00-00-04 プロローグ インタビュー 4
「石神さん、いくらなんでもそれは」
矢田木が強い口調で非難するように石神を問い詰めようとするが、石神は反応せず話し続ける。
「これは当選チケットにも書いてある内容で、一番最初にする生体データの取得の時点で調査を行い、『はらへど』に適合出来ない場合は諦めていただくよう契約しております」
「ですが!」
「指定の病院までの交通費は実費とさせていただきますが、それ以外は無料で対応させていただきますし、ご希望であれば『はらへど』の多言語対応バージョンアップ時や、他言語使用可能なゲームを制作した際には優先的にご案内させていただくよう取り計らう予定です」
「しかし」
「幸いなことに、最初のロットに当選いただいた二千人の中には不適合な方はいらっしゃいませんでした」
「それは運が良かっただけであって」
「今までは募集の案内と当選のお知らせにしか載せていませんでしたが、こうやってお知らせさせていただきました」
淡々とカメラに向かって話していた石神であったが、ここで矢田木に向き合い、にっこりと微笑む。
「文章だけでなく、テレビという媒体で広めさせていただいた事、うれしく思っております」
「!」
「その効果を、期待しております」
そしてカメラに視線を戻し、
「是非ご納得の上ご応募いただきますようお願い申しあげます」
と、告げた。
「……それでは、次の質問ですが……」
その後何度聞いても笑顔か「応募の際にお知らせしております」でしか返さなくなったため、矢田木も諦めて話題を変えた。
「今回の初期ロット二千人というのは少なすぎるという点も話題になっておりますが」
「これでもギリギリまで増やしたんですけどね」
「何故この人数なのでしょうか」
「『カタシロ』の製造も結構ギリギリなんですが、何より病院の予約が取り辛いというか、二千人でもギリギリでまわしている状態です」
「最初に行うデータ取りに時間がかかるわけですね」
「医療機器である『UTUSEMI』を導入している病院もそれほど多くはなく、更に『カタシロ』に使用するデータを採るにはそれなりの時間がかかります。『UTUSEMI』は通常の検査や治療に使用されており、『はらへど』専門で導入しているわけではありませんので、どうしても予約が取れず人数に制限がうまれてしまうわけです」
「なるほど」
「それでも都道府県に最低各一つは推奨の病院をお願いしています。当選通知や公式サイトには対応していただける全病院と優先していただける可能性のある推奨病院を載せていますので、お近くの病院や推奨している医院などに予約をしてから向かっていただますようお願いしております」
「それでも二千人は……」
「こればかりは物理的、時間的な問題ですので」
「そうですね……」
「初期ロットは二千人、二ヶ月後に更に千人、その後ひと月毎五百人を『はらへど』に招待する予定です。また、今後は当社直営の『UTUSEMI』『カタシロ』専門の病院の開業も予定しておりますので、そちらであれば更に予約は取りやすいかと」
「専門のですか!?」
「はい。『UTUSEMI』や『カタシロ』でカバーできる障害を持つ方のための、専門の病院ですね。そこでは『はらへど』にも力を入れさせていただきます」
「それはいつ頃?」
「詳しくはまたサイト等で案内させていただく予定です」
カメラに向かって微笑む石神。
そして矢田木に顔を向けてにっこりとほほえむ。ここまでのやりとりでこの顔をした後は情報を引き出せないことを感じていた矢田木は、すぐに切り口を変えた。
「サイトを見ていただくということですが、ネットでは最初の当選者である二千人以外にもサービス開始と同時にプレイできる人がいるという噂が流れていますが、こちらの噂は事実でしょうか?」
「はい。事実です」
あまりに普通に肯定された為、驚いて思わず石神の顔をまじまじと見てしまう矢田木。
そんな矢田木を不思議そう石神が見た。
「どうされました?」
「失礼いたしました。あまりにも簡単にお認めになったので少々驚いてしまいまして」
「積極的に広めてはおりませんが、特に隠している事でもありませんので」
「そうですか。その方達はいったいどういった方なのでしょう?また人数は?」
「人数は結局五百人くらいでしょうか」
「噂通りの人数ですね」
「これでも半分くらいは時間がないからと開始と同タイミングでの出発は止められて、この人数です」
「え!?」
「ええ。皆さん忙しいらしく。時期が悪いと嘆いている方もいました」
「それで、その方達はいったいどのような?」
