02-02-07 そうなんだよね?
「はぁ」
苦笑いを浮かべながら自分を見るカイタとラヴィを意識に起きつつ、声に出して溜息を吐いたグレゴリー。そして彼は横で自分を見つめる最愛の伴侶の視線を感じつつも口を開いた。
恨みがましい目でカイタを見たのは致し方ないことであり、角度的にそれをオードリーに見られなかったのは彼にとって幸いだった。
「おそらくだが、カイタに与えられたら依頼の最終目的は『増血剤』の作製だと思われる」
「増血剤の作製……」
「おそらくな」
「増血剤は、新人でも作れるようなものなんですか?」
「作れるようなものでもあり、作れるようなものではない」
「え?」
「はい?」
「この瓶に入った赤い『造血剤』はもちろんの事、液体の青い『増血剤』は、本来ならば新人が作れるようなものではない」
「はい」
「はい」
「だが」
グレゴリーがズボンのポケットから黒い固まりを取り出し、二人に見えるように親指と人差し指で摘まんで差し出した。
大きめのビー玉といったサイズだろうか。
「これは、丸薬の『増血剤』だ」
「あんた!それ!」
「正確にはこれは『増血剤』じゃなくて、ただの飴玉だがな」
「あんた……」
コントの様にしらけ顔でグレゴリーを見る二人。
「ま、こんなサイズの丸薬もあったと思ってくれればいい」
「もう作ってないんですか?」
「少なくとも、今うちの店では扱ってないな」
「液体の方が飲みやすいからですか?」
「それもあるが、液状の方が効果も高いってのが重要だな」
「でも、持ち歩くには丸薬の方がよくありませんか?」
「ラヴィの嬢ちゃん、おまえ、これ飲めるか?」
「え?」
「それを飲むんですか!?」
「ああ。カイタ、一気のみだ」
「それはちょっと……」
飴玉の大きさを見て顔をしかめる二人。
「とはいっても、通常は砕いて適当な大きさにして水で流し込むな」
「ですよね」
「良かった」
「だが、すぐに血を増やさなきゃ命の危険がある状態で、自分でそんな事が出来るとおもうか?そんな事を仲間にしてもらう余裕や時間があると思うか?」
「!」
「!」
「と、そういうわけで、こちらの液状の方が飲みやすくて効果が高いから、丸薬はほとんど流通していない。薬屋に行けば、扱ってる店もあるだろうが、うちみたいな『道具屋』で扱っている店は無いだろうな」
そういいながら飴玉をしまうグレゴリー。
「それでだ、新人でも作り方さえ知っていれば丸薬の『増血剤』は作れる。いくつかの薬草と材料を粉にして固めるだけだからな」
「そうはいっても配合には注意しないと効果は更に薄くなるの。その辺はやっぱり薬師さんの独壇場ね」
グレゴリーの話にオードリーが注釈をいれる。その隙に喋りすぎて乾いた唇をなめるグレゴリー。この呼吸は見事である。
「その辺を含めて、薬師に教えを請う依頼は、実は結構ある。液体の増血剤を切らしたときに自分でも作れるようにしておくのと、作り方を知っていると薬草類の採取依頼の時に有益だからな。因みに矢車菊は丸薬を作るときに必ず使うし、透水をほんの少量使って混ざりやすくする作り方もある。だから最初はそれかと思ったんだが、そうなるとやはり液体の増血剤も手にしなきゃいけないのが引っかかった」
真剣にグレゴリーの話を聞く二人。その視線に気付いた彼は少し表情をやわらげた。
「そして行き先が『アザルベル薬店』だと聞き、カイタが魔法を使えることを、そしてその手際から、おそらく[魔法操作]を持っていることを推測し、結論に達した」
息をのむ二人。
「おそらく、液体の『増血剤』を作ることが今回の最終目的だ」
眉をひそめ、沈痛な面もちで告げるグレゴリー。
話の内容から、何故そこまで悲壮感を漂わせているのか分からない二人は少し呆気にとられている。
「えっと、なんとなく大変そうなのは伝わるんですけど、そんなになんですか?」
