004――いとこの本棚
「じゃあ、その本は本棚の一番上の段にいれて貰えるかな?」
「あいよ」
段ボールの底に最後に残ったひとかたまりをごっそ纏めて持ち上げる。
なにせインドア派男子の細腕である……それでも自分の腕力に余る分量を纏めて持ち上げてみせたくなってしまうのが、イキり高校生男子の悲しい性。過積載にふらふらしながら、本棚にそれを流し込んだ。
玄関に積み上げられた段ボールもだいぶ消化されてきた。小さめの段ボールを抱えながら、はるかが申し訳なさそうに笑う。
「ありがとねシノくん。思ったより大変でなんかごめん」
その原因は間違いなくこれだろう。
リビングルームの壁一面を占有した本棚。そこにほとんど隙間無く詰め込まれた書籍の数々。まぁ、この電子書籍の時代にようやるわ、という具合のはるかの蔵書量だ。
ところで、抱えてる段ボールに、開封厳禁! って大書されてるのすごく気になるんですけど……
1. 異世界転生についての空想が綴られた黒歴史ノート! はるかさんは隠れ中二病だった。
2. 異世界の思い出の品! 実ははるかさんは異世界からの帰還者だった。
3. えっちな本やアイテム! 実ははるかさんはむっつりだった。
さぁ、物語の行く末は君が決めろ!
俺は3が良いかな……健全なので。
「何にやにやしてるの、シノくん……」
「あ、いや……ごめんな」
何か流石に申し訳なくて咄嗟に謝ってしまったけど、はるかはきょとんとして小首を傾げる。
勝手に脳内でムッツリスケベ呼ばわりしてごめん、とは言えなかった。
「え……なに」
「なんでもないヨー」
「気になるなぁ……あ、あとは服とかだから自分でやるよ。シノくんはくつろいでで」
働いて罪を償おうとした俺に、開封厳禁を部屋に放り込んだはるかがそんなことを言う。
「そうか……じゃあ。お言葉に甘えて」
流石に女の子の服をお片付けする度胸もない。
手持ち無沙汰に、俺ははるかの本棚をぼんやりと眺めた。
見知ったタイトルから、本屋で見かけたことあるな、というぐらいのもの。大半は確かにライトノベルやら漫画やら。だけど、下の方に目をやると、分厚くて背の高い文学全集とか、哲学書みたいなのが重々しい金文字の背を並べていた。
テレビの売れ筋ランキングに入るような文芸書やサスペンス小説なんかは、全く見当たらない。
なんとなく蔵書の趣味が似通っていて嬉しくなってしまう。
「でも、あれだな……」
異世界転生云々言う割に、異世界転生系の書籍は全く見当たらなかった。
本の中の世界に憧れた。物語の世界に憧れた。
そこから夢を抱く人だって、少なからずいるだろう。俺たちぐらいの年なんて特に。
すぐ二刀流キメたり、呼吸キメたりする人なんてごまんといる。俺の話じゃないぞ。SNSの呼吸、壱の型、マックで後ろの席に座った女子高生の話!
あんなに切羽詰まったような顔で言った癖に。焦がれた様子の無い本棚には少し違和感を覚えた。
異世界転生なんて言葉もだけど、あの時、はるかの顔。
本当に大事なことを告げようとしていたように、見えたのに。
「あ、あんまり見ないで欲しいな、なんか恥ずかしい」
気づくとはるかが後ろに立っていた。細くて柔らかそうな髪を指先でくるくる弄びながら。
「まぁ本棚見られるとなんか恥ずかしいよな」
何か、心の中を見られているようなそんな感覚がある。
「いいんじゃないか。好きだよ、この本棚」
「え……いやぁ、それほどでも……」
ちょろちょろだなぁ、うちのいとこ。
「立派な高二病の本棚だよな。俺とよく似て良いセンスしてる」
「そういわれるとなんだか素直に喜べないんですけど」
「俺と似ているのがそんなに嫌か……」
「だってシノくんだし……」
そんなこと、普通のクラスメイトの女子とかに言われたらきっと立ち直れなさそうだけど。はるかになら、鼻をならすぐらいで済んでしまう。
「そういえば、もう片付けは大丈夫なのか?」
「あ、大丈夫だよ。おかげさまですっきり。ありがとう、シノくん」
「おう……」
なんとなく、面と向かって礼を言われると落ち着かなかった。
視線をそらして、時計に目をやると、未だ昼前。
「そういや、街の方散歩する元気はある?」
俺の問いかけに、はるかは一瞬きょとんとした。
「……あ、そういえば、案内してくれるって言ってたね。全然、大丈夫。シノくんこそ疲れてない?」
「おう、太ももと両腕が生まれたての子鹿のような感じだが、大丈夫」
「ダメな感じに聞こえるけど」
「ちょっとすれば立ち上がれるってことだよ。段ボール箱片付けたらさっさと出かけようぜ。そろそろ腹減って来たし、どこかで飯も」
「あ……でも、その前にちょっとシャワー浴びてきても良い? 流石に汗かいちゃって」
一瞬の間。張り詰めた空気が流れる。
「……そうか。いいよ、ごゆっくり」
「の、覗いちゃだめだよ……?」
「覗かねぇよ!」
だから、異世界転生さんの着替えとか? シャワーシーンとか? 全く興味ないわけですから? 何度も言わせないで欲しい。
「ごめんね、さっと行ってくるから!」
一旦寝室らしい部屋に寄って着替えをとってから、小走りに、風呂場へと駆け込むはるかの背中を目で追った。
「……」
何度も言うように、全く興味ないわけですから?
風呂覗きなんて言うことを考えないだけの分別は流石に高校2年生もなれば持ち合わせているし、そもそも興味が無いので覗きなど考えようはずもない。
ただ……なんだ、防音が効いている割に、戸が少し開いているせいか漏れ聞こえてくる水音とか、ご機嫌な鼻歌が無心の表面をさざ波だたせる。今期アニメのOPを口ずさむのをやめろ。
大体シャワーシーンまでに再会から1日ちょいとか時間かけすぎなんじゃないでしょうか。優秀なラノベはシャワー、もしくは脱衣シーンまで2行の時代だぞ。
会・即・脱、それが俺達が共有した、ただ一つの正義だったはず……。
……まぁいとこが再会してその場で脱ぎ出したらそれは単なる変態だけどな。細かいことに拘らない俺でも他人の振りをしていた。むしろ積極的に通報していた。
やはり、ラッキースケベはハプニングでなきゃ……(孤独のラノベ