01-03-09 それはしょうがない
「ラギロダさん、ですか」
「ああ。ここから路線馬車で数日で行ける村に住んでいる」
「馬車で数日ですか!?」
思わず声をあげてしまうサツカ。
「ここからだと一番遠い村だからな、ヤガ村は」
「でも数日かかるってどんだけ広いんですか……。あ、いや、でも馬車なのか」
声をあげてしまうのも仕方ないことだろう。サツカにとって数日かかる距離となると海外まで行ける時間であり、地続きの場所としては想像すらできないのだから。
「技能を身に付けて一直線に向かえばもっと早く着けると思うが、お勧めはしないな」
「それは自分も嫌ですね」
馬より早く走れるようになるのか、或いは休まなくても走り続けることが出来る体力が身に付くのか。どちらにせよ遠慮したいとサツカは思った。
「だから無理に会いに行くことはない。おそらくこの後普通に魔法を教えることの出来る魔法師と出会えるだろうからな」
「そうですか?」
「ギルドが考えてあるはずだ。そういった点においては冒険者ギルドは信じるに値する」
「分かりました」
カリネラの言葉に素直に頷く。心の中でイベントキャラなのかななどと思っているのもしょうがないことだろう。
「それに、紹介状を書いては見たが、全く意味をなさない可能性もある」
「というと?」
「……実は、師匠のお孫さんが今行方不明なんだ」
「!それは確かにそれどころじゃないですね。さらわれたとかですか?重要人物の血縁ですし」
サツカの言葉に眉をひそめるカリネラ。
「……なかなか怖いことを考えるな」
「え?」
「そういった犯罪事件ではないようだ。領都に、つまりこの街に遊びに来たいと言って一人で飛び出しただけらしい」
「ああ、なんだ、そういったことですかって、馬車で数日かかる所に一人でですか?!」
「そうだ。だから師匠も心配してな。自分で探すのはもちろん、領都やまっすぐに進んだ時に立ち寄る可能性のある街や村に捜索依頼をだした」
「冒険者に探して貰おうってことですね」
「そういうことだ」
「でも、まだ見つかってない」
「……範囲は広いし、捜索にでている冒険者も多くはない」
サツカの聞きようによっては領都にいる冒険者を無能だと言っている様な言葉に思わず冒険者を擁護してしまったカリネラ。もちろんサツカに冒険者を貶める気持ちなどは無いのだが、実際結果が出ていないことを彼女は気にしていた。
「冒険者って、人数としてはそれほど多くないんですか?」
「あ、いや、そんなことはないんだがな。今日は動ける者が少ないんだ」
「今日は?」
「ああ。今日数多くのあらひとがやって来ることは分かっていたから、ギルドは今日に合わせて冒険者を臨時職員を雇ったりしているんだ」
一人納得したように小さく何回かうなづくサツカ。特に重要とも思っていないため、情報として知っているプレイヤーの予定人数を漏らす。
「二千五百人。普通では考えられない人数がやってきた訳ですからね」
「そんなにくるのか?これはギルドの英断だったな。で、私はもともと弓の教習を担当している半職員みたいな扱いなんだが、それでも今日は絶対に来てくれと言われていた」
「カリネラさんも探しに行きたかったですよね。そして、同じ様に思いながらギルドで俺達の相手をしている方も多いと言うことですか?」
「今ここにいる冒険者で師匠のことを師匠と呼ぶのは私くらいだが、行きたいと思っている者はそれなりにいるだろうな。でも探しにいけないのは残念ではあるが、自由な冒険者として、ギルドとの契約を勝手に破棄すること出来ないのも事実だ。自由と無法は違うからな。規定の時間まではここで仕事をするさ」
「そうですか……」
何ともいえない表情をしたサツカを見て、カリネラが笑みをこぼす。だがすぐに今の状況を思い出して引き締まった。
