01-03-06 射術と有名な女冒険者
走り出したサツカ。
左手に弓。背中に矢筒。右手に装備するのは革の手袋。
「一周回るうちに最低十本は射るんだ」
「はい!」
背中に回した右手で矢を一本掴み、矢をつがえる。
「くっ」
「的!弓!弦!矢!周囲の気配!自分の進む方向!一瞬でも忘れるな!常に気を配るんだ!」
矢と弦に意識を奪われ思わず転びそうになったサツカにカリネラの檄が飛ぶ。
「はい!」
サツカが弓を引き絞る。
「む、ず、い」
愚痴を言いつつも矢を放つ。
勿論当たるわけが無く、それどころか全く違う方向に飛んでいった。
「む、り、だっ、て」
言いながらも背中の矢筒から弓を引き抜き、つがえようとするサツカ。
「一発目でちゃんと飛ばすか。さすがだな」
だがカリネラの評価は高かった。
それはそうだろう。今までにこの特訓を行ったつしおみの冒険者達は、最初は矢をまともに飛ばすことも出来なかったのだから。
「だが、さすがに当てることは出来ないか。打つ瞬間に体が動く、ぶれるのさえどうにかすればいけそうだが……」
サツカが五本目の矢をつがえる。
「ん?」
的を顔を向けながら、柵に沿って走るサツカ。
「もう目を使いこなすか」
それを見たカリネラが呆れたような声で漏らす。
「あらひとの誰もがこの順応力、適応力を持っている非常識集団的なのか。もしくは、あいつだけが化け物なのか」
サツカが聞いたら激しく抗議しそうなことを言うカリネラ。それは彼女もわかっているが、今のサツカの動きを見れば、そして今日初めて戦闘訓練をしていると聞けば、だいたいのつしおみはそう思うだろうと思い心の中で自分を正当化した。
「[鳥の目]か。まさか[空の目]ではないだろうしな。空に浮かぶ目で自分と周囲の状況を見ながら走り、体は弓の制御、頭は的を狙う事に専念、と、いったところか。さすがに同時に[射手の目]を使うことはできていないようだな」
視線の先で矢が放たれるが今度は的まで飛ばず、手前に突き刺さった。
「だが、それではダメだ」
次の矢をつがえながら走る速度を落とし、弓の構えと矢の位置を調整し始めるサツカ。
「速度が落ちているぞ!」
「!」
カリネラの方を向いたサツカだったが、一瞬表情を歪めたもののすぐに走り始めた。
「その速さで十本射れるのか!」
「くっ」
六本目の矢を放った後、結果を見ずに背中の矢を手にするサツカ。
「それでいい。[射術]は習うより慣れろ。一本でも多く矢を放ち、的を狙い、獲物を射る事が身体に染み着いたときに得られる技能。[弓術]を持つ者なら基本は体に染み着いている。ならば、後は頭で考えるよりも身体を動かすだけだ」
八本目の矢をつがえようとしたところで一周回り終わったサツカ。そのままカリネラに言われるまでもなく二週目に入った。
六周目に入ったサツカ。
三周目で一周のうちに十本矢を射ることに成功し、四周目の終わりから五周目の頭頃には的をかすめる矢を放つことに成功した。
しかし既にサツカの体力と気力は落ちており、視界に表示していないためサツカ自身気付いていないが二本のカラーバーは既に黄色になっていた。
「つ、か、れ、る!」
矢を抜き、弓につがえ、矢を放つ。
だが彼は気付いていなかった。
その動きがゆっくくりとではあるが、洗練されつつあることに。
そして七周目、走りながら行うその一連の動作が走るために足を出すのと同じくらい自然にやり始めた頃、それは起きた。
「当たった……」
矢をつがえた状態で思わず立ち止まったサツカ。
「止まるな!」
「はい!」
カリネラの檄で再び走り始めるサツカ。
結果によって気力が持ち直したのか、心なしか進む足の運びは軽くなっている。
そして矢をつがえて放つと吸い込まれるように巻き藁に当たった。
