01-03-13 思惑
「さて、まずはラギロダ様の件だが……」
「申し訳ありません」
「お前の立場から考えれば気になるのは仕方ない。捜索に回せなかったこちらの不手際でもある」
執務机に合わせてつくられた椅子は見た目以上に座り心地がよく、ドルドアは背もたれに体を預けながら机の上のタブレットを手に取った。そしてそれを弄りながらが話す。表情もやわらかく、先程までの張りつめた雰囲気は無い。
「ですが……」
座っているドルドアとは違い、机の前に立つカリネラは緊張した面持ちで俯いている。
「ああ、今この街で弓関係をちゃんと教えるこが出来るのはおまえを入れて五人しかいないからな。しかもおまえを含めて主要武器は他にしている者ばかりだ」
「ですから、受けました」
「だが、捜索に回すこともできた。それはこちらの見通しの甘さもある」
「……」
「伝口鳥を見たのか?」
「……はい」
「そうか……。ま、少し失敗はしちまったがな」
「申し訳ありません」
ドルドアの表情や雰囲気からは怒りなどは感じないのだが、カリネラの表情は暗く重い。
「言っておくが、失敗はあいつを連れてきたことや、おまえがここに来た事じゃないぞ?」
「え?」
顔を上げた彼女の視線の先には、哀れな者を見るドルドアの憐れみの瞳。
「え……?」
「おまえ、連絡板の音を切ってるだろ」
「!」
慌てて腰のポーチからタブレットを取り出すカリネラ。
「教習中に音が鳴ると気が散るからって呼び出し音も切っておくのはいただけないな」
タブレットを操作するカリネラの顔から血の気が引いていく。
「せめて受講者に頼まれてギルド内にいることなんかを話しておけばなあ」
カリネラの目に飛び込んだのは、自分宛ての連絡。
今どこにいるのか。
教習はどうなっているのか。
何故連絡をよこさないのか。
何度も入っている連絡を見て、青ざめていく。
「とりあえず俺から連絡は入れておいた。こちらの話が終わったら窓口に行くよう伝えると言ってあるから、後でゆっくりユーイルに怒られてくれ」
「……はい」
「で、ま、話を進めるが」
タブレットを持ったまま立ち尽くすカリネラを見て苦笑いを浮かべつつドルドアは話す。
カリネラも一回目をつむり頭を振ってから前を向いた。
「こちらに来たばかりのあらひとが、新人冒険者が、アイスネークを倒せると思うか?」
「思いません」
「だよな」
即答するカリネラ。
ドルドアも同意するが、その表情は明るくない。
「もし、サツカが戦うとしたら?」
「たとえサツカでも、今は勝てません。アイスネークを倒すには[魔力操作]が不可欠。まだ彼はそれを覚えていません」
「サツカが[魔力操作]を覚えるにはどれくらい時間がかかると思う?」
「取得方法にもよりますが、私が教えるなら早くても一日はかかるかと」
「そうか……」
「因みに」
「ん?」
「サツカの技能の取得速度はかなり早かったです」
「というと?」
「[弓術]を最初から持っていたようですが、それでも[射術]を一時間かからずに覚えました」
「[射術]を一時間足らずでか」
「あらひとがすべて早いのなら話は別ですが」
「そこはまちまちのようだな」
タブレットを操作しながらドルドアが話し始めた。
「もう何件か報告がきている。何人かの同時教習で同じ事を教えても、技能を覚える者と覚えない者がいるようだ。しかし技能を覚えなくても通常の獣程度なら戦えるほどの技術を得る者がほとんどのようだ」
特に驚いた様子もないカリネラを見る。
「とは言っても実践と練習は違う。実際に戦えるのは技能持ちだけだろうがな」
「それでも」
「ああ。つしおみの冒険者も負けてはいられん。かといってこの情報をそのまま流しても、あらひとへの嫉妬が大きくなるだけだろう。後手に回るがまずは様子を見るしかないな」
「……はい」
タブレットを裏返すドルドア。
そしてそれをそのまま机の上に置くと、机に両肘を着き、更に右手で頬杖をつく。
