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02-02-31 ここでも空は青くて

 黒鼠に矢が当たらない、いや、黒鼠を当てられないサツカが拳を握りしめて自問自答をしているとマサオとシーシアがやってきて、シーシアの希望を告げられた。


「無理です」

「お願いします!」

「いや、ダメだって」

「お願いします!」

「あ、じゃあ、二人でシーシアがどうすれば良いかを考えようか」

「共闘をお願いします!」

「んー」

「お願いします」


 お願いされた内容と、今までのシーシアからは考えられないほどの頑固さに困惑するサツカ。だが謎解きへの情熱とその時の喋りを思い出せばなんとなく納得も出来ていた。


「お願いします」


 だがお願いの内容には納得ができず、サツカは意見を聞こうと、少し離れて自分たちを見ているマサオに目を向ける。


「……マサオさん、止めてください」


 自分たちを見るその表情から止めてはもらえなさそうだと感じていたが、それでも話をふる。


「何故?」

「いや、何故って。危険じゃないですか!」

「弓使いは、仲間の援護が仕事と言っても良い。味方がそばにいるときには矢を放てないなど言い出す弓使いは、いらないな」

「それはそうかもしれませんけど!今はまだ練習中ですし」

「おまえが言い出したら止めたかもしれないが、これはその危険性も理解した上でのシーシアからの提案、要望だ。止める必要はない」


 マサオの言葉に顔をしかめつつ、それでもこの方面から止めてもらうことは無理と判断し、改めてシーシアに向き直す。


「危険なのは理解しています」


 言いたかったことの答えを先に言われ、顔をしかめるサツカ。


「理解してない」

「しています」

「していない」

「しています!」

「……何を理解していると」

「サツカさんの腕前です」

「はい?」

「サツカさんは、当てられないんじゃなくて、当てていません。黒鼠を狙って外しているのではなく、思わず狙いから外したのでもなく、最初から違う場所を狙っています」

「!」

「!」


 シーシアがそれに気付いていた事に驚くサツカとマサオ。


「ここからはおそらくですけど、狙った場所は外していないんじゃないですか?」

「……どうして、そんな風に」

「最初に、黒鼠にかすった矢を放つときには少し姿勢がずれてましたけど、その後は綺麗な射でしたから」

「!」


 何の気負いもなく話すシーシア。

 まるで「気付いて当たり前なこと」を話すようなシーシアの話し方に驚きつつも、サツカは頭を悩ませた。


「何故そこまで……」

「サツカさんなら大丈夫です。だから、お願いします」


 サツカ自身、正直何故自分がそこまで信頼されているのかは分からない。だが提案された作戦が、その作戦によって一番危険な目にあう可能性がある相手からのものである以上、拒否する理由が自身の感情以外なくなってしまう。


「矢がシーシアに当たる可能性があるんだぞ」

「それぐらいじゃ死にませんし、それに、サツカさんは当てたりません」


 しっかりと瞳を見て言うシーシアに、言葉をなくすサツカ。


「……分かったよ」

「それでは!」


 何故か自分を信じるシーシア。

 その「何故か」に、自身の弓術の正確性を含めてくれているのならば、それに応えたいと思ったサツカ。


「でも、その前に、やりたいことがあるんだ」




 サツカが[空の目]で黒鼠を探す。

 自分を中心に円上の視界の中で、見つけた場所は三つ。一番近いところに一匹。その次が五匹。一番遠い、射程圏ギリギリに三匹。一瞬考えて次いで[射手の目]を使い、一番遠い三匹を[空の目]で捕捉しつつそれぞれの射線を確認した。


「……」


 呼吸を整え、矢をつがえ、引く。

 弓を支える左手。弦を引く右手。これから使う二本の矢をすでに握っている右手の小指。

 それはサツカにとって、中学時代から習っている弓道ではなく、幼い頃から鍛えられた弓術の型に近い射の流れ。今までとは違うやり方を見て、シーシアが息をのんでいる。

 サツカはシーシアの驚きはもちろんじっと自分を見ているマサオの視線を意識せずに、いや、空の目で映る意味のあるものはすべて頭の中で監視しながならも、狙いを決めた三匹の黒鼠に意識の半分を向け、矢を放った。


「!」


 一本目が黒鼠を射抜くよりも早く二本目をつがえ引き、迷うことなく放たれる。

「……ほぅ」


 同じく[空の目]で三匹の黒鼠を見ていたマサオが感嘆の声を漏らす中三本目の矢も放たれ、土に潜ろうとしていた三匹目を射抜いた。


「見事」

「え?」


 今度ははっきりと賞賛の言葉を口にしたマサオ。

 そんな中、サツカは三本目を放った残心のまま動けないでいた。


「サツカさん……」


 サツカの目に映る、三匹の黒鼠。自分のはなった矢を受けて消えた命を散らした三匹を見つめていた。


「『あらひと』の中には」


 マサオの声がサツカとシーシアに届く。


「マサオさん?」

「あらひとの中には、違う世界の生き物だからと、何のためらいもなく殺すことが出来る者がいると聞く。それはこういった動物だけでなく、『つしおみ』に対しても殺してもいいものだと思っている者がいると聞いた」

「マサオさん!」

「マサオさん!」

「ああ、二人がそういう者ではないということは分かっているつもりだ。黒鼠に対する行動を見れば、分かる」


 優しげに微笑むマサオ。

 サツカは構えを解き、シーシアと並んでマサオの前に立った。


「でも、黒鼠を駆除するのを、そこまで気にする必要も無いと考える。勿論すべての動物を殺して良いと言うことは無いが、少なくとも黒鼠はギルドに駆除依頼が出るほどの害獣だからな」

「まあ、それは……」

「そうなんです、けど」


 顔を見合わせるサツカとシーシア。互いの顔を見て、苦笑いを浮かべた。


「どうしても気になるのなら、最初はギルドの依頼を基本にして他は狩らなければいい。ギルドには害獣とされる獣の一覧もある。間石を持つ動物はほとんどそうだがな。そうやって勉強すれば良い」

「はい」

「はい」


 自分を見て返事をする二人に頷くマサオ。そしてニヤリと笑った。


「では次は共闘だな」

「はい!」

「はい」


 珍しく最初に返事をしたシーシアの元気な声が、青空に溶けた。

 


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