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003――週末の過ごし方

「ここがあの女のハウスね」


「私のハウスだけど……」


 いちいち律儀に反応してくれるいとこは根は良い奴なんだろうなと思いました。

 

 週末だ。本当は読み終わってる漫画を新刊を待って読み返したり、スマホゲーを周回したり、週末も予定は詰まっていたのだが、万難お繰り合わせの上、俺ははるかの家に赴いていた。今日も陽射しは暖かいが、風は冷たい、長野の初春の日。


 新幹線の駅の南側には、新築のマンションがぽつぽつと並ぶ新興の住宅街があり、はるかの新居もその中にあった。


 うちに一緒にという話も検討には上がったが、流石に年頃の男女どうこう? 志信くんも色々大変だろうし? ということでこういう形に落ち着いたらしい。


 俺としては別に一つ屋根の下でも全然構わなかったんですけどね。いや別に異世界転生さんの着替えとか? シャワーシーンとか? 全く興味ないわけですけど?


 マンジョンの玄関もオートロック付き、そこかしこに防犯カメラも仕掛けてあるし、そろそろ築50年が見えてくると言う我が家に比べれば、1人暮らしでも余程安全なのかもしれない。


 カチャリと鍵を回す手つきもなんだか固い。まぁ引っ越してきてまだ二日じゃ自分の家という気もしないんだろう。


 新築のアパートにはまだ入居者も少ないようで、しんと静まりかえった中、吹き抜ける春の風の音ばかりがやけに強かった。


「どうぞ」


「……お邪魔します」


 先に入ったはるかの背中越しに、部屋の中を覗き込む。ワックスがまだ艶やかな床と、真っ白な壁紙。突き当たりの開けっ放しのドアの向こうには、光の差し込むガラス戸が見えた。


「こんな広い部屋なのに、全然安いらしくて……なんか分不相応な贅沢しちゃってる気分」


 まぁ、東京なんかに比べたらこっちは家賃よっぽど安いだろうからな。ワンルームとか想像も付かない。我が家なんて戸建ての上に庭が付いて池まであるぞ。ボロいけど。

 おぼつかない足取りのいとこに先導されるまま、リビングに足を踏み入れた。まだ生活感が全くないとは言え、人の家というのはやはりなんとなく緊張する。一人暮らしの女性の家に踏み入れるなんて何年ぶりか。昔はひっきりなしにお邪魔してたもんなんだけどなぁ、ほら、近所の気の良い一人暮らしのお婆ちゃんのおうちに……


 新ジャンルオバショタ(ほのぼの四コマ漫画


 ガラス戸の向こうには、春の日に霞んだ八ヶ岳がよく見えた。広々としたリビングには、小さなテーブルとソファーが一つ。それから……


「まだ荷物届くまでちょっと時間あってね、殺風景だけどゆっくりしててくれれば……?」


 振り返ったはるかが俺の方を見て小首を傾げ、フリーズする。

 俺がじっとりとした目で見ていたのは、ソファーの上にぐっちゃりと脱ぎ散らかされた寝間着だった。


 もの凄い勢いで、いとこの細い腕がそれをかっさらっていく。


「しょ、しょうが無かったの! 昨日は転校の疲れが思ったよりひどくて遅くまで寝ちゃってて、焦ってて!」


 ……下着まで脱ぎ散らかしてなくて良かったな。


 俺としては全然構わなかったんですけどね? いや別に異世界転生さんの下着とか? 全く興味ないわけですけど?


「ちなみに白?」


「何が?」


「ちなみにA?」


「……何が?」


「なんでもない忘れてくれ」


 今日も八ヶ岳が綺麗だな……残雪が白い。やはり山が視界に入っていると落ち着くのは、長野県民の性。雄大な山々を見ていると、煩悩も消えていくようだ……。


「お茶でも入れるよ。座ってて。鞄とかは適当に隅っこにでも」


 少し訪れた沈黙をそんなはるかの声が破る。いとこは寝間着を抱えたまま別の部屋へと消えていった。


「紅茶でいい?」


「なんでもいいよ」


 少しがさがさと物音がして、それから出てきたのは、ティーパックを掌にぶらさげて、ブラウスの上から水色のエプロンを着けたはるか。


「お茶菓子とか無いけどごめんね」


 カウンター式のキッチンの向こうで、ポットからお湯を注ぐ音が鳴る。遅れて漂いだした紅茶のふんわりとした香りに、少し肩の力が抜ける気がした。


 不揃いな形のマグカップ。立ち上がる湯気を、息を吹きかけて散らす。


「というかエプロン要らなく無い? 紅茶淹れるくらいで」


「え? あ、言われればそうだね……でも、どうせ荷物の開梱やったら汚れるから」


「汚れてもいいようなのに着替えりゃ良いのに」


「まだ私服もほとんど荷物の中で……」


「……そうか」


 こやつ、さては荷物の開梱ほとんどやっていないのでは。


 何年かぶりに……改札越しに見つけた、白のワンピース姿の黒髪の女の子。


 淡くて儚げな笑顔を見た時は、何かが始まりそうなときめきを、確かに感じたのにな。


 ちょっと、最初の挨拶のインパクトが強烈すぎて、なにもかも吹っ飛んでいってしまった。わずか数日で、別に二人きりでも緊張するでも無く、心臓が高鳴るでも無く……まぁある意味、数年間の距離を一気に縮められて良かったのかも知れないですけど。 


