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02-02-25 戦わせてください!

 地中から顔を出した黒鼠。

 シーシアは横にいるマジリオに目配せをし、彼が頷くのを見てから駆け出す。

 だが、黒鼠はまっすぐに向かってくるシーシアをすぐに察知して土の中に戻ってしまう。


「!」


 それを見たシーシアは立ち止まり、うずくまってしまった。


「またダメか……」


 しかしすぐに立ち上がり、マジリオとサツカのいる場所に戻ってくる。


「五回目も駄目でした……」

「何故だと思う?」

「何故、ですか?」


 意気消沈して戻ってきたシーシアに投げかけられた問い。


「私の姿が、見つかったから」

「……ふむ。では、どうすればよい?」

「遠回りしたり、死角を狙ったりしたけれど、駄目でした。いっそのことと思って最高速度で行ってみましたけど、駄目でした」


 シーシアは五回のうちに試したやり方を思い返しながら話す。


「そうだな。それでは、全部を目標とせず、まずは一つだけ考えてみろ」

「一つだけ、ですか?」

「ああ。俺が言った要素は覚えているな」

「はい」

「ならば、まずはその中で一つだけ出来ることを目指してみろ」

「一つだけ……」

「何を目指すかは、自分で考えて決めろ」

「……はい」

「ではサツカ、続きだ」

「……はい」


 次のステップに進み、更に自分で目標を定めることにしたシーシアと自分を比べているサツカの返事は、やはりどこか力が入っていなかった。




「……見えるな」

「はい」


 十本以上の矢を射っても一匹もしとめられずにいるサツカ。今までの人生でここまで結果を出せない経験がない彼の心は、様々な思いに囚われていた。


「五匹のうち、一番手前を狙ってみろ」

「はい」


 空の目で補足した五匹の黒鼠。じゃれているのか喧嘩しているのかは分からないが、三匹が固まっており、二匹がキョロキョロと周囲をみている。

 マサオの指示した一番手前の一匹は、周囲を見ている二匹のうちの一匹だった。

 確認はせずともサツカが[空の目]を持っていると分かっているようで、大弓の基本的な射程距離ギリギリにいる黒鼠を射ろと彼は指示を出すようになっていた。


「……」


 呼吸を整えたサツカ。空の目で周囲を観察しつつ射手の目で一匹を補足する。


「……」


 サツカの射った矢が青い空の中を飛び、鼠の横に突き刺さる。

 それに気付いた鼠達が一斉に土に潜った。


「……」


 また外してしまった事実に唇を噛むサツカ。


「理由は?」


 追い打ちをかけるマサオの言葉。


「……俺の腕」

「違うだろ?」

「…… ……覚悟です」

「分かっているなら良い。一人でやれるな?」

「……はい」

「黒鼠は数が増えると害獣だ。闇雲に殺す事はないが、今は既に許容量を超えて被害が出始めている」

「……はい」

「……また後で見にくる」

「はい」


 黒鼠。

 全身黒い硬めの毛で覆われた巨大鼠が土から這い出てくるのを空の目で確認するサツカ。

 矢をつがえながら射手の目を使い補足する。


「……殺す覚悟」


 呼吸を整えながら呟いたサツカ。

 自分が生き物を殺していないなどと言うつもりはない、小さい頃は小さな虫に対して酷い―今考えれば酷いどころではない非常に残虐な―行為で殺したこともあるし、今だって蚊や蝿などは気にせず殺している。動物だって、肉も好きだし魚も好きだ。苦手なものはあるが食べられないものを食卓に出されたことはない。それは直接殺してないだけで、命をもらって生きていると思ってはいる。

 ネイチャー系の番組が好きで、弱肉強食の世界を知ったつもりでいたし、中学生の頃に親に連れて行ってもらい双眼鏡越しではあるが実際に動物同士の狩りを見たこともある。

 だから、簡単に考えていた。

 自分の放った矢で、目の前の命が散るということを。

 最初の一匹をちゃんと殺していたら、何かが違っていたかもしれない。

 矢を放つ瞬間の迷い。矢は黒鼠の体をかすめ、赤紫の鮮血が舞う。

 瞬間こちらを見た、偶然であったとしても射手の目で見ていたサツカに向けられた、憎悪のこもった赤黒い黒鼠の目。

 心に刻み込まれたその目が、恐怖を呼ぶ。「傷付けなければ、あんな目で見られることもない」そんな思いが、黒鼠を攻撃することを戸惑わせる。


「ゲームなんだ、これは、ただのゲーム。良くできていても、ゲームなんだ」


 殺すことへの恐怖と、殺されることへの恐怖。

 二つの恐怖が、放たれた矢の行き先を決めていた。





「覚悟……か」


 サツカから離れたマサオ。


「あいつに必要なのは殺す覚悟や命を奪う覚悟なんかではないんだが、そこはまだだろうしな。どうしたものか」


 言葉にして整理しつつ進む先にはシーシアがうずくまっている。


「さっきからずっとだな」


 自分の空の目の範囲内に二人をおき、常に周囲を警戒してるマサオ。

 つまりサツカを指導しつつシーシアの姿も見ていたわけだが、途中でうずくまったシーシアが何をしているかは、空からの目線ではよく分かっていなかった。


「……ん?」


 気配を消してシーシアの後ろに忍び寄り、手元を覗く。

 砂の上に書かれているのは小さな丸とそれをつなぐような何本もの線。


「なにをしている?」

「ひい!」


 本人は「はい」と言った気持ちでいるが、マサオの耳には違う言葉に聞こえており微妙な顔でシーシアを見る。


「す、すみません!」

「いや、急に声をかけてすまなかった」

「い、いえ、こちらこそ」


 頭を下げるシーシア。マサオはそれを気にしないで先を促す。


「それで、決めたか?」

「はい」

「では内容によってやることを変えるとして、まず何をする」

「はい。サツカさんと戦わせてください」

「は?」


 真剣な表情で告げたシーシア。

 マサオは素で驚き、口をぽかんと開けた。


 


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