「フルダイブの確認をするために協力をお願いした方々です。既に『UTUSEMI』を使用したことのある患者の方や、その家族の方が中心ですね。あとは特にご協力いただいている病院で募集した治験協力者の方などです」
「治験!?」
「はい。治験協力者募集サイトなんかにも載せていたはずです」
「……そこは未確認でした」
「医療機器ですから」
矢田木は視線を斜め下に向けて悔しそうに一度唇の端を歪めるが、すぐに気を取り直して石神に視線を戻した。
「それでは、その方達は既に『はらへど』の世界を体験しているわけですね?」
「いいえ?『はらへど』に最初に行くのは、初回ロットの二千人と、協力者枠の五百人が初ですよ?」
「え?」
「『え?』?」
「その五百人の方々、治験に協力された方は『はらへど』をやられていないのですか?」
「んー。正確に言うところの『はらへど』に行っていますが、降り立ったのは切り取られた草原スペースだけで、そこでは身体を動かすテストや、AIやスタッフとの会話テストを中心に行ってもらいました」
「そ、その方々は俗に言うベータテスターでは?」
「ああなるほど。そういうことですか。そうですね。『はらへど』では通常ゲームで行われるようなベータテストと呼ばれるような事はしておりません。切り取られた草原空間でテストを行っただけで、あの世界に住む人達と会話したり、他の生物と触れ合ったりしたわけではありません。ですので、今回のサービス開始と共にはじめる方達が『はらへど』に降り立つ初めての人達と思っております。開発スタッフは別ですが」
「それで大丈夫ですか?ベータテストでバグの洗い出しなどやシステムの調整を行うのでは!?」
「……矢田木さん、ゲーム詳しいです?」
「……今回のインタビューに向けて色々調べましたので、付け焼き刃で申し訳ありません。私のことはともかく、通常時ベータテストと呼ばれるような大規模なテストをしなくて大丈夫なんですか?」
「ゲーム業界はよく分かりませんが、ベータテストをしてる時点で基本的には全部出来上がってるんじゃないですかね?」
「勿論出来ているでしょうが、負荷テストやバグの洗い出し、レベルの調整などはやはり」
「んー。大丈夫でしょう」
「何故そう思えるんですか!?」
「『カタシロ』は、『はらへど』に向かうためのシステムです」
「はい?」
「『はらへど』という世界で生きるためのシステムです。世界は不条理で溢れています。多少の不都合なんて、しっかりと前を見て大地を踏みしめることができれば、何とかなると思いませんか?」
「石神さん、そういうことでは」
「おや。もう時間のようですね」
「え?」
矢田木がカメラを向くと、カメラの下で必死にスケッチブックを動かしているスタッフが見えた。
『あと二分』
あからさまに、自分が映されていることを忘れたかのように眉間にしわを寄せた矢田木。
しかしすぐに表情を戻し、カメラを見つめた。
「残念ですが、お時間になりました」
そう言って石神を見る。
「本日はお忙しいところおいでいただき、有り難うございました」
「いえ、こちらこそ有り難うございました」
「正直まだまだお聞きしたいことがあり、視聴者の方からの質問もお聞きできておりません。宜しければ、またお時間をいただければと思いますが、いかがでしょうか」
「そうですね。今回は滅多に見れないモノも見せていただき、良い経験が出来ましたので、前向きに検討したいと思います」
「有り難うございます」
「いえいえ。ゲストに殴りかかろうとする局アナとかなかなか見れたものではありませんから」
「!も、申し訳ありませんでした」
顔を強ばらせて頭を下げる矢田木。
「いえいえ、視聴者の方も面白いものが観られて良かったです。出たかいがありました」
「……」
矢田木が頭を下げつつ唇を噛みしめると、終わりを告げる音楽がなり始めた。
慌てて頭を上げる矢田木。
「本日は、報道特別番組として、世界初フルダイブMMOの開発を行った石神真さんにお話をお聞きしました」
カメラに向かって挨拶をする矢田木。
「石神さん、本日は本当に有り難うございました」
自分に向かって会釈する矢田木に向かって何も言わず会釈を返す石神。
「番組冒頭、本局キャスターの見苦しい姿をお見せしたことも、改めて謝罪させていただきます」
カメラに向かい頭を下げる矢田木。
そして石神に向かっても深々と頭を下げる。
「いえいえ、矢田木さんはお気になさらずに」
「有り難うございます」
そしてもう一度カメラをみる。
「それでは本日はこの辺で、また次回石神さんと、そして皆さんとお会いできるよう、努力いたします」
にっこりと微笑む矢田木。
「それでは皆さん。良い週末を」
立ち上がり深々とカメラに向かって頭を下げる矢田木が引きの絵で映し出され、番組は終わった。