02-03-01 運営
『以上、二十四時の段階での状況報告を終わります』
「ん。ありがとー。それじゃあシステム的には問題なし。ユーザー的には一部のアホを三日間の接続禁止処理にしたくらいで、他は問題なしだね」
『はい』
「もしそのアホ達からクレームが来て、三回言ってもダメなようなら契約解除とブラックリストに登録して良いから」
『え?良いのですか?』
「うん。なんで?」
『あ、いえ、初期のユーザーは可能性のある方達とお聞きしていますので』
「うん。可能性はあるね。でも、仏の顔も三度だからね。そこで駄目なら可能性も無いでしょ」
『……はい。分かりました』
「ま、そうならないように祈ってるよ。他は大丈夫かな?」
『はい』
「じゃあ出勤は組んであるローテーション通りに、一週間は宜しく。その後のシフトは明後日の会議で決めるから、希望はその時までにまとめておくよう皆にも伝えておいて」
『……かしこまりました。それでは失礼いたします』
モニターが黒くなり、画面越しに話していた別フロアにいる部下の顔が消えたのを見て、キーボードのエンターキーを押す石神。
株式会社『HUGE Tree』本社内の、企画・開発室室長室。
三十畳程度の広さの部屋に、大きな木の机が一つと、それにふさわしい革張りの椅子が一つ。机の目の前には十人ほどが座れるソファーセット。壁際には本棚やサイドテーブルなどが整備されている。
どこから見ても重鎮の使う部屋だと分かるように調えられたその部屋に、今は二人の男がいた。
「とりあえず一日終わったかな」
革の椅子に座り、くるくると回転させて遊んでいるのは、この部屋の主であり「はらへど」の開発者である石神真。
「そうだな」
ソファーに座り、タブレットを操作しつつ相槌をうったのは、肩書きは開発室室長付き秘書である「国枝浅黄」。
石上の出演したTV番組にも付き添いとしてカメラの後ろにいた男だが、あの時よりも表情が無く、今は返事をしつつも視線はタブレットから動かしていなかった。
「おつかれっすー」
ノックも無しにドアが開かれ、スーツを着崩している二人よりもだいぶ若い男が入ってきた。
「お茶っすよー」
ワゴンに白磁のティーセットを三人分準備して入ってきた男は、その姿と口調からは想像できない所作で薫り高い紅茶を二人分注ぎ、それぞれに香りの違う紅茶を目の前に準備する。
「ありがとー。竜人」
「加納、ノック。あと着崩しすぎだ」
「今はきゅーけいタイムだからおっけーっすよ」
自分用のカップとポットをテーブルに置いてからソファーに座る加納と呼ばれた男。背もたれに体を預けて深く座った場所は国枝の真正面だが、顔は石神に向けている。
「今日は朝までオレっすから、我慢してくださいっすねー」
「次のお茶は東方美人で」
「うぃー。国枝さんはリクエストあるっすか?」
「何でも良い」
「じゃあ藪北の新作にするっすー。煎茶で、すっきりしてて多分好みの味っすよ」
「……分かった」
「素直に楽しみだって言ってほしいっすねー」
「そんなことより、状況報告はどうした」
自分の目の前のカップに口を付けた後、国枝が眉間にしわを寄せて加納を見る。
「今は休憩タイムっすよー」
国枝がカップに口を付けた時に口角が少し上がったのを見逃さなかった加納は笑顔で答えたが、そのすぐ後に目を細めて口を開いた。
「現時点でシステムの異常は確認できません。12時半、及び18時過ぎにログイン最大数を記録していますが、システムに問題は起きませんでした。予定よりも9パーセント余裕があり、現時点での登録ユーザー全員がログインしても、問題は怒らないと思われます。AIは、稼動中の000から043まで問題なし。000から020までは、それぞれに分体を作ってチュートリアルとギルドの業務を行っています。021以降は各ファーストナンバーの指導の下、ギルドの裏方業務を行いながら教育・成長をしている最中です。044から050までは、まだ出せる状態ではありませんので、こちらで調整中です。ファーストナンバーのうち、0、1、5、6、7、9、10は一人目を選定済み。重複はありません。セカンドナンバーは、ファーストナンバー全員が一人目を見つけてから選定を行う予定のようです」
