02-02-20 人を人とも思わない
「え!?恋バナ恋バナ恋バナー?!」
思わずトクタを除く全員が「やっかいなのが来た」と思ってしまったが、すぐにその声は違う言葉に変わった。
「痛い痛い痛い!マサオ!痛い!」
「静かにしろ」
「分かったから離してー!」
ギルドから出てきたマジリオとマサオ。
なにやら騒いでいる、自分達を大人しく待っているはずの五人のそばに近寄ると、なにやらを嗅ぎつけたマジリオが駆け出したため、慌ててマサオも後を追った。そして話しているトクタ達三人に首を突っ込もうとした瞬間、マサオの手がマジリオの後頭部を掴んだのだった。
「はーなーしーてー」
「ラヴィ」
「はい!」
マサオがラヴィを呼ぶと、マサオの隣にラヴィは移動した。
「こいつを大人しくさせたい時は、こうやって後頭部を掴むか」
話しながらマジリオの頭を引き寄せ、右手で後頭部をつかんだまま左手で手のひらを額に押し当てるようにして前頭部を掴む。
「いーたーいー!」
「前頭部を掴むのが効果的だ。やってみろ」
「はい!」
マサオが右手を離すと、そこをラヴィが右手で掴む。
「!、!いたいいたいいたい痛い!」
「筋が良いぞ」
「はい!」
「俺が出来ないときは頼んだ」
「頼まれました!」
ラヴィは右手でマジリオの後頭部を掴んだまま敬礼して答え、マサオは左手でマジリオの前頭部を掴んだまま深く頷いた。
その流れを呆然と見守るしかなかった四人を攻めることが出来る者は、誰もいなかった。
外に出るため、門に向かって歩く七人。
マジリオはまだ頭を押さえているが、その分余計なことは喋らず、大人しくなっていた。
「あの、先に何か覚えないといけないことがあると言ってたと思うんですけど」
「俺も最初はそのつもりだったんだがな、まもなくお前達と同じ新人が外に出始めることを考えると、早めに外に出ておいた方がよいだろう」
先頭を歩くのは、右からサツカ、マサオ、マジリオ。
その後ろにラヴィとシーシア。その後ろにカイタとトクタが続く。
「それに、それは獣狩りをしながらでも覚えられることだからな」
「……なるほど。獣狩り……か」
動物を殺すという行為。今まで経験したことのないことをやることに、少しだけ恐怖を覚えるサツカ。
「うまいこと害獣処理の依頼が出てたから、俺が受注してきた。ちゃんと報酬も出るぞ?」
「へ?」
「何も、普通に生きている獣を狩れとは言わない。我らの生活に害のある獣を、適性量駆除する事が目的だ」
「そう……ですか」
生き物を殺すということ。今までの生活でも虫は殺しているし、猫や犬が死んでいるのを見たこともある。畑を荒らす猪や鹿、病原体を運ぶ鼠や狐等を殺すことがあることも知っている。けれど、その場に立ったとき自分がちゃんとやれるかどうかを考えてしまっている。
「まずはやってみるしかないわよ」
「そうですね」
すると後ろで聞いていたのか、ラヴィとシーシアも会話に参加した。
「その場に立たなきゃちゃんと戦えるかなんか分からないけど、まずはやれるかどうかを試してみるだけよ」
「頑張りましょう。サツカさん!」
「あ、ああ」
後ろから応援され、苦笑いを浮かべるサツカ。マサオも横で微妙な笑みを浮かべている。
正直サツカはラヴィはともかくシーシアにそんな事を言われたことに驚いており、女性は強いななどと明後日なことを考えていた。
「さて、門には来てみたが……」
七人が門にたどり着くが、そこには十数人の新人冒険者、つまりプレイヤーがたむろして門番に詰め寄っていた。
「何をしているんでしょう」
「あー。もしかしたら抗議かも」
先頭の三人が止まり、ラヴィとシーシアも立ち止まる。その後ろを少し離れて歩いていたカイタとトクタも合流しその様子を眺めていると、トクタが口を開いた。
「トクタ?」
「抗議?」
「何か知ってるのか?」
「俺も又聞きとギルドのロビーでちょっと聞こえただけだけどさ、なんか外に出られないことをムカついたバカどもが外に出させろって詰め寄ってるらしい」
トクタが詰め寄っている冒険者から目を離さずに口を開く。
「何それ」
「依頼の終了と、戦いの講習を受ければ紙から石に級が上がって、外に出られるようになるんですよね?」
「なんか、依頼の方も講習も落ちることがあるらしいぞ」
「え?」
「お?マジでか?」
「噂だけどよ」
五人のが眉間にしわを寄せているマサオを見た。
「なんで僕に聞いてくれないかなー」
その後ろからマジリオがこちらを見た。
「知ってるなら答えても良いわよ」
「じゃあ教えてあげよう!依頼も講習も、落ちることはあります!」
上から目線のラヴィを気にせず、マジリオが胸を張って答える。
「戦闘講習は、ちゃんと戦いが出来るかどうかって事で分かるけど、依頼は?」
「おつかいにしろ何にしろ、ちゃんと判は押してくれてるわよね?」
「戦闘に関しては、サツカの言うとおり。初期の街を知る依頼に関しては、実は裏がある」
マサオが門番に詰め寄っている冒険者から視線を逸らさずに口を開いた。
「裏?」
「判は押しているが、それで合格とは限らない」
「え?」
「お?」
「そ、そうなんですか?」
「実は押す判を変えて、合格と不合格をギルドに報告してるんだ」
「その不合格ってのはいったい」
「簡単なことだよ?」
自分より先に答え始めたマサオを不満げに見ていたマジリオが、マサオが答える前に口を開いた。
「おい」
「この子達なら教えても言いと思うけど?それに、例え漏れて広まったとしても、それはそれでよいと思うけどな。だいたい、何故落ちたのかが分からないとなおせないじゃんね」
「それはそうだが……」
「合否の指標は態度だよ!」
「おい!ったく……」
マサオが止める間もなく話し始めたマジリオ。
「なんかね、ギルドから言われて最初は本気にしていなかったんだけど、『あらひと』の中には『つしおみ』を人として扱わない、接しない人がいるから、そいつらは落としてほしいって言われてるんだよ」
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
思わず息をのんだ五人。
マジリオとマサオは五人が何故そんな風に驚くのかが分からず不思議そうな顔をしたが、マジリオはすぐに続きを話し始めた。
「見極めとしては、挨拶をしない、許可を取らずに人でも物でもすぐ触ろうとする、壺とかを見ると壊そうとする、人の家に勝手に入る、とかかな」
「あー。それは……」
カイタが漏らした声は、他の四人が心で思った納得の声と同じだった。
「そっちの元の世界だと、それが普通なの?」
「いや、そんなことはない」
断言したサツカに、マジリオが笑いかける。
「だね。君達はそんなこと無いみたいだし」
「それじゃあ、あそこにいるのは」
「多分ね。戦闘がダメならギルドで習えばいいわけだから」
よく聞けば門番へ抗議する言い方も耳を疑うような言葉が含まれており、五人はマサオと同じ様に顔をしかめた。




