01-03-12 だいじなもの
ドルドアの問いかけに疲れたように答えたサツカ。
その答えにドルドアは怪訝な顔をし、カリネラは驚いた顔をした。
「……正直あっさり認められて驚いている。思わず口にしたわけでもなさそうだからな」
ドルドアが続ける。
「カイタとか名乗る者とのつながりは黙っているかと思ったが」
「バレているなら話した方が得策だと判断したまでですよ」
「同じあらひと、もしかしたら知っているかもしれない。知っていなくても意見を聞きたかっただけんだがな」
「あそこでむせたのは失敗でした。ギルマスが俺を観察していることには気付いていましたし、お二人がどんな技能を持っているか分からないですから、嘘は言わない方が良いでしょう」
二人の顔を交互に見ながら話すサツカ。
「勿論」
そして真剣な顔でドルドアの目を真正面からしっかりと見た。
「嘘を言わないと真実を言うが同等ではないことはご存じだと思いますが」
サツカを観察するように目を細めていたドルドアの目が一瞬大きく見開き、そしてその後視線の意味が観察から監視に変わった。
「とは言っても、僕の知る『カイタ』と、今の話の中に出てきた『カイタ』が同一人物であるかはまだ分かりませんけどね」
笑顔で告げるサツカ。
しかしドルドアは厳しい表情で可能性を問いかける。
「本人だとしたら、どうするんだ?」
「逆にお聞きしたいですね。あらひとの新人冒険者をいかがするおつもりですか?」
サツカは笑顔のまま、けれど目は笑わずに逆に質問する。
「……どうやってアイスネイクを倒したのかの詳しい事情聴取。ラギロダ様に気にしていていただいているのであれば、ちゃんとした冒険者に育つよう、ギルドで手助けをさせてももらう。あとはラギロダ様に対して無礼な事をしないように礼儀作法の教習も受けてもらう。さらに言えば」
「すべて却下です」
そして笑顔でドルドアの言葉を切った。
「認められる訳がないでしょう」
表情は笑顔で変わらないが、言葉は刺々しい。
「本気で言っているのであれば、程度が疑われますよ?」
「なんだと?」
ドルドアが殺気立つ。カリネラは部屋の温度が少し下がった様に感じた。
しかしサツカは気にせず続ける。
「それはそうでしょう。冒険者とは自由なはず。先程カリネラさんが自由と無法は違うと言っていましたが、あなたが今言ったそれは法ですらない。ただの束縛です。しかも、自分の利益の為だ」
「ラギロダ様への対応は自分の事はもちろんギルドの為でもない。この街のためだ」
「現時点で俺達はただの旅行者です。冒険者として登録はしましたが、この街に対する思い入れなどまだありません」
「この街がどうなっても良いというのか?」
「今の段階では、街よりも友人の方が大事なだけです」
怒りを露わにしたような表情でサツカを睨むドルドア。だがサツカはそれすらも受け流し、真剣な顔で真正面から視線も逸らさずに話していた。
「……俺の問いへの答えを聞いていない」
視線は逸らさずに話を変えたドルドア。
対してサツカも視線を逸らさずに口を開く。
「もし、俺の知る『カイタ』とラギロダ氏が出会った『カイタ』が同一人物であった場合、ですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですね。もし同一人物であるのならば、先程のお弟子さんの言葉である『注目はしても特別扱いはするな』をお二人が組織として守っていただければ問題ありません」
話ながら薄い笑みを浮かべ、言葉の終わりと共にカリネラをちらりと見る。
急に視線を向けられて何度も頷くカリネラ。
ドルドアはカリネラを見て眉間に皺を寄せるものの、特別何をするわけでもなくサツカに視線を戻す。
「でも、それでは納得出来ない点もおありでしょうから、少しくらいは協力をして差し上げますよ」
そしてサツカは最後におどけたように話した。
肩をすくめ、困ったような笑顔で、ほんの少しドルドアを小馬鹿にしたような雰囲気すら見せている。
「……どういうことだ?」
「最高位魔導師であるラギロダ氏、そのお孫さんのラズロア、ラギロダの弟子でありラズロアの師匠であるグーム氏、この三人がカイタに注目しているのは事実でしょう。あちらから積極的に関わってこられたとしても仕方がないです。ですが、ギルドとしては関係ない話。お二人が気にする必要はない。一人の新人冒険者として扱えばいい。それでも、どうしても接触したい、もしくは彼の情報が欲しい場合は、俺を通して下さいって事です」
薄ら笑いをしているサツカをじっと見つめるドルドア。
「……そんなことをして、お前の利点はなんだ?それこそ束縛につながるだろう。おまえ自身への」