「師匠は特に人捜しに実績がある者や行動範囲が広い者、素早く動ける技能を持った冒険者にお孫さん捜索の依頼をしたかったようなんだが、軒並みギルドで押さえられていてな。それでも少しはそちらの依頼にまわしたようではあるんだが……」
「そんな事が今起きているとは思いませんでした」
「ある面だけから言えばやんちゃな子供が行方不明になっただけなんだが、師匠はこの街にとってもかけがえのない人だから、多少大事になっているということだ」
「自分の教習が終わったら、もう終わり、じゃないんですよね?」
「ああ。今のところ弓の教習の予定は君だけだが、私は短剣と杖も教えられるから、そちらの補助に行く予定だ。補助でいれば、弓の志願者がいたときにすぐ移動できるようになっている」
「そんなシステムだったんですね」
「短剣も杖も片手剣や大剣に比べるとそこまで多くはないが一定数はいるからな。補助に入る程度でちょうど良い」
肩をすくめたカリネラを見てサツカも少しだけ笑みを漏らす。だが今度はサツカがすぐに表情を引き締めた。
「……カリネラさん」
「なんだ?」
「大丈夫だとは思いますが、もしそのお孫さんにもしものことがあったら、ラギロダさんはどうされると思いますか」
考えられる最悪の結果を想像し、カリネラの眉間にしわが寄った。
「……師匠はおもしろい人ではあるが、公私混同をする方ではない。勿論喪に服しはするだろうが、それで差別や区別をする方ではない。と、思う。だが、人の心は分からない。あらひとに対してくすぶるものはお持ちになっても仕方ないだろう。だからといって邪険に扱うといったことは無いと思うが」
「そうですよね……」
「だが、大丈夫だ。まだ成人していないとはいえお孫さんも師匠の訓練は受けているはず。それに、あのバカの弟子でもあるはずだから武器も習っているはずだ。街道沿いに出る獣や魔物程度に後れはとらないさ」
「ん?バカって」
「あ、いや、師匠のそばには護衛として錬金術の弟子でもある魔法騎士が付いているんだ。だからそいつに剣も習っているはずだから、下手な冒険者よりも強いはずだ」
「その方とお知り合いなんですか?」
「何をバカなことを!知り合いな訳ないだろう!あいつと!」
「あー。はい。すみません」
空気の読める男、サツカは追求せずに他のことを考え始めていた。
それはこれがシナリオとして自分達の行動にどんな影響があるだろうかという事だった。
「今行方不明と言うことは、まだ街の外に出られないプレイヤーが見付けたりする事は無いだろう。もちろんこの後の街歩きクエストで関わる可能性はあるが、おそらく可能性は低い。
きっとそのお孫さんは生きて帰ってこない。もしくは死体も見つからず、どこかのタイミングで敵として出てくるか、何かのキーとして登場するか。
あらひとを恨み偏屈になったラギロダさんに、偶然見つけた遺品を渡すことによって関係が改善できるイベントって線もある。もしくは組織にさらわれていて遠くで奴隷とかしていて、それをラギロダさんと一緒に助けに行くなんてシナリオもあるかもしれない」
用意されているであろうシナリオや状況を考えてうつむくサツカ。
ぶつぶつと呟いてはいるがカリネラには聞こえていない。彼女は最初こそ不思議そうにサツカのそんな姿を見ていたが、途中からは空を見上げていた。
「鳥?」
そしてぽつりと言った。
「え?」
カリネラが小さく漏らした言葉が妙に頭に響き、サツカは彼女を見る。
「カリネラさん?」
「とり、だ」
「ん?」
上空、カリネラの視線の先では白い鳥が旋回している。
「白い鳥ですね。珍しい鳥なんですか?」
「あれは、鳥だ」
「……そうですね」
「でも、鳥じゃない」
「はい?あ、もしかして、魔物?」
「いや、あれは、……魔導具だ」
カリネラの呟きが、鮮明にサツカの耳に届いた。




