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三十一話

* * * *



「悲鳴ひとつあげませんか。その歳である程度の痛覚を無視出来るとは大した者です」


 眼鏡をかけた痩躯の男は、嗜虐めいた笑みを浮かべながら俺の左腕に包帯を巻き付けながらそう宣う。



 『わたし達に混ざる気はない?』というフィオレからの申し出に対して了承するという選択肢を選び取った俺は、フィオレが〝ピィちゃん〟と命名した魔物(化け物)に乗ってとある場所へとやって来ていた。


 そこは、大きな地下通路が広がる場所。

 そしてその先は開けており、「こっちに来て」と彼女に案内をされ、奥へと辿り着くとそこには数名の人間が屯っていた。


 その内の一人————アバルドと名乗る治癒師に折れた腕を治してもらう事になったのだが、これがまた、最悪を極めていた。


「僕の魔法の能力は一応(・・)治癒系統ではありますが、どちらかと言うと治すのではなく戻す魔法」


 ……そうなのだ。

 彼の魔法は、言ってしまえば元に戻す魔法。

 骨が折れたのであれば、折れてない状態に。

 怪我をしたならば、怪我をしてない状態に戻す。それが彼————フィオレの従者を名乗るアバルドの能力。


 一見、使い勝手の良い便利な能力に思えるが、その実、かなり対象者に厳しい魔法であった。


「折れた骨を治すともなれば、想像を絶する痛みだったと思うんですがね。右腕は右腕で罅入ってましたし」


 彼の魔法は、強引(・・)に戻す治癒系統魔法。骨が折れているのであれば、強引に接合し、元通りに戻すだけなのだが————その魔法を行使する場合、対象者に対して怪我の度合いに比例して凄絶な痛みが伴うという欠点付き。


 その代わり、すぐに治るという利点も存在するのだが、下手すれば痛みでショック死するんじゃないかと疑うレベルで痛かった。


「ま、礼は不要です。寧ろ、お嬢の申し出を受けてくれた事に対し此方が礼を言わなければいけない立場ですので」

「……そうですか」


 そう言って、アバルドの言葉に対してあえて、不満であると言わんばかりの調子で返事する。

 その理由は、魔法を行使する際に痛みに耐えようとする俺を見て、アバルドは何処か楽しんでいるような節があったから。

 多分こいつ、ロクでもない性格をしてると確信めいたものを持っていたけれど、流石に治してもらった手前、無碍にはできない。


 という様々な事情から、俺は不機嫌ながらも返事をするというカタチに落ち着いていたのだ。


「ええ。例年通りであれば問題はありませんが、今年は人手が幾らあっても足りないくらいですから」


 それだけ厄介な相手、という事なのだろう。


「ですが、本当に良かったんですか?」

「というと」

「討伐ですよ討伐。〝ミナウラ〟の悪評は王国中に轟いているでしょうから言わずもがなでしょうが、多分、かなりの高確率で死んじゃいますよ?」

「……〝ミナウラ〟を訪れている時点でその質問は今更でしょう」


 魔物が溢れ出す時期の〝ミナウラ〟に足を踏み入れる連中なんてものは、普通に考えて救えない戦闘馬鹿か、正義感に痴れたおかしなヤツか、命令を受けて仕方なくやってきた王国騎士くらいのものだろう。


 俺はというと、騎士ではないし、正義感なんてものも雀の涙程度しか持ち合わせてない。

 魔物に苦しむ人を救いたい。

 なんて高尚な理念を掲げた覚えは生憎と一度としてない。


 とすれば、答えは自ずと決まってくる。


「死ぬかもしれないと言われてじゃあやめておきますと言うような人間はそもそも〝ミナウラ(此処)〟にはやって来ませんよ」

「は、はははっ、確かにそれもそうですね。では、お言葉に甘えるとしましょう」


 そう言って、アバルドは大仰に態とらしく手を広げた。


「此処は親だろうが使えるものは何だろうと使う場所————〝ミナウラ〟の街。僕らは君を歓迎します。改めて、僕はアバルド。宜しくお願いいたしますね」


 直後、左の手を差し出される。

 握手をしよう、という事なのだろう。

 あえて治したばかりの左腕を選ぶとは、やはりアバルドは性格が悪い。

 そんな事を思いながら俺は彼のお陰で完治した左手で力強く握り締めてやる。


「い゛っ!?」


 怪我を治してくれた恩人ではあるけれど、その腐った性根に対してこのくらいのやり返しはして然るべきだろう。


 一応これでも剣を何年と振り続けた身。

 身体は子供とはいえ、握力はそれなりにあると自負している。ざまあみろと思いながらも俺は彼に背を向けた。


「腕の調子はどうかな?」

「お陰様でこの通り」


 ぐるん、ぐるんと左腕を回す。

 ちくりとも痛まないし、これはもう完治したと判断して問題ないだろう。


「そっかそっか。ま、アバルドは性格が歪んでるけど魔法の腕だけは確かだからねえ」


 ……人聞き悪い事言わないで下さいよお嬢。

 と、背後からアバルドの声が聞こえて来ていたが、それに反応するより先に「はい」という掛け声と共にこちらに差し出される一枚の紙。


「それとコレに目を通しておいてねえ。一応それがわたし達の情報(・・・・・・・)。誰が何の魔法を使えるか。どのタイプの人間か、把握してないとベストが尽くせないでしょ?」


