二十九話
轟ッ!! と音を立てて火炎が繰り出される。
そして、振り下ろした剣————〝流れ星〟と交錯し、衝突。撃ち放たれた赤の奔流が執拗に襲いかかり、剣を最後まで振り下ろすという行為を安易に許してはくれない。
「こ、の……ッ」
元々の自力の差は歴然。
見る見るうちに押し込まれてゆく。
しかしそれでも、やられてたまるか。とっととくたばれ。火炎だろうが、何だろうが、邪魔をするなら全部叩っ斬る。
それらの感情をまるで怒鳴りつけでもするかのように、俺は一層右の腕に力を込める。
次いで、悲鳴が聞こえた。
ピキリと軋む骨の音が。
けれど。
それでも構わず俺は喉を震わせ、叫び散らす。
「ッ、あああぁあああぁぁッ!!!」
気勢を上げる俺の叫びに呼応するように、ぐぐぐと腕が前へと進み始める。先へ、先へと放たれる火炎を斬り裂きながら、均衡が崩壊の兆しを見せる。
そもそも、間違っていたのだ。
格上相手に、先の事を考えながら戦えるものか。後の事を考慮してる場合か。
—————幾ら何でも舐めすぎだろうが。
そう己を責め立てた後、余裕は尽く切り捨てる。そして、俺はこの場で全てを出し切る勢いで押し返しに掛かった。
「ぶっ、倒れろ…………ッ!!!」
ぴしり、と己の得物がひび割れる音を耳にしながらも、構わず力を込め————振り上げた剣は放出された火炎の奔流すらも巻き込み、斬り裂く。
宙に描かれる幻想的光景。
炎の奔流を斬り裂き走る光の軌跡はまさしく————〝星降〟のよう。
振り下ろし切ると同時、弾けるように四方へ霧散する火炎。そして、勢い良く噴き出した血飛沫が辺りに赤を落とし、凄惨な光景が広がった。
「こん、どこそ……!!」
振り切った事で身体は前のめり。
崩れた体勢を上手く立て直すことが出来ず、そのまま地上へと落下を開始。
「……い゛っ、」
程なく、斬り裂いた魔物の死骸に身体が打ち付けられる。
上手くクッションの役目を果たしてくれたものの、それなりの高さからの落下。
加えて左腕を負傷していた事もあり、その衝撃のせいで尋常でない痛みが全身を駆け巡る。
「ッ、……は、ぁ……はぁ、だぁー……死ぬかと思った」
軽く右の手を火傷していた事により、じんわりと滲んでくる痛み。じっとりと背中を濡らす冷や汗の感触を瞑目しながら味わう。
そして目蓋を開く。
たった一体の変異種を相手にこのザマである。
実際に戦闘を繰り広げていた時間は恐らく、十数分。だというのに数時間ぶっ続けで動いた時よりもずっと酷い疲労感が身体を支配していた。
「どう、したもん、かな」
亀裂の入った無骨な剣を手放し、右の手一本で大地に投げ出された身体を起き上がらせる。
先程、上空で確認したようにあの魔物が救援を求めたせいで他の魔物がこの場所に集まりつつある。
本来であれば一目散に逃げるべきなのだが、生憎、体力の大半を消費してしまっているので万が一にも逃げ切れる気がしない。参ったなぁと俺は苦笑いをするくらいしか出来なかった。
そんな、折。
ぱち、ぱち、ぱち。
と、手を打つ音が等間隔で聞こえてきた。先程までとは打って変わり静まり返った場にて、その音は目立って響き渡っていた。
「いやぁ、凄いねえ。あの魔物を一人で倒すなんて。ビエラちゃん帰ってくるの待つしかないかなあって思ってたけどこれはこれは、思いがけない幸運に恵まれちゃったなあ」
女性特有の高めの声。
表情を確認出来ていないが、鼓膜を揺らすその声音から、声の主が上機嫌である事は考えるまでもなく理解が出来た。
声の出処は何処か。
そんな事を思いながら後ろを振り向くと、散々に荒らされた木々の陰から一人の女性が俺を見詰めていた。
……ただ、どうしてか。
初対面の筈なのに、その容貌には何処か見覚えがあった。
「おーっと。これはこれは申し遅れました。わたしの名前はフィオレ・アイルバーク。一応、この街の領主やってます」
にこりと。
花咲いたような笑みを向けられる。
微風に靡く銀糸のような長めの髪。
端正に整った繊細な面立ち。
雰囲気が真逆であったが為にひと目で看破する事は出来なかったが、彼女が名乗った名前で全てを理解する。
アイルバーク。
