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001――春の日の転(校)生

――――春は出会いと別れの季節。


 ……なんて。


 高校2年生として迎える春は、特別何が変わるわけでもなく。同じ学校、同じクラスメイト、同じ担任。ただ、ホームルームの場所だけが変わり、階段を上る労力がわずかに軽減されたのを喜ぶくらいだ。あー、大きな部活に所属してる連中には先輩との別れや、新入生との出会いがあるのかもしれないが、生憎と、桜井志信はそういうものとは縁遠い。


 朝のクラスの景色もさっぱり変わらない。机に腰を預けて春休みの出来事の数々を面白おかしく話す連中に、物静かに読書に興じる奴らに。何も変わらない日常の風景。


 しかしながら。一学期の初日に、城戸が丘高校2年A組の生徒にはちょっとした出会いがもたらされることになった。


「桜井さん、入って」


 ホームルームの最後に担任に呼ばれて姿を現した、新品のブレザーに身を包んだ一人の転(校)生。


 俄にざわめき立つクラスの視線を一身に浴びながら、楚々とした足取りで教壇の前に立ったその子は、髪を揺らしてぺこりと頭を下げた。


「桜井はるかです。一身上の都合で、東京からこちらに引っ越してきました。元々佐久には母の実家があって」


 春らしく桜色めいたクラスの空気とは正反対に、俺は浅間山の残雪のように醒めきった心で頬杖をついて、転校生をぼんやりと眺めた。その姿は、もちろん、異世界転生失敗が得意なフレンズであるところの、俺のいとこだ。すごーい。ちっともすごくないわ馬鹿野郎。


 桜井はるか。俺の母方のいとこ。同い年。


「急ではありますけれど、今日から一緒に勉強させていただきます。よろしくお願いします」


 クラスメイトの連中は、すらすらと澄んだ微笑みで言葉を紡ぐいとこに、上々の印象を持ったみたいだった。見た目だけなら、艶やかで柔らかそうな黒髪、日に焼けなさそうな白い肌。顔立ちは控えめだが整っていて、お淑やかな文学少女タイプ。俺と遺伝子を四分の一共有しているだけはある。あれ、その割には俺に対するクラスのインプレッション良くねぇな……なんでだろうな、おかしい。

 

 だが俺のやっかみにクラスメイト達が気付くはずもなく、いとこは無難に自己紹介を終えて、2年A組一同からの温かい拍手で迎えられた。


「ちなみに、好きなものは何ですか!」


「す、好きなものですか? え、えーっと、あ、良く長野の林檎をお歳暮とかに送って貰って食べてたんですが、すごく美味しくて好きです」


「おおー!」


 あざとい。長野県民は林檎を褒められれば誰だって心ときめいて一瞬で恋に落ちるものだ。青森の林檎が好きって言った奴は来年の豊作を祈る生け贄として浅間山の火口に投げ込まれる宿命(さだめ)


 舌打ちもしたくなる。俺に対してだってあんな挨拶を最初にしてくれれば、NAGANO LOVEな穏やかな心で温かく迎え入れてやれたというのに。見た目の可愛さに騙されてやれたというのに。何が悲しくて異世界転生云々聞かされた上に――――


「席は、そうだな。しばらく桜井の横でどうだ。あ、両方桜井だったな、いとこ同士らしいな、桜井志信」


「……ええ、まぁ」


「すまんが、小林から一つずつ後ろにずれてやってくれ」


「あーい」


 突然自分に向けられたクラス中の視線に、首をすくめた。顔が火照るのを感じて、それを見られないように俯いた。どうにも、下手な注目を浴びるのは苦手だ。

 おい、後ろの席の女子ども、やだー似てないーとかひそひそ話してんの聞こえてんぞ殺す。


「よろしくね、志信くん」


 そんな俺に、平静な態度を崩さないまま、横から微笑みかけてくる転校生の桜井はるかさん。なんなのこの人、鉄面皮かしら。

 昨日、あんな最悪な再会を演出しておいてからに。



 ◆



 春の風に吹かれ花びらが舞いあがり、そして舞い降りる、桜色の雨の下で。

 俺は……運命と出会った。

 知っていた。彼女の背負った悲しい過去も、そしてこれからの過酷な運命も。

 それでも……黒髪の懐かしい少女は振り返って微笑んで。そして言ったのだ。


――――私、異世界転生出来なかったから……。


 ……そんな過酷な運命(シナリオ)知りません。



「……くん、シノくん……?」


 理解の及ばない言葉を流し込まれて、大分長い時間フリーズしていたらしい。バッドトリップめいた脳内映像から復帰すると、いとこが心配そうにこちらを見上げていた。


「あ、お、おう……で、なんだったっけ。前世愛し合いながらも運命に引き裂かれた二人が転生して、運命に抗う話だったっけ」


「そこまで壮大な話はしてないし、流石にその妄想は私もどん引きだよ」


「……えっと、これより上等というはるかさんのお話はなんでしたっけ」


「あの……だから、その……私、異世界に……その……」


 伏し目がちに頬を赤らめて髪の毛をいじる、そんなあざとい仕草をしても騙されませんからね。

 大体何をそんなに恥じらっているんだろう。異世界転生だのなんだの口にするのが恥ずかしいのなら最初から言わなければ良いことだし、あれかな、転生失敗って末代までの恥だったりするのかな。


 老若男女、学生から社会人まで異世界転生しては、現代の木っ端な知識で無双する。世はまさに大転生時代。


 東京の方だとクラスの8割ぐらいは転生経験済みで、転生未経験者は後ろ指さされてスクールカーストの底辺に落とされる運命なのかも知れない。


 ねぇ聞いた? A組の桜井はるか、転生失敗だって。

 うっわーかわいそー。転生未経験ならまだしも失敗とか、マジありえなくない?