今までとは口調はもちろん声のトーンすら違う話し方で報告を始める加納。背筋も伸ばし、ソファーに浅く腰掛けている。しかしいつものことなのか、石上も国枝もそれに驚くような事はない。
「へー!マスターとアイワンがもう選んだんだ!」
驚いたのは、報告の内容についてだった。
「はい。000はチュートリアル破りをしたプレイヤーの監視だと報告してきていますが」
「加納はどう思う?」
「気に入っているかと。報告の際に直接話しましたが、珍しく目が笑っていましたから」
「ほう。それは珍しいな」
「ファーストナンバーははらへどに行く前にこちらで成長させたけど、向こうで情緒の成長が出来たみたいだね」
「はい。私もそう思います。そこでですが、室長、皆『お父様』に会いたがっていましたので、一度お声掛けをお願いします。情緒の成長につながると思われます」
「りょーかーい。三日もすれば落ち着くかな」
「おそらくは」
「じゃあそれくらいに時間を作ろうか。調整宜しく」
「かしこまりました」
石神が椅子をくるりと回転させ、国枝が手元のタブレットに視線を戻す。
それを確認した加納はソファーにもたれた。
「休憩タイムに仕事しちゃったっすよー」
「その分時間のばしていいよ」
「まじっすか!石神さん、さんきゅーっす!」
立ち上がり石神に向かって笑顔を向けた加納を、国枝は呆れた顔で一瞥する。加納はそれに気付きつつも気にすることなく自分のティーセットを片付け、ワゴンを押してドアに向かった。
「休憩終わったら来るっすから、お茶の注ぎ足しは自分でよろしくです!」
国枝のため息を聞きながら元気よく退室した加納。
石神はそんな国枝を見て苦笑している。
「まったく」
「まぁまぁ」
「システム関連とお茶の腕がなかったら……」
「はは。そう言うなって。能力がある上、僕の顔を見てもイライラしないキャラなんだから」
「……分かってる」
「そういえば、例の彼女はどうなってる?」
「八田木紗良なら、フリーになるそうだ。まだ公表はしていないから漏らすなよ」
「分かってるよ。漏らすような相手もいないしねー。そっか。じゃあ彼女の花道として、局アナのうちにもう一回インタビュー受けとこうか」
「分かった」
「引き込みたいけど、それを受け入れる性格でもなさそうだしねー。でも、僕相手に冷静に話を進める精神力は手駒に置きたいんだけど」
「手は打つ」
「よろしく」
石神は指示を出しつつも興味は無さそうにゆったりと背もたれに体を預け、天井を見つめていた。
国枝はタブレットから視線をはずし、そんな石神に目を向けた。
「『神怒災害』から17年。やっと、ここまでこれた」
「……」
「次のの前に『大祓』は無理でも、二回『祓い』が出来れば、規模は小さくできるはずだ」
「……ああ」
「そのためにも、彼等にはじっくりプレイしてもらわないといけない。各国からのクレームはどうなってる?」
「表立っては、フルダイブ技術の公開と、『はらへど』へのログインを求める要望書がきているくらいだ。だが、『はらへど』の存在理由を知っている国はある程度調整しているから問題ないが、知らない国からの要請は酷いな。統制も取れてないから、個人からのメールも量が酷い」
「あー。まぁそれは仕方ないか……。なんといっても、『夢の技術』だからねぇ。まぁ『登録者』しか出来ない以上、海外はまだこちらに対する不満ですむ。問題は……国内はどうなってる?」
「知らない財界人と自称有識者からは、遠回しに『何故自分が選ばれていないのか。我こそが最先端を試すのに相応しい』と、連絡がきているくらいだ」
「バカはどこにでもいるか……」
「その手の者はどこのつてを辿ってもここには辿り着かないから基本問題ないが、中には煽動者の資質を持つ者がいるから、その辺は注意しておく」
「よろしく頼む」
石神が天井から視線を動かして国枝を見るが、既に彼の視線はタブレットに戻っていた。
第二章終了。
次から第三章です。




