02-02-01 クエスト?
少し疲れた顔のサツカが大志館を出てはらへどの世界に降り立つと、既に街は夕闇に包まれていた。
太陽はまもなく沈みきり、空には赤い月だけがぼんやりと光っている。
メニューから時刻を確認すると、はらへど内では紫初暦二千六百八十年弥生十六日三十二時少し前、現実世界が2037年5月1日16時少し前となっていた。
「暦が出てるな。なんて読むんだろ、これ。しはつれき?」
呟きながらウインドウの操作を始めるサツカ。
メニューの確認の次は、視界の隅で点滅していた光を触り、技能の[書状]を目の前に展開する。
来ている内容は四通のメッセージ。
「ラヴィ、クーン、トクタ、マシロからメールか」
一番古いラヴィのメッセージをタップすると、小さいウインドウが立ち上がる。
「ん?この送り主を承認しますか?承認、保留、拒否、か。名前からして皆だと思うけど、とりあえず保留でメッセージを確認してっと……」
メッセージを確認し始めるサツカ。内容はそれぞれ友人からのメッセージだったため、改めて承認しておく。トクタの承認をするときに少し躊躇したのはご愛嬌だろう。
「ん?追加メッセージ?」
四つ分、つまり四人分承認してから気付く、追加の書状。送り先は運営となっている。
「運営からメッセージ?」
少し恐る恐るタップすると、[書状]技能に関するクエスト説明だった。
「ああ、よくあるやつだな。五人に書状を送ること、五人を承認する事、五人から承認される事……か。俺達は丁度だから良いけど、結構多めの人数じゃないか?最初は一人、しかもチュートリアルキャラだろ……いや、いらないな……って、なんかきたよおい……」
更に追加できた書状を見て、誰から見ても疲れた顔をしたサツカ。
「なんでAIから承認要請のメッセージが来るかな」
サツカはアイクからきたメッセージを数分悩みながら承認し、とりあえず放置してカイタ宛てにメッセージを作成した。
「念話の検証はマシロの連絡待ちとして、とりあえずはクエストを進めてみるか。もう暗いけど、ラヴィからのメール情報だと今日はギルドからの要請で普段よりも更に夜の営業をしていてくれるらしいし」
ギルドカードで受けているメニューを確認し、まずはギルド前の大通りを門とは逆方向に進む。目の前には領主館、つまりこの都市を治める貴族が住んでいる館が見えている。
「大きいな」
既に観光の気分で大通りを歩くサツカ。何人か同じ様に館に向かう、自分と似た格好の男女を見た。
既に日の光は無くなり、空には赤い月のみが浮かんでいる。大通りは両側にしっかりと街灯があり白く輝いているが、その光が届かない片隅で、ぼんやりとした紫色の明かりが空から降り注いでいる事を確認することができた。
サツカが空を見て、赤い月を見付ける。
「赤、だよな」
紫色といってもぼんやりとだが、月の色とは違うため不思議に思う。だがそんなことも、もしかしたら今から受けるクエストをこなせば分かるようになるのかもと思い、急いで領主館に向かった。
「良く来た!『あらひと』の新人冒険者の諸君!」
領主館の門にいた騎士に指示されて門の中の広場に向かうと、同じ様な恰好の男女、つまりゲームのプレイヤーが集められて説明が始まるところだった。
何となくその状況に既視感を覚えつつ前に立つ騎士の言葉に耳を傾ける。
「しかし諸君達はまだこの世界、『はらへど』に、そしてわが主『アルハイト侯爵』の統治する『城塞都市アルハイト』に来たばかりで、世界の常識を何も知らない!それは冒険者として、そしてこの世界でいきる者として致命的だ!」
「『城塞都市アルハイト』を治める『アルハイト侯爵』……ねぇ」
口の端を歪めたサツカ。説明は続いている。
「そこで諸君には、先ほど渡した冊子を読み、その指示に従い、この都市を歩き、調べ、時に会話し、時に依頼に答えながら、この都市を知り、はらへどを生きる上での常識を手にしてほしい!」
サツカの歪めた口元が、ヒクヒクと痙攣しているように動いている。
「先ずは冊子を開いてほしい!ここには自由に記入して良いが、冊子を決まった者に見せなければいけないこともあるであろうから、決まった箇所はきれいに記入して方が良いであろう!」
「……いやまて、まだ早い。まだ結論付けるには早い」
「中身は諸君達の持つ武器や特性によって違っている!隣に居るものや仲間と共に謎を解くのは良いが、それぞれに求められている、それぞれが得なければいけない知識や常識は異なっている!」
「謎って言っちゃったよ」
サツカは額に右手を当てて目をつむる。
「まずは外に出て、門の外で最初の一枚を開き、中の指示に従え!この場所から出たときからここにいる者達は仲間であり、商売敵だ!まずはひとりで戦えるようひとりで行うが良い!」
何人かの騎士が現れ、プレイヤー達を門の外に行くよう指示を出す。
「いざ進め!『あらひと』の冒険者達よ!」
門の外に出る新人冒険者達。
それぞれに冊子を開き、中を読む。
サツカも深呼吸をして心をしずめてから一枚目を開いた。
{ここははらへどの最果て、城塞都市アルハイト。この地に降り立った新人冒険者であるあなたは、この街の謎を解き民に認められなければこの街は勿論、外に出ることすら出来ません。さあ、冒険者として生きるために、このはらへどを救うために、まずは街を回り一つの心理を導きましょう。それは、世界の真理への一歩となるはずです}
{まずは下にある謎を解き、その答えを所定の場所に埋め、そこから導かれる場所に行き、新たな指示を得ましょう。
一 城塞都市アルハイトを治めるのはアルハイト○○○ゃ○。
二 冒険者登録をした時に渡されるのは○○○○○○と駒札。
三 冒険者登録をした際に、紙のランクからはじめるのは『○○○○』だけである。
四 『○○○○』の冒険者はランク石から始める
五 …… }
そっと冊子を閉じるサツカ。
「周遊型リアル謎解きゲーム!」
小さくだがハッキリと吐き捨てたサツカの声に、近くにいた何人かが黙って頷いていた。




