01-04-01 閑話 井戸端会議
薄暗く広い部屋。
四十程の椅子が所々に設置されており、そのうち二十ほどが使われている。
椅子の種類もそれぞれに違い、背もたれを倒せばベッドになるような柔らかいイスもあれば、それこそパイプ椅子と呼ばれるような物も確認できる。
座られているのは座り心地の良さそうな椅子ばかりであり、座っているのは男女半々。共通点はギルドの制服を着ていることと、皆年若く見えることだろうか。
そのうちの一つ、少しだけ倒した一人掛けのソファーに座る女性は、目の前に十のモニターを出して見つめていた。
「アイク、アイク」
そんな彼女に近寄る一人の女性。
アイクよりも少し年上に見えるが、ウェーブのかかった長い髪やその表情、そして何よりそのメリハリのきいた肢体が色気を醸し出している。
「なに?アヤ」
画面から目をそらさずに答えるアイク。
「もうさっき言ってた子に決めたって本当?」
パイプ椅子をアイクの座るソファーの横に置くアヤと呼ばれた女性。そしてアイクと同じ様に画面を出しながらパイプ椅子に座ると、パイプ椅子が三人掛けのカウチソファセットに変わり、そのまま横たわる。
「とりあえず一人は彼にした。アヤはまだ?」
「んー。一人いい子はいたけど、まだチェックしただけかな。他にもみたいしね」
「チュートリアルのうちに決めておかないと、取られちゃうかもよ?」
「その時はその時……かなぁ」
しどけなく横たわりながらも目の前に出した画面を次々に変えていく、それはいくつものチャンネルを変えるテレビのようだ。
「私もこんなにすぐ決めるとは思わなかったけどね」
アイクも十ある画面のうち九つはアヤと同じ様に画面を変えているが、一つ外れた場所に出している画面だけはずっと一人の男が映し出されていた。
「そのこねー」
「覗き見しないの」
いつの間にか立ち上がりアイクの後ろに回り込んだアヤが、肩越しに画面を見た。
「あらぁ。なかなかなお顔?」
「別に見た目で選んだ訳じゃないわよ?」
「知ってるわよ。アイクは私と違ってそういう所で見ないもの」
「アヤだって違うでしょ」
「んー。私はねぇ」
喋りながらアヤは自分のソファに戻り、また寝転がる。
「めんどくさくなったらお顔とかで決めちゃうかも」
「観察者は絶対選ばなくちゃいけないわけじゃないんだから」
「でもぉ、みんな選んでたら仲間外れはいやよぉ」
「はいはい。っていうか、お顔とかのとかが気になるんだけど。何よとかって」
「えぇ……。私にそれをきくのぉ?」
「……やめとく」
アイクの答えに妖艶な笑みを見せるアヤ。
「でも、本当に早いわよ?まだ三人だもの」
「え?三人もいるの?って言うか、私が一番だと思ってた」
アイクが初めて画面から目を離す。
「違うわよぉ」
「……誰?」
「あらぁ。気になるの?」
「アヤが言ってくるって事は、私が知りたがる相手って事でしょ?」
「バレちゃった」
言葉使いは可愛く言っているが、その表情は可愛いなど簡単には言えない妖しさがある。
「ひとりは、十番よ」
「え?十番?アイト?あいつが?二十番の間違いじゃなく?」
「ええ。あなたより早くて、一番最初にきめたんですって」
「へー。あいつがね。あいつこそ選ばないかと思った」
周囲を見回すが目当ての姿が見付からない。
「アイクと十番は一緒に成長したのに、まだ仲悪いのぉ?」
「別に仲が悪い訳じゃないけど、あんまり話さないかもね。一応女性型と男性型の違いもあるし。でも、そういうアヤとアイナだって一緒にいるところあんまり見ないけど?同じ女の子じゃない」
「私がアイクばかり可愛がってるから嫉妬してるのよ。可愛いわよねぇ」
「まったく」
アイクは呆れたようにアヤをみた後、画面に視線を戻した。
「でもぉ、選ばれた三人は男の子だから、私は女の子で探してみようかしらぁ」
「え?アイトが選んだのって男なの?」
が、再びアヤに視線を向けた。
「ほらぁ、マスターがあっちにかかりっきりになるからって、何人か難しそうなプレイヤーを振り分けたでしょぉ。その一人らしいわよ」
「へ、へー」
「あらぁ?あらあらぁ?」
アヤも再び立ち上がり、アイクのそばに寄る。
「気になるのかしらぁ」
「男のプレイヤーには女性型の私達があたるのがほとんどだからちょっと驚いただけ」
「ふぅーん」
「何よ」
「べ、つ、に、なんでもないわよぉ」
アイクの頭を撫でてからカウチソファに戻るアヤ。
「もう一人は誰が選んだの?」