「本当、嫉妬する気にもならない」
二本の矢に射抜かれた巻き藁はそのままに、肩をすくめながら呆れたようにつぶやくカリネラ。
今日何度目かの溜め息を吐く彼女の視線の先で、七本目の矢に射抜かれた巻き藁の頭部が地に落ちた。
サツカはその後三体の巻き藁を潰して最初の位置に戻り、崩れ落ちるように座り込んだ。
「つ、か、れ、た、」
「お疲れ」
それでも弓と矢筒はちゃんとカリネラに預けており、肩で息をしていて疲労はしているようだが、その表情は明るかった。
「技能は確認しないのか?」
「ちょっ、と、まって、くだ、さい」
「さすがの有望新人冒険者も体力は普通の新人と同じくらいだな」
ほんの少しだけ安心したかのようにいったカリネラ。言われたサツカとしては体力は言われたとおりだとしても、その前の台詞が気になった。
「なんです、か?その?、有望、とか」
「ん?君のことだが?サツカ・シジョー」
「なんで、そんなことに?」
「いや、私が勝手に言っているだけだ」
やっと息が整ってきたサツカだったが、その一言で顔に疲労が強く浮かんだ。
「思っていただくのは、嬉しいですし、ご自分の目が正しかったと、思っていただけるように、努力しますが、外では、言わないでくださいね」
「おや、こう見えて私はそれなりに評価を得ているからな、私が言えば注目されるぞ?」
「注目されたくないので、遠慮します」
「何だ。つまらん」
にやにやとした笑みを浮かべるカリネラを見て更に疲労の色を濃くしたサツカだったが、とりあえず釘は挿したとしてウインドウを開く。
「どうだ?」
「はい……。はい、[射術]を覚えました」
「そうか。良かったな」
報告を聞いて穏やかに微笑むカリネラ。
その笑顔は彼女の心根をあらわしているのだろう。サツカはずっとそんな感じなら良いのになどと思ったが、その件については沈黙した。
「しかし、これだけやっても武技は覚えないか……」
「はい。すみません」
「いや、謝るようなことではない。ただ、技能を覚える早さを考えると覚えても良いくらいの練習量だったんだがな。何がいけなかったのか」
カリネラが顎に手を当てて唇の橋を歪めて考え込む。しかしすぐに何かに気付いたのか目を大きく見開き、サツカを一度見てからそっと視線を外した。
「どうかしましたか?」
「君は、今日、初めて来たんだよな?」
「はい」
「ここにきて、冒険者ギルドで登録して、すぐここに?」
「はい」
「そうか……」
視線をはずしたままサツカに背を向けるカリネラ。
いやな予感がしてサツカの顔が強ばった。
「ああ!そうだった!」
「はい、いやな予感的中しました」
「彼はまだここに来たばかり!」
「ん?」
再び始まったカリネラの独演会。
サツカはとりあえず聞いていれば観る必要はないと思い技能の確認を始める。
「そう!来たばかり!来たばかり!来たばかりなんだ!」
ちらりと後ろを見たときに、自分を見ていないサツカを見て少し唇をとがらせたカリネラ。しかしすぐに声を張り上げる。
「なんてことだ!なんてことだ!ああ、そうだった!彼はここに来たばかりなのだ!」
「繰り返しを多用しても観ませんよ。あと、重要なことの方が繰り返して言わないこと多いですよね。あれって何ででしょう。あと、名前は連呼しない方がいいですよ。面白いですから」
「……そうだったのだ!武技は、武技は、……魔法を扱えるようにならなければ使えない!」
「はい?」
メニューに目を向けていたサツカがカリネラを見る。それを気配で感じたカリネラはここぞとばかりに声を張り上げる。
「ああ!たぶん彼はまだ魔法を使ったことがない!ならば武技が使えなくて仕方ないのだ!ああ!彼になんと言えば!」
「普通に言えばいいでしょう!」
サツカの声が修練場に響いた。




