02-02-33 白い雲の先に
固有名称:シーシア・フラワマード
体力:==========
気力:==========
状態:表示不可
表示不可
「ゴフッ」
「サツカさん!?」
目の前に出たウインドウを見た瞬間に噎せたサツカを心配するシーシア。彼女から見れば、何もない状態でいきなり起きたことであるため致し方ないだろう。
「だ、大丈夫」
「そ、そうですか?」
何度か噎せて目に涙まで浮かべたサツカを心配するのは当然だが、サツカにとっては説明をどうするか必死で考える。もちろん話さないという選択肢はなく、名前や体力、気力は問題なく、今はまだ表示できないようだが状態までは全く問題ない。問題なのはその下にある『表示不可』の事だった。
「(何が表示出来ないと言っているのか……指揮のレベルが上がれば分かるようになるのかな。あとは、これが技能の[指揮]の力なのか、能力の方の【指揮】の力なのか)」
考察が必要だと考えつつシーシア話しかけるサツカ。
「実は、指揮をする事を承認したら、シーシアの体力や気力が見られるようになったんだ」
「え!?」
「おそらくは、指揮をする上で対象者の状態を確認するためだとは思うんだけど」
「それは安心ですね」
「へ?」
「え?」
「え?い、いや、安心?」
「はい。動きや周りに集中すると、自分の体調のわかりやすい異変以外はおざなりになってしまいそうだなって思ってたので。ゲームだから痛みとか抑えてあるでしょうし」
「あ、ああ。そうだね」
「自分の体調管理をしてくれる人がいるなら目の前に専念出来ますから」
瞳の横に「キラリッ」と擬音が付きそうな良い笑顔でシーシアが答える。
それに対してなんとなくトクタやカイタと話しているような錯覚を受けたサツカは、微妙な笑顔で返すことしかできなかった。
「それなら、更に安心して作戦に望めますね」
「……ああ」
引き締まったシーシアの表情。サツカも気を引き締め、意識の三分の一程度で監視し続けていた黒鼠を意識の中心に移動させた。
「対象の移動は無し。草を食べる個体が変わったけど、特に問題はないだろう」
「はい。それでは、先行する位置まで移動します」
「頼む。あ、指揮下に入った事によって、離れていても声を飛ばせるようになったから、何かあったら声を送るよ」
「スタートダッシュは、予定通りサツカさんが矢を放ってから二つ数えてですよね」
「うん。声の伝達がうまく出来そうならカウントダウンもする」
「お願いします」
軽く頭を下げてから先程の位置まで異動するシーシア。姿を消して移動したのは無意識なのか、意識的なのか判断に困るところだが、サツカはそれに関して触れなかった。
と言うよりも触れられなかった。何故ならシーシアが姿を隠していることは分かるのだが、サツカの目には透明になったシーシアの姿が映っていたからだ。勿論[指揮]か【指揮】の力だとは思うのだが、なかなかチートな力だと改めて実感するサツカだった。
『「シーシア、聞こえる?聞こえたらこちらを見ないで左手を軽く上に」』
姿を見せて位置につき、かがんだ状態で一度こちらに目配せしてから黒鼠のいる方に構えたシーシア。その姿を確認してから、意識して声をかけたサツカ。
すると一瞬身体を震わせたシーシアが、おそるおそる左手を上げた。
『「聞こえてるみたいだね。タイムラグを確認したいから、武器を持ってない左手でちょっと実験させてもらいたい。問題なければ左手を下げて」』
シーシアが左手を下げる。そして下げた左手を後ろに回し、腰の位置で親指と右手で丸を作った。
『「オッケーってことだね。ありがとう」』
左手が軽く振られてから前に回された。
『「カウントするから、ゼロで左手を上げてほしい。いくよ、五、四、三、二、一、ゼロ」』
さっと上げられる左手。
『「次は二で下げてみて。六、五、四、二、」』
慌てたように上げられた左手。
そのまま振り返るシーシアの表情は少し怒っている。
『「ごめんごめん。流れで聞いた気になってるだけだと危険かなと思って。でも、これで確認は大丈夫かな」』
シーシアは少し頬を膨らませてから前を向き直し、サツカは改めて意識を黒鼠に向けた。
『「黒鼠の動きに変更は無し。作戦を実行に移す。カウントダウン二で準備、ゼロでスタート。二匹の気はこちらに向ける」』
シーシアが前を向いたまま頷いたのが、サツカからも見えた。
サツカが弓に矢をつがえ、弓道の技に沿って弦を引く。
『「五」』
[空の目]で黒鼠を監視しつつ自分が狙うべき場所を確認。
『「四」』
ゆっくりと鏃を上に向ける。
『「三」』
[射手の目]が導く線を調整。
『「二」』
サツカの右手が弦から離れ、矢が空に浮かぶ白い雲に向かって放たれる。
『「一」』
残心をせずに二本目を矢筒から抜き矢をつがえ弦を引く。
『「ゼロ!」』
二本目が放たれると同時に駆け出すシーシア。
その間にサツカは三本目の矢を引き、放つ。
走り出したシーシアが自身の出せる最速に近い速度になるのと、黒鼠の警戒域にシーシアが入るのはほぼ同時だった。
そしてその数瞬前に、シーシアとは逆側の警戒域すれすれに、二本の矢が突き刺さり、黒鼠の注意は二匹ともそちらに向いた。
「(サツカさんさすが!)」
黒鼠がこちらを向かなかったことを遠目に確認してそのまま走るシーシア。
黒鼠が首を動かす直前に、先の二本よりも少しだけ黒鼠に近付いた矢が二本、同時に地面に突き刺さる。それは大きな弧を描いて飛ぶ矢とそれよりも小さな弧を描いて飛ぶ矢の二本。
矢の滞空時間と黒鼠が警戒域に入ったモノに対して集中する時間に合わせてサツカが矢を飛ばし、そのすきにシーシアが黒鼠に近寄るという作戦だった。
「ぎゅっ」
矢を警戒して鳴き声をあげる黒鼠。
更に黒鼠に近付いて地面に突き刺さる二本の矢。
「ギュギュッ」
警戒心を強めて何時でも土に潜れるよう爪を立てた黒鼠。そんな二匹の背後にたどり着いたシーシアが、手前にいた黒鼠の首を切り裂く。
「グギャッ」
地面に横たわる黒鼠。
シーシアの短剣は二匹目の脳天に突き刺さる。
「……」
そのままの姿勢で大きく息を吐いたシーシア。
すると先に殺したはずの一体が目を見開き、爪を長く伸ばしてシーシアに飛びかかった。
「ひっ」
引き抜こうとした短剣がうまく抜けず避けるタイミングが遅れ、更に足が滑ったため尻餅をついてしまった。
「やっ!」
両手を前に出して襲いかかる黒鼠を避けようとしたその時、一本の矢が黒鼠を貫いた。
「あっ!」
そして二本、三本と、一本目と同じ横方向から突き刺さる矢が黒鼠をシーシアから離す。
地面に転がる、矢の刺さった黒鼠の死体。
『「シーシア!」』
「ありがとう、ございます……」
シーシアの呟きはサツカの耳には届かないが、[空の目]で見ているサツカはその姿として口の動きも見ており、ほっと安心の息を吐いた。




