01-03-14 大志館で転移
ギルドマスターの部屋を出たサツカは、一瞬ドアに張り付けば部屋の中身が聞けないか考えたが、このゲームの音声伝達システムの説明を思い出して諦めた。
よく考えれば万が一聞こえたら[盗聴]なんて技能を得てしまいそうなのだから、やめておいて正解だろう。
そして特にどこに寄るまでもなく一階まで行くと、まだまだ人の多いロビーを迷うことなくすり抜け、大志館に続くドアを開けた。
「こちらは大志館です。あらひと以外のご利用はご遠慮下さい。ご用の方は、正面玄関におまわり下さい」
突然流れたアナウンスにドアを開けたまま思わず立ち止まる。
「驚かせてすみませーん。今日から使用できるようになったら、何人かつしおみの冒険者さん達が来ちゃったんで急遽ドアを開けたら流れるようににしたんですよー」
そしてその後すぐにサツカの後ろから現れた少女。
「でもこれも不評なんで、とりあえず冒険者さんが依頼を受けてくれるまでは私が立つことになりました!」
慌てて振り向いたサツカに可愛らしく敬礼をする少女。身長は胸の高さまでもない為見上げるような体勢でサツカを見ていた。その服装は受付にいる女性達と同じだ。
「あ、私は受付見習いのフーハといいます。宜しくお願いします!」
ぺこりと、擬音が出そうなお辞儀をした少女。
「受付ということは、チュートリアルも」
「しー!」
口に人差し指を当てて顔をつきだしたフーハ。
「ダメですよサツカさん。そういう事をここで言ったら。つしおみの方々もいるんですから」
「あ、ああ」
「よろしい!」
そのまま立てた人差し指を突き出して笑う。
「因みに私は見習いなので、そっちは担当していません!」
手を戻し、両手を腰にして無い胸を張って答える。
サツカは、それは胸を張るようなことなのか?と言うかAIに見習い?などと考えつつもとりあえず流した。
「そ、そう」
「はいそうなんです!でも人手が足りないので、急遽私達見習いもこういった誰でも出来そうな仕事を、やることになりました!」
再び敬礼をするフーハ。
「でも先程も申しましたが、このドアの前の警備を冒険者の方の仕事として依頼を出していますので、私がここにいるのはちょっとの間の予定です!つまりサツカさんはレアキャラに会えた幸運なプレイヤーなのです!」
「そうですか」
「そうなんですよ?」
言いながら下からのぞき込むようにサツカの顔を見る。
「しかもさっきのアナウンスも私がここにきたので切られましたから、あれを聴いたのもサツカさんが最後と言うことで、ダブルで幸運プレイヤーなのですよ!」
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるフーハ。
普段のサツカなら愛想良く返すところだが、今の疲れ具合と相手がAIであるという思いから無愛想になっていた。
「それでは自分はこのまま中に用事がありますので」
「はい!楽しい『はらへど』ライフを!」
「はいどーも」
サツカは扉を閉めようとするが、一つ気になりふと立ち止まった。
「?どうしました?」
「何故、俺の名前を?会うのは初めてですよね?」
「!わ、わ、わわわたしたちは、プレイヤーさんのナマエがすぐワカルしようになっているのです。こ、これ、ヒミツなので、おねがいします」
「ああ、はい。そうですか。気を付けて下さいね。あと、プレイヤーとかも言わない方が良いのではないですか?俺達は『あらひと』ですから」
「そ、そうでした!ありがとうございます」
髪の毛を振り乱してお辞儀をしたフーハ。
「ちょっと気になったので。それでは失礼します」
サツカはフーハが顔を上げるのを待たず扉を閉めた。
「ふいー」
「ふいー、じゃないわよ、このバカ」
上半身を上げたとたんに後ろから頭をはたかれた。
「え!?」
振り返ったフーハの前には腕を組んで見下ろす女性。
「アイクさん……」
フーハはその視線に射竦められ硬直する。
「まったく……」
「うう……わたし、なにか失敗しましたか?」
「今のサツカは疲れてて気が回らなかったみたいだけど、あんたがサツカの名前を知ってる時点でなんでって事になるわよ」
「それは今、わたしのすばらしい言い訳で」
「あんたが今言ったのは、私達とちゃんと会話してくれた人ならすぐバレる、もしくは不審に思われるただの嘘よ」
