02-02-08 お約束の謎解き
カイタとラヴィが店を出てまずは矢車菊を手に入れることが出来るはずの店に向かう頃、サツカは時計塔の真下にいた。
「『月と太陽が重なるとき、真の道が目の前に開かれる』か。確かさっき登ったとき、下に星の形みたいな形をした道があったような気がしたけど……」
入口から少しはずれた場所で塔を見上げる。
「また登るのか」
意識せず漏れたため息。
高さはあるが、一番上まで登ってもそれほど疲れはしない。だが、実は一度間違えて登って時間のロスをしているため、今度は間違えてないと思いつつも、躊躇してしまっている。
「月が何か分からないけど、道と言うからには多分あれが正解だ。よし、登ろう」
なんとなく違う気もしているが、他にあてもないため足を進めようとする。
「あ、あの」
その時、横から声をかけられた。
「はい?」
いつの間にかいたのか、小柄な女の子が後ろから声をかけてきた。
「す、すみません!突然声をかけてしまって!」
自分達と同じ様な服装であるところを見ると同じプレイヤーなのだろうとあたりを付け、サツカは警戒しつつも笑顔で対応した。
「わ、わたし、シーシア・フラワマードと言います」
「ご、ご丁寧にどうも」
「あの、ちょっと聞こえて、もしかしたらと思ったことがあったので、声をかけてしまいました!」
かなり慌てており、人見知りなのだろうか、サツカの顔を見ようとしないで、大袈裟な身振り手振りをしている。
そしてサツカもつられて口ごもってしまっていた。
「は、はい。何でしょうか」
「そ、その、ささっき、月と太陽が重なるとか、なんとか、い、言ってたかと、思うんです、が」
「……はい」
かなり最初から聞かれていた事に警戒を強くするサツカ。塔の端に移動した際に、周囲に誰もいないのは確認していたからだ。
「その、冊子に、太陽とか、月の、マークとか、無いですか?」
「え?」
「ももしも、今のクエストが謎解きとか脱出系だったら、そういうのが、よくある、ので……」
サツカにじろっと見られたのを感じたのか、最後は蚊の鳴くような声になってしまったシーシア。
しかしサツカはそれに気付く事なく、冊子を勢いよく捲っている。
「こ、これかな?ど、どう思う?」
まだシーシアの口調がうつっているのかどもりながら話しかけるサツカ。
手元には開かれた冊子があり、指で太陽を表していそうな紋章を指さしている。
「あ、み、見ても、大丈夫、ですか?」
「こ、こちらこそ、お願い、します」
「は、はいけん、します」
冊子を受け取ったシーシア。
すると、示された紋章を確認した後目の色が変わったように冊子をめくっていく。実際目の色も変わっているのだが、身長差とシーシアが俯き気味のためサツカは気付かなかった。
というか、その剣幕に驚き一歩後ろに離れていた。
「ありがとうございます」
どこかすっきりした顔で冊子をサツカに戻す。
「あの……どうでしたか?」
「色と大きさで、各五種類の太陽と月がありました」
「え?!」
慌てて冊子をめくるサツカ。
「それを重ねれば答えが出るのではないかと思います」
「これか!?あ、これも?」
「やっぱり謎解きは良いですねー。私もそのクエストをやりたかったです」
「あれ?でも重ならない」
「綴りひもを解いて、バラバラにして下さい。ページ数も書いてありますから、後で戻すことも容易ですし」
「あ!」
冊子を解き、しゃがんで石畳の上に広げる。
「はー」
「そ、それじゃあ、私はこれで、失礼、します。が、頑張って下さい」
「あ、ありがとうござ……います」
サツカが顔を上げると、そこには誰もいなかった。
「え!?」
冊子を石畳の上に広げたまま起き上がるサツカ。慌てて周囲を見回すが、後ろ姿すら確認できない。
「え?え?え?」
今サツカがいる場所は塔の壁沿い。塔以外は開けている広場の片隅。暗くはなっているが中央広場や塔に付いている外灯のおかげで人の姿が分からなくなるほどではない。それは石畳に広げた冊子を充分に読めるほどの明かりだ。