「それにしても、本当に久しぶりだよな」


 そんなことをしみじみと言ってしまう。この数日同じクラスで過ごしているとはいえ、昔話に話を咲かせる気にはなれなかった。クラスのみんなの注目がはるかに集まる中では、とても。

 小さい頃、何して遊んだなんて、気恥ずかしい。お医者さんごっこならまたやってもいい。お注射したい。すみません失言でした。やってねぇけど。ほんとに、無罪!


「そうだねぇ、6年ぶりぐらい?」


「6年ぶりの再会で異世界云々聞かされるとは思わなかったけどな」


「っけほっ、こほっ」


 はるかがむせる。伏せた視線が覚束なく彷徨う。


「……ほら、もう随分久しぶりだから何言って良いかわからなくて」


 何言って良いかわからなくて異世界転生の話をするハイセンスさに、もう俺が何言って良いかわからねぇよ。


「例えば? どんなこと言えば良かっただろ」


「例えばだな……」


――――久しぶりの再会。昔は同じくらいの高さにあった顔が、今は随分低い。

――――もう、子供じゃない、お互い。

――――それなのに、いとこの少女は昔と変わらない微笑みで、言ったのだ。


「……約束、まだ覚えてる?」


「どんな約束だっけ?」


「言わせんなよ恥ずかしい!」


「な、なんでキレてるの!?」


 こういう時の約束はアレだ……ああいうのに決まってるだろ、全く。そんな約束これっぽっちもしてないけどな。俺も約束の女の子候補複数から迫られる恋をしたかった。サクゴイ。それはとてもおいしい佐久名産の川魚。


「他には、この数年間どうだったかとか、長野はやっぱり寒いねとか、佐久の空気は美味しいねとか、佐久の果物は美味しいねとか、佐久の鯉は美味しいねとか」


「なんでそんな名産物アピールみたいな挨拶をしなくちゃいけないんだろう……」


 郷に入れば郷に従えと言う。まずは郷土愛を持っていただきたい。次までに名物を10個は暗記しておくこと、良いね。


「でも、本当に久しぶり、長野も、佐久も」


 はるかはふぅと少し気の抜けたような……物憂げさも感じられるため息をついて、俺の方を見つめてきた。


「シノくんは私が引っ越してから、どうだった?」


「なんだよ急に。改めて聞かれると、なんか、別になんもなかったっていうか……話すこともねぇっていうか」


「シノくんはどうしてそんな面倒くさい人に育ってしまったのかなー」


「俺のこの数年間の人格形成に問題があったような言い方やめていただけます?」


 酷い話だ。


 だが、じっと見つめてくるはるかの視線にも耐えがたく、俺はぽりぽりと後頭部を掻いた。


 改めて考えると、昔は本当にはるかと良く遊んでいたなぁと思う。記憶を遡る中で……このマンションからも見える景色の中の田んぼやら川沿いやらで……大体、小さい頃の風景には、はるかの姿があった。


 昔は良く外で遊んだ。お互い虫取りや水遊びが大好きで。


 それが……あれから。はるかが引っ越してしまってからは、俺は……特に遊ぶ相手も無く、暇な時間はラノベを読んだり、自室でアニメを見たり、動画サイトでくだらないネタ動画を見て大笑いしたり、ゲームのやり過ぎで遅刻しそうになったり……あれ。


 俺の日常は……あれから変わってしまった(ラノベ特有の悲惨な過去


「……なんで泣きそうになってるの?」


「いや、やっぱり過去を振り返るのは良くないよ、前を見て生きていこう」


「……やっぱり、最初の話は異世界転生でも良かったんじゃないかな」


「それは無いけど……なんかすまん」


 恥の多い人生を送ってきました。

 はるかさんに説教できるほど俺も偉くありませんでしたね。修行が足りないようだ。


 だいぶ冷めた紅茶を啜っていると、チャイムがなった。


「たぶん宅配業者さんだね」


 はーい、とこの防音の良いマンションじゃ聞こえるはずのない返事をしながら、玄関に小走りにかけていくいとこ。

 インターフォンとか使わないのか、東京ものなのに……。もちろん俺の家にはそんな文明の利器ないけどな。


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