01-03-08 冒険者
サツカが新しい紙に、こんなことなら他にも聞けばよかったかな、などと思いながら先程まとめた内容を清書していると、横にいたカリネラも違う紙に何かを書いていた。
ただ自分が使用している紙は本当によくあるA4サイズほどの大きさの紙だったが、カリネラは羊皮紙と呼ばれそうな物に書いていた為、気になってちらちらと見てしまう。
「どうした?」
「あ、いえ、何を書いているのかなと思いまして」
もちろん本来はちゃんとした冒険者であるカリネラがそれに気付かないわけがなく、何かを書きながら顔も向けずにサツカに話しかけた。
「ああ、教習する身でありながら生徒に貰うだけというのも気が引けるからちょっとな」
「それぐらい良いですよ。色々教えて貰いましたし」
「教習に関してはギルドからの依頼で、ちゃんと規定の金額を受け取るさ。それは私がこれから誰かに違いを教える時に使えそうだからな」
「ですが」
「サツカ」
「は、はい」
突然凛とした声で名を呼ばれ、清書も終わっていたため背筋を伸ばして立つ。
「冒険者なら、その行動に対する対価は相手が誰であろうとちゃんともらえ」
「は、はい……」
「納得できないか?」
「い、いえ、そういうことではないですが」
「こんな簡単なことで、か?」
今までに見たことのない、いや、会ったときに見たような冒険者としての顔でサツカを見るカリネラ。しかしすぐに羊皮紙に視線を戻して話し始める。
「そうだな、君にとっては簡単なことなんだろう。だがな、今回は同じ冒険者で私も君がどういう気持ちで言っているか分かっている気でいるからまだ良い。だが、相手が冒険者ではない民や依頼主だった時、その者が君が無対価で行った行動を他の冒険者に求めたとき、その求められた冒険者が対価を要求した時、あの人は、前の人は報酬なしでやってくれたと言われたらどうなると思う?あるいは君にとっては困難な行動を、前の人は対価無しでやってくれたからお前も対価無しでやってくれと言われたらどう思う?」
「!」
「それは君にとっては簡単なことかもしれないが、苦手に思う者もいるだろう。自分にとって簡単なことであろうと困難なことであろうと、正当な報酬を受け取らないとその次にその依頼や付け足しのような行動を願われた時に諍いの原因になることが多々ある」
「……はい」
「正当な報酬が分からないときはギルドに回せばよい。基本的にギルドを通さない依頼を受ける事は推奨されていないしな」
「はい……」
「そしてちょっとした依頼で、いや、依頼とは言えないお願い程度でも、請われて何かをするのであれば、ちゃんと釘を挿すことだ」
「釘?」
書き終えたのか、顔を上げてサツカを見るカリネラ。
そして見せる口の端だけを上げた笑み。
「これは、自分だからこの程度でやるけれど、他の人に頼むともっとお金がかかるかもしれないし、断られるかもしれない。そして次に自分に同じことを頼まれてもこの報酬では出来ないかもしれない。今が、特別なんだ。と、釘を挿すのさ」
「そ、それって」
カリネラは肩をすくめながら羊皮紙を丸める。
「自分にとって納得できてるのなら、報酬が無かろうが安かろうが、それは冒険者の自由だ。だが、他の冒険者の不利益になるようなことは避けるべきだというだけさ。自由な冒険者を守るのは、同じ冒険者だけだからな。ギルドは公正な立場で冒険者の事を考えてくれているし守ってもくれるが、ギルドの職員は冒険者ではない。冒険者あがりの職員もいるが、今の冒険者のことを本当に分かっているのは、今も冒険者として生きている私達冒険者だけだ」
「……はい」
「自分のことしか考えていない冒険者は……いや、違うな。周りが見えない冒険者は、ほかの誰でもない同じ冒険者によって排除されることもある。サツカがそうならないことを祈るよ」
「……はい。肝に命じます」
現役先輩冒険者から聞く冒険者としての在り方に、サツカは気を引き締めて聞き、最後に心も引き締めた。
それを感じたカリネラは柔らかな笑みを見せる。
「さて、厳しい話はここまでにして交換しようか」
「 はい」
丸めた羊皮紙を差し出され、サツカは清書した紙を差し出した。
互いに互いが差し出したものを受け取る二人。
「きれいな字だ。説明がはかどるだろう。助かるよ」
「ありがとうございます」
カリネラに言われたことを気にしているのか、サツカの表情が堅い。また少しうつむいており、彼女からは表情が見えにくい。
そんなサツカの状態を、カリネラは困ったように、けれど笑みを浮かべて見ていた。
