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02-02-05 道具屋の店主さん?

「ま、それならそれでも良いけどね。後悔はしないように頑張りなよ」


 ラヴィの頭をぽんぽんと数回叩いて笑いかけるオードリー。


「それでだ、まずはどっちが必要なんだい?」

「あ、えっと、こっちの『増血剤』の方です。ちなみにこれってどう違うんですか?」

「『増血剤』は、のむとすぐに血を増やすことができるけど、連続して飲んでも効果は薄いし、効果の高い薬だと、副作用で気分が悪くなったりする」

「はい」

「『造血剤』は、自信の持つ血を作る力を強めて血を増やすことができるけど、効果は『増血剤』に比べてかなり遅い。ただ副作用はないね。連続で飲んでも効果が強まる訳じゃないから、そんな飲み方はお勧めしない」

「はい」

「なるほど」

「それでだ」


 オードリーが小瓶を一つカウンターに置く。


「これは、『造血剤』だよ」

「はい」

「手にとってごらん」

「良いんですか?」

「持ち逃げしたら、騎士に連絡するけどね」

「しませんよそんなこと!」

「なら構わないよ」


 慌てたカイタを面白そうに眺めつつ持つことを進めるオードリー。


「しませんよそんなこと」


 改めて、けれどぶつぶつ呟きながら小瓶を手に取るカイタ。

 小瓶の中で赤い液体が揺れている。


「基本的には『造血剤』は赤色で、『増血剤』は青色をしている」

「基本的には?」

「ああ、実はこの薬はね、最初の色は両方とも透明なんだよ。それに青色を付けるのが、矢車菊なのさ」

「!」

「だけどねぇ……」

「何かと気になることでも?」


 オードリーが顎先に手を添えて思案気に眉をひそめると、ラヴィがそれに気付き声をかけた。


「いやね、矢車菊と透水は増血剤を作るときに使うもののはずだから分かるけど、それなら完成品の増血剤を手に入れろってのがねぇ」

「ああ」

「なるほど」


 オードリーの疑問を聞き、二人も首をひねる。


「それを持ってどこに行くんだ?」


 すると店の奥から大柄な男が現れ、オードリーを後ろから抱きしめた。


「あんた!お客さんの前だよ!」

「ラヴィとその連れだろ?なら問題ない」


 後ろからオードリーの首筋に顔をうずめる男。カイタは呆気にとられて口を開いてそれを見ていたが、ラヴィは笑いながら話しかけた。


「こんばんは。グレゴリーさん」

「おう。さっきぶり」


 顔を埋めたまま手を振る男。


「初めまして。カイタと言います」

「オードリーに色目使うなよー」

「はい!」

「あんた!」


 流れ出る殺気に、思わず敬礼したカイタだった。






「それで、それを持ってどこに向かうんだ?」

「あ、はい」


 その後数分間二人のイチャイチャを見せ付けられたカイタとラヴィであったが、途中からラヴィと店内を見て回ることでやり過ごした。

 そして改めて挨拶をしたカイタとオードリーの夫であるグレゴリーだった。


「は、はい」


 オードリー道具店において、唯一カイタやラヴィのイメージとかけ離れた存在、道具屋の店主というよりは騎士団の団長、あるいは鍛冶ギルドのギルドマスターといった風貌のグレゴリーに少し萎縮しつつ、冊子をめくるカイタ。


「えっと、西地区のアザルベル薬店に向かえと指示されています」

「ああそういう……え?」

「なるほど……え?」


 カイタが告げた行き先を聞いて納得しかけた二人だったが、何故か途中で更に不思議そうな顔をして眉をひそめた。そして互いの顔を見る二人。


「あの……そんなに変な店とかですか?」

「いや、『アザルベル薬店』は由緒ある、それでいて偉ぶりもしない薬店だ。だからそんな事は無いんだが……」

「グレゴリーさんが口ごもるとか、よっぽど何かあるんじゃないか勘ぐりますよ?」

「ラヴィ」

「私に紹介してくれたお店や人とは違うんですか?」

「そういう事じゃないのよ」


 困ったように眉をひそめたオードリーと、口をへの字に曲げたグレゴリー。


「ラヴィの連れだし、乗りかかった船だな。オードリー、水の準備をしておいてくれ」

「はい」

「坊主、魔法は使えるのか?」

「一応一つ使ったことがあります」

「ほお」


 二人の間だけで完結して何かが始まったのを見ていたカイタだったが、グレゴリーの質問にふつうに答えた。


「何を使った?公開魔法言詞だろ?」

「火の玉をとばすやつです」

「……ふむ。ラヴィ、お前は何を習ったんだ?」

「え?私は指先に火を灯す魔法ですけど」


 心配そうにカイタを見ていたラヴィは突然話を振られて驚くが、すぐに今日習った魔法を思い出して答えた。


「やってみろ」

「え?で、でも」

「大丈夫だ。オードリー」

「はいよ。『水よ、我が掌に、集まりて、球と成せ』」


 オードリーが右手のひらを上にして少し前に差し出すと、そこに周囲から水が集まりバレーボール程度の大きさの球になった。

 カイタとラヴィが目を見開いて驚く。


「おまえ程度の火なら多少大きいの出してもすぐ消せるから問題ない。店自体も耐火の魔法をかけてるしな」

「うー。分かりました」


 躊躇していたラヴィだったが、オードリーの出した水の球を見ながら右手の人差し指を立てる。そして目の高さまで上げて、じっと見つめた。


「『火よ』『球となり』『灯せ』」


 そして呪文を唱えると、人差し指の先に熱が集まり、小さな丸い火の球が生まれた。


「よし!」


 空いた左手で小さくガッツポーズをするが、それと同時に火が消えた。


「ああ……」


 泣きそうな声を出すラヴィ。

 いつの間にかカウンターから出てきていたグレゴリーがその頭を撫でた。


「練習あるのみだな」

「はいー」


 唇をとがらせたラヴィに笑顔を向けた後、まじめな顔でカイタを見る。


「さて、坊主、ここで火の玉を飛ばさせる訳にはいかないから、いまラヴィ嬢ちゃんがやった魔法をやってみろ。俺は魔法を教えることはできないが、魔法を使ったことのあるお前なら、分かるな」

「……はい。魔法言詞は、『火』、『球』、『灯せ』ですね」

「そうだ」


 カイタはラヴィが驚いた顔で自分を見つめる事に気付かずに、ラヴィと同じように人差し指を立てて顔の前に上げる。

 それを見たグレゴリーがオードリーに目配せすると、彼女は小さくうなずいた。その時カイタが彼女を見れば、彼女の両目がほんのり光ったことに気付いただろうが、彼は自分の人差し指を見ながら小さな火の玉を想像していた。

 そして口を開く。


「『火よ球となり、灯せ』」


 呪文の通りにカイタの人差し指の先に火の玉がうまれた。柔らかい光を放つ、緩やかな小さな灯火。


「これで良いですか?」

 




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