女王と謁見
門が開く。
幾つも彫刻が施されて豪奢にあしらわれた巨大な門は、重い音をあげながらゆっくりと開く。
開かれた門の先は光に満ち溢れていた。
特別豪勢に仕上げられたその部屋は、入口から真っ赤なカーペットが並べられ、そのまま玉座へと続いている。
その玉座には、若い女性が静かに座っていた。
装飾をこれでもかと詰め込んだ芸術的なローブを纏い、その頭には、白銀のティアラが乗っている。
少女から女性へと変わった辺りだ。穏やかな瞳は、微笑を含み、年相応の優しげな雰囲気を生み出している。しかし彼女の白銀の髪が、まるで神より遣わされた天使のように、あるいは雪花のように煌めいている。
俺は彼女のもとへと近づくと、ゆっくりと右膝を折り、跪いた。
「極東、広く広がる海の先、遠い《陽の国》より、此度の交換留学生及び使者として派遣されました、御雲竜鬼と申す者です」
最上の敬意を込め、彼女の前に跪いた。
その反応を見て、周囲はまるで変な物を見るように見ていた。
まぁそれも無理はない。聞くところでは、俺たち《陽の国》の人間は蛮人と呼ばれるらしい。開戦をふっかけてきたかの愚王フェルグス=ウェルサイユは、俺たちを「極東の蛮族」として扱い、民に与える罪悪感を緩和したらしい。今でも一部では、その認識が残されているそうだ。
まあ、報復と称して侵略戦争をふっかけた《陽の国》も、大概の蛮国であることは否めないが。
この場には、どうやらその認識が残る貴族連中もいるらしい。
ちなみに、これらの知識を得たのはシャルウィン港だ。物流のあるところ情報あり。諜報で一番楽に集められる可能性があるのは、こういった、人と情報が多く集まるところがいい。
あそこでは他にも、幾つかの認識の齟齬が見受けられた。それは今回は閑話休題。
「面をあげよ、異邦からの客人。私がこのウェルサイユを治める者、イザベラ=ウェルサイユだ」
凛とした声が、ひそひそとした小さな話し声を止めるように発せられる。
だが、彼女からは何かもどかしげな気配を感じる。どうやらこの高圧的な口調は不慣れらしい。
しかし、彼女の迫力はそんなことを微塵も感じさせない、何事にも臆さないという覚悟のような物を感じる。
どうやら彼女は、人心を掌握する父とは違い、絶対の威信をもって民を支配する、また別のベクトルのカリスマを秘めているようだ。
こういう存在の周りは、忠義をもって尽くす臣下がいる。そういうものだ。
俺は話の前座として、まずは邪魔な存在を蹴散らすことにする。
「陛下、恐れながら、御身にのみお話ししとうことがございます」
その一言に、周りの緊張が高まったのを感じた。
まあ、彼らからしてみれば、「自分たちには聞かせられないとは何事だ」とでも言いたいのだろうが、そこは女王の前だ。あまりはっきりと、この会談に口出しはできない。
案の定、こちらの思惑を悟った彼女は、右手を上げる。
この場において、この動きを理解しない者はいない。全員が、何か言いたげに退場していった。
二人だけの空間。俺は跪くのをやめ、立ち上がる。
「もう誰も見てない。肩の力を抜けーーイザベラ」
俺の言葉に、彼女は少し止まると、
「……………………、ふぅ……」
突然に玉座の背もたれに寄り掛かった。
流石に疲れたのか、彼女は首に手を当て肩を伸ばす。
「まさかあなたに心配される日が来るとは思いませんでしたよ、竜鬼」
彼女は、親しみ深い名前で俺を呼ぶ。
「気にすることはないだろ。俺たちは、あの場で互いに斬り合った仲なんだ」
「ふふっ、確かに、その通りですね」
俺の言葉を、彼女は笑って肯定した。
そう、俺たちは、実はかなり旧知の仲だ。
というのも、彼女と俺は、あの戦線で互いに斬り合った関係だ。
戦争も終われば、それも思い出話。
だからこそ、互いに恨み辛みはない。
ただそれだけのことだ。
「で、一応聞いておきたいことがいくつかある」
「なんでもどうぞ? ただし、答えて欲しかったら相応の対価を要求しますよ?」
「なんでだよ」
彼女との会話を楽しみながら、俺は質問を始める。
「まず一つ目だが……、この交換留学を提案したのは恐らくあの宰相なんだろうが、『若い世代で最強』とかいう変な条件をつけたのは、お前だな?」
「ええ、そうですよ?」
それが何か、とでも言いたげに彼女はあっさりと肯定した。
「だって、その条件なら、間違いなくあなたが来るはずでしょう? その方が楽しいですもの」
「楽しむな。……まあ期待通り、俺がここにいるのがその答えだ。目論見通りになったな」
呆れたような俺の言葉に、彼女は微笑んで返す。ややこしいな。
「次だ。俺は学校とか、同世代と関わることが少なかった人間だ。少なからず、楽しんでもいいんだよな?」
「勿論。そんなものは当たり前。むしろ、どんどんはしゃいで色々な人を巻き込んで、その人たちを成長させてくれたら嬉しいです」
なるほど、どうやら彼女は既に、俺がある程度やらかすことは予想済みと見ていいだろう。
「よし、なら迷惑とか考えなくて良さそうだな」
「いい加減でやめてくださいね。後始末をつけるのは、私の仕事になるんですから」
「全力でかき乱すか」
「やめてくださいって!」
それから彼女と、少しだけ雑談を交えながら、俺たちは話し込んだ。
だが、楽しい時間はあっという間で、話す内容は最後になってしまった。
少々残念に思いながらも、俺は最後の話題を切り出すことにした。
「最後に一つ。これは確認だ」
「何です?? 何か真剣な顔ですけど」
俺は一呼吸置くと、それを口に出した。
「もし、俺や俺の学友に攻撃を受けた場合ーー
俺は、そいつを殺しても大丈夫か?」
彼女は、先ほどまでの和やかな雰囲気から一転して真剣な顔になる。
そして、答えを出した。
「ええ、構いません。
あなたの思うままに。全力で潰して下さい」
俺は不敵に笑い、礼を言う。
「それが聞けて、一安心だ」
何と、女王と竜鬼は知り合いでした!
いやぁ、面白いですね。ちなみに彼女と竜鬼の関係は、書き出すまでグレーだったのですが、旧知の仲というアイデアはありましたが、当初は尊大な女王像で満たされていて。
それがまさか、こうなるとは。書いている間に、作品ができていく喜びは、得難い感動ですね。
まだまだ拙い文章ですが、皆様と一緒に作品を成長させていけたら嬉しいです。
コメントや評価をつけていただけると幸いです!
よろしくお願いします!