所目掛けて殺到する。
そしてそれを尾のようなもので事もなげに薙ぎ払う巨大な生命体。
「アバルド!!」
「……何でしょうか」
「こうなったらもうどうしようもない。だから、予定通り、プランBでいく。わたしが此処で時間稼いどくからビエラちゃんが帰って来るまで〝あの場所〟に戦線敷いておいて」
「……承知いたしました」
プランBは、フィオレ・アイルバークが単独で可能な限り時間を稼ぐ事。
そして、その上で先程まで俺達がいた地下通路の付近にて、残りのメンツで戦線を敷くという作戦。
彼女らの目的とはつまり〝ミナウラ〟の外に〝ジャバウォック〟をどうにかして出さないようにする事、ただそれだけ。
「〝ミナウラ〟の外にあんな化物を出すわけにはいかないからね、出来る限り粘るつもりではいるけど、みんなに準備怠るなって言っといて」
直後、「分かっています」とだけ告げて、アバルドが騎乗する魔物が行き先を反転。踵を返して来た道を戻らんと、行動に移していた。
「……ほんっと、政治ってのは面倒臭いよね。アレさえなければもうとうの昔に〝ジャバウォック〟は討伐出来てた筈なのに」
ため息まじりにフィオレが言う。
「……それはどういう事ですか」
「国の方針でね。上は取れるところからはとことん金を絞り取りたいんだよ。だから、〝ミナウラ〟で魔物が大量発生するこの時期に村を回ってわたし達が人手を募りに向わなきゃいけない。それを断れば税をあげる。って正当な理由を作り上げるために。仮にわたし達がそれをせずに討伐を行えば、村は応じなかったとして無条件で税は上げられる。〝ミナウラ〟に来る前に門番に会ったでしょ? あれ、わたしの部下じゃなくて上から寄越された騎士なの。だから、虚偽の報告もできやしない」
「…………」
すぐには、うまく言葉が出てこなかった。
その言葉の真偽は分からない。
けれど、疲労感の滲んだ声音。そしてこれまで会話を交わしてきた事で分かったフィオレの為人。それら全部加味して判断するならば、とてもじゃないが彼女の発言が嘘とは思えなかった。
「昔ねえ、わたしの部下が人手を募りに向かった際に、ちょっと揉めちゃって怪我したんだよね。それがちょっと下手すれば死んでたかもしれない怪我で。それ以降ビエラちゃんがその役目を自分がやると言って聞いてくれなくてね。だけど、今回ばかりはやっぱり止めるべきだったなあ」
もう何を言っても今更すぎるんだけどね。
と、投げやりにがしがしと髪を掻きあげる。
そして、掻き混ぜる。
「……どうして、その事を今俺に?」
「あれ? ビエラちゃんがここにいない理由とかが気になってたんじゃないの? 結構顔に出てたよ」
「それ、は」
「〝ジャバウォック〟はね、本当に余計な事を考えながら倒せるような相手じゃないから。だから、わたしに答えられる事であれば今だけ出血大サービスで何だって答えちゃうよ」
それでキミが生き残る事が出来る可能性が数パーセントでも上がるのならば安いもんだと彼女は当然と言わんばかりに口にする。
「って、言ってる間にもうすぐ側にまで来ちゃった」
意外と近いもんだねと、冗談を言うように。
そして漸く目視できる距離に届く。
遠間から確認出来た漆黒の得物が見えた時点で確信を抱いていたのだが、それでも術者を直で目視しなければ絶対とは言えなかった。
そして今、
「——————シヴァ!!!!」
手前勝手に〝ジャバウォック〟と相対する赤髪の男————シヴァの名を聞こえるように力強く叫び散らす。
「……あ、ん?」
まさか、上空を飛行する魔物の背中に人が乗っているとは思いもしなかったのだろう。
実際、彼の能力がフィオレが使役する魔物に牙剥きかけていたから叫んだという事もあるのだが。
そうして直後。
俺は忙しなく、「行ってくる」とだけ告げて宙へと身を投げ出した。
「え、っ、ちょ、まっ、ええええええ……」
少しは様子を見るって事しようよ!!
と、声が聞こえて来たがもう遅い。
それに、〝屍骸人形〟という魔法を持つフィオレであれば、魔物に騎乗したままで何も問題はないが、俺の場合は剣を振らなければただの重りなだけである。
故に、様子を見る見ないどちらにせよ、乗ったままでは戦えないからと宙に身を投げた俺の判断は当然の帰結とも言えるものであった。
たがしかし。
今、それを実行に移すのは些か時期尚早過ぎた。宙に身を投げ出した事で集まる注目。
そして、やって来る————攻撃。
どうやら、シヴァに続き、俺までも巨大な生命体————〝ジャバウォック〟に排除対象として認定されてしまったらしい。
けれども。
「あぁ、もう、世話が焼けるなあっ!!」
投げやりに発せられたであろう声音が俺の鼓膜を揺らす。〝刀剣創造〟にて足場を創造しようと考えた俺より先に、解号が紡がれた。
「わたしは時間稼ぎがしたいだけなのにさぁ!! あぁぁあ! もう!! どうにでもなれ!! 起きろ————〝埋め尽くす屍骸人形〟ッ————!!!」
やがて、シヴァが倒した魔物を始めとして、ボコリ、と彼方此方で地面が隆起。
地面から芽を出すように、次から次へと屍骸が生まれ、視界を埋め尽くし————程なく、何処からともなく放たれた赤い奔流が俺を襲うはずだった攻撃の軌道を綺麗に逸らしてくれていた。
「……はぁん、成る程。誰かはでしゃばって来るとは思ってたが、よりにもよって〝屍姫〟か」
感嘆めいた物言い。
勝手にシヴァは一人で納得をしていた。
途中聞こえた〝屍姫〟というワード。
それは恐らく、フィオレを示す言葉なのだろう。
地上からこぼした何気ない一言だったにもかかわらず、「次、わたしをその名前で呼んだらキミからブッ殺す」と、割と本気めのトーンでフィオレが静かにシヴァへ告げていた。
そして、魔法を使って足場を作り、利用する事で勢いを殺し————何事もなく着地。
「何処かでまた会うとは思ってはいたが、案外早かったなぁ? ユリウス」
「……独り占めはズルくないかなあ?」
「はん、知らねえのかよ。こういうのはな、早い者勝ちなんだよ」








