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02-02-11 扉の向こう

『アザルベル薬店』


 掛けられた札に書いてあることが正しいのなら、ここは『アザルベル薬店』なのだろう。


「店?」


 そしてサツカが呟いてしまうのも無理はなく、目の前の建物は思ったよりも小さかったといっても、周囲と相対的に見れば充分大きく、絶対的に見ても決して小さくはない大きさだった。


「薬店、のはずです。ここに納品するアイテムは薬の製作に使うものばかりと聞いているので」

「こっちの世界だと、こんな感じが通常なのかな。建物がかなり立派だと思ったから店の名前としっくりこなかった」

「確かにそうですね……どうしますか?」

「ん?あ、勿論入るよ。えっと、叩けってことはノックしろって事かと思ったけど、ノッカーがある……ね」


 扉を見るサツカ。最初に目に入った大きな杖と杯ではなく、扉に杖と杯をモチーフにしたノッカーがあることに気付く。


「これも杖と杯だった。叩けってこれのことだね。多分」

「ですね」


 そして照れ臭そうにシーシアに告げた後、杖と杯をそれぞれ掴んで扉を叩いた。

 すると扉がゆっくりと開き、中から明かりが漏れる。


「遅いよー!」


 そして光りと共に漏れたのは、重厚な音楽や威厳のある声でもメイドの挨拶でもなく、変声期前の少年の声だった。


「待ってるのにずっと扉の前でイチャコラしてて入ってこないからさー。こっちから開けちゃおうかと思っちゃったよ」

「い、イチャコラなんてしてません!」

「していません!」

「えー?まじでー?」


 唐突いわれた言葉に反応してしまうシーシアとサツカ。

 開かれた扉の先、ロビーの中央には見るからに質の良さそうな服を着た十四・五歳に見える少年がおり、二人をじろじろと見る。


「ま、いっか。さ、はいんなよ!」


 笑顔で中にはいるよう促す少年。

 二人は戸惑いつつも中に足を踏み入れた。





 扉を開けた先はロビーであり、次の間に続くであろう幾つかの扉と奥に向かう廊下。そして二階に向かう階段があった。おもての雰囲気とは違い多少豪華ではあるが決してイヤミではない装飾で、シーシアの口から純粋に溜息が漏れている。

 思い描いた『店』とは違ったが、これはこれで趣やらしさもあり、サツカは視線のみで周囲を観察している。その横でシーシアは、キョロキョロと体も動かして周囲を見回していた。


「こっちこっちー」


 奥に続く廊下の横にある扉を開きながら、少年が手招きする。少し長めの銀色の髪が天井のシャンデリラの光りを反射してきらきらと輝いていた。


「はい」

「あ、はい!」


 部屋には四人掛けのソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置いてあり、二人が入ると既に少年は片方に座っていた。


「早く!早く!ここ!ここ!」

「おじゃま、します?」

「お願い?します?」


 通された部屋は質素と呼ぶには装飾が施され、置かれている調度品も品があり適度にきらびやかだった。

 指定された向かいのソファーに恐る恐る座る二人を見て、少年は満面の笑顔を見せる。


「それで、二人はどんな関係なの?」

「はい?」

「関係?ですか?」


 顔を見合わせるサツカとシーシア。


「同じあらひとの知り合い?」

「ですね」

「えー!つまんないー」


 あからさまにつまらなそうに叫び、頬を膨らませる少年。


「いや、そんな、つまらないって」

「ホントは付き合いたての二人とかでしょ?隠さなくて良いのにー」

「違います」

「仲良さそうに歩いてたし!扉の前でイチャイチャしてたし!」

「していません」

「!してません!」

「えー。別に恋人どうしでもいいのにー」

「違います」

「そういう関係じゃありません!」

「えー。今だって仲良さそうなのにー」

「違います」

「違います!」


 最終的に声がそろってしまったため少年は更にニヤニヤと笑っているが、サツカとシーシアは否定するしかない。


「たまたま目的地が一緒だったので、一緒にきただけです」

「私には暗くて通れなかったけど、サツカさんには道が分かったそうなので、つれてきてもらっただけです!」

「へーふーほー。たまたまねー」

「俺は冒険者ギルドに渡された冊子の指示に従ってですね、」

「わたしはこの薬草とかを届ける為に!」


 思わず声を荒げたサツカシーシア。と、その二人の声に被るように音を立ててドアが開かれた。


「親父!」


 そして部屋に響く少年の声。

 開かれたドアから真っ直ぐに自分に向かって歩いててくる少年を見て、ソファーに座っている少年が唇をすぼめた。


「戻ってくるの早いー」

「何やってるんだ親父!」

「おやじ?」

「え?」


 入ってきたのは金髪の少年。最初の少年とはとても良く似ていて、髪の色が同じなら間違えてしまいそうなほどだ。双子と言われても納得するだろう。


「大人しく隠居してろって言っただろ!」

「えー。だってせっかくの『あらひと』のお客さんなのにー」

「親父が『あらひと』を待ってたのは知ってるけど、今のここの店主は俺だからな!」

「えー。マサオだけずるーい」

「ずるいもくそもない!」

「まったく、いつからこんな風になっちゃったのかなー」

「俺を育てたのはお前だろうが!」

「お父さんに向かってお前とか言っちゃダメなんだよー」

「親なら親らしい服を着ろ!俺の服を着るなと何度言ったら分かるのかなこの鳥頭は!」


 金髪の少年がソファーでふてくされる銀髪の少年の後ろに周り、拳でそのこめかみを両側からぐりぐりと押さえつけた。


「痛い痛い痛いー!」


 銀髪の少年は身体をねじり足をじたばたさせ逃げようとするが、金髪の少年の責め苦からは逃れられないでいる。


「サツカさん」

「はい」

「どうしましょう」

「どうしましょうか……ねぇ」

「いま、おやじって、呼んでましたけど」

「ゲームですし、ファンタジーですし」

「でしたねー」


 サツカとシーシアは、小声で話しつつもそれを見守るしかする事がなかった。




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