「何かの技能か……」
使い勝手が今一分からないが持っている自分の技能がそこそこレアである事を考えると、他のプレイヤーが使い易いレア技能や能力を持っていても不思議ではない。
「気にしてもしょうがない。また会えたらその時にお礼をちゃんとしよう」
気を引き締めるように自分の頬を叩く。
そして広げたままの冊子を見るためにもう一度しゃがんだ。
「えっと……それで……『求める者は、マルツコート通りの果てに行け。偉大なる杖と杯を叩き書を開け』か」
「あ、あの」
「うをぉ!」
声をかけられて飛び跳ねるサツカ。
「あ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「い、いや、こちらこそなんかごめん!」
そんなサツカを見て、米つきバッタのように頭を上下させて謝るシーシア。
サツカは突然現れた彼女に対して唖然とするしかなかった。
「本当に申し訳ありません」
「もう良いから。なんか俺も驚きすぎちゃって、申し訳ない」
「いえそんな。そもそも私の存在感がないのがいけないんです……」
並んで歩くサツカとシーシア。身長差が二十センチほどある二人だが、サツカは彼女の横をのんびりと歩いていた。
最初は俯き気味にとぼとぼと歩くシーシアではあったが、サツカが自分の歩みにあわせてゆっくり歩いてくれていることに気付いて、少し早歩きになっている。
サツカはサツカで相手の歩調にあわせるのはいつものことなので特に問題なく行っており、どちらかというと彼女の言った『存在感が無い』というのが気になっていた。
「ありがとうございます」
「ん?」
「一緒に行っていただいて」
「いやいや。行くところが一緒だし。それにシーシアさんが助言してくれなかったら、塔登ってたしね」
「いえいえ。サツカさんならすぐ気付きましたよ」
サツカが冊子から読み解いた事により浮き出た行き先である『マルツコート通り』が、シーシアの次の目的地であり、それを耳にした彼女が同行を依頼してきたのだった。
正直サツカはどこで聞いていたのかを問い詰めたいところであったが、引きつった笑顔で応対し、彼女の要望を快諾した。
「謎解きとか脱出系好きなんですね」
「はい!大好きです!このゲームも、裏情報で好きな謎解き作家さんがシナリオ参加しているとか、イベントチームが関わってるって噂があったから始めたんです」
「そ、そうなんだ」
引き気味のサツカだが、シーシアはそれに気付かずに話し続ける。
「でも、それなのに、私の受けた依頼はお使い系で、少しは謎解き要素もありましたが、これくらいでは……。サツカさんが羨ましいです」
頬を少し膨らませて上目遣いでじっとサツカを見るシーシア。身長差から上目遣いになってしまうのは仕方ないのだが、端から見たら狙ってやってるとしか思えない様な完璧さだった。
だが本人はどうも狙ってやっていないようで、それを感じるサツカは普通に会話をしている。また少しはシーシアもサツカに慣れたのか、どもりがなくなっていた。
「それにリアルでもよく存在感が無いって言われてるのを悩んでいる位なのに、ここでは変な能力まで授かってしまって……」
「ん?え?」
「え?あ!あ、あー」
サツカの反応に一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに自分が何をしたのか気付き、顔を両手で隠してしゃがんでしまうシーシア。
「技能とか能力とかは、無闇に他の人に言っちゃダメだって言われてたのに!」
「あ、いや、でも、ほら、技能の名前までは言ってないし!」
「……名前よりも、どんな作用があるのかを言ってしまった方がやばくないですか?」
「んー。……ごめん。フォローの言葉が思い付かない」
「ですよねー。あー、忘れて下さいー」
顔を隠してしゃがんだまま嫌々するように頭を横に振るシーシアを見て、リアルにこんな事する女の子っているんだなーと考えるサツカだった。




