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02-02-24 狩るということ

 マサオがシーシアに指示を出す。すると、すぐにそれは起きた。


「え?」


 シーシアの身体がぼやけ、サツカの視界から消えたのだ。

 口から小さいが驚きの声が漏れ、思わず両目をこする。今さっきまでシーシアのいた場所と、黒鼠が現れた場所を視線で往復しつつ目を凝らすが、そこにシーシアの姿はない。

 [空の目]を使うが見えず、[射手の目]を使おうにもその標的であるシーシアが見えない。


「彼女を見つけるのは、今のお前には出来ないだろうな」


 いつの間にか横に立つマサオが話しかける。


「マサオさんには、見えているんですか?」

「ああ。黒鼠まで半分くらい進んだ。しかしに慎重だな。今のシーシアなら、多少小走りをしても気付かれないだろうに」

「……姿を隠す、技能」


 呟いたサツカの言葉を否定も肯定もせず、マサオは話を続ける。


「お前達五人の中で、攻撃力だけで言うならおそらくカイタが一番強い」

「はい」

「だが、総合的に見ればシーシアだ」

「……」


 今までの流れで想定していたのだろう。驚きはしないが噛みしめるように黒鼠を見ている。


「姿を隠して近寄る事も確かにそうだが、それ以上のものが彼女にはあると、思っている」

「それ以上の、もの?」

「ああ」


 詳細に説明するつもりはないのか、話すのをやめるマサオ。

 サツカはそれが何か気になるものの、聞くことが出来ずにいた。

 視線の先の黒鼠は、身体をすべて地面から出して周囲を伺っている。


「シーシアが真横にたどり着いた。黒鼠は違和感はあるものの気付いてはいないようだな。察知能力は、お前達より黒鼠の方が上か」

「黒鼠の方が?」

「野生の獣を甘くみない方が良い」

「……はい」


 少し呆れたようなマサオの言葉を聞き、気を引き締めて黒鼠とその周辺を見つめるサツカ。みえないシーシアの姿も意識してみるが、見えることはない。


「流石に躊躇しているが……よし」


 シーシアが姿を見せ、ほぼ同時に逆手で持った短剣を黒鼠の脳天に振り下ろした。


「!」


 思わず息をのむサツカ。

 その視線の先で、黒鼠が身体を一瞬震わせてから力が抜けた。


「……シーシア」


 遠目でも、シーシアが肩を大きく上下させて呼吸を整えているのが分かる。

 いつの間にかそのそばにマサオがおり、サツカも慌てて駆け出した。


「よくやった」

「……はい」


 脳天に突き刺してまだ抜けない短剣。握った手を包むようにマサオの手が添えられる。


「落ち着け」

「……突き刺した、感触、……が……」


 表情はこわばったまま、そして黒鼠から視線をそらせないまま答えたシーシア。


「そうか」

「……はい」


 駆け寄ってきたサツカにも聞こえたその会話。彼ははまだ距離はあるその場所で駆け寄るのをやめた。


「わた……し……」

「冒険者は、常にその感触と戦うこととなる」

「!」

「!」

「この世界では、それが普通となってしまった」


 シーシアの手を握る手の力を強めるマサオ。


「お前達のいる世界で、こうやって獣を殺したことはあるか?」

「私は……ありません」

「そうか」

「でも、見たことは……あります」

「そうか」

「はい」


 どこか気の抜けたような声で会話を続けていたシーシアの声に、力が入った。


「『間石』を、剥げ」

「はい」


 マサオの手がシーシアの手から離れる。

 引き抜かれる短剣。

 赤紫の血にまじって白い粘着質なものがこびりついている。


「……」


 シーシアが顔をしかめてマサオを見た。


「『水よ、剣身を洗い流し消えろ』」


 マサオがそれを受けて、少し苦笑いを浮かべながら呪文を唱える。


「あっ」


 シーシアの持つ短剣が一瞬水の渦に、小さな渦巻きに包まれた。


「今のは?」

「公開されていない魔法言詞を使った呪文だ。後で教えてやる」

「はい」


 シーシアがほんの少しだけ表情を和らげて返事をした。




「よし。次に進もう」


 四匹目の黒鼠を殺したシーシアに、マサオが声をかける。

 自分で作った大きめの水の球で剣身を洗っていたシーシアがマサオに顔を向けた。


「次?ですか?」

「ああ。まずは処理を」

「あ、はい」


 薄い赤紫色に変わった水の球を地面にぶつけて消し、黒鼠の額に剣先を当てる。


「これで……。『火の球よ、飛べ』」


 シーシアの指の先に生まれたソフトボール大の火の球が飛び、黒鼠の死体を焼き尽くす。


「そこまで大丈夫だな」

「本当は地面に穴を掘って埋めるのが良いという所まで分かってます」


 燃えている黒鼠の煙と臭いに顔をしかめながらシーシアが答える。

 マサオは笑みを浮かべてそれに頷くと、後ろにいるサツカに振り返った。


「サツカ、何故だ?」

「……臭いと燃えかすの問題。火を使うことにより他の獣、魔獣に場所を知られる事の問題。森など周囲に火のつきやすい物があるときの、火事、延焼の恐れ」

「そうだな。座学は及第点だ」

「……はい」


 シーシアが二匹目の黒鼠を倒した後、サツカは三回、黒鼠を狙って矢を射った。しかし一本目はかすって傷付けて逃げられてしまい、二本目と三本目は当てることさえ出来なかった。


「あ、あの、次というのは……」


 黒鼠を燃やし尽くしたシーシアがマサオに近寄る。話しかけるタイミングをはかっていたのはマサオにもサツカにも分かっており、サツカは自分のふがいなさに目を伏せた。


「今までは身を隠して近寄り、一撃で倒している。これはシーシアの戦闘としては何ら問題ないが、敵の強さが自分を上回る時には見破られる可能性がある。また仲間と共闘するときには自らの姿が見えないことによる魔法の被弾や、味方の攻撃を邪魔したり自信が受けてしまう可能性もある」

「……はい」

「次の段階は、姿を現したまま近寄って倒すのを目標とする」

「はい」


 力のこもったシーシアのはっきりとした声。

 サツカは、顔を背けた。




 


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