「で、本題だ。サツカ・シジョーをどう見る?」
「サツカを……」
「ああ」
「……分かりません」
「ん?」
怪訝な顔をしたドルドアに、カルネラは少しゆがんだ表情を見せる。
「彼にも言ってしまいましたが、私には彼が何人かの別人に見える時がありました。最初は冒険者らしからぬ礼儀正しい受講者。練習中は少し礼儀正しさが剥がれ落ちた、それでも真面目な受講者。時折は粗暴さも見え、新人冒険者らしいなとも思い始めました。けれど私に気になるのならギルマスの部屋に行くようすすめたりこちらに来るための策を練っているときや、そしてこの部屋で会話しているときなどは……」
「そうか……」
頬杖を止め座り直すドルドア。
深く座って背もたれに身を預け、右手で顎髭を弄る。
「俺は教習中を知らないから何とも言えんが、お前がそう言うのなら、まるで別人のようだったんだろう」
「……はい」
「どの顔が本人なのか。もしくはどの顔も本人ではないのか。どちらにしても、俺にしてみればまだ見たことのない『カイタ』よりもサツカの方が面白い」
「え?」
「気付いていただろう?俺が[威圧]を使ったのを」
「はい」
「あいつは平気な顔してたな」
「……はい」
「実はな、[威厳]も使った」
「!」
いたずらした後の少年のような笑顔のドルドアと、驚きを隠せないカリネラ。
「[威圧]や[威厳]を受けて、俺とあそこまで話せる冒険者がこのギルドに何人いると思う?」
「ほとんど、いないと思います。私はともかく、[威厳]はアルグやディートにも効いていました。ユーリアでさえ、あの頃は耐えられなかったくらいです」
「俺もそう思う。あいつが本当にここに来たばかりなら、耐性があるとは思えない。もともと待ってる技能で打ち消したか、性質として効かないのか」
「[威圧]や[威厳]が効かなくなる技能なんて……」
「俺の知る限りじゃ、[鼓舞]と[統率]くらいか。でもどちらも俺の[威圧]や[威厳]より強力じゃなければ完全に打ち消すのは不可能なはず。[従魔]だと自分に対する[威圧]は消せない」
「どちらにせよ新人が持ち得る技能では」
「サツカは弓使いか……。可能性としては、[鼓舞]よりも[統率]のほうか。いや、そういえばまだあったな」
「え?」
「[支配]と[指揮]だよ。[支配]なんて伝説の技能だがな」
面白そうに小さな声で笑い出すドルドア。
「後方にいる弓使いなら、こっちの方がらしいだろ」
彼が笑いながら話すのを、カリネラは困ったような顔で見つめている。
「さて、どんな手品を使ったのかはわからないし、まんまとあいつの策略にはまった気もするが、俺にはこっちの方が面白いから良いとしよう」
「どう言うことですか!?」
「わからないのか?お前はだから俺達のパーティー抜けてから金に上がれないんだよ」
「それとこれとは……、て、今はそんなことじゃなく!」
「あいつは俺達の、いや、俺の興味を『カイタ』から自分に変えたさせたのさ」
「!」
「そして、俺がそれに気付いていることをあいつは分かっている。いや、それすらも最初から全部計算していたのかもな」
「そんな……」
「だがな」
笑っていたドルドアが真剣な顔をしてカリネラの顔をまっすぐに見つめた。
「確かにそこら辺も気に入ったが、俺があいつを本気です気に入ったのは、そこが理由じゃない」
「いったいどこを?」
「あいつは友を守るために俺を敵に回しても、街を敵に回しても良いと言った」
「……」
「それがどこまで本気かは分からないが、俺はそういう事をちゃんと言える奴が好きだからな」
ニヤリと笑った後、イスを回してカリネラに背を向けた。
「さて、話は終わりだ。そろそろ叱られに行ってこい」
後ろを向いたまま手を上げて振る。
「はい……」
「おう」
そのまんま手を振るドルドアに一礼して部屋を出るカリネラ。
「『あらひと』……ね。楽しみが増えたのは良しとするか。……な、」
ドルドアの呟きは、まるで誰かに話しかけるようだった。