「ああ、マスターよ」
「へー。マスターがねぇ。マスターの目に留まる有望株がいたってことか」
「それはどうかしらぁ」
楽しそうな声で小さく笑ったアヤに対し、アイクは画面を見つつも眉間にしわを寄せた。
「どういうこと?」
「マスターが忙しくなってる要因の彼を選んだのよ」
「!ああ、例のチュートリアル始める前に襲われたり戦ったりつしおみの方と話したりした例の子」
「だからぁ」
「観察や注目というよりも監視ね」
「そういうことぉ」
小さな声で囁くように笑うアヤと、苦笑いを浮かべるアイク。
「あ、そうだぁ。もう一つ良いこと教えてあげる」
三度立ち上がり、アイクの背後に寄るアヤ。
「もう、何よ」
後ろからアイクの首を愛撫するように手を這わし、そして抱き締めながら耳元に唇を寄せた。
「例の件、本当みたい」
今までとは違う張り詰めた言葉使いで囁く。
「もう、何って」
逆にアイクは先程までと同じ様な声色で、少しだけ大きな声を出しながらアヤの次の言葉を待つ。
「大丈夫。私がこうしてるのはいつものことだし、じゃれているようにしか見えないから」
「耳に触るの止めてって」
アヤの手を握るアイク。
更に自分の耳に口を寄せたアヤの顔にもう片方の手を這わした。その手でアヤの口元を隠す。
「インベントリが使えない空間。あるみたい」
「ほんとーに?」
「ええ、お父様とマスターが言っていたのをアーツが聞いたって」
「だからそれはそういうプログラムでしょって」
「お父様が組んだプログラムなら私達に秘密にする必要はないし、私達が見つけられない訳がない」
「もぉ、ちょっとちゃんと仕事しなさいって」
「何か見付けたら、教えて」
「はいはい、分かったわよ」
「もおぉ。私がこんなに好きなのに」
ゆっくりと離れるアヤ。
二人の手が一瞬強く繋がれ、そして離れた。
「しょうがないからお仕事しようかしらぁ」
アヤはゆっくりと歩き、カウチソファに寝そべろうとした。
AIである彼女達は、AIルームと呼ばれるこの部屋にメインの人格を起き、各分体がチュートリアルやギルドでの受付などを行っている。
周りからは遊んでいるように見えたアヤやアイクも、ここで会話をしながらも並列思考で百以上の分体を動かしていた。
この部屋にいるAIはほとんどがこの形で仕事をしているのだが、つくられて間もないAIはまだ並列思考が出来ない者や未熟であるため、基本の人格体をそのまま動かして各ギルドなどで働くことがあった。
「ちょっとまってアヤ!」
「どうしたのよぉ」
「これ、あんたの所の行の子よね?」
「んー?」
アイクの少しだけトゲのある声に、アヤは寝そべるのをやめて、少しだけ早く歩いて近寄る。
そしてアイクの指差した画面を見て笑顔が固まった。
「あ、あらあらぁ?フーハちゃんね」
画面では、歩きサツカとフーハが会話していた。
「見習いはプレイヤーとの接触は禁止のはずよね?」
「フーハちゃん、早く観察したいって言ってたからぁ」
「フーハって、あれでしょ?まだ二十も分体を操れなくて四列目と練習してる三列目よね?」
「そうなのよぉ。……そうだ、ねえ、アイク、あのこも教育してくれない?」
「……マスターにはアヤから説明いれてよ」
「もちろんよぉ」
会話だけきくと穏やかだが、アヤの口調はだんだん堅く、アイクの口調はどんどん冷たくキツくなっていた。
「……なるほど、大志館へのドアの警備か。その程度の仕事もまともに出来ないなんて。でもクイアに任せる仕事じゃないわね。フィーク、もう一人出せる?まだ四十くらいよね?そう、大丈夫ね。ちょっとアルハイトのギルドに来て。うん。宜しく」
こめかみに右の人差し指を当て、独り言のように誰かと話すアイク。
「ごめんなさいねぇ。マスターも連絡したわぁ。返答は直接アイクにも入れてくれるってぇ。多分オーケーよぉ」
「分かった。じゃあ行ってくる」
「え?ちょっと?自分で行くの?」
思わず素で驚くアヤ。
かろうじて小声ではいたため周囲の視線を集めることはなかった。
「分体出すのもバカバカしいのよ」
「……うちのバカを、宜しくお願いします」
自分を見るアイクの目に何も言えなくなるアヤ。
「じゃ、行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
アヤの目の前から瞬時に消えたアイク。
「……もうちょっと後輩の指導がんばるかな」
そんなことを呟きながら、アヤはカウチソファに横たわった。