「丸薬の増血剤は、薬師が作る。だが、液体の増血剤は、錬金術師が作る」
「え?」
「おお」
眉間にしわを寄せたまま話し始めるグレゴリー。
「薬師も薬を作るときに魔力を使わないわけではないが、錬金術師のそれとは大きく違う。[魔力操作]があれば丸薬を作るのは容易に出来るようになると思うが、液体の増血剤となると……」
言いよどみ、ちらりとオードリーを見る。
「そうね。根を詰めれば七日くらいで出来るようになるかしら」
「!」
「!」
困ったように言ったオードリーの日数に驚く三人。しかしグレゴリーの驚きはカイタ達二人とは違った。
「そんな短期間で出来るようになるのか!?」
「根を詰めれば、よ。才能があれば、寝ずにずっと机の前で頑張ればそれぐらいで出来るようになるかもしれないわ」
「!」
「!」
オードリーの言葉に顔を青くする二人。ずっとこちらにいて寝ないで頑張って早くて七日。自分達のように一定の時間で戻らなければならない場合、どれくらいかかるかを想像して、恐ろしくなったからだった。
「ちょ、カイタ、その依頼取り止めして」
「それは止めた方がいい。石級ですら、この手のお使い系の依頼を失敗したらギルドの評価は最低になる。いくらあらひとでこの地に慣れていないとはいえ、紙級で失敗したら目も当てられん」
「そんな……」
「だが、いくら何でもおかしい」
「え?」
「普通なら、紙級にこんな依頼は回さない。しかも最初の依頼だ」
「そうね。魔法よりも難しいとされる錬金術。いくら初歩の作業の一つとはいえ、増血剤の作成なんて……」
呆然としているラヴィと、それぞれに依頼について考えているグレゴリーとオードリー。
「……とにかく、増血剤と矢車菊と透水を持って、その『アザルベル薬店』に行ってみます」
すると、黙って三人を見ていたカイタが、突然何でもないことのように告げた。
「カイタ!?」
「……そうだな。ここで考えていても仕方ない」
「はい。もしかしたら違う依頼かもしれませんし」
「ああ。その可能性ももちろんある」
「はい」
笑顔で頷くカイタを見て、グレゴリーも表情をやわらげた。
「だがあいにくと、うちでは矢車菊と透水は扱っていない。分けてくれる店を教えてやるから、そこに行ってみると良い。あと、増血剤もちょっと今切れてるから、戻ってくるまでに仕入れておく」
「あ、他に売ってる店を教えてもらえれば」
「もし今から教える所で矢車菊と透水を手に入れられなければ、一度戻ってこい。どちらにせよ二件回ってここに戻ってくるまでには仕入れておく」
「わかりました。ありがとうございます」
「それで良い。オードリー」
「あの二件だと、地図だと逆に分かりづらいかもね。地図に曲がる場所も書いた方が良いかもしれないね」
「そうだな」
オードリーが取り出した周辺の地図に書き込みを始めた二人。
呆然としていたラヴィがやっと口を開く。
「ちょっとカイタ、どうするつもり?」
「どうするって?」
「だって、七日間以上かかるとか」
「俺もなんか忘れてたけどさ、これ、ゲームだよ?」
普通に話しかけてきたラヴィに、少し小声で返すカイタ。
「あっ」
普通に声を上げ、慌ててカウンターの二人をみたが、まだなにやら話していてこちらを気にした様子はない。
「さっか、そうなん……だよね。ゲームだもんね」
「そうそう。しかもチュートリアル後の最初のクエストだから、もっとサクサク終わると思う」
「だよねー」
疲れたように呟いたラヴィを見て、カイタは少し面白く鳴って笑顔を見せた。
「でも、ゲームだって事を忘れるくらい自然だよな」
「うん。完全に忘れてた。それにびっくり」
「はは」
ラヴィが「そうか、ゲームの中なんだよね。ここ」と呟いているのを聞きながら、この後のクエストが楽しみになってきたカイタだった。