「でもサツカさんは」
「あんたに興味がないから流しただけよ。私達はギルド側だから名前を知られているくらいどうでも良いと思っただろうし」
「えー。そんなー」
アイクに叱られたことよりも、サツカに興味がないと言われたことの方がショックなのか、ふてくされた顔をする。
「だいたいなんであんたがサツカの事を知ってるのよ」
「え、そ、それは、実は私の方が先輩よりも先にサツカさんのことを」
「どうせ私がアヤと話しているのを盗み見してたんでしょ」
「うっ」
「あんた達三列目はまだ見習いなんだから、そんなことよりもちゃんと与えられた仕事しなさい」
「……はい」
「フィーク、来て」
「はい。こちらに」
「な、なんでフィークがここに!」
眼鏡をかけた無表情な少年がそばに寄ってくる。姿は男性職員用の制服だ。
「あんたの代わりにここの仕事をするために呼んだのよ」
「アイクさんに呼ばれました」
「そんな!一列目だからってマスターでもないのに横暴です!」
「与えられた仕事もしないで観察だけしたいなんて許される事じゃないでしょ。マスターとアヤには連絡済みで、今、了承してもらいました」
アイクは自分のこめかみを人差し指で軽くたたく。
「まずは五列目と一緒に基礎の勉強のやり直しよ」
「そんなー」
その場にへたり込むフーハ。
それを見たフィークは口の端を少し歪めた。
「あんた!今笑ったでしょう!」
フーハがフィークを指さすが、その時は既に無表情に戻っていた。
「はいはい。これは決定事項です。さっさと立ちなさい。認識阻害をかけてあるけど、ここは冒険者ギルドの施設であってあんたの遊び場じゃないのよ」
「許して下さいー」
フーハの腕をつかんで立ち上がらせるアイク。
「監査にかけられて初期化されるのとどっちがいいの?」
「うっ……勉強し直します」
「ちゃんとやりなさい」
立ち上がり、アイクの後ろをうなだれて付いていくフーハ。
扉の横に移動したフィークは、そんな二人の姿を見送りながら一瞬笑った後、すぐに無表情に戻って前を見つめた。
大志館内。
二畳より少し広いくらいの白い部屋に、壁に備え付けられたら机と背もたれのあるイスが一つ。
ドアが開き、サツカが部屋に入る。
そしてカギを閉め、イスに腰掛けた。
「……疲れた」
思わず漏れたその一言が、サツカの体調と心情を現している。
少しの間背もたれに体を預けて目をつむっていたが、体を起こしながら目を開いて持っていた紙を机に置いた。
「そうか、メールを送っておかないと」
メニューを開き、技能の中の[文箱]に意識を向ける。
するとサツカの目の前に画面が開いた。
「『はらへど』でのアドレスは自動で設定。変更は不可。向こうに送ることはアドレスさえ分かれば自由。で、向こうからこちらに送るには専用のソフトなりアプリが必要……か」
画面には目をやらず、渡されていた紙を読むサツカ。
「それで……」
画面に目をやると、メッセージが出ていた。
「大志館で渡される紙を入れて下さい……ねぇ」
手に持っていた紙を画面に近付けると紙が光る粒子となって画面に吸い込まれた。
すると画面のメッセージが変わる。
「これで使えるようになったわけか」
仮想キーボードを出して自分のアドレスを打ち込むサツカ。
そして適当にタイトルと中身をいれて送信する。
「……やることはとりあえずこれで終わりか。[書状]は誰かと合流してから使えばいいだろ」
画面を消し、再びイスに深く座った。
今度は目は開いたままで、ぼんやりと白い天井を見ていた。
部屋に明かりの設備はなく窓もないけれど、なんとなく自然光の明かりを感じていることに気付く。
「よく観察すれば、ここが現実ではない事が分かるようになっている仕様……ってところかな」
上を向いたままメニューを開く。
そして一番下の転移の文字に意識を向けた。
目の前に浮かぶ注意書。
「次回……もとりあえず出しておくか。チェックを入れないで実行っと……」
画面を指さし確認しながらぶつぶつと呟くサツカ。
そして実行の文字を触ると、サツカの体がゆっくりと光の粒子となり、消えていった。
サツカのいなくなった部屋。イスの上に最後に残った、人の形に切り取られた一枚の小さな紙。
それすらも光の粒子と化して消え去ると、ドアのカギがひとりでに開かれた。