「友達を守る。このギルドの有力者に貸しを作る。多少の煩わしさは、この二点で充分お釣りが取れる算段です」
サツカの横では、カリネラが二人を落ち着かない雰囲気で見守っているが、会話に加わることが出来ないでいる。
「新人冒険者がギルマスに恩を売るなどおこがましいとは思わないのか?」
「ギルド支部の責任者が、守るべき者を食い物にしようとするよりはましだと思いますが?」
じろっとサツカを見るドルドア。
横にいるカリネラが身を震わせるほどその視線は強く厳しいが、サツカは何の気負いもなく受け止めていた。
しばらくの間視線だけの応酬が続いた。
「ふっ」
そして突然ドルドアが鼻で笑った。
部屋の雰囲気がやわらぎ、カルネラの表情から緊張が少し抜ける。
「こちらとしては、情報が手にはいるのならばまずはそれでよい。この街で過ごしていれば、この街を守る気になるだろうしな」
「自信があるんですね」
「当然だ。アルハイト侯爵が治め、騎士達が守り、我ら冒険者が生きるこの街が素晴らしくない訳がない」
「たいした自信ですね」
先程までの険悪な雰囲気を吹き飛ばして笑顔で胸を張るドルドアに、呆れを隠さずに言葉を漏らすサツカ。
「私も願う。君達がこの街を、この世界を好きになってほしいと」
横に座るカリネラはまだどこか緊張しているように見えるが、それでも微笑みながらサツカに告げる。
「そう思えたら、俺も嬉しいですね」
「さて、俺からの話は終わりだ。もう教習時間も過ぎただろう?」
「あ!はい……」
カリネラを見るドルドア。彼女はその視線から逃れるように視線を泳がせつつ肯定した。
「カリネラにはこれから話があるとして」
「はい……」
「サツカ・シジョー。君はこれからどうする?」
「一度元の世界に戻ります。少々疲れましたし、まだ向こうの方が『カイタ』と連絡が取れるので、まずは確認しないと」
「そうか」
立ち上がるドルドアに合わせて立ち上がる二人。
「連絡はギルドを通す」
「新人がギルマスから呼び出しとか悪目立ちします。目立ちたくありませんので、名目はカルネラさん名義でお願いします。理由は弓の教習の件とでもして下さい」
「分かった。カルネラ、良いな」
「はい」
「こちらに来たら必ずギルドを見るようにしますよ」
「そうしてくれ。君は、パーティーは組むのか?」
「一応予定はあります。勿論『カイタ』もその一人ですよ」
「分かった」
右手を差し出すドルドア。
サツカも差し出し、二人は握手をした。
「書面も魔法契約も行わないが、これは契約だ。違えるなよ」
「それはこちらの台詞です。頼みますよ」
「ふっ。ギルマスに上から話す新人冒険者か」
握手したまま会話する二人。
横ではカリネラがまた緊張した面持ちでそれを見ている。
「たまには良くありませんか?」
「残念ながらうちは気の強い職員が多くてたまにじゃない」
「おや、それは」
「たまには、俺に対して敬意を払う奴に会いたいものだ」
手を離すと腰を手にやり、疲れたように首を回すドルドア。
サツカで苦笑いを浮かべながらカリネラを見ると、驚いた顔でドルドアを見ていた彼女はその視線に気付いて慌てて首を横に振った。
「下の者は否定していますけど?」
「上の苦労は分からないものさ。そう、思わないか?」
「……どうでしょうね。上に立ったことがないので分かりません」
「ま、そういうことにしておこうか」
ニヤニヤとした笑みを見せるドルドアを見て、眉をひそめたサツカ。
「サツカ。すまないが……」
「あ、はい。わかりました」
促され、扉の前に移動したカリネラに続く。
しかし途中で立ち止まり、ドルドアを見た。
「なんだ?」
「俺は、合格でしたか?」
「……ああ、貴族相手の秘書に雇いたいくらいにはな」
「秘書としての就職は遠慮しますが、評価としてはありがたくいただいておきます」
カリネラが開けたドア。
その前で立ち止まり、今度は自分を見る彼女を見た。
「何か?」
「あ、いや……」
「どうしました?先程から俺を見る様子がおかしく感じましたが」
「いや、その……。長くはない時間だが、教習をして君の人となりを見た気持ちでいたが、この部屋に入ってからの君はまた別人だった。それが、少しな……。」
「場所と状況、相手に合わせて態度が変わるのは当然だと思いますけど?」
「いや、そうなん、だが……、本当に、別人に、見えたから」
「そうですか」
「いや、すまん、気にしないでくれ」
「はい。気にしてもしょうがなさそうですし」
部屋を出るサツカ。
そして振り返り、腰から曲げてお辞儀をした。
「失礼します」
顔を上げ、ドルドアの顔を見ながらそう告げると、自分で扉を閉めた。
「カリネラ」
「……はい」
執務席に座るドルドアの前、執務机越しに立つカリネラ。
「さて、色々聞こうか」




