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01-01-01 カイタ・シートーン 1

「目を開けると、草原に立っていた」





「なんて言っていても始まらないから、歩いてみよう」


 初めてこの世界に来て、思わずぼーっと立ち尽くしていた。

 視界の端でなんかチカチカ光ってたけど、景色を見るのに邪魔だなって思ったら消えた。

 とりあえず周囲を見回してみる。

 そして、足を動かした。


「うん。歩ける」


 立ち尽くしたのは、目の前に広がっている草原に心を打たれていただけじゃなく、頬に感じる風、肌で感じるじりじりと焼け付くような大陽の光、鼻孔で感じた草と土のにおい、踏みしめた足で感じる大地の感触。

 そんなすべてのモノに感動したからだ。

 そして足を動かして歩けた事に感動し、走り始めて風を切る感触に感動する。


「おおぉぉぉ」


 思わず声が漏れても仕方ない。はず。

 だって俺は、世界初のフルダイブ技術を使ってこの世界に来たのだから。


「すげーーーえっ!」


 だから、叫んでも仕方ない。


「とうっ!」


 ジャンプしても仕方ないし、その時に叫んだって仕方ない。

 この世界なら空だって飛べるんじゃないかと思ったけどそれは無理で、それで着地と同時につまづいて転んで草の上をゴロゴロと転がって、そして大の字になって草の上で寝転んでも仕方ない。

 ……多分。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸が乱れる。

 それだけに感動。

 何だよこの世界、本当にこれVRなのか?

 だまされて海外、サバンナとか連れてこられないよな。


「って、そんな訳ないか」


 空気とか無いはずなのに呼吸してるような感覚。

 目の前には雲が浮かぶ青い空。

 風で揺れる草が擦れる音が聞こえる。


「俺パスポート持ってないし」


 深呼吸。

 この世界の『空気』を『肺』いっぱいに吸い込む。


「日本にもこんなところはない。……多分」


 どれくらいそうしていただろう。

 寝てしまいそうになった時、何故か凄くやばいと思い、上半身を持ち上げた。


 それは、現代人が無くしていると言われている『本能』だったのかもしれない。


「まじかよ」


 自分を見ている犬が見えた。

 いや、多分だけど犬じゃなくて、きっと、狼。

 とりあえず目を離さないで立ち上がる。

 熊にあったときは目を離さないで、背中を見せないで充分に距離をとってから逃げるって聞いたけど、狼ってどうなんだろ。

 しかも息荒いし、なんか涎をダラダラ口からこぼしてるし。

 これ、確実に俺を殺る気だよね。

 というか、食料。ご飯的な?


「お、落ち着け、狼。落ち着け、俺」


 声を出しても落ち着かない。

 落ち着くわけがない。

 人生初感じる身の危険。

 貞操の危機。

 って何言ってるんだ俺!


 動かない狼。

 ×(かける)

 少し距離を取れた自分。

 (イコール)

 逃げ出す。


 後ろを向いて一目散に駆け出す。

 この考え自体はそれほど間違ってはいなかったはず。

 でも結果的には間違っていた。

 というより、詰んでた。

 だって振り向いた先には違う狼が、似たように息を荒くして涎を垂らした狼がいたから。


「あっ!」


 思わず身体が止まる。

 そういえば狼って群を作るとか何とか。

 なんて事を考えてる暇なんて勿論無く、けれど考えていた俺は後ろから突き倒された。


「ぐおっ!」


 背中に衝撃。

 のし掛かられたと言うよりも体当たりしてきたような感じだったらしく、倒れながら身体を反転することに成功した。

 すぐ立ち上がらないと!

 と思ったら目の前に狼の顔。


「いっ!」


 涎が顔にかかる。

 生臭い!

 こんなところまでこだわるな運営!