 そこには箇条書きで、今この場にいる者達————総勢十数名の情報が詳しく書き記されていた。


 その中には唯一この場に居合わせていないビエラ・アイルバークの名も存在していた。

 俺はその部分だけをまず、流し目で確認。

 氷を自在に生み出し、操る能力。と、当然のように魔法使いとしての能力が書き記されていた。


「一応、ユリウス君の情報も書き記しといたから、それにも目を通しておいて。もし間違ってたら、明後日までに此処にいる誰かに伝えてねえ」


 伝える事は伝えた。

 そう言わんばかりに、フィオレは俺に背を向け、手をひらひらと振って見せる。


 恐らく何らかの用事があるのだろう。

 領主とも言っていたし、忙しい事にも頷ける。

 

「……俺の情報、かあ」


 渡された紙に視線を向けると、そこにはユリウスの文字が言われた通りちゃんと書き記されていた。


 続くように、能力は剣を創り出す事。

 タイプは一撃必殺型。などと俺についての詳細が書かれており、簡素ではあったが的確にそれは的を射ていた。


 そうして他の人の情報にもザッと目を通す中、ふと疑問に思う。どうして、明後日(・・・)なんだろうか、と。


「……ビエラ様が〝ミナウラ〟に帰ってくるのが明後日だからですよ」


 俺の内心を見透かしでもしたのか。

 ぷらぷらと俺が力強く握り締めた左の手を軽く振りながらアバルドが言う。


「一応、予定では明後日、ビエラ様と合流した後、頭である〝ジャバウォック〟の討伐を開始する運びとなっていますね。まぁ、僕は能力が能力ですので後方で待機するだけなんですがね」

「明後日……」

「何か問題でも?」

「い、や。問題という問題はないんですが……」


 頭に過るのは村の外でビエラ・アイルバークに言われたあの言葉。

 ————満月までに。

 というその一言。


 明後日は、とてもじゃ無いが満月とは程遠い。

 どういう事なのだろうかと疑問に思うも、それを解消してくれるであろう人物は生憎此処には今いない。


 ……なら、今はその事は頭の隅に追いやっておくべきか。


「ああ、それと。言い忘れていましたが、基本的に外出についてはご自由にしていただいて構わないのですが、ここから北へは行けないようになっていますのでご注意下さい」

「……?」


 北。というピンポイント過ぎる方角に、どうしてなのだろうかと疑問符が浮かぶ。


「簡単な話です。明後日までは、可能な限り〝ジャバウォック〟に刺激を与えたくはないんですよ。ああいう魔物は気配に敏感です。ビエラ様が不在の今、不用意に刺激するのは得策ではない」


 だからやめてくれと。

 至極真っ当な言葉をアバルドは並べ立てていた。


 そして、その言葉で理解する。

 恐らく、フィオレは〝ジャバウォック〟がいる場所へ人を寄せ付けないように見回りをしていたのではないだろうか。

 だから、偶然にも俺と出会った。


 特に、変異種の魔物と単身で戦いを繰り広げる命知らずである。放っておけば〝ジャバウォック〟に向かう可能性も無きにしもあらず。と思ったが為に、彼女は趨勢を見極めようと離れた場所で事の顛末をギリギリまで眺めていたのかもしれない。


 そう考えると、色々と辻褄があった。


「分かりました」


 その偶然が上手い事重なり、俺はこうして九死に一生を得た。恩を仇で返す趣味があるわけでなし。ここは素直に従っておこう。


 そう思い、俺はアバルドの言葉に首肯する。


「物分かりが良くて安心しました。それでは、明後日まであまり時間も残されてはいませんし、取り敢えず————」


 と、アバルドが何かを言いかけた折。



「————た、っ、大変だッッ!!!!」


 焦燥感に満ちた大声が唐突に轟いた。

 その突然の出来事に、場にいた全員の視線が一斉に発声源へと向く。

 地下通路を通って駆け込んできたのだろう。

 出入り口付近で、肩で息をしながら見覚えのない男が叫び散らしていた。


「〝ジャバウォック〟のところに野良の魔法使いがオレが殺すと息巻いて、俺らの制止振り切って勝手に向かいやがった!!! 見張りしてた俺含めて三人がかりで止めようとしたんだが、あの野郎————」


 止めようと試みた人間の一人がこの場にいる時点で、その結果は最早言わずもがな。


「————ね。そいつの特徴、教えてくれる?」


 丁度、何処かへ立ち去ろうとしていたフィオレが足を止めて、慌てる男へ問い掛ける。


「……赤髪の男だ。赤髪の、魔法使い」


 その言葉を耳にした俺の脳裏に、一人の男の姿が過ぎった。




 ————〝刺し貫く黒剣(グラディエーダ)




 丁度、そいつ————シヴァも、赤髪の魔法使いであった。

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