 ちょっとねー、近づいたら転生失敗うつっちゃうかも。

 もう転生なんか諦めて解脱目指せよーwww


 そんなわけあるかー。


「シノくんなんか凄い難しい顔になってるけど……」


「ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいかわからないの……」


「わ、笑えばいいと思うよ……?」


「そ、そうだよな……うん、その……プギャー!」


 我慢の限界だった。


 ご存知の通り、数年ぶりになるいとことの再会に俺も緊張していたわけだ。そして……正直、それなりに可愛くなっていた姿にちょっとときめいたりもしたわけだ。四親等なら法的にもなんら問題もないわけですし?


 そんでもって引っ越しの理由を言い淀む様子に気を揉んだりもしていたわけだけど。

 それが言うに事欠いて異世界転生失敗とかどういうことなのこの子? 


「し、シノくん?」


「どの口が俺のことどん引きとか言えると思ってるの? いい年して異世界転生とか中二病か!」


「なっ……!」


 そんな言葉を浴びせられると全く予想していなかったようで、はるかの表情がフリーズする。


「小さい頃から夢見がちだとは思っていたけど、いとこがこんなになってしまって悲しいよ……」


「そ、そんなことっ……シノくんだって、小さい頃から剣と魔法とか大好きだったくせに! 異世界とか行きたくて仕方無かったくせに!」


「お前、俺だって異世界転生してエルフの美少女と女騎士さんと可愛らしい町娘に囲まれて、ハーレムしたいと少なからず思ったことは否定しないけどな!」


「否定しないんだ……」


「けど剣と魔法が好きな人がみんな数年ぶりの再会の挨拶に、異世界転生なんて言うと思うなよ!?」


「う、うぐ……」


「その上、転生失敗とかどういうことなの? いい年こいて転生失敗しちゃったの? 今時どんな引き籠もりだろうがニートだろうが成功する転生に失敗しちゃったの!?」


 愕然としたいとこの表情がゆっくりと変化していく。

 頬は膨らみ、朱の彩りを帯びて、元々潤みがちな瞳には、しかしはっきりと眦に涙が浮かぶ。


「ぷーっ、くすくす!」


「し、シノくん……っ!」


 肩をぷるぷるとふるわせながら、きっ、と眦を精一杯釣り上げて、こちらを睨みつけてくるはるかさん。

 ちょっと言い過ぎたかなと思わないでもないが、笑えって言ったのあっちだしな。

 だけど、おもむろに肩に下げたバッグを両手でつかんで振り上げたいとこの姿に、俺はやっぱりやりすぎだったことを悟った。


「あ……いやちょっと、はるかさん? 落ち着いて、暴力は良くない。最近暴力系ヒロインは好感度低いんだよ知ってる?」


「こ、この……っ!」


「待て! 話せばわか」


 話せばわかると言って、わかって貰えた人はいるのかしら。もしかしてこれも一種の死亡フラグなのかしら。


「うるさい馬鹿ーっ!」



 ◆



 結局その後はるかはぷんすか怒ったままで。

 やだやだ、ラッキースケベさえもしてないのに殴られるとか割に合わない。

 俺は無言でスマホの画面に指を滑らせる。


『ようこそ。城戸が丘高校への転生は上手く行きそうで良かったな』


 ぴっと送信。


 しばらくして、ガタッとスマホを取り落した音が隣で響く。

 何事かと振り返った前の席の奴に、はるかが精一杯平静を取り繕いながら、謝っていた。

 これはこれで弱みを握っているみたいなもんで面白いのかも知れない。おら、くっ殺せって言ってみろや。

 ちょっと人様にはみせられない良い感じの方向にトリップしかけた俺の手の中で、スマホが震える。

 通知を開くと、もちろんというか何というかはるかからの返信メッセージ。

 そこに特に言葉は何もなく、なんかすごくリアルな感じの髑髏のスタンプがでかでかと表示されていた。


 視線を横に向けると、にっこりと人好きのする完璧な微笑みをこちらに向けてくる、いとこ。


 またスマホが震える。


――――変なこと言ったら、許さないからね。

――――笑顔で脅迫すんなよ……なんだよ、変なことって。もしかして、『い』から始まって『い』で終わるあの……。


――――そうそう、イングランド王エドワード2世のこと。


 誰だよ。


――――後で検索してみればいいんじゃないかな。

――――そうしとくよ、ちなみに俺が言いたかったのはそのことじゃなくて、転校生から、校をとったあの……。

――――ゆ る さ な い か ら ね。


 俺としては、このスマホのメッセージ履歴を今すぐクラス中にばらまいてやりたいところだったが、結果どんな目に遭わされるかわかったものではない。このくらいで切り上げておくことにした。不肖桜井志信、まだまだ自分の命は惜しい。


 ちなみにイングランド王エドワード2世についてググったところ、焼けた火箸をお尻に突っ込まれて惨殺された王様とのことでした。


 やだちょっと猟奇的すぎじゃないですかね……。異世界転生の次は、やり直し復讐系かしら。

 しかし、折角再会したというのにいきなりこのぎくしゃくぶり。

 ため息ばかりが出るのだった。悪いのははるかさんですけどー!



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