 右手は狼の前足で押さえられてるけど、左は肩を前足が押さえているだけだから左手で下から狼の顎を押す。


「や、め、ろぉー」


 渾身の力で、と言っても利き腕じゃない左手。まぁ右手や両手でやってもそれほど変わらない気もするけど、とにかく渾身の力を込めて狼の顔を押し退けようとする。

 けれど焼け石に水。

 涎は相変わらず顔や頭にかかってる。


 初っ端から死に戻りしたくねぇ!


 でも今出来るのは助けを求める事だけ。

 周りに誰もいないことは分かってるけど、それでも言わずにはいられない。


「たーすーけーてー」


 だから、答えがくるなんて思わなかった。


「あ、やっぱ手出しして良かったんだ」


 どこからともなく聞こえた声。


「お?」

「『火の球、飛べ』!」


 続いて聞こえた同じ声。


「よし!」


 え?っと思った時にはまた声が聞こえて、身体が軽くなった。


「え?お?え?」


 自分の右側を転がる狼。

 その腹は焦げていて、皮を焼く嫌な臭いを感じた。


「兄ちゃん兄ちゃん」


 しゃがんで俺の顔を覗き込む少年。

 俺より少し下の十二・三歳くらい?身長もちょっと低めかな。

 え?この子が助けてくれた?


「お?」

「他のも全部倒して良い?」

「え、あ、うん」

「よっしゃ!」


 少年は勢いよく立ち上がりながら一声叫び、短い剣を腰にぶら下げた鞘から右手で引き抜いた。

 そして左手を開いて、手のひらを正面に向けて突き出すと、『石の球、飛べ』と言った。


「魔法?」


 俺のつぶやきが聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないけど、少年はいまだに寝転がったままの俺ににぱっと笑いかけた後、剣振り上げて跳んだ。


「……マジか」


 助走なし、おそらくは純粋な脚力だけで跳躍した少年は5メートルくらい跳び、転がっていた狼、最初の焦げ臭い奴じゃないやつのそばに降り立ちながら剣を振り下ろした。


「げっ」


 上半身だけ起きた俺の視線の先で、狼の首が胴体から離れる。

 スプラッタを、吹き出る血を想像して思わず眼を背けようとするがどうも違った。


「……ん?」


 少しだけ眼を背けた視界の端で、狼の切り落とされた断面から噴き出たのは、血ではなく黒い煙。

 そして噴き出ると言っても勢いよく出るわけではなく、もやもやした感じでぼわぼわっと出てきた。

 ……国語、もっとちゃんと勉強しよう。


 俺が自分の語彙力に悲観しているうちに、少年は走り、跳んでいた。

 そして周りにいた狼達を切り裂いていく。

 うん。そう。狼は二匹だけじゃなかった。

 そうだよな。うん。群だもんな。二匹で群とか言わないよな。

 既に狼は俺のことなんか目もくれず、生き残るために『敵』である少年に襲いかかっている。

 そうだよな。『餌』である俺なんか『敵』を倒した後に食べればいい訳だしな。

 なんとなーく悲しくなるけれど、取り合えずば倒されていく狼を見て、ほっとはしていた。


 自分よりどう見ても年下。

 二・三歳だとは思うけど年下に助けてもらっても良いじゃない。

 だって人間だもの。


「にしても、すげえ」


 通常あの形の『剣』は『切る』よりも『叩き切る』、或いは『叩き潰す』と読んだ覚えがあるけど、少年は狼を確実に『切って』いる。


「あれはショートソード?短剣?だからあんなにズバッと切れるのかな?」


 もちろんその動きの素早さやパワーも純粋に凄いなと思うけど、友人達に『変なことに気付く男』とよく言われる俺としては、スパスパと狼を切り裂いている武器に目がいってしまっていた。

 まぁそれが『変なこと』なのかどうかは分からないけど。


 なんて事を考えているうちに、周囲にいた狼は全て動かなくなっていた。


「兄ちゃん、とどめささない?」

「え?」

「というか、結構疲れたからそれくらい手伝ってくれると助かるんだけど」

「え?あ、で、でも武器が……あ、あるんだ」


 そういえば、初期装備を装備するの忘れてた。



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