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02-02-06 痛いか怖いかどちらがよいか

 カイタが魔法を成功させているのを見て呆けた顔をしたのはラヴィだけではなく、オードリーもだった。

 しかし彼女はラヴィと違いすぐに表情を引き締め、自分を視界の片隅に入れながらカイタを見ているグレゴリーに小さく頷いた。


「ああ、それで大丈夫だ。もう消して良いぞ」

「あ、ええと……」

「『消えろ』で、消える」

「!はい。……『消えろ』」


 火の玉が空気に溶けるように消えた。


「なるほどな」

「な、なんで、カイタそんなに魔法が」

「あ、いや、その」


 自分を見て驚いているラヴィに苦笑いを浮かべるが、なんと話せばいいのか、というよりも何を話せばいいのか分からずに頭をかくカイタ。

 そしてそんな幼なじみを見たラヴィは、大きくため息をついた。


「なんで自分が成功したのか、説明できるほど分かってはいないわけね」


 額に手を当ててうずくまる。


「おー。よくわかったな」

「何度あんたのそういう顔を見たことか……」

「おー」


 更に困ったように苦笑いを浮かべつつ頭をかくカイタ。


「本来ならば」


 そしてそんな二人の会話を区切るようにグレゴリーが低い声で話し始める。


「本来ならば、冒険者の、いや、他人の技能や能力に関して推測であっても言及するのは御法度だし、無闇に自分の技能や能力を教えることなどあってはならない」


 その真剣な物言いに気を引き締めて彼をみるカイタとラヴィ。


「だが、今回はそうしないと坊主が受けた依頼に関して助言をしてやることが出来ない。だから、こちらで勝手に坊主の持っている技能を推測して、それに基づいて話を始めさせてもらう。おまえがそれに答える必要は無い。こちらの推測が外れていれば全く見当違いな話になってしまうが、そこら辺は許してくれ」

「は、はい」

「ラヴィがそばにいても良いな?お前の技能を知ってしまうかもしれないわけだが」

「問題ないです」


 グレゴリーはかぶせ気味に答えたカイタに少し驚きを見せつつも、すぐに優しげな笑みを見せた。


「分かった。それじゃあこのまま話させてもらうが、坊主、いや、カイタ、おまえはもう[魔力操作]を持っているな。で、」

「あ、はい。持ってます」


 話し続けようとしたグレゴリーの話の腰を折る様に返答したカイタ。

 グレゴリーと横で見ていたオードリーが固まり、その横でラヴィが頭を抱える。


「お?え?あれ?なんか変なこと、俺言った?」


 カイタは三人が何故そうなったのか分からず、戸惑いながらラヴィを見た。


「あんたは本当に……」

「いっ!」


 カイタの頭を掴む大きな手。グレゴリーのごつごつとした大きい手だ。


「ぐ、グレゴリーさん?い、痛いんですが?」

「お前は今の話を聞いていたのか!?!」

「お?え?あ?お?え?い、痛い!」

「自分の技能をむやみに教えるなと言っただろう!」

「む、むやみじゃないですー。は、離して……」

「ああ?」


 頭を掴んだままカイタの顔に自分の顔を近付けるグレゴリー。その表情は鬼の方がかわいげがあると言っても過言ではないレベルで恐ろしい。痛みでその怖さに気付いていないカイタはある意味幸せなのかもしれない。


「痛いー!」


 いや、すでに涙目な所を見ると、顔の怖さに耐えた方が幸せかもしれない。


「何がむやみじゃないだ!」

「だってグレゴリーさんもオードリーさんもそれを悪用したりしないでしょ!?」

「あ?」

「あらあら」

「それとも知ったらなんかするとか」

「するわけないだろ!!」

「ならいいじゃないですか!だから離してー」


 グレゴリーの手を掴むが、全く離れないためジタバタするカイタ。

 そしてそんなカイタを微妙な目で見るグレゴリー。


「『小さき水の玉よ飛べ』」


 オードリーが呟くと、いまだ消していなかった水の球から少量の水が飛び出しグレゴリーの顔に当たる。


「うをっ」

「カイタ君が痛がってますよ。あなた」

「あ、ああ」


 グレゴリーが手を離すと同時にうずくまったカイタ。

 ラヴィがそばによる前に、カウンターから出ていたオードリーがそのそばに立つ。


「うちの人がごめんなさいねぇ」


 そして手にしている水の球をカイタの頭に乗せた。


「お?」

「『彼の者の、痛みを、癒せ』」


 水の球はカイタの頭に重なると、徐々に大気に溶けるように消えていった。


「お?痛く、無い?」

「ありがとう。カイタ君。私達の事を信用してくれて」

「あ、いえ」


 うずくまったカイタと視線を合わせるようにかがんでいるオードリー。カイタが自分を見たのを確認した後一度にっこりと微笑むと、瞬間笑顔を消した。


「え?」

「でもね」


 そして彼女はカイタに今までよりも少し低く重い声で話しかけた。


「どんなに自分の見る目に自信があっても、簡単に人を信じるのはお止めなさい」

「あ、で、でも、ラヴィが」

「ラヴィちゃんの味方が必ずあなたの味方だとは限りません」

「うっ」

「だいたい、そのラヴィちゃんが最初から騙されていたらどうするつもりなの」

「そ、それ、は……」

「人を疑えとは言わないわ。そうやって人を信じるのがあなたの美徳なのでしょう。けれど、それも時と場合によると言うことを考えた方が良いわね」


 言葉は穏やかだが、あまり抑揚のない重い声は心に重く響く。


「技能は冒険者の命綱よ。冒険者ではなくても、自分がどんな技能を持っているか、どんな能力を持っているかなんて、他の人には言わないものよ」

「それは……」

「勿論、その考えを強要するつもりはないわ。けれど、はらへどではずっとそうしてきているの。それは覚えておいて。それが普通になっているってことは、そうなるような理由があるって事なのよ」


 最後に少しだけ感情の揺らぎが出たオードリーの声。けれどすぐに重く冷たい声に戻った。


「わかったかしら」

「……」

「わかったかしら」

「は、はい!」


 言われた内容を心の中で反復していて反応が遅れたカイタに戻った対して、二回同じ事を聞くオードリー。二回目の声は一回目よりもすごみが増していたのは言うまでもないだろう。


「そしてあなた」


 彼女は勢いよく立ち上がって敬礼したカイタに微笑みながら、今度は自分の伴侶に対して話しかける。


「はい!」


 カイタと同じ様に直立不動で返事をするグレゴリー。


「カイタ君を心配する気持ちは分かりますが、やり過ぎです」

「はい!」

「前にもアーガス君に対して同じ様なことがあって注意したはずですけど」

「気を付けます!」

「まったく……。ごめんなさいね、カイタ君。痛かったでしょ?」

「いえ、もう大丈夫です!ありがとうございます!」


 にっこりと微笑んだオードリーを見て、純粋に女性って怖いと思うカイタと、こうなりたいと思い尊敬の目で見ているラヴィだった。




 


 


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