「それで、こちらは……」
「私に魔法の使い方を教えてくれた師匠宛ての紹介状だ。会うことがあったら渡すがいい」
「良いのですか?俺なんかを紹介して」
驚いて思わず顔を上げたサツカ。
「私にとって君は有望な新人冒険者だからな。師匠を紹介するくらい問題ない」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるカリネラ。
「私の目が節穴じゃないと証明してくれるんだろ?」
「カリネラさん」
眩しいものを見るかのように目を細めたサツカ。
「惚れるなよ」
茶目っ気たっぷりに笑顔でからかうカリネラ。
「それはないです」
「おや。即答か。少しは悩んで女のメンツを保たせてほしいものだな」
「はい。これから気をつけます」
吹き出す二人。
「ありがとう、ございます」
「気にするな」
「ところでこれをお渡しする方のお名前を教えてほしいのですが」
「え?」
「いや、書いてないので。中は見れませんし」
ポスターのように丸められた羊皮紙の表面を見回すサツカだったが、どこにも何も書いてなかった。
「あ、ちゃんと逆側に書いたのに、書いた宛名の方から丸めてしまったな」
「……カリネラさん」
「すまんすまん」
同じ名前を呼んだのに先程とはニュアンスに雲泥の差が生まれたが、呼ばれた本人は全く気にはならないようだ。
サツカは「中読みませんから開きますよ」と言いながら開こうとするが、すぐに止められた。
「あ、止めた方がよい。実はこれは師匠から渡された魔導具でな、手紙専用で一度巻くと師匠が以外が開くと開いた者が燃えるんだ」
「……え?」
端をめくろうとして摘まんだところで手が止まる。
「……もう一度良いですか?」
「魔導具なんだ」
「いや、大事なのはそこじゃなくて」
「師匠が開かないと開いた者が燃える?」
右手を開いて慌てて頭の上に上げたサツカ。左手から羊皮紙を落とさなかったのは奇跡だろう。
「それ!それです!怖いですから!何渡してるんですか!」
抗議の声をあげつつも視線は羊皮紙からそらせないでいる。
「大丈夫大丈夫。開こうと意志を持って開かないと開かない仕組みになってるから」
「なんですかその不思議仕様!今思いっきり開こうとする意志を持って開こうとしてましたから!でもこれ紐で縛ってるわけでもないですし、すぐ開きますよ!?」
「そこはほら、魔導具だからそういう仕様なんだ」
「なんですかそれ!」
羊皮紙をカリネラに差し出すサツカ。しかしカリネラは受け取らない。
「返します!」
「良いのか?」
「良いですよ!」
「私の師匠はこの世界魔法関連では最高峰、最高位魔導師だぞ?」
「!」
「一介の冒険者など、普通にしていたら知り合えないだろうな」
「……カリネラさんは魔法がそれほど得意ではないみたいですが、何故そんなすごい人を師匠に出来たんですか?」
「そ、……それは、内緒だ」
「ではそれはよしとしても、その方はこの街に居るんですか?会えるあての無い方では仕方ないです」
「この領の管轄の村に住んでいるから、頑張ればその村には行けるし、師匠自身が時折この都市にやってくることもある」
「……普通の紙に紹介状を書いて貰うわけには」
「その魔導具は、師匠しか開けないだけじゃなく、私しか書けないようになっている」
「……これに書くということが、カリネラさんが書いた証拠なわけですね」
「そういうことだ」
カリネラの話を聞いて心底嫌そうな、悔しそうな顔をするサツカ。
だがそれも少しの間であり、すぐに意を決して右手を使って開いた様に見せたインベントリの中に羊皮紙を放り込んだ。
思わず吐息を漏らす。
「あらひとの使う収納魔法は私たちの持つ収納鞄より高性能らしいな。だから大丈夫だ。心配ない。それに、燃えると言っても死にはしない。少し火傷するくらいと、師匠が解呪しないと消えない炎のような入れ墨が身体に残るだけだ」
「……充分罰ですよ、それ」
「はっはっは」
乾いた作り笑いをするカリネラを見て、サツカは肩を落とした。
「それで、結局その方のお名前は教えていただけるんですか?最高位魔導師として探せば宜しいので?」
「探すことはない。必要な時、きっと会えるから」
「なんですかそれは」
「そういうお人なんだよ」
面白そうに笑うカリネラを見て、今日一日こんな風に笑う女性は鬼門だなと思いながらそれ以上を聞くのを諦めた。
「それで」
「ああ、名前だったな。師匠の名前はラギロダ。今はこの領内で一番遠い村ヤガ村に住む『はらへど』最高位魔導師の一人にして至高、ラギロダ師匠だ」