それは、俺の村にやってきた〝戦姫〟と呼ばれる貴族————ビエラ・アイルバークと同様の家名であったから。
「本当は色々と貴方とお話ししたいところではあるんだけれど、残念ながら今はそうも言ってられないんだよねえ」
ま、言わずもがなその事情は貴方も理解してると思うけど。
そう言ってフィオレと名乗った女性は辺りを見回す。まだ姿こそ、視認出来る範囲には魔物は見受けられないが、地響きのようなものは既に薄らと聞こえ始めていた。
もう間も無く、といったところだろうか。
逃げるならとっとと逃げなくては。
「そこでひとつ、提案なんだけれども。……そこの魔物、わたしにくれないかな?」
フィオレがそう言って指を指した先には、先程俺がズタズタの真っ二つに斬り裂いてやった魔物の残骸があった。
だからこそ、言葉の意味が分からなかった俺は疑問符を頭上に浮かべる。
「魔物の死骸は金になる。変異種であれば、その希少性は計り知れない。うん、うん。二つ返事出来ない理由は十二分に分かりますとも。でもね、命あっての物種とは思わないかなあ?」
「……言葉の意味がイマイチ理解出来ないんだけど」
「つまり、その死骸さえくれればわたしが貴方を助けてあげるって言ってるの。貴方の戦闘力には十分過ぎる価値がある。これからの事を考えると見殺しにするには惜しいかなってね」
これって光栄な事なんだよ?
そう言ってフィオレはふふん、と鼻を鳴らした。陽気な態度が抜身の刃のような態度を一貫して崩さなかったビエラと似ても似つかなかったが、言葉をかわせばかわすほど何処となく似ているような錯覚を覚えてしまう。
……とはいえ、助けてあげると言われても、既に事切れた死骸を所望するその意図が全く以て分からない。故に、即座に返事が出来ない。
別に構わないと思っているのに、死骸を欲しいと口にしたその異常性に引っ掛かってしまっていた。
「……貴方も魔法使いの癖に、変なところで引っ掛かるんだね」
はぁあ、とため息を吐かれた。
「この世界では『魔法』と呼ばれる摩訶不思議な力が存在してる。それは基本的に、当人が強く望んだ力が『魔法』となって発現すると言われてる」
たとえば、剣を望んだ人間であれば剣を創り出す能力が。
誰かを治したいと強く願った者であれば、治癒の魔法が発言する等と言われている。
それは、冒険者であるリレア達からも既に聞いた事柄でもあった。故に向けられた言葉に納得。
なら、ここまで言えば分かるよねと。
目で口程にものを言いながらフィオレは続け様、
「で。わたしに発現した魔法はちょっとアレでね。あんまり人様に言えるものじゃあないんだけど……能力は————〝屍骸人形〟。多少の制限はあるんだけど、わたしの魔法は死んだ対象を無理矢理生き返らせて自由に操る事が出来る能力」
そう、口にした。
……俺と目の前に佇むフィオレは初対面。
恐らく俺が死んだところで痛くも痒くもないだろうに、どうしてその能力を持っているにもかかわらず、俺を見殺しにするには惜しいと言ったのだろうか。
そんな疑問がふと浮かび上がった。
俺ですらも、操れば寧ろ都合が良いのでは、と。
「……だから制限があるって言ったでしょ。わたしの魔法————〝屍骸人形〟はどうしてか、魔法使いだけは操る事が出来ないんだよねえ」
……俺の心境を見透かしてか、フィオレが呆れ混じりにそう言った。
「だから、出来る限り戦力になりそうな魔法使いは生かしておきたいの。これでお分かり?」
戦力とは恐らく、シヴァが言っていた〝ミナウラ〟に潜む魔物の頭を討伐する為のものなのだろう。
どの道、体力を回復させない事には絶体絶命の危機である事には変わりない。
屍骸ひとつで助けてくれるというのであれば
「分かった」
肯定以外、返事はあり得ない。
「素直で宜しい。なら、後はお姉さんに任せておきなさいな」
そう言って彼女は満面の笑みを浮かべ、魔物の死骸へと歩み寄る。
どどど、と地響きが刻々と大きくなってゆく事を度外視。
あくまでも普段の調子を崩す気はないのだろう。ゆっくりと、静謐に、手のひらを魔物へと向けて————一言。
「それじゃ、起きろ————〝屍骸人形〟」








